166食目 独り立ち
成り行きで鬼と化した将軍を成敗した俺たちは、後に駆け付けたお侍たちによって逮捕される。
しかし、それは誤解であると弁明してくれたのは意外な人物であった。
将軍が暴行をおこなっていたクロヒメさん似の女性は彼の腹違いの妹であり、将軍亡き後、東方国を治めるべき立場になってしまったとのこと。
「いやいや、助けてもらってなんだけど、あんなことをされた後で大丈夫なのかなんだぜ、咲耶様」
「大丈夫……とはいえませんが、将軍家としての責務を果たさなくてはなりません」
どうやら将軍は男でも女でも構わないらしい。
新たに将軍に据えられたのは、徳河咲耶という女性だ。
しかし、将軍だから、と言ってやりたい放題好きにさせてしまっていたこの国は大丈夫なのだろうか。
どう考えても将来が不安である。
それはそうとして、戦機協会から派遣された職員はというと、あの暴行された女性たちの中にひっそりと混じっていた。
遺体となって、だが。
クロヒメさんの話では完全に東方国は戦機協会を敵に回しているっぽい。
将軍の独断という理由は通用しなさそうだ、との見解を示している。
自業自得ではあるが、それではあまりにも国民と理不尽な仕打ちを受けていた将軍の妹様が可哀想である。
あの悲惨な暴行より救い出して僅か一日後、俺たちは灯都城の応接間にて咲耶将軍と今後の事を相談されていた。
初対面時すっぽんぽんだった彼女も、今は豪華な十二単を着込んで可憐な姿を見せている。
だが、時折、目が泳ぐのは先の将軍に刻み込まれた恐怖が拭い切れていないからだろう。
「さて、今後の話でしたね。まず、戦機協会の支援は打ち切られるでしょう」
「でしょうね。それは【あの者】のおこないにて覚悟しておりました」
最早、兄と呼ぶつもりはないらしい。
当然と言えば当然であるが、先の将軍はどうしてああなってしまったのか。
咲耶将軍はマサガト公の祟り、との見解を示している。
しかし、当の本人は「そんなことしてないもん」とぷんぷんしている。
マサガト公本人がそう言うのだから、これは祟りなどではなく、先の将軍の心が闇に屈した形となるのだろう。
それが誰にも止められず悪化した結果、彼は陰の力に取り込まれて鬼化した、という結末を迎えたのだと俺は推測した。
「一応は事件の全貌、事の顛末を戦機協会に伝えています」
「ご苦労をおかけしました」
「ですが、戦機協会も面目を潰されて黙ってはいないでしょう」
「それは、我が国に攻め込んでくる、と考えても?」
「直接は無いでしょうが、いざという時は孤立無援になります。それほどまでに、戦機協会は国との関りがつよいのです」
ほんとか?
ザイガの時は戦力を出し渋っていた上に鬼の軍団にコテンパンにされて這う這うの体出逃げだしたって聞いてるんだぞっ。
「それは、仕方なき事でしょう。それだけのことをしてしまったのですから」
俯き現実を受け入れる咲耶将軍。
泣きっ面に蜂とはこの事だ。
流石にこれはあんまりなのではないだろうか、ということでクロヒメさんになんとかならないか問うてみる。
「クロヒメさん、なんとかならない?」
「難しいわね。一時的な制裁の可能性もあるけど、それは戦機協会の裁量にもよるし」
「根気強い謝罪が必要になるのか」
「そうね」
「でも、それだと雷業市の戦機協会の受付嬢みたいなのが増えるんじゃないのか?」
「否定はできないわ。人間って自分よりも立場が弱い者に対して粋がるから」
そうなる、と東方国は戦機協会の支配下に置かれてしまうじゃないか。
ただの一組織が国を牛耳ることになる、こんなことはおかしい。
「いっそ、戦機協会と手を切ればいいんじゃね?」
俺の呟きに、この場にいた者たちはギョッとした。
「ちょっ!? エルティナちゃん! 自分の言っていることを理解しているのっ!?」
「してる。たぶん、おかんの記憶が俺にそう言わせたんだと思うけど、こんなことは、やっぱりおかしいと思う。そもそもだ、自分の国を守るのに、なんで戦機協会頼りなんだ?」
俺は今の戦機協会が当てにならないことを、ザイガの件を交えながら説明する。
あの時は帝都防衛隊が奮闘したこともあり、なんとか帝都を護ることができた。
結果としては陥落してしまったが、一応は戦機協会を必要としなかった形だ。
「そ、それは……」
「クロヒメさんも薄々理解しているんだろ? キアンカも、ザイガも、東方国も、戦機協会って場所によって全然、違っちゃってるんだ」
「……」
これにクロヒメさんは沈黙してしまう。
俺はこれを返答とすることにした。
「咲耶様、謝罪はきちんとして戦機協会とは縁を切ることを提案するんだぜ」
「ですが……我が国は今まで戦機協会に頼りきりで機獣にも対応することができておりません」
「一応は自国の戦機を開発しているんだろ?」
「はい、先代の将軍が」
「先代の? それでか……」
なんとなく、だが先代将軍の心が闇に飲まれた経緯が見えてきた気がする。
彼は俺同様に、戦機協会に不満を覚えていたのではなかろうか。
国のトップとはいえ、戦機協会に頭が上がらなかったのは腹立たしいことだろう。
次第にその鬱憤は大きく、そして濃くなってゆく。
これは、陰の力の苗床になるのに申し分ない。
しかも、抱え込んでいる鬱憤を話せる相手がいないともう大変だ。
溜まりに溜まったそれは、いつか爆発を起こす。
俺は先の将軍が鬼に堕ちた経緯、その推測を咲耶将軍に語った。
「そんなことが……にわかには信じがたいですが、あの優しかった先代将軍が急に暴君になってしまったことを説明するには十分なのかもしれません」
深いため息を吐く咲耶将軍は俯いて暫し考え込む。
やがて彼女は顔を上げ結論を出した。
「東方国は戦機協会との縁を切ります。無論、謝罪はしっかりと行います」
「そうですか。それでは、その旨を戦機協会の本部に伝えます」
「お手数をお掛けして申し訳ございません」
こうして、東方国は戦機協会から独立した形を取った。
これは、かなり衝撃的なことであったらしく世界に激震が走った形となる。
縁切りを推奨した精霊戦隊も他人事ではなく、俺たちは咲耶将軍に力を貸すことになった。
主に自国産主力戦機の開発にだ。
「ふひひっ! いやぁ、堪りませんねぇっ! やりたい放題にしちゃっていい、とかっ!」
「ほらほらっ、涎を垂らしてないで設計図を早く書くんだよっ」
「おっと、僕としたことがっ」
もちろん、それを手掛けるのはヤーダン主任である。
これにアナスタシアさんたちメカニックチームが全面協力。
少し心配になる絵面だが、大丈夫だと信じよう。
その間に俺たち戦機乗りがすることは、もちろん東方国の機獣の始末である。
これに、咲耶将軍の力を借りて、お侍たちのブジン、およそ百機を借り受けることになった。
実はこの数、東方国の全戦力に等しいという。
「これが、東方国の全戦力か」
「壮観ではあるが……頼りないのう」
「……肉壁程度にしか使えないわね」
ガンテツ爺さんとヒュリティアの言い分も分かる。
ブジンはその全てが近接特化型。
余程のエースパイロットでない限り、肉壁程度にしかならないだろう。
ん? 肉壁?
「あっ、それならそうで、良い考えがあるんだぜ」
「……何か閃いたの?」
「うん、ブジンって重装甲に見合うパワーがあるんだろ?」
「……そう聞いているわね」
「なら、装甲を取っ払って、盾を持たせた方が良い」
ヒュリティアは俺の提案に、ぴょこんと長い耳を立たせた。
「……なるほど、ブジンが耐えている間に私たちが火力になれば」
「小規模の機獣基地なら攻略できんこともないか」
ヒュリティアのルナティックも改良されて範囲攻撃が可能となった今、この戦術は威力を発揮するに違いない。
そして、エルティナイトもまた、ヤドカリ君という未知の戦力を得ているのだ。
あ、そういえば……エルティナイトで海の精霊を試していないな。
「ふっきゅんきゅんきゅん……」
「物凄く悪い顔をし始めたにゃ~ん」
「あれは、悪事を企む顔だよっ」
にゃんこびとたちの言う通り、俺は今、物凄く悪い子になっているっ!
これならばきっと、機獣基地も陥落することができよう、というものだ。
これより一週間後、俺たち精霊戦隊は咲耶将軍から大義名分を頂戴し、機獣基地攻略へと打って出る。
紆余曲折あったが、ようやく目的を果たせるようになったのだ。




