162食目 クロヒメさんを救い出せ
俺たちは直ちに戦機協会の外に出る、とそこには複数のならず者たちに囲まれている仲間たちの姿が。
老人と女子供ばかりだと思って仕掛けてきたのだろうか。
「ええい、今はこんな連中の相手をしている場合じゃないのに」
「……妙に行動が早いわね。おかしいと思わない?」
「確かに、なんだぜ」
ヒュリティアの言うとおりだ。
何故、俺たちを狙うのか。
そもそも反逆の意志をでかでかと見せつけているのに、バレたら困るとか頭がおかしい。
「取り敢えずは、あいつらをボコって鳴かす」
「……そうね」
バタバタとならず者たちの前に躍り出る。
そんな俺たちの姿に、皆をかばっていたガンテツ爺さんが呆れた表情を見せた。
「タイミングが悪いのう」
「あっ、ぶちかまそうとしていたのかぁ」
ガンテツ爺さんの頭の上の火呼子が、既に攻撃を仕掛けようとしていたのを認める。
ミオも飛び掛かろうとしていたようだ。
どうやら、俺たちは邪魔をしてしまったもよう。
「ガンテツ爺さん、こいつらは?」
「ただのチンピラじゃよ。睨み付けてきただろ、じゃと」
「じゃあ、やっちまっていいなっ。今は一刻を争うんだぜ」
俺は精霊を召喚。
召喚するのは【海の精霊】だ。
「来いっ! 海の精霊【マッソォ】っ!」
「んんん~! んマッソォっ!」
「「「ぎゃぁぁぁぁぁっ!? なんか、キモいのが出たぁぁぁぁぁっ!」
この冷たい風が肌に滲みる時期に、海パン姿で筋肉ムキムキのスキンヘッドのおっさんが笑顔でこんにちはすれば、こうもなろうというものだ。
だが、このエルドティーネ・ラ・ラングステンは容赦という言葉を知らぬっ。
「マッソォっ! 精霊魔法【ドキッ☆ 筋肉だらけの熱い夜】を発動っ!」
「フロントダブルバイセップスっ!」
海の精霊マッソォが見事を通り越して一般人は理解できない筋肉を見せつけた時、彼の魔法は発動。
その筋肉がピクピクする、とその振動は倍増されてゆき、やがて強烈な衝撃波へと変貌するのである。
これは物理的なダメージと精神的なダメージを同時に与える、という極悪非道な精霊魔法だ。
「殴らせた方が早かったんだぜ」
「……そうね」
六名ほどいた、ならず者たちの半分は筋肉の精霊の餌食になった。
海の精霊? 知らない子ですね。
残りの半分はガンテツ爺さんとヒュリティア、そしてミオによって駆逐されましたとさ。
うん、こうしてみるとマッソォにやられた連中の方がかなりマシだ。
ガンテツ爺さんの燃える拳で殴られた奴は丸焦げだし、ヒュリティアの光剣で切り裂かれた奴は……筆舌に尽くし難い状態になっていた。
ミオに至っては馬乗りになってボコボコにしてしまっているという。
このお子様、怖いっ。
「ひぃぃぃぃぃっ! もう勘弁してくれぇっ!」
「どうしようかな? マッソォ」
「サイドチェスト」
「そうか~だめか~」
「プロテインっ」
「頼むから、人間が分かる言葉で会話してくれぇっ!」
ならず者どもは結局、マッソォの博愛固めによってKO。
だが、完全にクロヒメさんの波長は見失ってしまう。
「くそっ、クロヒメさんの波長を見失っちまった」
「なんじゃと? クロヒメがどうしたんじゃ?」
俺たちはクロヒメさんがいなくなってしまったことを説明、そのタイミングでこいつらに襲われたことをガンテツ爺さんに話す。
「むぅ……そうか。おい、おまえら。誰に雇われた?」
「し、知らねぇよ」
「そうか、なら仕方がないのう」
ガンテツ爺さんの右手が真っ赤に燃えた。
その手をならず者の一人にゆっくりと近づける。
「さて、どこまで耐えられるかのう?」
「や、やめろっ! 分かった! 知っていることは全部話すからっ!」
暗黒微笑を湛えながらゆっくりと高熱の手を伸ばしてくるガンテツ爺さんの迫力に屈したのか、ならず者たちは自分たちを差し向けて来た者の正体を簡単に白状してしまった。
「灯都城に勤める者? そんな曖昧な言葉を信じて俺たちを襲ったというのか?」
「ほ、本当だっ! それを示す印籠も所持していたんだっ!」
「そんなもんを見せられたら、断れねぇっ! 断ったら消されちまうっ!」
どうやら、上からの圧力があったようだ。
こいつらは末端の更に末端、というわけか。
「……これ以上は情報を引き出せないようね」
「みたいじゃの。もう行っていいぞい」
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ」
ならず者たちは悲鳴を上げながら逃げていってしまった。
「それで、クロヒメは灯都城の方角に連れ去られたんじゃな?」
「多分、間違いないんだぜ」
「やれやれ……もうあそこには近づきたくなかったんじゃがの」
ああ、そう言えば、ガンテツ爺さんは昔、捕虜として東方国に連れてこられた時期があったんだっけ。
ということは、灯都城に収容されていたのであろうか。
「なんにせよ、クロヒメが尋問される前に奪還せにゃならんじゃろ」
「勿論なんだぜ。ヤーダン主任たちはクロナミに戻って戦機を出せるようにしておいて」
「分かったよ」
ヤーダン主任とエリンちゃん、そしてメカニックチームはクロナミへと帰艦。
だが、ザインちゃんは俺たちと行動を共にするという。
「おいぃ、ザインちゃんは赤ちゃんに毛が生えた程度だろっ」
「もんだいごじゃらにゅっ。せっちゃ、じゅーぶん、たたかえましゅる」
短い手をぶんぶんと振り回すお子様は、俺のお古の桃色のツナギを身に纏っている。
本当はこの町で服でも買ってあげたかったところであるが、それは後の事になるだろう。
「……エル、のんびりとはしていられないわ」
「そうだな。ザインちゃん、ついて来るからにはしっかりと働いてもらうぞ」
「しょーちっ」
とはいえ、俺とザインちゃんは、とにかく移動に難があるお子様だ。
何かしらの移動手段を考えなくてはならない。
「タクシーが捕まらんのう」
「……私たちだけなら走った方が早い」
ちら~り、と俺たちを見つめてくるヒュリティア。
確かに能力を解放した彼女とガンテツ爺さんは、圧倒的な身体能力を見せつけるだろう。
そして、ミオとクロエもこの外見で驚異的な身体能力を持っている。
俺? むりむりっ、走れないっ。
「ふきゅん、アレを使うか」
「にゃ? わんこ?」
「茶色い毛の犬さんだね」
俺の視線の先には退屈そうに丸くなっている野良わんこの姿。
それは結構な体格の持ち主で、俺とザインちゃんを乗せた程度ではビクともしないだろう。
というわけで、早速交渉開始。
「おいぃ、俺たちの足になってくれないか?」
「おんっ」
桃先生を召喚し、野良わんこの目の前にチラつかせる、と交渉は成立。
俺たちを、その背に乗せてくれることになったではないか。
流石、桃先生は格が違った。
ぺろり、と桃先生を平らげた野良わんこは伏せの姿勢にて俺たちに視線を送ってくる。
早く乗って、という事なのだろう。
「行くぞ、ザインちゃん」
「あいっ、ままうえっ」
野良わんこの背にまたがりしっかりと彼の毛を掴む。
「……相変わらず、野良に好かれるわね。母親にそっくりよ」
「そうなのか~」
「おんっ、おんっ!」
スタンバイが済んだ俺たちを認めたヒュリティアとガンテツ爺さんが、灯都城へ向かって走り出した。
それに少し遅れてミオとクロエも走り出す。
いやいや、人間の出せる速度じゃないわ、あれ。
ちょっと、考えが甘かった。
絶対、百メートル五秒台くらい出てるだろ。
そして、桃先生によって強化された、このわんこも早い早い。
結構な距離を走ったが、まったく疲れていない様子だ。
「「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」」
そんな彼に振り落とされないように、全力でしがみ付く幼女の親子は俺たちです。
この地獄は、あとどれくらい続くんだ、教えてくれ。わんこは答えてくれない。
走り出してから十数分後、俺たちは灯都城前へとたどり着いた。
やはり和風の城であり、白塗りの城壁が美しくも、難攻不落の城であることを感じさせる。
「大きな門だな」
「ごじゃるっ」
そこには巨大な門と数多くの戦機たちの群れ。
これから戦でも仕掛けるのであろうか、という物々しさを感じ取ることができた。
「……正面から何気なく入るのは無理そうね」
「じゃのう。しっかりと監視の目が行き届いておるわい」
ガンテツ爺さんの説明によると、門のいたる個所に監視カメラが仕込まれているらしい。
パッと見は分からなかったが、よく注意してみるとレンズのようなものが確認できた。
初見では絶対分からないやつだぞ、あれ。
「どうしようか? もう、強行突破しちゃう?」
「バカタレ、それでは相手の思う壺じゃ。ついて来い、昔使った脱獄用の通路が残っとるかもしれん」
「あ、なるほど。それなら」
確かに、馬鹿正直に正面から突破すれば、最悪、俺たちはお尋ね者になってしまう。
クロヒメさんが、ここに連れ込まれた時点で俺たちの負けなのだ。
ならば、今度は俺たちが仕掛ける番だ。
必ず彼女を奪還して鼻を明かしてくれる。
俺たちはガンテツ爺さんの誘導に従い、城の間裏まで移動するのであった。




