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157食目 精霊ちから

 ◆◆◆ エルドティーネ・ラ・ラングステン ◆◆◆



 これは拙い展開ってレベルではない。

 水豚にヤーダン主任が食べられてしまった。

 食べられた、というよりかは丸飲みに近い形だ。


 彼女は耐電能力があるから大丈夫、とは言うがきっと嘘だろうと確信する。


 どうする? どうする?


 さっきは分かったと返事を返したが、素直に実行なんてできないぞ。

 仲間を見捨てて食材ゲットしても、後ろめたくて味わう事なんてできやしないんだ。


 じゃあ、どうすればいい? 水豚を諦めるか?

 諦めたところでヤーダン主任が解放されることはないだろう。


 であるなら、水豚を倒すしかないじゃないか。


 あぁ、このくそ寒いというのに汗が止まらない。

 ガチガチ、と奥歯が鳴る。安定しない。


『落ち着け、ちんちくりん』

「お、俺はっ、冷静だっ!」

『落ち着けと言っている、ちんちくりぃん』


 エルティナイトは冷静な声で、しかし、その声には多分に怒りが籠っていた。


『あの豚さんには、もう一つ弱点があるだろうが』

「え?」

『水、凄いですね。なんだか、紅茶が飲みたくなってきたな~』

「おまっ、この状況で……」

「てっつー!」

「アイン君……いや、そうか! その方法があった!」


 だが、この方法だと水豚は完全に消失してしまう。

 だが、仲間の命には代えられない。


「ガンテツ爺さん! ヤーダン主任を助ける! 協力してっ!」

『相分かった! しかし、どうやるんじゃ?』

「水豚だけを蒸発させる!」

『簡単に言ってくれるのうっ!? どんだけ調整がいると思ってんじゃ!』


 ガンテツ爺さんのデスサーティーン改が火炎放射で水豚を牽制する。

 水豚はその炎を嫌がっていた。


 たぶん、火炎放射が普通の炎であったなら、無視して突撃していたことだろう。

 しかしデスサーティーン改の炎は精霊が宿る炎なので普通ではないのだ。


 ん? 普通ではない?


「あ、あーっ!? 俺は馬鹿だっ! また一人でやろうとしていたっ!」


 そうだ、俺は俺だ。

 二代目ははのような才能なんて無い、って分ってただろうに。


『ようやく気付いたか、ちんちくりん』

「あぁ、分かったよ。待っていてくれたんだな、エルティナイト」

『なら、さっさと決着を付けてどうぞ。ザインちゃんもバブって待っているぅ』

「ばぶーっ!」


 俺の膝の上のザインちゃんがバチバチと帯電し始めていることを認める。

 きっと、全てを喰らう者の枝の能力を解放しつつあるのだろう。


 昨日の進化は、これの予兆だった可能性が高い。


「ヤーダン主任を助ける。力を貸してくれ、チゲっ!」


 俺から抜け出す大量の魔力……いや、違うっ! 魔力じゃないっ!


 いったい、なんだっ! この力はっ!?


「あ~い~あ~ん!」


 激しく点滅するアイン君は、ヘルメット形態を解除し俺の前に降り立つ。

 すると、その身を一本の鉢巻に変えてしまったではないか。


「こ、これはっ!?」


 その白い鉢巻の中央には灰色の鉄板。そこにはアイン君の顔があった。


 宙に浮くそれを手に取る。

 ただ、形状が変わっただけにも思えるそれは、しかし、それから伝わる力の意味が理解できた。


 同時に全てを喰らう者・竜の枝のシグルドが言った言葉をも思い出す。


「努力の鉢巻……!」

「あい~んっ!」


 そうだ、俺は弛まぬ努力と、精霊たちに絶えぬ感謝をし続ける必要があった。

 そして、決して諦めぬ【鉄の意志】を持たねばならなかったのだ。


 こんな、弱い俺を支えてくれる精霊たちに報いるためにも、俺はっ!


 覚悟を決めた俺に変化が起こる。

 それは速やかにエルティナイトに伝わり、コクピット内は鋼の大地へと姿を変えた。


 俺は脳裏に浮かぶ誓いの言葉を口にする。


「努力の鉢巻引き締めてっ!」


 努力の鉢巻を額に巻く。

 弛まぬ努力が具現化した鉢巻は、俺に諦めない心を備えさせた。


「勇気の鎧を身に纏いっ!」


 水豚に対する怒りが俺の内より赤黒い輝きとなって放出される。

 それは強大なる者に挑む勇気によって具現化され、騎士の鎧となって俺に装着される。


「愛の羽織りを纏いしはっ!」


 ラングステン王国の聖女の服が桃色に染まり上がる。

 この全ては俺の愛で出来上がったもの。


 今はまだ、その輝きは弱けれども、いつか眩いばかりの光で満たして見せる。


精霊騎士エレメンタルナイト! エルドティーネ・ラ・ラングステン! 見参っ!」


 きっと、まだ弱い。


 でも、俺は誇りを持って精霊騎士を名乗ろう。

 このプライドは精霊たちに対する敬意と覚悟なのだから。


「ぶきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 水豚がエルティナイトに突進してきた。


『……エルっ!』


 ヒュリティアの危険を知らせる声。


 回避っ! いや、違うっ!


 勇気を持てっ! 逃げるなっ!


 救うべき人は、そこにいるっ!


「エルティナイトっ!」

『やれやれ、ナイトは期待に応えちまう困った存在。だから俺は無茶も平気でやっちまうだろうな』


 エルティナイトは深く腰を落とし水豚の突進を迎え撃つ。


 正直、怖い。でも、この恐怖から逃げるのは、もっと怖い。


 俺が俺でいるために、大切な仲間を救うためにも……俺は逃げないっ!


「あいあぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


 アイン君が叫んだ。同時に身体が押し潰されそうになるほどの衝撃。

 しかし、エルティナイトは水豚の突進を受け止め、これを抑え込んだ。


『なっ……!?』


 ガンテツ爺さんの絶句する声が聞こえてきた。


 体中が痛い。


 口の中が込み上げてきた液体で満たされる。鉄の味だ。

 不快な味だ、口の中の物を吐き出す。


「だから、どうしたっ!」


 こんなもので、俺は倒れはしない。倒れるわけにはいかないっ。


『エルティナちゃんっ! ヤーダン主任のマネックが!』


 クロヒメさんの悲鳴。

 確認するとヤーダン主任のマネックに無数の亀裂。

 特にコクピットハッチがひしゃげ、内部に水豚の水が侵入してゆくのが水の流れで確認できる。


「ヤーダン主任っ! 精霊を信じろっ!」

『……え? 通信は切ったはずなのにっ!?』

「なんだっていい! 俺たちと精霊を信じて【受け入れてくれ】っ!」

『そっか。うん、僕は皆を信じるよ』


 ヤーダン主任の全てを察した声。

 そして、彼女に纏わりついていた精霊の気配が消えていたことは決して無関係ではないだろう。


 きっとローレライは自分の役目を終えたのだ。

 それは、ヤーダン主任がもう男には戻れないことを意味しているに違いない。


 憑りつき殺していたら、ヤーダン主任は返事をしてくれないしな。


 だから、あとは彼女を救うだけ。


 コクピット内が水に満たされる前に、呼吸ができなくなる前に水豚を仕留めるっ!


「ガンテツ爺さんっ! 精霊合体!」

『応っ! 行くぞいっ!』


 ガンテツ爺さんのデスサーティーン改が炎へと姿を変えてエルティナイトを燃やし尽くす。

 やがて、エルティナイトは炎を纏った騎士へと変化した。


 その背後に炎の精霊を兼任するチゲの姿。


「今のエルティナイトなら、チゲの能力を十分に引き出せるはずっ!」

『エルドティーネっ! 水豚が暴れ出したんですがねぇっ!?』

「押さえ込んでくれっ! エルティナイトっ!」


 水豚がエルティナイトの戒めから逃れようと暴れ出した。

 このままでは、折角押さえ込んだというのに振出しに戻りかねない。


 その時、不可視の波動が水豚に照射された。

 すると、水豚は挙動不審となり、困惑した表情で周囲を見渡し始めたではないか。


『下等生物っ! もたもたするなっ! 早く仕留めろっ!』

「H・モンゴーっ! ありがとうなんだぜっ!」


 オ・ラビーの幻覚音波砲だ。


 まさか、敵に感謝する日が来ようとは思わなかった。

 しかし、これは千載一遇のチャンス。


 なんとしても、ここでっ!


「ヤーダン主任っ! 行くぞっ!」

『がぼぼぼぼぼぼぼっ』


 ヤバ~いっ! 溺れてるじゃないですかやだー!


「チゲっ! 精霊魔法っ!【この世で最も優しい炎】、発動っ!」


 チゲの真っ赤な両手が水豚に向けられる。

 すると、そこから熱風が生じ、やがてそれは空気を摩擦して炎へと変じた。


「ぶ、ぶきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


 その炎は水豚の内部に入り込み、しかし、決して消えることはない。


「うぐっ、ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 だが、俺から抜け出す何かは激しさを増す。

 魔力ではない何か、それは俺の意識をも持ってゆこうと荒ぶる。


「あいあ~ん!」

「あぁ、分かってる! 大丈夫だっ!」


 アイン君の励ましが、俺の心を強くする。

 彼と出会ってからずっと、そして今も、アイン君は俺を励まし続けていてくれた。

 だから、俺は歩き続けることができたんだ。


 俺はアイン君に深い感謝を捧げる。

 すると、俺の中の何かが大きく増えた。


 やがて、それは俺に語りかけてきたではないか。


『やっと、繋がりましたね』

『その声は精霊王かっ!?』

『はい、エリンの内に宿っていた時から、あなたにコンタクトを取っていたのですが、精霊ちからが弱く、チャンネルを繋げることができなかったのです』

『精霊ちから? これが……!』


 精霊王の説明で、俺の内にある謎の力の名が判明した。


『その力は魔力、桃力、といった特別な力ではありません。この世界に生きる者であれば少なからず保有している、極普通の力です』

『そ、そうなのかー』


 ちょっぴり、がっかりしたのは内緒です。


『でも、この力は精霊たちと交流するのに必要不可欠な力。昔は、あなたくらいの精霊ちからの持ち主が沢山いました……っと、暢気に話している場合ではありませんね』

『あぁ、仲間を救わないと! 精霊王も力を貸してくれっ!』

『いいですともっ!』


 チゲの炎に精霊王の力も加わり、遂に水豚はグツグツと沸騰し始めた。

 だが、蒸発するには至らない。


 このままでは、ヤーダン主任が煮だってしまうのではなかろうか。


『むっ? エルティナや! そのままでええぞっ!』

「なんだって? どういうことだ、ガンテツ爺さんっ!」

『グツグツ大根がヤーダンを護ってくれておる! わしらは水豚に集中するんじゃ!』


 グツグツ大根が……? あ、本当だっ!


 なんという事であろうか。

 ヤーダン主任から感じ取れる波動に、グツグツ大根のものが混じっているではないか。

 それはチゲの精霊魔法に呼応し、ヤーダン主任を護っていた。


「そうだ、俺は、俺たちは食材にも感謝しなくちゃならなかった! だったら!」


 俺は、俺たちは水豚にも感謝を込めて倒さなくてはならない。

 怒りや、憎しみを以って、食材の命を奪ってはならないのだ。


「ばぶーっ!」


 鋼鉄の床に寝かせていたザインちゃんが再び四つん這いになって体を起こした。

 その小さな体に、大いなる意思を携えて、彼女は咆える。

 すると天からおびただしい雷が、グツグツと煮立つ水豚に降りそそいだではないか。


 瞬間、俺は脳天を雷で撃たれたかのような衝撃を覚えた。

 そして、それを頷かせる物が水豚の体内でぐるぐると回っていることにも気がつく。


「蕎麦だっ! 水豚の中で蕎麦が茹でられているっ!」

『な、なんじゃとっ!?』


 ザインちゃんのバブーボイスに促されるかのように、次々と雷が水豚に突き刺さる。

 その度に、水豚の体内に蕎麦が発生していったではないか。


「やっぱりそうだ! 雷蕎麦は雷が姿を変えた物だったんだ!」

『……無茶苦茶ね』


 ヒュリティアは呆れた声を出すが、過程なんてどうでもいいのだ。

 問題はそれを美味しくいただけるかどうか。


「そして、水豚と雷蕎麦っ! この出会いは偶然じゃないっ!」

『必然ってそれ一番言われてっから、もっと火力を上げていいぞ!』


 エルティナイトの要請に応え、チゲは更に火力を上げる。

 すると、水豚の体内で勢いよく雷蕎麦がぐるぐると元気に回り始めたではないか。


「だ~!」


 ザインちゃんが、止めとばかりにバブる。

 ひときわ大きな雷が、水豚ではなく地面に突き刺さる。


 それは漫画で見るようなギザギザな雷の形をした物へと固定していた。

 よくよく見ると、それは蕎麦の乾麺の集合体であったのだ。


「そうか、雷山の上空で作られた雷が雷蕎麦の正体だったんだ!」


 俺はそう確信する。


「ぶ、ぶきぃぃぃぃ……」


 丁度、そのタイミングで水豚が倒れた。

 炎の熱と雷の電撃によって、遂に仕留めることができたのだ。


 水豚の身体は水だと思っていたが、実のところゲル状のものであったらしく、エルティナイトですくってみるとプルプルと揺れ動いた。

 かなりの弾力を持っているようで、指で突いても弾けることはない。


「そうだ、ヤーダン主任を引っ張り出さないとっ!」

『もう力が出ないんですわ』

「か、肝心な時にっ!? 皆~、お願いしますっ!」


 かくして、俺たちは水豚の脅威を退け、そして特殊食材をもゲットできたのであった。

 ヤーダン主任も無事で何より。


 でも、どうやって電流を防いだんだろうか?


 ま、いっか。無事だったしな。


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― 新着の感想 ―
[一言] 普通の一般人にはどう足掻いても 電蕎ゲット出来ないのでは? ヤーダン主任の安否はいかに? (アフロにはなってそう)
[良い点] いいですとも! [気になる点] 機獣一同「「「「これは説教やろなぁ」」」」 [一言] 普段は真面目でやさしい主任、しかし一旦水分を弄られると「辛いのおいしい、辛いのちょうだい」と食欲の言葉…
[良い点] この後茹で上がった蕎麦はザインちゃんが全部美味しく頂きました ザイン「ばぶぅ」 [一言] 乾麺ゲットだぜ!
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