165食目 東方国の闇
その空間は一言でいえば異様であった。
完全に通常空間とは言い難く、感覚がおかしくなるかのような要素が無数に転がっている。
「これは、いったいなんじゃ?」
ガンテツ爺さんが床に転がっていた何かを足で転がす、とそれは異形の姿をした化け物だった。
何かしらの原因があって死亡したのであろう、苦悶の表情で死亡している。
周囲にはむせ返るような血の臭い。
その血の臭いに混じって、他の異臭もちらほらと混じっている。
「……不快な臭いね」
「鼻がひん曲がるにゃ~ん」
こんな場所にクロヒメさんが連れてこられたのか。
これは一刻の猶予もないぞ。
「急ぐんだぜ」
「しょーちっ!」
俺たちは用心しながら、天守閣に発生している異空間に突入した。
内部に入ると更に凄惨な光景が広がる。
クチャぐちゃに潰れた死体、下半身が見当たらない者や、明らかに人間のものではない手足が付けられている者が、そこかしこに転がっている。
それらに共通することが、全て人間の女性、しかも若い女であるという事だろう。
「とんでもない陰の力を感じる。普通じゃないぞ」
「うふふ、そうね。とても陰湿で歪んだ思想を感じ取れるわ。とても幼稚だけど」
ユウユウは、この異様な空間でもへっちゃららしい。
それもそうで、彼女は陰の力を操る鬼なのだから当然なのだ。
「っ! 悲鳴っ!?」
突然、女性の悲鳴が聞こえて来た。
ここよりもっと先からだ。
「女の人の悲鳴だよっ!」
俺と同じく耳が良いクロエが、これに反応する。
「急ぐぞっ!」
もう、用心とかしている場合ではない。
なりふり構わず突撃する。
床に転がる異形の亡骸たちは益々その数を増やしていった。
その中には弄ばれてから殺された若い娘の姿もある。
まさに外道の所業に俺の怒りは限界を突破し、フジヤマボルテッカ・マキシマイズ・フッキュンとなり、ほんのりと桃力が増大していた。
だからこそ、理解できたのだろう。
この異様な空間に漂う、悲しみや、無念、怒りの想いを。
「……あそこっ! 扉があるっ!」
「襖じゃな。嫌な気配が漏れ出しとるわい」
ヒュリティアが指差した襖には無数の血痕。
そのいずれもに手形と思わしきものが確認できる。
きっと、この空間に転がっている者たちが残した傷跡であろう。
「おんどるるぁっ! 精霊戦隊じゃあっ!」
豪快に襖をスライドさせて内部へと突入。
むせ返るような異臭が、その部屋に満ちていた。
部屋を埋め尽くす半裸の若い女性たちは、体を痙攣させながら虚ろな瞳を虚空に向けている。
特に拘束されているようには見えないが、明らかに暴行の後が見て取れた。
「おいぃっ!? 大丈夫かぁっ!」
「……」
声を掛けてもまったく反応を返さない。
これは心が壊れてしまっているに違いなかった。
だから、拘束もせずに放置しているのだろう。
「まだ奥があるにゃっ!」
「きっとそっちだよっ!」
陰の力が更に強まっている。
恐らくはあの向こうに、それはいるのだろう。
そして、クロヒメさんもっ。
「ガンテツ爺さん、降ろして」
「分かった」
俺たちは意を決して襖を開く、とそこは想像を上回る光景。
四肢を拘束された女性がミノムシのように吊り下げられており、そのことごとくに虐待の跡。
これはガチで全員モザイクだっ!
結果、何も見えなくなってしまったので解除しました。俺は悪くない。
「……酷い。でも、まだ生きてるわ」
「取り敢えずは後でだっ。今はクロヒメさんをっ!」
非情とも思えるだろうが、優先すべきはクロヒメさんである。
彼女の波長は個の部屋の最奥から。
そう離れた位置でもなく、やがて黒髪の女性を抱きかかえて乱暴に揺らす奇妙な姿をした男を発見する。
「そこまでだっ!」
「んん? 誰だ?」
男が弄んでいた黒髪の女性の顔が見えた。
「ク、クロヒメっ!?」
光が無い虚ろな瞳を見せる女性は、クロヒメさんであった。
ここまで見てきたように、相当な凌辱を受けた形跡がある。
「……ふきゅん?」
でも、妙だった。
クロヒメさんの波長を確かに感じる。
でも、発信源は彼女ではない。
だが、どう見てもクロヒメさんにしか見えないのだが……。
「……エル、別人よ」
「なんだって?」
「……だって、クロヒメさんは巨乳じゃないもの」
「はっ!?」
そうだった! クロヒメさんは控えめおっぱいのビッグヒップ!
あんなに巨乳ではないっ!
「騙したなっ!」
「何を言っておる。わしの娯楽の邪魔をしおって……覚悟はできておろうな?」
ちょんまげヘアーでパオーン様丸出しの危険人物は、強烈な陰の力を解き放ってきた。
「こいつ……鬼だっ!」
「まさか、こんな世界で同族を発見するとは、ねぇ?」
かなり強烈な陰の力だが、ユウユウは平然としている。
同じ陰の力を保有していることもあるだろうが、それとは別に余裕を持っているように思えた。
そして、その眼差しは強者が見せる弱者を見下すもの。
明らかに相手が格下であることを認めているのだろう。
「まぁ、これくらいなら、エルドティーネでも大丈夫よね?」
「言われなくても、後ろからバッサリなんだぜ」
「真正面から、と言わないのは感心ね」
くすくす、と愉快そうに笑うユウユウを合図に変態鬼は動いた。
人間とは比較にならないほどの速さで距離を詰めてくる。
しかし、こちらの殆どは人間ではない。
当方に迎撃の用意あり、だ。
「マッソォ!」
『マッスルインパクト』
筋肉のせ……もとい、海の精霊マッソォを召喚。
圧倒的な筋肉から放つ衝撃波で、レイポォ鬼の突進を防ぐ。
効果は抜群で、いきり立っていた三本目の足が、ふにゃり、と萎んだではないか。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? お、おの~れっ!」
「……なんか、もの凄い効いているわね」
「俺もビックリなんだぜ」
どうやら、あの鬼は性欲を力に変えているようだ。
だからこそ、こんなに若い女性を攫っていたのだろう。
だが、ネタが解ってしまえば後は焼くなり煮るなりだ。
被害者たちの悔しさ、悲しみ、そして怒りを海の精霊マッソォに集める。
「マッソォ! この空間に満ちる悲しみを力に変えるっ!」
『ササミっ』
強烈な陰の力がマッソォに流れ込む。
これでは海の精霊が狂暴化し鬼に堕ちるのではないか、と思われるがきちんと処理しているのでご安心を。
「へぇ……桃力で、ろ過フィルターをね? 考えるじゃない」
ユウユウは、俺が作りだした桃力のろ過フィルターを目撃し感心した。
そう、これで憎悪や恨みといった濃い陰の力を取り除き、純粋な力だけをマッソォに送り込んでいるのだ。
その力はマッソォに更なる筋肉を与えた。
もう、全身がピクピクしていて大変に危険。
だから俺はマッソォに言うだろうな。
「マッソォ! 精霊魔法【愛と怒りと悲しみの超筋肉】っ!」
『サイド・チェストォォォォォォォォっ!』
瞬間、空間は大いなる輝きに包まれた。
その輝きから飛び出してくる無数の筋肉ハゲたち。
それらが、わっしょいわっしょいとマッスルポーズを炸裂させながらレイポォ鬼ににじり寄る。
「や、やめんかっ! 来るなっ! わしはこの国の将軍ぞっ!?」
あぁ、将軍だったんだ。
「ザインちゃん、マサガト公をスタンバっといて」
「しょーちっ。まちゃがときょー、おねがいしゅるでごにゃる」
ザインちゃんのたどたどしい要請にて、彼女に憑りついたマサガト公が嬉しそうに飛び出してきた。
愛用のボロボロの刀に頬ずりをする当たり、本懐を遂げることのできる喜びに打ち震えているのだろう。
「く、来るでないっ! 来るなと言っておろうっ!」
『フロント・ダブルバイセップスっ』
「何を言っているのか分からぬっ!」
『モスト・マスキュラー!』
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? わしの溜めた力がっ! 霧散するぅぅぅぅっ!」
安心しろ、大半は分からないから。
筋肉もりもりの変態は、レイポォ鬼を追い詰める。
最早、情けない力しかない将軍は、このままでも消滅してしまうのではなかろうか。
だが、そんな将軍様を更に追い詰める事態がっ。
バリバリ、と天井を突き破って何かが降って来た。
それは、黒い全身タイツを身に纏った女性であったのだ。
「やっと着いたわ。なんで、屋根を砕いてもまた屋根があるのよ?」
「えっ? く、クロヒメさんっ!?」
そのくそエロ全身タイツさんは、攫われたはずのクロヒメさんであった。
「攫われたんじゃなかったのかぁ?」
「えぇ、攫われたわよ。全身を縄でぐるぐる巻きにされてね」
「じゃあ、ここの人たちみたいに……」
俺の言葉に彼女は首を横に振る。
「あぁ、大丈夫。縄程度なら余裕で引き千切れるし。なんなら鎖だって、ね?」
「……あなた、本当に人間なの?」
人間の姿をしたゴリラの可能性が微粒子レベルで存在する?
マジで震えてきやがった。
「城に運び込まれたついでに、悪事の証拠写真を撮って回っていたのよ。まさか、犯人が化け物になった将軍様だとは思わなかったけど……これで、ここの戦機協会がおかしくなっていた理由が分かったというものね」
ひらひらと揺らす携帯端末を構え、クロヒメさんは証拠となる映像をパシャパシャと記録していった。
「これでよしっ、と。それじゃあ、攫ってくれたお礼をしなきゃね」
「おっぼぁっ!?」
クロヒメさんと将軍との距離はかなりあったはずなのに、瞬きを挟んだ瞬間、将軍の身体がくの字に折れ曲がっていた件について。
「お~っほっほっほっ! ちなみに!」
「うげっ!」
「私にっ!」
「ぎゃっ!?」
「睡眠薬はっ!」
「ひぎっ!」
「効きませ~んっ!」
べきべきべきっ!
「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶望しかない。
クロヒメさんは絶対に敵に回しちゃダメな部類の人だ。
体中の骨を砕かれた将軍はそれでも立っていたのだが、クロヒメさんは容赦がない。
そんな彼女を恍惚とした表情で見つめるユウユウ。
「うふふ、真の同族が身近にいたなんてね」
いえ、その人、一応のところ人間です。
あ、いや、ゴリラ? これもうわっかんねぇな?
「あ、そうだ。これも、えいっ」
きんっ。
将軍様は沈んだ。
どこを、どうされたかなど、言わなくても分かるな?
「ザインちゃん、マサガト公。介錯してあげて」
「いんがおほー、とはいえ、しにょびにゃいのでごにゃる」
ザインちゃんと同じく、微妙な表情のマサガト公はボロボロの刀を振り上げて、将軍の首を切り落とした。
これにて、クロヒメさん誘拐事件は東方国の闇を暴いて終了。
割と俺たちがいなくても勝手に終わったんじゃないかな、という微妙な結末を迎えたのであった。
ふぁっきゅん。




