151食目 精霊契約
幸いにして雪中装備はアマネック本社が提供してくれていた。
それは足の底に取り付ける物であり、かんじきとスパイクを組み合わせたようなものである。
しかし、提供された雪中装備は五つ。精霊戦隊全機での出撃は難しい。
新たに購入する、となると少なくないお金がサヨナラしてしまうので、現在の懐事情では厳しいものがある。
なので、ある物でなんとかするひつようがあった。
「ふきゅん、雪がやまないんだぜ」
「……イチョウの葉が落ち切っていないのに雪が降る、とか反則ね」
リビングでお茶を飲んでいた俺は窓越しに外の景色を眺める。
そこには、わっせわっせ、と降下作戦を実行中の雪どもの姿。
それに紛れて降りてきた雪の精霊たちの姿もあった。
「雪の精霊かぁ」
「……契約を結んでもいいけど、今のエルじゃ、期間限定の精霊になるわよ?」
「だよなぁ」
精霊はそれぞれの属性というものを持っている。
火の精霊なら火、水の精霊なら水というように媒体になるものを持っていれば少ない魔力で力を行使することが可能だ。
しかし、それらが無い場合は魔力で代用しなくてはならない。
それが期間限定だったり、希少な場合は消費する魔力も馬鹿にならない量になったりする。
雪の精霊の場合は冬のみの精霊なので、特殊な精霊扱いだ。
雪が積もっている間は消費魔力もそれほどではないだろうが、雪が消失し温かな季節になると消費魔力が一気に跳ね上がる。
それに、雪の精霊はあくまで【雪】をメインにする能力の精霊なので、氷を操ることはできない。
別途、氷の精霊と契約を結ぶ必要がある。
「魔法って大変なんだねぇ」
「そうなんだぜ。でも、二代目は最初っからほぼ全ての精霊と契約できた、っていうんだから狡い」
こう考えると、やはり母は規格外だったのだろう。
ただし、精霊たちが頑張り過ぎたせいで、まともに攻撃魔法が行使できなかったようだが。
そうなると俺はどうなのだろうか。
以前は二代目の能力を借りて戦っていたのだから、自力で契約した火の精霊を用いた攻撃魔法はきちんと発動する可能性も無くもない。
「ちょっと試してみるか」
「ほぇ? 何を?」
「攻撃魔法がきちんと発動するかどうかだよ」
俺は防寒具に身を包んで外へと飛び出す。
すると、どこかへ遊びに行くのかと勘違いしたミオとクロエが付いてきた。
「遊びに行くのかにゃ~ん?」
「いくいく~、私も行くよ~」
「遊びに行くわけじゃないんだぜ。魔法の実験だ」
それでも構わない、とにゃんこびとたちは俺に同行。
少し遅れてヒュリティアとエリンちゃんが合流した。
どうやら、彼女らも魔法の実験を見届けるもよう。
駐艦場の隅っこにて周りに物がないかを確認し、魔法の実験に取り掛かる。
「よし、火の精霊の確認だ」
まずは俺に宿っている火の精霊を確認する。
こうすることにより、明確に力を行使できるようになるのだ。
「……エル、後ろ、後ろ」
「ふきゅん? にゅわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ヒュリティアの指摘に従って後ろを確認する、とそこには火の精霊の姿。
というか、火の殉ずる者チゲの姿があった。
「……」
彼は俺の背後にて静かに佇んでいる。
どうやら俺の場合、八大属性の力を行使する場合、殉ずる者が兼任するらしい。
「……珍しい光景ね。殉ずる者はあくまで殉ずる者なのだけど、精霊役も務めるだなんて」
「そうなのかー」
取り敢えずは背後霊のごとく佇むチゲにお願いして【ファイアボルト】を撃ってみようと思う。
「それじゃ、【ファイアボルト】、発動っ」
手をかざし炎の矢を解き放つ。だが、俺の手からは何も出ない。
「あれ?」
首を傾げる、と上からファイアボルトの発射音が聞こえた。
「チゲが直接、魔法を行使するのかぁ」
チゲは親指を立ててドヤ顔を見せる。
だが、放たれた炎の矢は恐ろしいほど遅かった。
どれほど遅いかというと、俺が走って余裕で追い抜けるほどに遅かった。
「……下手くそか」
「……」
ヒュリティアの容赦のない一言に、チゲは手で顔を覆って重い空気を身に纏ってしまう。
どうやら、チゲはその優しい性格上、攻撃魔法が苦手なようだ。
尚、防御魔法であるファイアウォールは問題無く使えた。
この事から、ファイアボルトやファイアボールを使う場合は、エルティナイトを介さないとまともに使えないであろう事が発覚する。
「そういえば、重力の精霊とも契約しないとなぁ」
「……日常魔法の行使に精霊契約は必要ないわよ?」
「マジで?」
「……マジで」
ヒュリティアの説明によると、日常魔法は周囲にある媒体を利用して発動するので精霊の力を殆ど使用しないとのこと。
ライトグラビティの場合は、重力の影響を星から受けているので魔力を消費して術式を発動すれば問題無く使えるらしい。
誰にでも気軽に使えるから日常魔法、と言うとはヒュリティアのお言葉である。
とはいえ、魔力が無いと使えないので誰にでも、というわけではない。
そして、魔力はあっても体の構造上、行使できない者もいるわけで。
「ヒーちゃんは、相変わらず魔法が使えないのか?」
「……そうね、魔力はあるけど外には放出できない。内部で自己完結してしまっているから」
「そうなんだ?」
「……えぇ、主に身体を強化、維持するのに使って魔力過多になるのを防いでいる、ってとこかしらね」
これがヒュリティアの驚異的な身体能力の秘密だ。
黒エルフは白エルフには無い肉体の頑強さがあるので、魔力で肉体を強化し、それを常態化するといったことが可能なのだ。
これを白エルフがやった場合、頭がおかしくなって死ぬ。
「そういえば、精霊との契約ってどうやるんだっけ?」
「……そっか、二代目は出会った当時には既に、全精霊と契約を結んでいたわね」
ヒュリティアは腕を組んで「う~ん」と首を傾げた。
「……私自身は精霊と契約を結んだことはないから、何とも言えないわね」
「そうなんだ?」
「えぇ、結ぶ必要が無いから。ブロン君も契約を結んでいないわ」
「ぶろ~ん」
「……だから、上下の関係はない。友達、といった感じかしらね?」
ヒュリティアはブロン君を手で包み込んで摩擦し始めた。
ブロン君はそれが気持ちいいのか、まったりとした表情を見せる。
「う~ん、俺も上下関係は嫌だなぁ」
「……魔法の行使は契約が必須よ。それに二代目は形式には囚われていなかった。精霊に関しては、だけど」
「形式かぁ」
それよりも、どうやって精霊と契約を結ぶか、だ。
考えても分からないので、んが~、と大きく口を開けて内に溜まったモヤモヤを放出する。
すると、今も尚、降りてきている雪が口の中に入り込んできた。
※ 雪の精霊との契約が成りました ※
「ふきゅんっ!?」
脳内に浮かび上がる謎の文字。
というか、雪の精霊との契約が成った、って俺は雪の精霊に説得すらしていないんですが。
「おいぃ、勝手に雪の精霊との契約が決まっちゃったんですが?」
「……え?」
俺はよく分からないが、取り敢えず契約が成った証である魔法を行使する。
すると先ほどのチゲ同様に、俺の背後に雪の精霊が出現した。
「にゃ~ん、白いお姉さんが出てきたにゃっ」
「綺麗だね~」
背後を確認する、とそれは、このクッソ寒いというのに着物姿、しかも大胆にはだけているというエロいお姉さんであった。
「雪女?」
俺は彼女の姿をひと目見て浮かべたイメージを口にする、と彼女はそれを肯定した。
だが、ここでアクシデント発生。
よくよく考えたら、俺は雪の魔法を習得していないのだ。
「雪魔法なんて覚えてなかった」
「……そもそも、作られていないわ」
俺たちの言葉を受け、雪女はちっちっち、と指を振る。
そして、前方に向けて手を伸ばす。
すると、前方に雪が大集合を果たし、瞬く間に雪ダルマになってしまったではないか。
「……あぁ、なるほど。【精霊魔法】か」
「精霊魔法?」
「……精霊が元々所持している魔法。固有の能力と言ってもいいわ。術式はそれを真似るために考案された物だから、精霊魔法が魔法の原点、という事になるわね」
「ヒーちゃんは物知りさんだなぁ」
「……えっへん」
ペタンこな胸を張る黒エルフの幼女は見事な雪ダルマを見て、うんうん、と頷いた。
「これが三代目の能力ね。基本的に、精霊は誰かのために精霊魔法を使うことはないわ。精霊は気ままで自己中心的だから」
「そうなの?」
背後の雪の精霊に問うと、彼女は俺を抱きしめてきた。
しかし、柔らかな感触はすれども冷たさは感じなかったという。
「……精霊に好かれているわね」
「みたいなんだぜ」
俺を抱きしめた雪の精霊は満足したのであろうか、スッ、と俺の中へと入り込んだ。
入り込んだ、というよりかは帰っていった、と表現するのが正しいのだろう。
これを踏まえれば、チゲにも魔法を行使させるのではなく、彼固有の能力を使わせた方がいいのだろう。
問題は、何をどうやって精霊との契約を結んだかだ。
「精霊との契約方法が謎なんだぜ」
「でも、雪の精霊との契約は成ったんだよね?」
「そうなんだぜ、エリンちゃん」
「チゲちゃんの場合は、どうやって契約がなったんだろうね」
「そりゃあ、グツグツ大根を……あ」
そうだ、あの後も俺はグツグツ大根を食べていたではないか。
もしかすると、精霊が宿れるような強力な力を持った食材を口にすることによって、精霊契約となるのではなかろうか。
俺はその可能性をヒュリティアに伝える、と彼女はピコンと耳を跳ね上げた。
「……その可能性は否定できない。というか、寧ろ濃厚説」
「つまり、なんでもいいから食えってことかぁ」
先ほどの雪の精霊との契約は、口を開けた際に雪を食べてしまったから、という事になるのだろう。
意図せぬ契約であったが、取り敢えずは精霊ゲットだぜ、的な?
こうして、雪の精霊との契約を結んだ俺たちはクロナミへと戻った。
そして、精霊との契約を結んだことによる恩恵を理解する。
それは俺の魔力の最大値が向上していた、ということだ。
つまり、精霊と契約することが、俺の魔力量向上の鍵となるのだろう。
「……いろいろと分かってきたわね」
「でも、やることは一切変わらないんだぜ」
つまり、珍しい食材を食べて食べて食べまくる。これに尽きる。
取り敢えず、冷凍保存していたアクアトラベンシェルを解凍し食べてみる、と海の精霊との契約が成りました。
こちらの精霊は海パン姿の筋肉モリモリのマッチョマンの姿で登場。
女性たちに「キモい」との不評を受け、海の精霊はしょんぼりしたとかなんとか。




