173食目 神桃の樹
昼過ぎに真っ白く染まったキアンカへと戻った精霊戦隊は早速、個別に行動開始。
マーカス戦機工場の隅っこ小屋に向かった俺とヒュリティアは、そこでとんでもないものを見てしまう。
「おいぃ、桃先生の樹が屋根を突き破っているんですが?」
「……成長が早過ぎね」
恐るべきは桃先生。
その成長速度が生半可ではなく、僅か一ヶ月程度の期間で、すくすくと成長なさっていたのである。
しかも、その特殊な力をいかんなく発揮し、冬の景色に染まるキアンカにあって、ここだけは春のごとき暖かさを保っていた。
「にゃ~ん」
「きゅ~ん」
当然ながら、その暖かさに抱かれようと近所の野良ビーストどもが大集結し、隅っこ小屋はまるで動物たちの寄合場のようになってしまってるという。
「ぎゅうぎゅうなんだぜ」
「……これじゃあ、ここで寝泊まりできないわね」
ベッドも毛玉どもで、ふわふわもこもこ状態だ。
一部の隙間もないとか、たまげるなぁ。
このような状態にしてしまった桃先生の樹からは、常時、桃力が放出されているもよう。
とんでもなく強烈なそれは、俺に無限の力を感じさせる。
「桃先生の桃力かぁ……何故か懐かしく感じるんだぜ」
「……そうでしょうね。だって……」
と何か言いかけたヒュリティアの頭に何かが落ちて来た。
神桃の実だ。
「……これはうっかり。桃先生に怒られてしまったわ」
「ふきゅん、トップシークレットに触れようとしたら、消される消されない?」
「……ひえ~」
まったく恐怖の感情が籠っていない悲鳴を披露したヒュリティアは、シャクシャクと神桃の実を堪能したのであった。
エリンちゃんは、当然ながらマーカスさんの下へ直行。
こんもりと山を成す洗濯物の姿に悲鳴を上げた。
クロヒメさんはキアンカの戦機協会へと向かい、ルフベル支部長に東方国でおこった騒動の顛末を説明するもようだ。
ガンテツ爺さんは特にやることがないようで、ミオとクロエを訓練して待つもよう。
にゃんこびとの二人も特に断る理由も無いようで、素直にそれを承諾している。
ヤーダン主任たち、アマネック社のスタッフはターウォのアマネック本社のスタッフたちと連絡を取ることを試みていた。
しかし、電波状態が悪いのか、なかなか繋がらないもようだ。
そして俺たちは雷蕎麦と水豚の肉を持ってBarスクラッパーへと赴く。
ユウユウ閣下とH・モンゴーはお留守番をするとか。
H・モンゴーは機械人だからとして、ユウユウ閣下はなんでクロナミに残るのであろうか。
とはいえ、思い当たる節がある。
彼女は先の機獣基地攻略戦に参加できなかったのが悔しかったもよう。
夜中にシミュレーターで練習している姿をチラホラと目撃している。
高慢でなんでもできるかのような女性に見えたが、結構な努力家であるようだ。
さくさく、と雪を踏みしめてジェップさんがいるであろうスクラッパーを目指す。
その間にも灰色の空から雪の精霊たちが下りてきて、一緒に遊ぼうよと俺たちを誘惑してくる。
しかし、雪の精霊のお雪さんが、しっしっ、と彼女たちを追っ払ってしまった。
どうやら、嫉妬しているもよう。
キアンカを訪れる雪の精霊たちは、みんな若い固体ばかりであるようで、そのぴちぴちのお肌にお雪さんは嫉妬しているようなのだ。
彼女も十分、ぴちぴちしているように見えるが、本人は納得していないもよう。
乙女心は闇が深いねんな。
Barスクラッパーは冬の期間はドアごと交換するようで、現在は風が入らないような木製のドアへと衣替えをしていた。
店内に入る、と昼過ぎにもかかわらず酒をかっくらっている戦機乗りの姿がチラホラと。
その中にモヒカン兄貴とスキンヘッド兄貴の姿を認める。
彼らと一緒に飲んでいるのがジェップさんだ。
「久しぶりなんだぜ」
「お? 久しぶりだな。遠征から戻ってきたのか?」
モヒカン兄貴がわしわし、と俺に頭を撫でまわした。
彼らも変わらないようで一安心だ。
「うん? この子は?」
「この子はザインちゃん。俺の娘」
「「「ぶふっ!?」」」
きちゃない、バーボンを霧にするのはNGだって、それ一番言われているっぽい。
「ゲホゲホっ! まてまて! おまえ、幾つだよっ!?」
「三歳」
「馬鹿野郎」
言わんとしていることは分かる。だが、事実だ。
ザインちゃんの誕生の経緯とその成長過程を説明する、と彼らは納得をしてくれた。
この超高速理解は俺の異常性を理解しているからこそであろう。
「ほんと、珍現象製造機だな、おまえさん」
「それほどでもない」
「褒めてねぇよ」
ザインちゃんはスキンヘッド兄貴の膝の上でまったりとしている。
どうやら、彼の厳つい顔に抵抗は無いもよう。
俺たちも椅子を引っ張り出してきて席に着く。
「ジェップさん、これが雷蕎麦なんだぜ」
「いやはや、マジかよ」
俺たちは雷蕎麦の乾麺の方を持って来た。
実はこれ、成長したザインちゃんが雷山にて雷を落とすことによって幾らでも生産可能だ。
なので、東方国に滞在している間に、せっせと作り出してもらっていた。
現在はマサガト公の主食となっている。
彼はあの後も成仏する気が無いようで、ザインちゃんに憑りついたままだ。
いまや守護霊気分にでもなりつつ、未知なる食材をどさくさに紛れて堪能するつもりなのだろう。
ザインちゃんという移動手段を得たマサガト公は、もうあの処刑場跡に縛られることはないのだ。
「あとこれ。雷蕎麦を茹でるための特殊食材。水豚の肉」
「あぁ? これが水豚の肉だって? ただのゼリーにしか見えねぇが」
「これに水を掛けると……増える」
「うおっ!?」
二つに割った水豚の肉にグラスの水を掛ける、と片方の肉が水を吸って掛けた分だけ大きくなった。
この現象にジェップさんたちは仰天する。
「……大変だったのよ。水豚が狂暴過ぎて」
「まったくなんだぜ。ヤーダン主任が水豚に取り込まれるわ、機獣が出てくるわで」
くい、とバーボンを口に含むスキンヘッド兄貴は、ふぅ、と香り豊かなため息を吐く。
「ヤーダン主任といやぁ、あの眼鏡の兄ちゃんか?」
「もう、兄ちゃんじゃないんだぜ」
「あん? どういうこった?」
カランカラン、とドアのベルが鳴る。
そこにはヤーダン主任とリューテ皇子、もといリューネちゃんの姿が。
アクア君の姿が見えない、という事はアナスタシアさんにでも預けてきたのだろう。
「あぁ、やっぱりここに居ましたか」
「ヤーダン主任」
やはりバーボンの霧が発生する。
ヤーダン主任の姿は防寒着だが、それであっても体のラインを隠すことなどできやしない。
圧倒的なムチムチボインと見事なくびれ、そしてその美貌はスクラッパーの客たちを一瞬で掌握してしまった。
「どうしたんだぜ?」
「直接、聞いて欲しいことがありましてね。あとは遅くなってしまった食事を」
「ふきゅん」
テーブルを寄せて席に着くヤーダン主任は防寒着を脱いで椅子に掛けた。
続いてリューネちゃんの防寒着に着いた雪を払って脱がせてやると、やはりスカート姿のリューテ皇子の姿が露わになった。
「こ、子持ちかよぉ」
これにスキンヘッド兄貴がしょんぼりとした表情を見せる。
もしかするまでもなく狙っていたのであろう。
「リューネちゃんは色々あって娘だけど娘じゃないんだぜ」
「うん、分からん」
ですよねー。ヤーダン主任とリューネちゃん、瓜二つだし。
これにアクア君が加わると希望が絶望になる。
だからこれ以上の情報はシャットアウトするだろうな。
「……未亡人」
がたっ。
「おいぃ、うそんこ情報は逮捕だぞぉ」
「……シングルマザーだったわね」
「直接は産んでいないんですけどね」
これにヤーダン主任は悩ましい表情を見せる。
いろいろと勘違いされているようなので子持ちになった経緯をスキンヘッド兄貴たちに説明することにした。
「要するに、俺とザインちゃんの関係」
「「「把握」」」
流石、俺との付き合いが長い連中は格が違った。
「となると……へっへっへっ、俺にもチャンスがあるってかぁ?」
スキンヘッド兄貴はザインちゃんをぷにぷにしながらニヤリとほくそ笑む。
どう見ても悪党にしか見えないのでやめて差し上げろっ。
「おなかすいた~」
「そうですね。取り敢えずは注文をしちゃいましょうか」
「それなら、雷蕎麦を調理するんだぜ」
リューネちゃんがお腹をくぅ、と鳴らしてヤーダンママにおねだりをする。
さて、いつものように厨房をマスターに借りるとしよう。
ジェップさんたちも、雷蕎麦に興味津々のもようだからな。
「マスター」
「あぁ、好きに使ってくれ」
さぁ、美味なる食材を彼らに提供することにしようではないか。




