149食目 雷業市
雷業市は最初に訪れた港町と同じく、東方国の歴史を重んじる情緒豊かな風景が広がっていた。
それでいて、しっかりと車や戦機も存在しているという。
それは、名産である蕎麦の運搬や、機獣の撃退に使用するからでもあるが、わざわざ戦機に農作業用のオプションパーツを装備させて農作業させる意味はあるのであろうか。
普通に農作業用のトラクターをチラチラ見掛けるんですが?
「戦機が畑仕事をしているんだぜ」
「今頃は新蕎麦の収穫時期じゃから忙しいんじゃろう」
俺の呟きにガンテツ爺さんが反応した。
ただいま俺たちは甲板の上で、えっちらおっちら、と体力作りに邁進中。
戦機乗りの基本は体力なので、暇を持て余しているときは運動しろ、と先輩戦機乗りである彼に指導されているのだ。
ミオとクロエは体力が有り余っているのか、ガンテツ爺さんの申し付けた目標の三倍を既にこなし終えている。
その一方で、俺はその半分にも至っていないという。
「ふふん、きっと、うまぁ~い蕎麦が、わしらを待っておるぞい」
「た、食べたいんだぜっ」
「なら、さっさと腕立て伏せ十回を終わらせんか」
「ふきゅ~んっ、ふきゅ~んっ、ふきゅ~んっ」
「あい~ん、あい~ん、あい~ん」
白エルフに肉体労働はきついんやなって。
アイン君の応援もあり、クロナミが駐艦場に着くまでになんとかノルマを達成することができましたとさ。
果たして、これで白エルフに筋肉がつくのであろうか。
無駄な努力にならん気もしなくもない。
「うおぉ……腕がぷるぷるしてやがるぅ」
「根気よく続けておれば、その内に百回は余裕になるわい」
ガンテツ爺さん、マジ鬼畜。
でも、ミオたちは軽く腕立て伏せ三百回やっているんだよなぁ。
これが、若さというやつかっ。
とか考えていると、実は俺の方が遥かに若い事実に気付き、甲板の中心で理不尽を叫んだ。
クロナミから降りた俺たちは、昼時ともあって全員で蕎麦を食しに行く。
かなりの大所帯なので入れる店はあるのだろうか、と考えていたが看板に大きく大所帯様歓迎、と書かれていたので、その店に厄介になることにした。
店の名は【食事処くれない】。
老舗を思わせる佇まいに、俺たちの期待感は高まってゆく。
「いらっしゃいませ~、って……おぉう、須斗じゃないか」
「うす、先輩、お久しぶりっす」
「いやぁ、相変わらずデカいな。まぁ、入れ入れ」
「うす」
どうやら店員の女性は、オーストさんの先輩に当たる人物だったようだ。
やはり東方国の人間特有の長い黒髪に黒い瞳。左目に泣き黒子があるのが特徴的だ。
体型はというとスレンダーで高身長、とはいえ女性にしてはであり、オーストさんには及ばない。
というか、オーストさんではなく、ストという名前のもよう。
「ふきゅん、オーストさんは、本当はストっていうのかぁ?」
「うす、いつも皆から、お~須斗、と呼ばれているっす」
「あー、それが定着してオーストになったのかぁ」
「うす、履歴書には須斗と書いてあるっすから大丈夫っす」
団体席へと案内された俺たちは、オーストさんの先輩からメニューを渡される。
彼女の名は紅葉というらしい。
勝気な姉御肌の女性という雰囲気を多分に感じさせる。
「今は新蕎麦の時期だから、ざるがお勧めだよ」
「じゃあ、それを百人前で」
「ひゃ、百っ!?」
これにヒュリティアが待ったをかけた。
流石に多過ぎたのであろうか。
「……駄目よ、エル。それじゃあ、お店の人が困ってしまうでしょう?」
「ふきゅん、やっぱ大変だよなぁ」
「……千人前で。足りるわけないし、団体歓迎を謳っているのだから余裕のはず」
「ひえっ」
違った、ただの鬼畜でございました。
とはいえ、流石に代金の方が心許なくなるので五十人前の注文で落ち着く事になりました。
そして、案の定、足りなかったという。
これも新蕎麦の香りと、のど越しの良さがいけないんだっ!
アマネックのスタッフやヤーダン主任、リューテ皇子は一人前で足りるが、他はそうはいかない。
ガンテツ爺さんは無類の蕎麦好きとあって、いよいよ本気を出し、一人で十人前をペロリだし、ミオとクロエは箸が苦手なのか食べる速度は遅いものの、五人前を平らげてまだ物足りない表情を見せている。
エリンちゃんは、相も変わらず食べるのが遅く、まだ三人前目であるが、きっと足りないと言い出すだろう。
そして、ヒュリティアは自重した、という割に十人前を平らげている。
クロヒメさんはというと、意外に食べるお方だったもよう。三人前を完食していた。
残りは全部俺が平らげたのだが、やはり物足りない。
でも、新蕎麦は爽やかで香り高くのど越しが良いため、するする入ってしまう。
だから、延々と啜ることができてしまう魔性の料理。
それ故に俺たちは満ち足りることは決して無いのである。
「ぜぇ、ぜぇ……ご注文は以上でしょうか?」
多量の料理を運び、肩で息をしている紅葉さん。
しかし、俺たちは彼女に非情な宣告をしなくてはならない。
「追加で天丼五十人前」
「まだ食べるんかいっ!?」
これに紅葉さんは絶望がマッハになる表情を浮かべ厨房に駆け込んだ。
「とーちゃん! 天丼五十人前追加だよっ!」
「あんだってぇ!? 紅葉、おめぇも厨房に入れ! かーちゃん、給仕してくれや!」
どうやら、食事処くれないは家族で切り盛りしている店であるようだ。
俺たちが訪れたせいで、普段は穏やかであろう店内は一気に戦場と化したのである。
でも、俺たちは謝らない、お客様だから。
「は~い、お待ちどうさま。天丼ですえ」
紅葉さんに代わり、上品な雰囲気の女性が天丼を運んできた。
華奢な身体の割には、天丼をお盆に五つも載せて運んできている。
彼女が紅葉さんの母親なのであろうか。その割には若すぎる気がする。
「うす、夏樹さん、お久しぶりっす」
「あらあら、まぁまぁ、おさしぶりどす、須斗君。元気にしてはりました?」
「うす」
どうやら、オーストさんは彼女とも面識があるもよう。
「紅葉先輩のお母さんの夏樹さんっす」
「「「「お母さんっ!?」」」」
これに、ヤーダン主任やメカニックたちが仰天した。
「ちょ、若過ぎるでしょっ? あ、血が繋がっていないとかっ!?」
「いややわぁ、紅葉は正真正銘、お腹を痛めて産んだ子どすえ」
アナスタシアさんの言葉を受けて、いやんいやん、と恥じらう夏樹さんであるが、それが事実だとしたら彼女は少なくとも三十代後半あたりになる。
もしかしたら、彼女はエルフの可能性が微粒子レベルで存在している?
「東方国の女は見た目で年齢が判別しにくいからのう。うちのやつもそうじゃったわい」
「へぇ、火呼子さんも若々しかったの?」
「うむ、六十過ぎても、こう……ピチピチでボインボインじゃったわい」
「ぴよぉ」
ガンテツ爺さんのスケベ爺の仕草に、彼の頭の上の赤いヒヨコが、いやんいやんと恥じらいを見せた。
「はぁ~、東方国の女性は凄いっすねぇ」
「童顔ってだけやわぁ。これでも四十過ぎとりますんえ」
夏樹さんのカミングアウトに、今度は俺たちも衝撃を受けつつ、ほこほこサクサクの天丼を口の中に掻き込むのであった。
かき揚げ丼、ちょーうめ~。
「は~、雷蕎麦ねぇ」
「うす、紅葉先輩、何か知ってませんか?」
壮絶な戦いを終え、今日売る分の食材を使い果たした食事処くれないは、急遽、店じまいと相成った。さーせん。
現在は、お茶をごちそうになりつつ、紅葉さんから雷蕎麦の情報を聞き出しているところである。
「幾つか伝説が残っているけど、全部似たり寄ったりだねぇ」
「やっぱり昔話っすか?」
「そんなところさ。雷山も機獣が出るようになっちまって、以前のように気軽に入れなくなっちまった。戦機を使って蕎麦の収穫をおこなっているのは、時折、連中が山から下りてきて町を襲うからだよ」
これは、聞き捨てならない話が飛び出してきた。
「紅葉先輩、将軍様が戦機乗りを集めているって聞いたんすが、それって?」
「あぁ、機獣対策の一環だな。いよいよ、東方国も機獣の出現が頻繁になってきやがった」
「こんな島国にも連中は目を付けるんすね……許せないっす」
「須斗が大陸に渡った理由か。でも、戦機乗りにはなれなかったんだろ?」
「うす、でも、自分、メカニックの才能はあったので支援させていただいているっす」
雷蕎麦の情報を聞き出しているとオーストさんの情報も飛び出て来た。
どうやら、元々は戦機乗りになるために故郷を後にしたもよう。
しかし、戦機乗りとしての適性が無かったためか、それを諦め、しかし諦めきれずにアマネック社に入社し、現在に至っているようだ。
「オーストさんには助けてもらっているんだぜ」
「お? お増せなお嬢ちゃんだな?」
「うす、うちのチームリーダーっす」
「ぶふぅっ!?」
きちゃない、口に含んだお茶を霧状にして放出してはいけない。いいね?
「戦機乗りチーム精霊戦隊のリーダー、エルティナなんだぜ」
「うわ、本当にリーダーなのか? ということは、こんな小さな子供が戦機を操ってんのか」
「うす、彼女の戦機はかなり特殊っす。だから、彼女しか乗れないっす」
「専用機持ちかよ。半端ないお子様だな」
これに紅葉さんは半ばあきれた様子で俺を見渡す。
「耳でか」
「白エルフだからな」
「というか、よくよく見たら猫もいやがる」
「「にゃ~ん」」
「精霊戦隊っすから」
「え? 人間じゃない連中がいるから精霊戦隊?」
「うす、ここに精霊もいるっす」
「あい~ん」
ぶばっ!
唐突なカミングアウトはNG。
今度は俺たちがお茶を霧状にしてしまいましたとさ。
「おいぃ、オーストさんは精霊が見えているのかぁっ!?」
「うす、子供の頃から見えてたっす」
「……まさかの伏兵がいたとは。この私の目を以ってしても見抜けなかったわ」
これには流石のヒュリティアも無表情のままで驚愕していたという。
「言っても信じてはもらえなかったっすから」
「いや、まぁ、そうなんだけどさ。これだけ人外を揃えられちまったら信じるより他にねぇだろよ。相変わらず、精霊ってやつは見えないけどさ」
ぽりぽり、と頬を掻く紅葉さんは、この衝撃的な事実に刺激されたのか、ぽん、と手を叩き何かを思い出したもよう。
「あ、そういえば……」
彼女の思い出した情報は、俺たちが最も聞きたい情報の一つであった。




