155食目 野生の戦いに翻弄される機械人
水豚との戦いが始まって十分弱ほど経ったであろうか。
戦機に置ける戦闘時間が十分を越える、とそれは死闘扱いとなるのだが、相手は戦機でもなんでもない、とんでも食材なので多少はね?
それにしたって、異常にタフ過ぎてこっちの方が先に参ってしまう。
凶悪と言って差し支えが無いほどの再生能力と、防御を一切考慮しない突撃は脅威以外の何ものでもない。
しかも、この騒ぎを聞きつけたのか、機獣のバカちんが団体でやって来るという始末。
こんなんじゃ、勝負になんないよ~?
『えぇい、このくそ忙しい時にっ!』
ガンテツ爺さんがボヤキながらレ・ダガーに対処する。
だが、今回はレ・ダガーだけではないらしい。新顔の姿も確認できた。
それは一言で言い表すなら白兎だ。
といっても可愛らしいものではなく不格好な蛙に兎の耳を付けたかのような酷いデザインである。
「きもいっ!」
『……兎を冒涜した罪は重い』
『センスを疑うよねぇ』
女性からの散々な評価を受けた白兎は、ちょっぴり凹んだ気がしなくもない。
『何事かと来てみれば、我々の縄張りで随分と暴れてくれているじゃないか』
しかも喋る。おっさんの濁声でだ。
これはもう、問答無用で叩き潰すに限る。
『我が名はH・モンゴー! この機獣、オ・ラビーで貴様らを地獄へ送ってやろう!』
「うるせぇっ! 今立て込み中だっ! すっこんでろっ!」
『咆えたな、小娘っ!』
正直な話、こいつはバカの可能性が高い。
こんな化け物とやり合っているというのに、わざわざその戦いに介入してきているのだ。
決着を待ってから戦いを挑んだ方が遥かに有利になるだろうに。
そのせっかちな性格が災いした結果をご覧ください。
「ぶきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
はい、怒り狂って突撃してきた水豚さんに、レ・ダガーたちがプチプチと踏み潰されております。
結構な機体数があったようだけど、もう片手で数えるしか残っていないという。
何しに来たの、君たち。
『な、なななっ!? ば、馬鹿なっ!』
驚愕するH・モンゴーは指揮官とあって、なかなか動けるもよう。
彼の乗機オ・ラビーも雪中仕様であるのか軽快な動きを見せている。だがキモイ。
『おのれっ! このまま帰れば降格させられるっ! なんとしてもおまえらの首を上げてくれるわっ!』
「その前に自分の心配をしてどうぞ」
『どわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
H・モンゴーは水豚の踏み付けをかろうじて回避。
オ・ラビーは小型機に分類されるのであろうことから、非常に機体重量が抑えられているのだろう。
雪の上を、ぴょんぴょんと跳ねて逃げまわることができた。
肝心の攻撃はというと、前歯からへなちょこ破壊光線を出すだけだ。
威力のほどはお察しであり、まったく水豚には通じていないもよう。
だからこそ、結構な数のレ・ダガーを引き連れていたのだろう。
『あ、ダメだこれ』
「ここに阿呆がいらっしゃるぞっ!」
『……あほー』
『あほ~』
オ・ラビーはその場で地団太して見せる、という器用なことをやってのけた。
なんで、そんなプログラムを組み込んだし。
ヒュリティアとエリンちゃんに馬鹿にされたH・モンゴーは、しかし、それでも水豚と俺たちの撃破に固執する。
もう、引くに引けなくなってしまったのであろう。
欲を出したばかりに酷い目に遭った、って学習してないのか、こいつは。
さっさと逃げればいいものを。
『おまえらっ! エリシュオンの軍人の底力を見せてやれっ……って、いねぇっ!?』
「人望も無いとかたまげるなぁ」
残っていたレ・ダガーも、いつの間にか逃げておりました。
『連中は本能的に長寿。そして、汚い兎は短命』
『うるせぇっ! いや、その前に戦機が喋った!?』
「いちいち驚いてないで戦闘に集中させてくれませんかねぇ?」
『あっ、はい』
最早これまで、と悟ったのであろうか、H・モンゴーはしょんぼりしながら戦闘に集中し始めた。
特にこちらに攻撃を仕掛けることはないようだ。
「さぁて、水豚をどう攻略してやろうか」
『このままじゃ、埒が明かにぃ』
「あい~ん!」
エルティナイトとアイン君の言うとおりだ。
消耗戦になれば、こちらが確実にやられてしまう。
そこが知れない体力は脅威以外の何ものでもない。
しかも相手の攻撃が体当りだけなので、エネルギー切れが期待できない、という。
『エルティナちゃん! ここじゃ、戦い難いわっ! 山頂へ向かいましょう!』
「クロヒメさんっ!?」
『む、そうか。山頂なら整備されて視界が開けておるからの。火の魔法も使えるわい』
「なるほど、ガンテツ爺さんがそういうならっ」
クロヒメさんの提案を採用し、俺たちは水豚を引き付けながら山頂を目指す。
しれっとH・モンゴーも同行しているけど、今はこれを見なかったことにしてやる。
『う~ん、マネックはもっと調整した方が良いなぁ』
「ヤーダン主任、機体にトラブル?」
『あ、いえ、ちょっとお尻が窮屈で……』
「おケツ、デカいもんな」
『シートの幅を調節できるようにアナスタシアさんに提案しておきますよ』
この緊迫した状況においてもマイペースなヤーダン主任は、ある意味で強いと言えよう。
でも、時と状況を考えてどうぞ。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!? 追いつかれる、追いつかれるっ! おい、下等生物どもっ! なんとかならんのかっ!?』
「できてたら、とっくに戦いは終わってんだよ、ふぁっきゅん!」
「ぶきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
『「ほぎゃぁぁぁぁぁっ!? 突っ込んできたぁぁぁぁぁっ!」』
H・モンゴーと漫才をやっている場合ではない。
とにかく突進を回避しながら山を駆け上る。
『っと……そうだった! 喰らえい、幻覚音波砲!』
クロヒメさんが上手く立ち回りながら時間稼ぎをしている隙を突き、H・モンゴーの機獣、オ・ラビーの長い耳から不可視の波動が照射された。
それは水豚に命中し、やがて、水豚はきょろきょろと周囲を困惑した表情で見渡し始めた。
『ふはは! これがオ・ラビーの幻覚音波砲だ! ダメージこそ与えられんが、相手に幻覚を見せることが可能であるっ!』
「なんで、そんな便利な兵器を早く使わなかったんだよ」
『忘れてました、さーせん』
素直でよろしい。だが、へっぽこ軍人だ。
H・モンゴーの機転で水豚を混乱させつつ、いよいよ山頂へと辿り着く。
そこでは暴風に晒されていたせいか、雪は思ったよりも積もっていなかった。
「しめたっ! これならエルティナイトでも上手く立ち回れる!」
『ナイトの真価を見せる時が来た感。今こそエリン剣を抜く時っ!』
一人も欠けることなく山頂に到達した精霊戦隊は、いよいよ最大火力を以って水豚を狩る。
ちゃっかり機獣も混ざっているけど気にしない方向で。
『仕留めるにしても、どうやるのだ? 先ほどから観察していたが、奴めはオートリジェネーションシステムを搭載している可能性が高いぞ』
「システムと言えばシステムだけど、あれ、列記とした生物だぞ?」
『はは、ご冗談を』
「マジなんだぜ」
『……マジで? ここの原生生物、怖いわ~』
H・モンゴーはオ・ラビーの幻覚音波砲を適時使用しながら逃げまわる戦法を選択したもよう。
それしかできないこともあるが、きちんと自分の長所は理解しているもようで大変によろしい。
しかし、こちらに援軍? があったように水豚にも援軍がやってきた。
それは自然現象という名の猛威だ。
『にゃおぉぉぉぉぉぉぉっ!? あぶにゃっ!』
『か、雷が落ちて来たよっ!』
ミオとクロエが落雷を慌てて回避する。
この広い山頂だったから素早く回避できたものの、障害物が多い登山路でこんなものに襲われたら回避などできなかったであろう。
しかも、落雷は一発だけではなく、何発もこちらに向かって降り注いでいるという。
ぷじゃけんなっ!
「これじゃあ、安心して戦えないんだぜっ」
「あいあ~ん」
「ふきゅん、アイン君は賢いお方っ。それなら、一発は耐えられるな」
俺はアイン君の提案を採用。
魔法障壁を笠状にして戦機たちの頭部に固定する。
お情けでオ・ラビーの頭の上にも固定してやった。
「皆、その魔法障壁で一発くらいなら雷を耐えれるはずっ! でも、なるべく当たらないようにっ! 特にミオっ! ルビートルは縦幅が広いから魔法障壁笠が二枚も必要になるので当たらないようにっ!」
『結構な無理難題を言い渡されたにゃ~ん』
初機乗で無理難題を言いつけているのは理解している。
しかし、俺の魔力は以前と比べてクッソ少なくなってるのだ。
魔法障壁もあと十枚程度しか張れないだろう。
雷はまるで雨のように降り注いでいる上に、水豚の突進攻撃は平地になって益々切れが冴え渡る。
いよいよ決戦の時ではあるが、果たして俺たちは水豚を獲得することができるのであろうか。




