147食目 東方国の港町
「うおぉ……想像以上に和風だ」
俺の第一声はそれであった。
母の記憶の中にある江戸時代の港町の風景、それがそのまま俺の視界に広がっていたのである。
でも、その建物たちは所々が機械化されており、自動ドアもしっかりあることから科学技術が遅れている、という事は無さそうだ。
寧ろ、細部にまで和風をこだわっている辺り、変態技術を持っている可能性の方が高いと思われる。
町行く人々も着物を身に纏い、いかにもという感じだ。
特徴的なのは、男性の大半が帯刀している、という点であろうか。
しかも、それは女性にも当てはまっているという。
「ば、ばぶぶ~!」
これには、ザインちゃんも大興奮だ。
実は彼女、前世に置いては東方国によく似た【イズルヒ】という国の出身であり、彼女自身も帯刀して日常を送っていた筋金入りの侍ガールなのだ。
今では、まったくその面影が無いのであるが。
まぁ、赤ちゃんだから仕方ないね。
「おにぃ」
「茨木童子も落ち着くって?」
「おっにぃ」
小鬼の茨木童子もご機嫌なもようで、俺の頭の上で踊りまくっている。
場所を取られたアイン君は大人なので、俺の左肩にてまったりとしていた。
彼的には、俺に触れられていれば問題はないとのこと。
「ふぅむ、見た目は変わらんの。じゃが……」
「……どうかしたの? ガンテツ爺さん」
「いや、町の雰囲気、というか国の雰囲気かのう。ぎすぎすしているように感じるんじゃわい」
彼はそう言うが、俺としては特段、そのようには感じられない。
陰の気配も判じることはできないので、ガンテツ爺さんの杞憂である可能性は高いが、それでも注意して置くに越したことはないだろう。
「分かったんだぜ、行動は複数名でおこなおう。どうしても一人になる場合は、きちんと連絡を入れること、でいい?」
「それが無難じゃて。わしも来たことはある、といっても昔の事じゃから殆ど忘れてしまっておるしの。オーストに案内を頼むしかないわい」
ガンテツ爺さんに促されたオーストさんは「うす」と体育会系の返事をして港町を案内し始めた。
なんでも彼はこの港町からエンペラル帝国に入ったらしい。
そう言った経緯もあり、この港町の主要施設は全て記憶しているとのこと。
しかし、その内で情報が集まりそうな場所といえば限られてくる。
「うす、情報を集めるなら酒場か戦機協会すね。他は情報料をぼったくられた挙句、ろくな情報を手に入れられない、と思うっす」
「ふむ、地道な調査が必要という事じゃな」
「うす、そうっす。あと、この国は基本的に警察は当てにならないんで、自己防衛が基本になるっす。日の明るいうちはともかく、女性は決して、夜に一人にならないように願うっす」
いろいろと治安というかなんというか、実力主義的な側面があるお国柄なのだろう。
どおりで、女性も帯刀している人がいるわけだ。
「日の明るいうちは戦機協会で情報集めかの」
「夜になったら酒場で飯を食うついでに情報を集めるんだぜ」
「それが良いじゃろうな」
方針も決まったこともあり、クロナミに残る者と情報を集める者とで別れることになった。
流石にクロナミを空にするわけにもいかないからだ。
クロナミに残るのはガンテツ爺さんとミオとクロエ。
この三人は本日より、本格的な戦機の指導に入る。
クロナミの留守番をすると同時に新人の育成をしようというわけだ。
メカニックたちもオーストさんを除いてクロナミに待機。
彼女らに代わって、というかヤーダン主任がリューネちゃんと共に情報集めを手伝ってくれる。
それに付き従うのがマウリとべリアーナだ。
このアルビノの二人は全身に光素障壁を纏える特殊能力の持ち主であり、それで日光から肌を護っているらしい。
また、武器こそ所持していないが、ゲアルク大臣仕込みの体術は本物であるらしく、並みの男たちでは相手にならないとのこと。
ちなみに、戦機の腕前はクソザコナメクジであるそうです。
東方国の戦機協会は内部も和風仕立てであった。
竹細工を多用し素朴ながらもどこか味わいのある空間が広がっている。
自然と調和したそこには無数の観葉植物が配置されており、俺たちの心を和ませる効果があった。
受付嬢も大正ロマンを思わせる、黒髪ロングの着物姿のお姉さんだ。
「いらっしゃいませ、戦機乗り様。本日は、いかがなご用件でしょうか」
オーストさんに抱っこしてもらい、受付嬢と目線を合わせ目的の物を告げる。
「情報が欲しいんだぜ」
「はい、どの情報でしょうか?」
「雷蕎麦」
ざわざわ……ざわざわ……。
すると、一気に空気が張り詰めたではないか。
「戦機乗り様、その情報をどこで?」
「とある情報屋から仕入れたんだぜ。でも、東方国にある、くらいの情報だったから、ここからは地道な捜査が必要」
受付嬢は腕を組んで「う~ん」と唸り始める。
「雷蕎麦は東方国でも幻、というか、昔話みたいなものでして……」
「それでも、構わないんだぜ。おせーて」
「では、むか~し、むかし。あるところに、お爺さんとお婆さんがおりました……」
大正ロマンな美人受付嬢は雷蕎麦の昔話を丁寧に語ってくれた。
あるところにお爺さんとお婆さんが暮らしており、二人は貧乏ながらも幸せな日々を送っていたという。
しかし、その年は作物が不作であり、年を越すだけの蓄えを得ることはできなかったそうだ。
そこで、お爺さんが年の暮れに何か食べれる物はないか、と雪深く積もる雷山に入った。
だが、お爺さんは食料を見つけられなかった上に遭難してしまう。
お爺さんは別にこのまま死んでしまってもいい、と諦めかけたが、ふとお婆さんの顔を思い出し、このままではお婆さんが独りになってしまう、と再び立ち上がる。
そんなお爺さんの優しさを認めた山の神は、積もった雪を用いて獣の姿を模り、彼に山頂を目指せと告げた。
お爺さんは不思議な獣の言葉を疑うことなく、一生懸命に山頂を目指したという。
しかし、苦労して辿り着いた山頂には雪ばかりで食べれる物などどこにもない。
へとへとに疲れ果てたお爺さんは、その場に座り込んでしまう。
そんなお爺さんに追い打ちをかけるかのようにして、天から雷がお爺さんに落ちた。
びりびり、と感電するお爺さんはやがて動かなくなったかのように思えたが、次の瞬間、むくむくと身体が大きくなってゆく。
そう、お爺さんは雷の不思議な力によって若返ってしまったのだ。
そして、その手には、バチバチと音を立てるおいしそうなざる蕎麦があった。
これは山の神様の贈り物に違いない、とお爺さんは雷山の神様に深々と頭を下げ、お腹を空かせて待っているお婆さんの下へと帰った。
若返ったお爺さんは、ざる蕎麦を零さないように気を付けながら山を下る。
すると、その脚は雷のごとき速さで動き、一瞬にして山を下り終えてしまったではないか。
これはたまげた、とお爺さんは驚くも急いでお婆さんの下へと帰った。
若返ったお爺さんに、お婆さんは仰天する。
誰とも知らない若者が突然、訪ねてくればそうもなろう。
しかし、それがお爺さんの若かりし日の姿であることを理解したお婆さんは、困惑しながらも若者となったお爺さんを温かい家の中へと迎え入れた。
お爺さんから若返った事情を聞いたお婆さんは、山の神に深い感謝を捧げたという。
そして、お爺さんの持って来たざる蕎麦を分け合って啜ると、お婆さんもビリビリと感電し倒れてしまったではないか。
お婆さんも、その優しさと夫を信じて待ち続けた忍耐力を、山の神に認められて若返ったのである。
若返った二人は山の神様に深く深く感謝したそうだ。
すると空になった笊に雷が落ちた。
屋根を貫通して落ちたにもかかわらず屋根に穴は開いておらず、しかも笊には茹で立ての美味しそうな蕎麦が再び姿を見せていたそうだ。
無限に生れ出る雷蕎麦を食べつつ、山の神様に感謝する日々を送ったお爺さんとお婆さんは無事に冬を越し春を迎えた。
二人の畑はそれ以来、毎年豊作となり、若返った二人は子供にも恵まれて末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
「といった内容です」
「お~」
俺たちは受付嬢に拍手を送る、とその話を静聴していた戦機乗りたちからも拍手喝さいを受けて受付嬢は照れ笑いを見せた。
「まぁ、昔話ですからね。全然、ヒントなんてなかったでしょう?」
「いや、十分過ぎる程のヒントだったんだぜ。お姉さん、雷山って今もあるの?」
「ありますよ。ここより北に向かうと【雷業市】という町があります。その町が雷蕎麦の舞台となった村があったとされる場所で、お蕎麦の一大産地となってますよ」
「ばぶっ!」
これに、ヤーダン主任に抱っこされている、お蕎麦大好きのザインちゃんがビックリするほどの反応を示した。
でもきみ、赤ちゃんだろ。食べれないじゃないの。
「なるほど、雷業市かぁ。分かったんだぜ、ありがとう、お姉さん」
「いえ、たいしたことはしておりませんよ」
俺たちは有益な情報を得て、戦機協会を後にする。
取り敢えずはこの港町に一泊して、雷業市を目指すことになったのだった。
そして、戻ったクロナミの格納庫にて、へとへとになったミオとクロエを発見。
ガンテツ爺さんのしごきに、ほんのりと恐怖している、と彼の視線が俺にロックオン。
「そういえば、エルティナの戦い方も修正せんと……のう?」
「ふきゅんっ!?」
結果、俺もミオとクロエの仲間入りを果たしたのでありましたとさ。




