144食目 若芽
久しぶりにマーカス戦機工場へと戻ってきた俺たちは、そこで一旦、解散する。
といっても、大部分がクロナミで待機、となるのだが。
俺とヒュリティア、ヤーダン主任はマーカスさんに顔を出す。
パスポートの取得報告と、これからの方針を説明するため、そして、彼に桃色金属を製作してもらうためだ。
「なるほどなぁ。やはり、噂は本当だったか……」
「帝都が崩壊したことを知っていたのかぁ」
「そりゃあ、な。戦機乗りを相手に商売しているからな。あっちこっちから噂が入り込んでくる」
マーカスさんは丁度、休憩中だったようで、工場の休憩室にて、くそ苦いコーヒーをチビチビ啜っていた。
「それにしても、まぁ酷い有様だな、おい」
『それほどでもない』
「強がりやがって。今回は機体本体にダメージか? そっちは直せるかどうか分からんぞ」
『鎧だけでいい。ナイトは寝ているだけで怪我が治る』
「いやいや、人間じゃあるまいし……って、この常識はおまえには当てはめられんか」
始祖竜之牙の一撃を放ったエルティナイトは、マーカスさんが言うように全身に亀裂が走りボロボロになってしまっていた。
エルティナイトが言うには、飯を食って寝ていれば機体自体は自然に修復される、とのこと。
ヤーダン主任も手の出しようのないエルティナイトの修理は、現時点ではこの方法でしか癒すことができない。
ヒュリティアの話では、母は無機物ですら治癒魔法で治療したとか。
なんともまぁ、無茶苦茶な話ではあるが、それならば娘である俺とてそれは可能なのではなかろうか、とちょっぴり期待する。
それにはやはり、治癒の精霊の確保が重要になってくるわけだ。
幸いにして、精霊たちが失われたのは帝都周辺だけだったようで、こちらには普通に精霊たちが、きゃぴきゃぴとはしゃぎ回っている。
そいつらの一体を適当に手で掴み、じ~っと見つめていると。だいたいの情報が頭の中に浮かんでくる。
工場内で遊んでいた精霊は、金槌にゴマのような眼が付いた姿の【破壊の精霊】であった。
破壊の精霊、といっても彼らは低位の精霊であるようで、殆ど能力は持たされていない。
本当に、ただただ存在しているだけの無害な存在で、壊れた戦機に引き寄せられているだけのもよう。
「この子たちは使うわけにはいかないな」
「はっか~い」
妙に握り易い破壊の精霊を解放する。
他にも精霊たちはいるが、マーカス戦機工場に集まる精霊たちは種類が多いだけで、その殆どが低級であり大人しい連中ばかりであった。
つまり、人懐っこいペットタイプの精霊ばかりなのだ。
「ふきゅん、これじゃあ、戦いには連れだせないなぁ」
「……やっぱり、町中の子たちじゃ無理ね。野生の子と契約を結ばないと」
「野生といっても……あ、そうかっ! 特殊食材っ!」
ヒュリティアの助言で、俺の割と殆ど眠っている閃きが面倒臭そうに仕事をした。
そう、特殊食材に住まう精霊と契約をすればいいのだ。
ガンテツ爺さんの火の精霊である火呼子のように、きっと強力な精霊が存在していることだろう。
「まぁ、話は分かった。エルティナイトの装甲は俺がしっかり直しておく」
「後は桃色金属でエルティナイトの盾もお願いするんだぜ」
俺の要請にマーカスさんは苦い顔を見せた。
「アレは偶然の産物だ。今回も作れるとは限らないぞ?」
「そこは、この桃先生にお願いするんだぜ」
マーカスさんに差し出した桃先生は、どこかドヤ顔を見せているかのようであった。
「またこれか。はぁ……溶鉱炉に入れればいいんだろ」
「そういう事なんだぜ」
「わかったわかった、やってみるさ。失敗しても文句は言わせんぞ」
俺にそう告げてマーカスさんは立ち上がって現場へと戻る。
エリンちゃんはと言うと、家に溜まっていた汚れ物に文句を言いながらお洗濯中だ。
男が一人なら、どうしてもこうなってしまうものなのだろう。
「俺たちもいったん戻るか」
「……クロナミに?」
「いんや、隅っこ小屋」
久しぶりにマーカス戦機工場の隅っこ小屋へと帰る俺たち。
隅っこ小屋は雨風に晒されて、少しばかりトタンに錆が入っていた。
その姿に苦笑しつつ俺たちは小屋の中へと入る、と剥き出しの土床からぴょこんと芽を出している植物の姿が。
「ふきゅん、草が生えてる」
「……あと、無駄に野良どもがくつろいでいるわね」
「にゃ~ん」
野良ビーストどもは猫が多いが、犬やネズミ、鳥と多種多様。
しかし、連中は争うことなく、ただ一本にょっきりと生え出ている若芽を見守っている。
それはまるで、その若芽を外敵から身を挺して護っているかのようでもあった。
「……あ、これって神桃の芽よ」
「つまり、桃先生の芽ってことかぁ」
そういえば、桃先生を食べた後、何度か種をポイ捨てしていたような気がしないでもない。
ヒュリティアが来てからは、彼女が部屋を掃除するようになったからポイ捨てはしていなかったが。
「……たぶん、ポイ捨てされた後、地中に潜ったんでしょうね」
「種なのに?」
「……桃先生を侮ってはダメよ。不思議現象が果物の形を模っているだけだから」
「たまげるなぁ」
生えてきてしまったものは仕方がないので、再びマーカスさんに報告。
神桃の芽の保護を要請する。あと水やりも。
これにマーカスさんはやはり呆れるも、若い者にやらせておく、と約束してくれた。ひとまずは安心だろう。
その後、隅っこ小屋を軽く清掃してクロナミへと戻る。
やるべきことは多い。十分な食料の確保、と今度は飲料水の管理も行わなくてはならない。
気軽に水を生み出すことができなくなっているからだ。
「……水の精霊の確保が最優先かも」
クロナミのリビングに戻った俺とヒュリティアは、ザインちゃんのぷくぷくほっぺを蹂躙しつつ、そのような結論に至った。
「だう~」
「おにぃ」
ザインちゃんの相手を茨木童子に任せ、俺は水に関係しそうな食材の情報をネットで検索してみた。
携帯端末は便利やでっ。
しかし、出てくる物は水羊羹や水炊きと言った料理ばかりであったという。
「出てこねぇ」
「……ジェップさんに聞いた方が早いかもね」
「う~ん、アクアトラベンシェルに精霊はいなかったっけ?」
「……いるわよ、【海の精霊】。海水は生み出せるようになるかもね」
「飲めない飲みにくい」
結局、俺たちは情報屋のジェップさんに頼ることになった。
いつものBarスクラッパーで飲んだくれている彼を発見。
速やかに突撃し、俺たちの現状を報告する。
「なるほどねぇ……弱体化と、再強化か」
「そうなんだぜ。水に関係する食材の情報を持ってない?」
ちびり、とバーボンのロックを口に含ませた彼は、それを舌で転がして飲み込む。
「あるぜ、東方国にな」
「おぉう、雷蕎麦と同時に捜索できるな」
「とはいっても、俺も半信半疑な情報だ。過度に期待されても困るぜ」
「……それで、その食材とは?」
ヒュリティアの問いに、ジェップさんはニヤリと口角を釣り上げた。
「【水豚】っていう獣らしいぜ。これも雷蕎麦並みに都市伝説だ」
「み、水豚っ!?」
「……ぶひー」
水なのだか豚肉なのだかよく分からなさそうな食材の情報をゲットする。
尚、情報料は雷蕎麦をゲットした際に徴収するとのこと。
しっかりなさっておいでで。
「ま、頑張んな。そうそう、他の食材の情報も仕入れておくから、何か聞きたいことがあったら、この番号に連絡を入れておいてくれ」
「これって、ジェップさんの電話番号?」
「あぁ、信頼の置けるヤツにしか教えないんだぜ?」
「ありがとなんだぜ」
こうして、俺たちは新たなる食材の情報をゲットした。
目指す場所は東方国に変わりはない。
出発は一週間後、それまで俺たちは旅立ちの支度に追われる日々を過ごしたのであった。




