146食目 海を越えて
大海原をどんぶらこっこ、と進む黒塗りの船は我らがクロナミである。
元々が船として設計され、水陸両用に改装されただけあってか海路もすいすいと移動できている。
その道中に機獣の襲撃を受けたのだが、これはヒュリティアがルビートルを使用して、あっという間に撃破してしまった。
攻撃を仕掛けてきたのはエイの形をした機獣であったが、その攻撃方法が海中から飛び出してミサイルを放つ、というものであり、ヒュリティアの狙撃の格好の的にしかならなかったのである。
「……海圧に耐えるために大きく作りすぎたようね。良い的だわ」
「みっみー」
ルビートルから降りてきたヒュリティアは、綿毛のような白銀色の精霊に纏わりつかれていた。
ミーちゃん、と名付けられたその綿毛はミスリルの精霊であるもよう。
この子にブロン君が嫉妬して、むにむにと身体を押し付けているが、格としてはミスリルの精霊の方が上らしく、ミーちゃんはどこ吹く風。
ぽよん、とブロン君を跳ね除けてしまった。
ブロン君、弱過ぎぃっ!
「……ほら、ブロン君。妬かないの」
「ぶろ~ん……」
「みっみー」
勝ち誇るミーちゃんに、しょんぼりするブロン君。
負けん気が強い姉と、へなちょこな弟の喧嘩を見ているような気分になった。
「ルビートルは使えるのう。海上でも沈まないのが大きいわい」
「でも、海中は無理なんすよね」
黄色いツナギは、メカニックを示す色らしい。
帰艦したルビートルを整備しながらガンテツ爺さんの呟きに答えたのは、それに身を包む褐色肌の女性だ。
彼女の名は【アナスタシア】さん。
アマネック本社から精霊戦隊に出向してきたスタッフの一人で、メカニックチームのリーダーだ。
長い黒髪をポニーテールで纏めており、サンバイザーを被っている。
大きな目に納まる青い瞳は忙しなく動き、ルビートルの精密部品をチェックして周っている。
大きく開いた胸元からは、どでかいおっぱいが惜しげもなく晒されており、少しでもずらせば秘密の丸の部分が見えてしまいそうである。
これは決して痴女というわけではなく、彼女はその谷間に工具を差し込んで活用しているもよう。
その腕前はヤーダン主任にも劣らない、というのだから相当なものだ。
ちなみに、22歳、独身。
恋人は戦機、と豪語する筋金入りの戦機馬鹿である、とのこと。
「ふぅむ、これからは海中でも戦闘できる戦機が必要かの」
『ナイトは鎧を外せば泳げるぞ』
「その場合、盾も持てんじゃろうが」
『エリン剣も持てない』
「何をしに行くつもりなんじゃ、バカタレ」
『なにも言えねぇ』
余計なことを言ってガンテツ爺さんの鋭い指摘にしょんぼりするナイトを発見。
確かに今のエルティナイトで海中戦は厳し過ぎる。
だが、これに魔法が使えるようになれば話は別になろう。
「現状で海中戦に対応している機体は、うちの【マネック】だけっすね」
「この持ち込んだ戦機のパーツかの?」
「そうっすね。今組み上げたのが二機。ただいま最終チェック中っす」
アナスタシアさんとガンテツ爺さんは、組み上がったばかりの灰色の機体を見上げる。
TAS‐AMX03‐S・マネック。
スチールクラスの戦機で、汎用性を突き詰めた次世代量産機を謳う機体だ。
全体的に丸みの帯びたデザインとなっており、これは対弾性を考慮したもよう。
特徴的なのが顔で、サングラスを掛けた男性を思わせるものになっている。
また全体的にスリムでスタイリッシュな機体だ。
アナスタシアさんが言うように、マネックは突出した能力こそないものの、全環境に対応しているとのこと。
また、この機体に対応したオプションパーツも豊富であり、それを装着すれば、海中は勿論の事、砂漠や宇宙でも使用が可能という便利な機体だ。
「まだ試作機っすから、色々と面倒を見てやらないといけないんすがね」
「Xナンバーじゃからの。というか、昔の戦機は殆どがそうじゃったわい」
「あはは、戦機の群雄割拠の時代のことっすね。うちのじーちゃんも、手が掛かりすぎるってボヤいてたっす」
ボインボインの胸元からドライバーを引っこ抜いたアナスタシアさんは、ルビートルのハッチを固定して点検を終えた。特に問題はなかったもよう。
「お~い、この子、洗浄しておいてっ!」
「う~っす!」
アマネック本社から出向してきたスタッフには男性も含まれている。
精霊戦隊にとっては貴重な男手だ。
といっても、スタッフ五名中たった一人であるが。
彼の名は【オースト】。大柄な身体に素朴な顔という青年で、非常にタフな男として知られているらしい。
なんでも三日間徹夜で戦機を整備しても倒れないとか。
日本人の特徴が色濃い彼は東方国出身とのことで、道案内を頼んだところだ。
彼の加入は精霊戦隊にとって大きなプラスになったことは言うまでもない。
ちなみにオーストさんも独身。
戦機が恋人、という困った人物であり、アナスタシアさんの一個下の後輩だ。
「マネックはミオとクロエに任せようかと思ってる」
「ふむ、それが良いじゃろうな。今の内にあの子らに戦機の基礎を学ばせておくのがええじゃろ」
「俺たちの機体は、俺たちしか使えないし、ヒーちゃんが指導したらとんでもない事になりそうだから……ガンテツ爺さん、頼める?」
「うむ、端からそのつもりじゃったよ」
ガンテツ爺さんは、マネックを見上げながら珍妙な動きをするにゃんこ人たちを見て苦笑して見せた。
どうやらミオとクロエは、マネックを気に入ってしまったもよう。
ちなみに彼らが購入したブリギルトは使える部分を残して、新たに一機のブリギルトとして再誕している。
だが、使い道は特に無いという。
今は格納庫の隅っこで体育座りをして、いつか来るであろう出番をマーカス戦機工場から持って来たブリギルトと共に待ちわびていた。
出番……あるんですかね?
さて、人が増えるとその分、飯の支度も大変になる。
そして食料の確保も重要案件となるのだ。
現在、精霊戦隊は潤沢な資金があるとは言い難い。
したがって、自給自足はうちの基本となる。
即ち海上であるなら、お魚を釣って食卓に乗せるなんて当たり前。
その役目はエリンちゃんの細腕に託されていた。
本来は釣りキチのヒュリティアも一緒に釣っていたのだが、機獣の襲撃があったので中断となってしまったのだ。
「……じゃ、釣りに戻るから」
ルビートルに異常がない事を知らされたヒュリティアは、さっさと格納庫を後にしてしまった。
その後ろをブロン君とミーちゃんが慌てて追いかける。
彼女のルナティックは現在、最終チェックの真っ最中である。
細部が変更されており、以前よりもマッシブなデザインになっていた。
積まれている武装も多連装ミサイルや、拡散光素砲などといった広範囲にばら撒けるものが追加されている。
しかし、これらが目玉であるかというと、そうではないとヒュリティアは言うのだ。
でも、俺が聞いても「……まだ内緒」と暗黒微笑を浮かべるだけなので、俺はふんすふんす、と遺憾の意を示すより他になかった。
ここにいないヤーダン主任であるが、彼女は艦橋にてお子様たちの面倒を見ながらクロナミの面倒まで見ている。
いやぁ、お母さんって大変なんだなぁ。
とはいえ、いつまでもヤーダン主任一人に負担を掛けさせるわけにはいかない。
現在、船を操縦できるのがヤーダン主任とガンテツ爺さんしかいないのだ。
ヒュリティアは以前のドリフト走行で、操縦禁止令が出てしまったので触ることも許されないのである。
何してくれてんの、ヒー様。
ちなみに俺は、初運転開始二秒で壁に激突したので適性無し、と判断されました。
『港が見えたよー。みんな、入国手続きの準備をしておいて』
それから三日後、特に何事もなく東方国の港へと到着する。
これより、入国手続きを経て本格的な特殊食材集めに入ることになるのだ。
そのためにも、まずは港町で情報集めに入ろうかと思う。
果たして、ここには有益な情報があるのであろうか。
無事に入国手続きを終えた精霊戦隊は港町へと繰り出したのであった。




