142食目 明日への逃走
脅威をなんとか退けた俺たちは、ようやく一息つこうとする。
しかし、そんな俺たちにヒュリティアは容赦のない現実を突きつけて来た。
『……次が来る! 備えてっ!』
「ふぁっ!? ちょっとまってくれっ。ぽんぽんぺこぺこりーぬ、なのですがっ?」
『……そんなこともあろうかと、エルティナイトにホットドッグを搭載しておいたわ』
「何してくれとんのですか、ヒー様」
仕方ないのでエルティナイトにホットドッグを要求する、とコンソール部分が、くぱぁと開いて、そこから雄々しいホットドッグが、ぬぷぅと飛び出してきたではないか。
「本当に出てきたんだぜ」
『味は保証する』
「味見したのかぁ」
もうヤケクソ気味にホットドッグを頂きましたとも。
ぶっちゃけ、普通に美味しいのでしっかりと完食いたしました、げふぅ。
「あいあ~ん!」
「うん? どうした、アイン君?」
「あいあ~い!」
鉄の精霊アイン君が激しくコクピット内で動き回る、とそれなる原因であろう物が荒野から接近してくることが確認できた。
それから感じ取れる異常なほどの陰の力。
「ま、まさか……あれが全部【鬼】だとでもいうのかっ!?」
それはゆっくりと迫る赤黒い津波のようであった。
いったい何機いるかなど数えるのが馬鹿らしく思えるほどの機体群。
赤黒い塗装の一つ目の鬼、そう表現するのが手っ取り早い戦闘兵器が地震でダメージを負った帝都ザイガに迫ってきているのだ。
最早、ここに至っては火の枝を使うしかないであろう。
『……エル、撤退よ』
「何を言っているんだっ! 帝都の人々を守らないとっ!」
『……無理ね。今のあなたでは火の枝をまともに顕現できない。それだけの魔力が失われていることに気付いていない、とは言わせないわ』
「……っ!」
俺はぺちん、とコンソールを叩く。
そうだ、もう俺には母のような膨大な魔力は残っていない。
異世界カーンテヒルの住民の平均値よりも遥かに高くはあるが、全てを喰らう者の完全召喚は不可能なのである。
うっかりそれを失念して召喚しようとしていた。
これでは召喚直後に飢えで枝が暴走してしまいかねない。
「まともに全てを喰らう者を操れもしないのかっ! 俺はっ!」
『……焦ってはダメよ。あなたは、あなたなの』
ヒュリティアは、まるで母親のように俺に優しく諭してきた。
『あなたの母も何度も敗北し、それでも立ち上がって来た。今は生き残ったザイガの人々と共に生き逃れることを第一にしましょう』
「分かった。それで、どこに逃げようってんだ?」
『……住民の避難先は北に位置する第二都市【ターウォ】と言っているわ。放送では、帝国守備隊が全力で敵対勢力の駆除をおこなう、と言っているけど無理ね。相手は鬼だもの、桃力が無いと手も足も出ないでしょう。』
「見殺しにしろと?」
『……えぇ。そもそもが桃使い一人で、どうこうできる状態じゃない。でも、間違えないで』
ヒュリティアは言う、これは明日を繋げるための逃避行である、と。
俺だって頭の中では理解している。
でも、これは屈辱だし、何よりも何もできない自分が腹立たしい。
「エルティナイト、俺はこの屈辱を忘れない」
『ナイトは時に辛い選択を選ばねばならにぃ。それが今だってだけの話。だから俺はこの悔しさを糧に成長するだろうな』
俺はやるせなさを感じつつ、エルティナイトに住人の避難を手伝わせようとした。
しかし、どうにも彼の様子がおかしい。動きがぎこちないのだ。
困惑する俺はエルティナイトのコンディションを確認する、と画面の大半は真っ赤であった。
「エルティナイトっ、おまえっ!?」
『ナイトの十二割は痩せ我慢だからよ』
「九割でいい……ちくしょう」
情けなさで涙がこぼれる。
エルティナイトのこの損傷は、恐らく思念創世器・始祖竜之牙の威力に耐えられなかったからだ。
きっと二撃目には耐えられないだろう。
俺は相棒の管理もできないのか。馬鹿野郎め。
『泣くな、おまえは間違いなく貧弱一般市民を護った感。胸を張って前を向いてどうぞ』
「あぁ」
『胸を張って泣いてるじゃないですかやだー』
エルティナイトにちょっと無理をして瓦礫の撤去作業を頼む。
これで道路が開通。無数の車がそこを通り帝都を脱出し始めた。
『エルティナちゃん、エルティナイト、大丈夫?』
「エリンちゃんこそ、大丈夫か?」
エリンちゃんこと精霊王が無線を入れて来た。
しかし、彼女は想定外の言葉を告げてくる。
『う、うん。少しの間、気を失っていたけどね』
「ふぁっ? 気を失っていただって? じゃあ、精霊王のことは?」
『精霊王? なぁに、それ?』
どうやら、彼女は精霊王に身体を貸しているだけの存在であるようだ。
そうであれば、今はこの事を、俺の心の内に留めておくべきであろうか。
精霊王も宿主であるエリンちゃんに、自身の存在を打ち明けていないのには理由があるはず。
ならば無暗に事を荒立てる必要はあるまい。
「いや、こっちの話なんだぜ。それよりも無理をせずにクロナミに帰艦するんだぁ」
『うん……大変なことになっちゃったね』
エリンちゃんは素直にクロナミへと帰艦してくれた。
その理由は、大通りが開通したことによって住民たちが避難を開始したのを見届けたからだ。
『エルティナや、わしらも猶予はないぞい』
「うん……あ、そうだ、ゲアルク大臣は?」
『それなんじゃが……詳しい話はクロナミに戻ってからじゃ。小僧のその状態では護衛もできやせんじゃろ』
「……そうなんだぜ」
『情けない声を出すでないわ。おまえさんは、やるべきことを成し遂げた。その後に、ままならぬことが起こっただけの話じゃよ』
かくして、帝都ザイガは僅か一日で壊滅した。
本当にあっという間の事であり、世界各国もこの情報に真偽を問うて奔走する日々を送っているようだ。
俺はクロナミに戻ってからぶっ倒れたようで、三日ほど寝込んでいたらしい。
死んだように眠る俺を心配し、ヒュリティアとエリンちゃんが付きっ切りで面倒を見てくれていたようだ。
「ありがとなんだぜ」
「……まだ無理をしてはダメよ。きっと、魂の力を使い過ぎたんでしょうね」
「魂の力?」
「……その情報も消えかかっているのね。魂の能力とはその存在の根源にあるもので、想いの力を行使した場合に糧とするもの。つまり、魂の力を使い果たした場合……」
「存在が消滅する?」
「……そうよ。だから、魂の力が完全に回復するまでは始祖竜之牙を使わないように。あなたの思念創世器は強過ぎる」
「分かったんだぜ……」
再び瞼が重くなり、俺は再び眠りのなかへと落ちてゆく。
次に目が覚めたのは二日後の事。
ようやく、身体も動かせるようになったが、久しぶりに動かすために手足が重く感じる。
そして、何も口に入れていなかったため、ぐーぐーと腹が鳴りまくってうるさい。
そんな俺に、ヒュリティアがホットドッグを持ってきてくれました。
「……お粥風にしてみたわ」
「おばかー」
なんと言う事でしょう。
そのお皿には、ふにゃふにゃになったホットドッグの姿があったではありませんか。
ホットドッグに全力で謝って差し上げろっ!
「うぅ……なんだか別の料理みたいなんだぜ」
仕方がないのでスプーンでホットドッグを食べる。
どうやらコンソメスープに浸してあったようで、地味に美味しくて腹が立つ。
流石にトマトケチャップは用いていないようだ。
「エルティナが目を覚ましたようじゃの」
ホットドッグの珍種を口に運んでいる、とガンテツ爺さんがドアをノックして入ってきた。
その後ろにはゲアルク大臣と、リューネちゃんからリューテ皇子に戻った金髪碧眼の少年の姿があった。
「ゲアルク大臣、無事だったんだ。よかった」
「お陰様で。ですが、そのためにエルティナ殿が大変な目に」
「大丈夫なんだぜ。それよりも、あれからどうなったんだ?」
「そのことをお話するために参りました」
それから少しして全員が俺とヒュリティアの私室に集合。
流石に元盗賊たちは部屋の外で待機してもらっている。
「では、現在の状況について報告させていただきます」
ゲアルク大臣は神妙な面持ちで、俺にこれまでの経緯を語り聞かせた。




