170食目 貴重な話
小規模とは言え、機獣の基地を丸っと頂いた俺たちは、そこにガンテツ爺さんと十機程度のブジンたちを残して雷業市へと帰還。
そこに待機させておいたクロナミにて東灯都へと戻る。
ガンテツ爺さんが機獣基地に残ったのは、逃亡したH・モンゴーが一人戻ってきて悪だくみをしないか懸念したからだ。
とんずらぶっこいた奴が、そこまでの根性があるとは思えないのだが一応はね、という用心を採用した形である。
クロナミの甲板の上で俺とヒュリティアは、せっせと虫取り網を振るっていた。
それは、宙を舞う【お餅虫】を捕まえるためだ。
「もっち~」
「ふっきゅんきゅんきゅん……げっつ」
お餅虫は白玉虫の親戚であり、要は大地の精霊に近い存在だ。
自ら食べられ、食した者の魔力と精霊ちからをちょっぴり頂いて大地へと還り、冬を越して春に備えるという。
彼らが大量発生した翌年は必ず豊作となることから、豊穣の象徴とされ、東方国ではお餅はありがたい物と敬われている。
「はぁむ、もっちもち」
俺は捕まえたお餅虫をぱくりと一口で食べきる。
お子様でも余裕のサイズなので喉に詰まる心配はないだろう。
大半は中身無しだが、時折、あんこが詰まっているやつがいるとか。
それは人の手では再現できないほどに上品な甘さで、それを食べることができた者は翌年、とてつもない幸運が舞い込む、とされている。
「……あんこ、げっとだぜ」
「な、なにぃ……!?」
しれっ、とあんこ入りお餅虫をゲットしたヒュリティアはドヤ顔を炸裂させる。
もちろん、無表情であるが、迫真の集中線を炸裂させているので間違いない。
「それにしても、ルナティックにあんな細工を施していただなんて、ビックリなんだぜ」
「……近い将来、必要になるかと思ったの。意外に出番が早かったけど」
「もっち~」
お餅虫が、食べて食べて~、とすり寄って来る。
なので、ぱくりと一口で食べてやると、彼らは嬉しそうに腹から飛び出してきて、暫く嬉しそうに飛び回った後に大地へと還ってゆく。
とはいえ、食べた後はの事は精霊が見えていないと認識できない。
「K・ノインは完全に鬼に堕ちていたな」
「……えぇ、そうね。何かが、起こっているのは確か」
「それは、帝都を襲ったアレと関係しているのか?」
「……そう、ね」
空を見上げるヒュリティアは、果たしてどこを見ているのか。
きっとこの世界ではない、どこかであることは間違いない。
「……いずれにしても、私たちは再びアレとやり合う事になる」
「帝都のアレってなんなんだろう?」
俺の疑問に、ヒュリティアは答えた。
「……【原初の鬼】」
「原初の?」
「……そう、アレが全ての始まり。二代目も退治する事叶わなかった鬼。そして、未練」
「かーちゃんでも退治できなかったのか?」
「……不運が重なって、ね」
そうだとするなら、果たして俺なんかに退治することができるのだろうか。
俺は自慢ではないが母よりも遥かに弱い。
そして、帝都で見せたあの圧倒的な力。
あれで目覚めたてというなら、本格的に活動を開始したらどうなってしまうのか。
「怖いな」
「……その気持ちを大切にね」
「え?」
「二代目は勇気がありすぎて全部ひとりでやろうとして、結局は殆ど一人でやってしまっていた。それはとても凄いことだけど、私たちは寂しい思いをしたわ」
昔を思い出しているのだろう、ヒュリティアの表情は優しい物へと変化していた。
彼女の貴重な微笑だ。
「……でも、エルドティーネは自分の弱さを知っている」
「うん」
「……頼ってちょうだい。私たちは仲間であり、そして、家族であると思っている」
「分かったんだぜ」
俺はヒュリティアの言葉に勇気づけられた。
そうだ、俺は、俺なんだ。
母のようには振舞えないし、それだけの実力なんてありはしない。
まずは自分ができることからやっていこう。
自分ができない事は、仲間を、家族を頼る。
「取り敢えずは、お餅虫がめっちゃ、食べてー、って言ってるから捕獲するんだぜ」
「……そうね。お侍たちにも振舞ってあげましょう」
そんなお侍たちは、クロナミのブリーフィングルームや空き部屋で休憩中だ。
彼らのブジンはクロナミにけん引した戦機用リアカーに搭載して輸送している。
途中からエリンちゃんがお餅虫の捕獲を手伝ってくれて、かなりの量が獲れた。
なので、こいつらは美味しく調理していただく事にする。
ズバリ、雷お餅蕎麦だ。
「ずぼぼぼっ! んおぉぉぉぉっ! こ、これはぁぁぁぁっ!?」
「稲妻のごとき快感が身体を貫くで候っ!」
ブリーフィングルームにて、雷お餅蕎麦を堪能する侍たちは全員、ビリビリいって大変に危険。
だから俺も放電するだろうな。
「これは凄いんだぜ。蕎麦は冷たいのに限る、と思ってたけど雷蕎麦って暖かくしても、ふにゃり、となんないんだ」
「おいちいでごじゃりゅ」
『いとうまし』
ザインちゃんはともかく、マサガト公も食べるんかい。
悪霊が蕎麦を食うためだけに実体化する、とかどんだけ蕎麦好きなんだ。
あぁ、いや、だからザインちゃんと波長が合うのかな?
「ご苦労様ね。それにしても残念だわ」
「あ、ユウユウ閣下。クロナミの護衛、ありがとなんだぜ」
ブリーフィングルームに雷お餅蕎麦を持ったユウユウ・カサラやってきた。
彼女は虎柄ビキニから卒業しており、異世界カーンテヒルで着ていた、という純白のこれまたセクシードレスを身に纏っていた。
大きく開いた胸元と深いスリットが超セクシー。
「まさか、戦機の操縦があんなに難しいだなんてね」
「……向こうの【GD】と同じふうに考えてはダメよ」
「そうみたいね、ヒュリティア。あぁ、もう、暫くは練習の日々ね」
おや、聞き慣れない単語が出てきたぞ?
「なぁなぁ、ゴーレムドレスって何?」
「あら、そこら辺の記憶はないのかしら?」
「うん、三代目になった時点で、二代目の記憶は殆ど消えていってる」
「うんうん、あの子も分かっているわね。なんでも最初から知っていたら面白くないもの」
ユウユウは大きな乳房を抱きかかえて、うんうん、と納得を示した。
「……GDは一言でいえばパワードスーツみたいなものよ。だいたいは人型でサイズも二メートルくらいが基本」
「末期は面白かったわよねぇ。ビームライフルやミサイルなんて当たり前だったし」
「……宇宙戦艦も普通にあった」
「そうそう、人類と神と鬼の三つどもえ、って今考えたら豪華すぎて笑えるわ」
まてまて、ちみたちは、とんでもない事をなんで笑顔で語り合っているのかね?
ほら見ろ、お侍さんたちも、おまえらは何を言っているのだ、ずびびっ、と雷蕎麦を啜っているではないかっ。
「なにその終末怖い」
「……本当に終末だったから仕方がない」
「そうね~、面白かったわぁ、命をかけた殺し合い。その果てに散る命の輝きときたら……あぁっ」
それ、ヘブンに至る要素が見つけられないんですわ、ユウユウ閣下。
「……エル、ここは、そんなことにさせないわよ」
「もちろんなんだぜ。そうなる前に俺が原初の鬼をやっつけてやる」
これにユウユウがピクリと反応した。
「あらやだ、やっぱり、あれがそうなの?」
「……確信には至っていない、でも、濃厚だと思う。ちゅるちゅる」
「ふぅん、私はあれからは【力】を感じなかったわね」
「……調査不足ね」
「そうねぇ。でも、もう潜っちゃっているんでしょ? 調べられないじゃない」
「……ふぁっきゅん」
「可愛くない、ふぁっきゅんね」
ぷにっ、と幼女のヒュリティアのほっぺを突いたユウユウは、雷お餅蕎麦をひゅごっと一瞬で完食してしまわれました。
「み、見えなかったんだぜ」
「うふふ、淑女はみっともない食事を見せないのよ? お蕎麦を啜る、とどうしてもアレをしているような口元になるでしょ?」
「……ユウユウ?」
「あら、ごめんあそばせ。くすくす……」
ユウユウ閣下はヒュリティアに睨まれて、そそくさと退散していった。
はて、彼女の言うアレとはいったい?
「……エルも考えない。蕎麦を食べることに集中っ」
「はっ!? おれはしょうきにもどった!」
色々と面白い話を聞けた俺は、雷お餅蕎麦に感謝を捧げながら、ずぼるびっしゅ、と平らげたのであった。




