153食目 ばぶーの進化は、ほんのりと
夢から目が覚める、と俺の顔を覗くヒュリティアさんのドアップがありましたとさ。
「……起きた」
「何もかもが懐かしい」
「……何かあった?」
「割と」
さり気なくヤマトネタをスルーされた俺は、この悲しみを乗り越えて夢の中の出来事を説明する。
すると、ヒュリティアは「そう」と短く答えるに留まった。
その表情はどこか懐かしいものを見たような、それでいて悲し気な物でもあった。
しかし、何故、このタイミングで夏の夢を見たのだろうか。
「はっ! ぬぅんっ!」
そこには、俺の中から勝手に抜け出した海の精霊のマッスルポーズが炸裂しておりました。
「貴殿の仕業であったか」
「んマッソォっ!」
海の精霊の尻を思いっきり叩いて帰還させました。
正しい判断であった、と強く確信している。
「……もう理解しているとは思うけど、ヤドカリ君は全てを喰らう者の枝の一本よ」
「やっぱりそうなんだ」
「……そして、エルティナの初めての相手」
「その言い方だと、あっち方面の関係だと勘違いされるんだぜっ」
「……おまーせさん」
邪悪な黒エルフはひとまず置いとくとして、あのヤドカリが全てを喰らう者の一枝であることが、これで確定したわけだ。
問題となるのが、彼がどの属性に属するかだ。
簡単に予想するなら水であろうか。捻くれて考えるなら土もあり得る。
全てを喰らう者の枝は全部で八本。
火、水、風、土、雷、光、闇、そして竜。
この内で判明しているのが火のチゲ、雷のザインちゃん、そして竜のシグルド。
残りの情報は厳重に封印されているというか、意図的に分からなくされているような感じだ。
先ほどのアニメネタは簡単に引き出せるというのに、何故、重要な情報をガッツリと封印措置してしまっているのか。
俺は断固、抗議すんぞ、ままーんっ。
夢の中に出てきた俺によく似た幼女が親指を立ててドヤ顔する光景が浮かび、俺は怒りのじたばたをベッドの上で炸裂させた。
その際に、隣で寝ていたエリンちゃんのおっぱいに、ぽよんと手が当たる。
ぐおっふぉっふぉっ、なかなかの物をお持ちでいらっしゃる。
「う、う~ん……」
このラッキースケベの効果があってか、エリンちゃんも目を覚ましましたとさ。
「ふぁ~、おはよう。今、何時?」
「……午後十一時」
「え? まだ次の日にもなってなかったんだ」
ぐしぐし、と目を擦るエリンちゃんは寝足りなさそうな顔を見せた。
どうやら、夢の世界へと誘われてから、それほど時間は経過していなかったもよう。
ここで、物騒なガールズトークが始まったのが午後九時くらい。
したがって、だいたい一時間から二時間の間、俺とエリンちゃんはヒュリティアを置き去りにして夢の中の世界へと引きずり込まれていたことになる。
「ねぇ、エルティナちゃん。夢の中の出来事、覚えてる?」
「勿論なんだぜ」
エリンちゃんが俺の顔を、ぐわしと手で包み込んで観察するかのように見つめてきた。
「ふきゅん」
「うん、やっぱり夢の中の子とそっくり。だけど……細部が違ってるね」
「……そう?」
「うん、ヒュリティアちゃん。この眉もあまり太くないし、耳も若干小さいかな。あと顔の作りが、こっちのエルティナちゃんの方が引き締まっている、というか……」
「……言われてみればそうね。父親の影響を受けているのかも」
二人は納得し合っているが、俺は違いが良く分からない。
姿鏡を見て、夢の中の母との違いを確認するも、まったく分かりませんでしたとさ。
「ばぶーっ!」
そして、唐突に鳴きだすザインちゃん。
お腹が空いたのであろうか。それとも一流の自己主張であっただろうか。
取り敢えず彼女の口元に指を近づけるも、ちゅっちゅはしない。
どうやら、用件は違うものであるようだ。
「どうしたんだ、ザインちゃん」
「うー!」
短い手足を、うんしょうんしょと動かす彼女は、唐突に身体をひっくり返し、うつ伏せ状態になったではないか。
「な、なにぃ……!? ザインちゃんが第二形態に進化しただと!」
「あーい」
でも、ハイハイには、まだ遠いようだ。
ぷるぷる、と身体を持ち上げてはいるものの、一歩が出ないもよう。
やがて彼女は力尽き、ベッドに突っ伏した。
「我が子の超進化を見た感じなんだぜ」
「……この子も立ち位置が微妙よね」
「ところで、俺の実年齢って幾つなんだろう?」
「……三歳」
「マジでっ!?」
「……マジで。見た目、イコール、実年齢説」
なんという事でしょう、おかんの記憶のせいで、こんなにも歪んだ三歳児が爆誕していたではありませんか、ふぁっきゅん。
「……まぁ、気にしなくてもいいわ。白エルフには老化も無いし寿命も無いし。その内、自分の年齢も分からなくなるわよ」
「どんだけ生きればいいんだよ」
「……死ぬまで」
唐突に過酷な現実を突きつけるのは遠慮していただきたい。
俺は生まれてまだ三年やぞっ。
「……さて、もう遅いから本格的に寝ましょう。明日こそは雷蕎麦をゲットしないと」
「そうだったんだぜ」
「それなら、おやすみだね」
かくして、一時解散と相成り、次の日に賭けることとなる。
そして、次の日がやってきた。
すると出撃メンバーに名乗りを上げる者が一名、追加されたではないか。
「今回は僕も参加するよ」
「どういう風の吹き回しじゃい? ヤーダンや」
格納庫に、ぴっちりとした青いパイロットスーツに身を包むヤーダン主任の姿があった。
勿論、女性の状態なので、くそエロい。
「今回は雷蕎麦の捜索の手伝いと、このパイロットスーツの性能テストを兼ねてます」
「ふむ、そのパイロットスーツの方がメインなんじゃろ?」
「まぁ、正直に言えば、そうですね。あと、僕も戦機の操縦に慣れておいた方がいいって言われまして」
「うん? 誰にじゃ」
「え~っと、僕の後ろの彼女に」
「オーストしかおらんではないか」
「や、ははは、そうですよね」
恐らくは、ヤーダン主任に憑りついているローレライが彼女に囁いたのだろう。
いったい、どういうつもりなのだろうか。
ヤーダン主任の戦機の腕前は、エリンちゃん以上、ミオ、クロエ以下、という微妙な立ち位置である。
つまり、彼女も新人として捉えた方がいい、という事になろうか。
うんっ、うちって新人ばかりじゃないですかやだー。
とはいえ、ヤーダン主任は戦機や兵器に明るいので、俺たちが想像に及ばない戦い方をしてくれる可能性もある。
一応は期待しておくことにしよう。
「いや、しっかし、ムチムチのプリップリだなぁ」
「試作品ですからね。これは保温と耐圧性能を高めたもので、完成したものには対弾性を持たせた防護服を重ねる予定です」
「それ単体でも運用できるようにするの?」
「えぇ、選択可能ですよ。こっちの方が確かに操縦しやすいですから」
まぁ、見た目があれですけどね、と付け加えるヤーダン主任は自分のエロさを理解していたもよう。
自覚できるように、とアナスタシアさんが、彼女をからかいまくった成果とのこと。
尚、ヤーダン主任もマネックを使用するようだ。
その手にはヒュリティアが書いたレポート用紙の束が握られていた。
ちら~り、とそれの内容を確認しては引き攣った表情を見せる。
きっと、えげつない内容が書き込まれているに違いなかった。
「エルティナイト、準備はいいか?」
『ナイトはいつだって準備万端。だから、即出撃可能だろうな』
そんなエルティナイトは鎧の大部分を外した姿であった。
「鎧を着てないじゃないですかー」
『これは軽装状態。ナイトは状況に合わせて鎧を少なくする知能派』
「むむむ」
『もう勝負ついてるから』
なるほど、鎧を少なくして機体重量を軽くするというのか。
確かに、これで幾分かは雪の上を移動しやすくなる可能性はある。
問題は防御力の低下と、軽装に見合うだけの移動し易さがあるかどうかだが。
実のところ、それよりも問題なことが発生しておりまして。
「……本当に連れて行くの?」
「だって、連れて行けって泣くんだもん」
「ばぶーっ!」
何故かザインちゃんが、今回に限って我儘を譲ってくれないのである。
ベッドに寝かしつけて格納庫に向かおうとする、と全力でおぎゃってくれては移動もままならない。
仕方がないので茨木童子を口に詰め込んでも、ぺっと吐き出し、ぎゃんぎゃんと泣かれてしまうのだ。
尚、十分過ぎるほどにレロレロされてから茨木童子は吐き出されたもよう。
ビクンビクン、と茨木童子はベッドに突っ伏していたが、俺は謝らない。
というわけで、今回は精霊戦隊のメンバー八名による雷山突入と相成った。
かつてない規模の戦機部隊による突入は、果たしてどのような結末になるのか。
しかし、俺は何かの予感のようなものを感じていた。
それはきっと、俺が求めていたものとの遭遇に繋がるだろう、と。
「精霊戦隊、出撃っ!」
かくして、俺たちは雷山に挑む。外は大荒れ、吹雪で先が見えない。
だが、俺たちに止まっている時間は無いのであった。




