168食目 深緑は復讐に染まって
再度の深緑の悪魔との戦闘。
何度も勝利した相手なので余裕か、と思いきやそうではない。
今のエルティナイトは、あの頃のエルティナイトではないのだ。
問題となるのが、チゲとヤドカリ君の覚醒で、どこまで強さが戻っているのかだ。
テナガザルの機獣、デ・キーモは一見、武装していないように見える。
しかし、その長い両腕の先には凶悪な鋭い爪の姿。
それに、いよいよ以って赤黒いオーラが纏わりついて、桃色金属製の盾ですら削り取るという攻撃力を備えている。
「エルティナイトっ! 何度も受けれる攻撃じゃないっ!」
『分かっているぅ、ちんちくりんっ! 防御は最大の攻撃だが、攻撃するのも多少はね?』
「あいあ~ん!」
ヘルメット化しているアイン君が叫ぶ。
それは俺に精霊魔法の仕様を思い出させた。
『死ぃねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』
エルティナイトよりも小柄だが、異様に運動性が高いデ・キーモが腕を振り上げつつ跳躍した。
その爪でエルティナイトを切り裂こうというのだろう。
「チゲっ! 精霊魔法【この世で最も優しい炎】っ!」
エルティナイトの背後にチゲの姿が出現、エルティナイトを炎の壁で包み込み、デ・キーモの爪を弾き飛ばす。
同時に深緑の機体に熱ダメージを与え、一部の装甲を融解させる。
だが……。
「装甲が再生してゆくっ!?」
『【ハイ・バ・オーガー】の力を舐めるなぁっ!』
瞬く間に再生を果たす深緑のテナガザルはしかし、再生後の姿が禍々しいものへと変化を果たしている。
それは、憎しみを具現化したらこのようになるのでは、と俺を納得させた。
「憎しみに身を染めて……それが自分を滅ぼすと何故、理解しないっ!」
『お前を殺せるなら、滅びだって受け入れるだろうよっ!』
「そんなに、俺たちが憎いかっ!」
エリン剣で深緑のテナガザルを叩き潰そうとする。
だが、奴はそれを素手で受け止めた。
「うおぉぉっ!? こ、このパワーはっ!」
『おいぃっ!? もっとパワーを上げてどうぞっ!』
馬鹿な、もうとっくの昔にフルパワーで殴っている。
それでもビクともしないのだ。
このテナガザル、強いっ!
強烈な衝撃がコクピットに伝わってくる。
一瞬にして景色が変わり、続いてまたもや衝撃。
体のあちこちが痛い。
「うげっほ! 蹴り飛ばされたっ!?」
「いあ~ん!」
『ちんちくりんっ!』
アイン君とエルティナイトの呼び声で、定まらなかった視線がなんとか復帰。
でも、直後に飛び掛かってくる深緑の悪魔の姿が映り、思わずジョバリッシュ。
「冗談じゃぬえっ」
『いもいも式回避じつっ!』
エルティナイトは機体を横に転がして、デ・キーモの斬撃をなんとか回避した。
その際に発した言葉は、何故か俺に頭痛を覚えさせる。
だが、今はそれについて考えている時間はない。
一方的に圧されてしまっている。
なんとかして、この劣勢を覆さなくては。
ちら~り、と戦況を見て見るが、一進一退の攻防になってしまっている。
やはり、このテナガザルたちは手ごわいのだろう、ヒュリティアたちも苦戦しているようだ。
いや、苦戦というか、ヒュリティアはレ・ダガーの駆逐を急いでいるもよう。
テナガザルはガンテツ爺さんが一人で抑え込んでいる。
ブジンもかなりの数がやられてしまっているので、初期の戦法は拙いと踏んだか。
いずれにしても、俺が深緑の悪魔を抑え込まないと、この均衡が悪い方に傾いてしまうのは一目瞭然。
だが、どうやって覆すか。
『……エル、あなた、どうして桃力を使わないの?』
「あっ」
その時、ヒュリティアから通信が入った。
それは桃力の使用を促すもの。
俺は精霊ちからに執着し過ぎていて、桃力の使用をうっかり忘れていたのだ。
「忘れてた」
『……うっかりさん』
そうだった、鬼に対抗する力を使っていないんだから苦戦するのは当然じゃないか。
チートにはチートって、それ古代から割と使われている戦法。
だから俺は桃力を発動させるだろうな。
「桃力っ!」
心臓に当たる部分に強烈な熱を感じ取る。
それは今までになかった現象。
「こ、この力はっ!?」
コクピットが桃色の輝きで満ちる。
驚きに染まる俺を差し置いて、桃力はエリン剣を砕いてしまった。
『ダークパワー!』
やはり、砕かれたエリン剣は次々にエルティナイトに装着されてゆき、彼を漆黒の騎士へと変貌させた。
残った柄からは猛々しい桃色の刀身が出現する。
『光と闇が合わさり最強に見えるっ!』
『ようやく本性を見せたかっ! そのお前を引き裂き、私は栄光を取り戻すっ!』
更に強まる深緑の悪魔の陰の力。
バキバキ、と音を立ててテナガザルは悲鳴を上げながら巨大化してゆく。
「食ってやがるのか……仲間を」
『ゲテモノ食いは褒められにぃ』
「あい~ん」
動ける者、動けない者、なんでもかんでも構わず糧にするその姿は、まさに悪魔。
自分のために他者を厭わない、真の邪悪に吐き気を覚える。
『この力で……お前を殺す!』
大地が爆ぜる、瞬間、デ・キーモの爪が既にエルティナイトの目の前にあった。
かわせないっ!
『サイドステッポゥっ!』
だが、エルティナイトが超反応を示し、これを装甲を削られながらも回避する。
『エルドティーネっ! おまえは、一人じゃない感』
「あいあ~んっ!」
『アイン君の言う通り。もっと俺たちを頼るべき、そうするべき』
彼らの言葉に、俺はまた自分でなんでもしようとしていたことに気付かされる。
そして、自分の弱さにも気づいた。
「そうだった。俺は弱い。弱いんだった……!」
二代目との力とは決別したんだ。
俺は、俺だけの力で再スタートを切っているのだ。
だから、深緑の悪魔とだって初対決する気持ちで臨まないといけなかった。
俺は、頬をピシャリと叩き、自分を戒める。
「……けてー、たすけてー」
そして、仲間に助けを求めるのだ。
大丈夫、俺の助けの声を拾ってくれる者は、すぐ傍にいる。
『ご依頼の超強いナイト、カカツと見参。おまえ、大船に乗ったつもりでいいゾ』
「来たっ! もう来たっ! これで勝つるっ!」
「あいあ~ん!」
これを、ただの茶番と感じる者は心が醜い。
だから俺たちは一丸となって、【チーム】として戦いに臨むだろうな。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁっ! このK・ノインは究極の力を手に入れたのだぁっ! そんなちっぽけな力でで、ここの、うわぁしををををををっ!」
バグってんじゃねぇか。壊れてんなぁ。
身に余る力を取り込んだヤツは、いつも身を滅ぼすって言われ続けてんだけども?
「行くぞ、アイン君、エルティナイトっ!」
「あ~い~あ~んっ!」
『準備はとっくの昔に済んでるぅ!』
俺はひゅおっと息を吸い込んだ。
燃え盛るハートに空気が送り込まれ、それはさらに激しく激しく燃え上がる。
「桃力ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
陰の力に対抗する陽の力を爆発させる。
それは漆黒の騎士となったエルティナイトを包み込んでしまったではないか。
「ふきゅんっ!? こ、これはぁっ!」
「てっつ~?」
『おいぃ、この力は確実にエボリューションなんですが?』
メリメリと音を立てるエルティナイトの金属筋肉。
それを成すのは桃力と精霊ちから。
桃力の繭で覆われた漆黒の騎士は、その中で新たなる姿へと生まれ変わろうとしていたのだ。
そして、聞こえてくるのは精霊王の声。
『汝、第六精霊界の騎士なり』
やがて、エルティナイトの変態は終わりを告げ、桃色の繭は真っ二つに裂けた。




