158食目 雷蕎麦 実食
ほぼ大破したマネックから引きずり出される形でヤーダン主任は救出された。
しっとりと濡れた彼女の姿は、ゲル状の水豚の肉も相まって、どう見てもエロゲーキャラクター、しかも事後にしか見えない。
こぽこぽと、口から水豚の肉を吐き出すが、それがもうねっとりとしていて危険極まりないのだ。
二代目よ、何故、俺にこのような穢れた知識を残したのだっ。
「うわわっ、大変だよっ! ヤーダン主任が白目を剥いてるっ!」
「大変にゃ~ん!」
「こ、これって、専門用語で【アヘ顔】っていうんだよっ!」
「にゃ? クロエは物知りにゃ~ん」
「えっへん」
おいまて、その言葉をどこで覚えた、クロエちゃん。
怒らないから教えなさい。
「……クロエ、あとでブリーフィングルーム」
「ひえっ」
好奇心は猫をも殺す。
哀れ、クロエはヒュリティアにお説教を受ける羽目になったという。
「とにかく胃の中の物を吐き出させるんじゃっ!」
「任せて、それならこうよねっ!」
ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!
クロヒメさんは迷うことなく、ヤーダン主任の唇に自分の唇を重ねた。
「俺たちにできないことを平然とやってのけるっ!」
『そこに痺れるっ!』
「ばぶぶぶ、ぶー!」
俺とH・モンゴーとザインちゃんは、クロヒメさんの勇気ある行動を称える。
というか、H・モンゴー、おまえ、そんな形をしておっさんボイスだったのか。
機械人H・モンゴーは割と顔が整った青年風の軍人であった。
だというのに、声だけがおっさんで違和感が凄まじい。
基本的に機獣に乗り込んで制御するだけだからいいのだろう、と俺は推測した。
「というか、敵の前に本体を晒していいのか?」
『ぶっちゃけ、やらかしちゃたから、もうどうでもいいかなって』
「軍人、凄いですね」
『泣きたい』
結局、H・モンゴーは俺たちから幾分かの食材を渡されて立ち去りましたとさ。
一応は協力してくれたので、かくごー、はできないできにくい。
機獣、機械人、絶対に殺すガールなヒュリティアも、彼だけは生暖かい眼差しで送り出しました。はい。
「……それよりも、ヤーダン主任」
レロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロレロっ。
「ああっ!? ヤーダン主任がビクンビクンしてるよっ!」
「お魚みたいにゃ~ん」
「あれは専門用語で……」
「……クロエ?」
「うにゃ~っ!」
いや、それよりも、何故、そのタイミングでそれなんだ。
ある意味で正しいかもしれないが、もうちょっと自制というものをだね。
「ん~っ!? んん~! んっんん~!」
「こいつぁ、やべぇっ! クロヒメさんを引き剥がして差し上げろっ!」
というわけで、レロレロ魔のクロヒメさんをヤーダン主任から引き剥がしました。
「こ、これが大人のキス……! 凄いねっ、ミオ」
「ミオはそんなことよりも、お魚が食べたくなったにゃ~ん」
クロエはかなりのおませさんである様子。
しかし、ミオは色気よりも食い気であるようで、丁度いいバランスとなっていた。
でも、クロエ。クロヒメさんの真似はいけない。いいね?
「ぶはっ!? な、なにをするんですかっ! 子供たちの前ですよっ」
「やぁねぇ。喉に詰まっていた水豚の肉を吸い出してあげてたのよ?」
「だ、だとしてもっ」
「あら? その気になっちゃった?」
妖艶に微笑むクロヒメさんは、その容姿が美しいこともあり魔性の魅力をいかんなく発揮していた。
これに流石のヤーダン主任も顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。
「と、取り敢えずは助けてくれたことは感謝します、がなるべくは控えてくださいっ。うちは子供が多いんですから」
「はいはい、分かりましたっと」
どうやら、クロヒメさんは小さな子供も好きだが、大人のエロいお姉さんも大好きであるもよう。
どこからどう見ても野獣のそれであり、俺は「ふきゅん」と鳴かざるを得なかった。
「ヤーダン主任も助かったことだし、雷蕎麦の実食といこう」
「……そばつゆ、無いわよ」
「し、しまったぁ……!」
なんということであろうか。
蕎麦を食べるための、そばつゆを用意するのを忘れていたのである。
こんな失態は許されない許されにくいっ。
「あるぞい」
「えっ?」
「ちゃあんと、デスサーティーン改に積んでおいたわい」
ガンテツ爺さんは、デスサーティーン改のコクピット内をごそごそとまさぐると、ボトルを持って降りてきた。
「ほれ、市販の物じゃがな」
「流石、蕎麦好きは格が違った」
ガンテツ爺さんが寄こしたボトルは蕎麦専用のつゆであった。
なんでも食事処くれないで購入しておいた物だとか。
「雷蕎麦を手に入れるんじゃから、これくらいの備えは当然じゃろ」
「いや、まさか水豚で雷蕎麦を茹でる事になるなんて思わなかったんだぜ」
特殊食材で特殊食材を調理する。
これからは、このようなパターンも想定しなくてはならないのだろう。
いや、それよりも実食だ。
蕎麦は茹で上がってから時間が経てば経つほどに旨味が失われる。
しゃきっとした歯ごたえも旨味の一部であるから、ふにゃっとなった蕎麦は食べていてしょんぼりした気分になるのだ。
だから、俺はせっせと雷蕎麦を回収するだろうな。
「……雪の上で雷蕎麦が締められてるわね」
「本当だね。丁度、水で熱を取った感じ」
エリンちゃんが雷蕎麦の一本を指で摘まみ上げる。
それはクリーム色をしており、時折、パチパチと電気を発していた。
「本当に食べられるのかしら?」
「食べられるよ」
「どうしてわかるのよ。ヤーダン主任」
クロヒメさんの呟きに、ヤーダン主任が返事を返す。
ヤーダン主任は、ちょんちょんと自身の口を指差し続きを答えた。
「先に食べさせてもらったんだよ。というか、勝手に口の中に入り込んできたんだけども」
「あぁ、水豚の肉と一緒に入り込んできたのね」
「味わうことはできなかったけどね」
彼女の証言により、雷蕎麦はそのままでも食べられることが判明。
精霊戦隊で雷蕎麦をざるに回収して、いざ実食。
ざるは何故かエリンちゃんがブリギルトに積んでました。
本人に聞いても、探したら何故かあった、という返事が返ってきたので彼女の中の精霊王がこっそり仕込んでおいてくれた可能性が高い。
「それじゃあ、このままだと寒いのでっ……チゲ、お願いできる?」
俺の背後から火の巨人チゲが出現し、精霊魔法【この世で一番優しい炎】を発動させる。
それは俺たちの周囲を囲み、その内部だけがまるで春の温もりになったかのような暖かさとなった。
「ふぅむ、これがチゲ坊の能力か。火呼子とは違うのう」
「同じ火の精霊でも違うの?」
「そうじゃな。人間が一人一人違うのと同じじゃろ。火呼子は、どちらかというと攻撃的な能力ばかりじゃて」
「簡易テーブルを引っ張り出してきたわ。ここに雷蕎麦を置いて食べましょう」
ガンテツ爺さんと火の精霊の能力について考察している間に、クロヒメさんが簡易テーブルをアインラーズから引っ張り出してきた。
結構な大型の物で、全員分の雷蕎麦が置けるようだ。
流石に椅子はないので立ったままの実食になるが。
「それじゃあ、全ての命に感謝をして、いただきま~すっ!」
俺の音頭に合わせて感謝の言葉を口にし、雷蕎麦を啜る。
「ずぼるちょっぴ、ぷぴぴぴっぷ、じゅぬぽんっ」
「……啜る音、母親にそっくりよ。もっと普通に啜れない?」
できませんっ! ヒュリティアのツッコミは後回しとするっ!
いや、それよりもだっ!
「うお……おぉぉぉぉぉぉっ! なんという爽快感だっ!」
「むぅっ! この喉越しっ! バチバチとした食感と相まって稲妻のごとく喉を通過してゆくわいっ!」
恐るべきのど越しの良さ、そして香り。
ありとあらゆる蕎麦の良いところを独り占めしたかのような雷蕎麦に、俺はただただ感動するばかりである。
丸飲みしてばかりでは十二分に雷蕎麦の魅力を堪能できない。
だが、噛もうとしても俺の身体は飲み込んでしまう事を強要した。
それほどまでに雷蕎麦を丸飲みすることは快感であるのだ。
ぐぬぬっ、噛めっ! そして、良く味わうんだっ!
口を強引に動かし雷蕎麦を咀嚼する。
その度に、雷蕎麦はバチバチと弾け頬から電気を発生させた。
口内に心地良い刺激が走り、同時に蕎麦の甘い味と爽やかな香りが爆発する。
やがて、蕎麦の香りは鼻腔を通り抜けて外に排出されるのだが、その際に最も風味を感じ取ることができるのだ。
「ふおぉぉぉぉぉぉ……!」
最早、その香り高さを口で表現することなどできない。
陶酔とはまさにこれ。これを口で表現することなど雷蕎麦に対する侮辱だ。
「ふあ~、すっごく美味しい!」
「にゃ~ん、バチバチが気持ちいいにゃ」
ミオが良い事を言った。そう、雷蕎麦は食べていて気持ちいいのだ。
これから発生する刺激は喉を、そして胃までをも刺激し活性化。
やがて、その電流は体全体に行き届き、身体全体を優しくマッサージでもされているかのような感覚に陥る。
「こ、これはぁっ!?」
いや、実際にそうだったのだろう。
鉛のように重たかった身体が、今では羽根のように軽いのだ。
なるほど、昔話のお爺さんが雷のごとき速さを得たという表現はここからきているのかもしれない。
では、二人とも若返ったというのはどういうことか。
「……ガンテツ爺さん?」
「うん? なんじゃい。わしの顔になんか付いておるか?」
「……若返り効果、凄いですね」
「なんじゃと?」
なんという事でしょう、そこには真っ黒な髪の若者がいたではありませんか。
というか、ガンテツ爺さん。若い頃はそんなにイケメンだったのか。
「抱いてっ!」
これにクロヒメさんが反応。ガンテツ爺さんに飛びついた。
見境、無くなってないですかねぇ? クロヒメさん。
「ばかもん、見てくれだけ若返っただけじゃ。それに、昔話とは違って、永続的ではないじゃろ」
「……そうね、この肌の感触だと一時的に細胞が活性化された状態だわ。それこそ、毎日食べないとこの状態は維持できない」
「ふきゅん、でも、毎日食べると、お爺さんお婆さんみたいに若いままで子供も作れる?」
「……可能性は否定できない。でも、それだと無間湧きするあのざるがいるわね」
「確かに」
俺はヒュリティアの答えに納得を示し雷蕎麦を啜る。
「ばぶー!」
ザインちゃんは、早く雷蕎麦を寄こせ、とバブっているが果たして与えてもいいものか。
まぁ、のどに詰まったら吸い出せばいいか、と俺は一本を指でつまんでザインちゃんの小さなお口へと運ぶ。
すると驚きの吸引力を発揮。一瞬にして雷蕎麦は消え去ってしまった。
「うおぉぉ……赤ちゃんの吸引力、凄いですね」
「ばっぶー」
たった一本であったがザインちゃんは満足したようで、そのままスヤスヤとお眠の体制へと移行し、暫く立った後に本格的に寝てしまった。
枝の能力を行使したこともあったのだろう、ちょっとやそっとでは目を覚まさないようだ。
「これが雷蕎麦か。凄い蕎麦なんだぜ」
「ほんにのう。苦労した甲斐があったというもんじゃ」
こうして、俺たちは雷蕎麦を獲得し、ついでに水豚の肉をも獲得した。
驚く事に、この水豚の肉は水を掛けると増えることが判明。
これはクロナミに持ち帰った後、エリンちゃんのドジで発覚したことだ。
また、ヤーダン主任にも変化が生じていたもよう。
したがって、これからブリーフィングルームにて今回の件についての纏めをおこなうこととなった。




