140食目 帝都崩壊
俺の出生の秘密解明から一夜。
俺は特段何かが変わることなく、いつものように朝こっぱやくからキッチンに立っていた。
幼女の姿に戻って割と不便ではあるが、邪魔なおっぱいや、くそデカヒップが消失したことによって動きは快適そのものである。
「……おん?」
しかし、妙な胸騒ぎが俺の心を搔き乱した。
なんと言えばいいのであろうか、台風がコサックダンスをしながら迫ってきている感じ。
いや、それとも津波を構築するものが全て納豆、とかそんな感じであろうか。
とにかく嫌な感じを全身で感じ取っている。
「なんだろう?」
このタイミングでソファーに寝かせていたザインちゃんがぴーぴーと泣き始めた。
これは、お漏らしでもお腹が空いたものでもない、純粋に何かを恐れている。
「おにぃ! おにぃ!」
「どうした、茨木童子」
遂には茨木童子までもが慌てて何かを訴えてきている。
そして、エルティナイトの傍にいたはずのアイン君が、慌てた様子で俺の下へと駆け付けて来たではないか。
「あ、あいあ~ん!」
「なにぃ? 事件発生だとぉっ」
アイン君の話によると、帝都ザイガ周辺の精霊たちが一斉に消えてしまった、とのこと。
精霊は世界を構築する上で重要な役割を担っているので、これは緊急事態と言えよう。
下手をすれば世界は支えを失って、大地震や唐突な津波が発生する場合も考えられる。
これは、間違いようのない大事件ですぞっ!
「こうしちゃあ、いられないっ! 直ちに精霊戦隊エレメンターズ、出動だぁ!」
と言いつつ、朝食の支度を済ませてから皆を叩き起こす。
腹が減っては戦ができぬぅ、と言いますしお寿司。
「というわけなんだ。精霊たちを探すぞっ」
「……エル、その話は本当なのね?」
「アイン君が言っているんだから間違いない」
「……後手に回った!」
ヒュリティアは慌てて朝食のミートスパゲティを口に突っ込んで立ち上がる。
「……ふぇんふぃふぉ、ほへふふぉうひ、ふぃふぉふぃふぇっ!」
「何言ってるか分かんねぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
謎の言葉を残し、ヒュリティアさんはお出かけしましたとさ。
恐らくはアマネック本社へと向かったのであろう。
彼女の慌てようといい、これは一大事に相違あるまい。
俺たちも急ぎ朝食を完食してエルティナイトの下へと急ぐ。
そして、鋼鉄の騎士の下に辿り着いたその時の事だった。
突如として大きな地震が起こり、立っていられなくなってしまう。
「こりゃあ、大きいぞい!」
「ふきゅーん! ふきゅーん!」
ころころと転がる俺は、ガンテツ爺さんにキャッチされて九死に一生を得た。
とんでもない規模の地震だ。
これは精霊たちが消えてしまった事によるものであろうか。
しかし、俺はそうではないと確信する。
何故ならば……。
「とんでもねぇ、【鬼力】を感じるっ! いったいなんだ、これはっ!」
全身の皮を剥ぎ取られるかのようなおぞましい感覚は俺だけではなくガンテツ爺さんやエリンちゃん、そしてヤーダン主任とリューテ皇子すらも感じていた。
やがて、地震は収まり立ち上がれるようになる。
だが、悠長にしている暇はなさそうだ。
少なくともこの地震で帝都ザイガは大変なことになっているであろう。
「震度7っ!? た、大変だ! 帝都がっ!」
ヤーダン主任は携帯端末による地震情報を拾ったのであろう。
端末に映る帝都の様子を俺たちに提示する。
そこに映っていたのは瓦礫の山と化した無残な帝都の姿であった。
「こりゃあ酷い。そうじゃっ! ヒュリティアはどうしたんじゃっ!?」
「出ていって間もないですし、倒壊に巻き込まれている可能性は低いとは思いますが……僕らも急いで出撃しましょう」
「応よ、ヤーダン、エリン、おまえさんたちはリューテ皇子を」
これにエリンちゃんは首を横に振った。
「私もブリギルトで救助活動をするよっ! ちょっとした瓦礫なら、この子でも動かせるし」
「むぅ……しかしのう」
クロナミの格納庫の隅っこに置かれているブリギルトは、エリンちゃんがマーカス戦機工場から借りて来たものだ。
何かあった際はこれを使え、とのマーカスさんの親心とのこと。
実際問題として、型落ちの機体なので戦力にはならないが、救助活動に用いるなら話は別。
エリンちゃんの操縦技術と相まって多くの人々を救助できるに違いない。
「俺からもお願いするんだぜ。今は戦機乗りとか、そういう事を言っている場合じゃないと思う。俺も殆どの魔法が使えなくなっているから」
「そうじゃったの。なんともタイミングが悪いもんじゃて……エリン、無理はするでないぞ」
「うんっ、任せてよ」
エリンちゃんは凛々しい表情を見せ、ちょっぴりくたびれたブリギルトの操縦席へと向かう。
随分と逞しくなったなぁ、とぼんやり彼女の後姿を眺めていると、彼女の後ろをついて行く七体の小さな精霊たちの姿が見えたきがした。
「ん?」
だが、瞬きをした瞬間に彼らは姿を消している。
まるで幻でも見たかのような感覚に囚われるが、アイン君を始めとした他の精霊たちははっきりと見ることができているので、俺の能力が落ちているわけでもないもよう。
ということは、あれは生まれたての精霊なのかもしれない。
それが七体、エリンちゃんに懐いている、と考えるべきだろうか。
俺と一緒にあの不思議な空間へ行けたり、と彼女は実に不思議な能力の持ち主である。
もしかしたら、彼女はこの世界の人間たちとは違う人間なのかもしれない。
でも、マーカスさんはエリンちゃんを実の娘だと言っているし、彼とエリンちゃんからは同じ波長を感じ取れるので親子であることは間違いないと思う。
では、いったい何が違うというのだろうか。
「あい~ん!」
「ふきゅん、そうだったな。今は救助活動が先決だっ! ヤーダン主任はブリッジで情報を集めて教えてくれっ」
「分かりました」
「あと、元盗賊たちはクロナミの護衛な。外に飛び出したらダメだぞっ」
「「「ソンナー」」」
善人と化した彼らにとってこの状況は見過ごせないものであろう。
しかし、現在の彼らの扱いは非常にシビアであるため、ここは我慢してもらうしかない。
多くの人出が必要ではあるが、ここで彼らの姿を目撃されては困るのである。
「エルティナイトっ、待たせたっ」
『早く合身してどうぞ』
「応っ、精霊合身!」
俺の肉体は光の粒に解きほぐれ、エルティナイトの心臓部に吸収される。
「ばぶー!」
「おにぃ」
「し、しまったぁ……!」
またしてもザインちゃんたちを置いてくるのを忘れました。
今度は茨木童子のおまけつきだよっ。
「あいあ~ん」
「お、おう。二度あることは百回あるよな?」
「いあ~ん」
それはない、とのありがたいツッコミを頂いた俺は、エルティナイトをえっさほいさと出撃させた。
今回は大砲カタパルトは使用しないで発着口からの出撃となる。
空を飛べれば問題はないのだが、うちの戦機はどの機体も飛行能力を持っていないのだ。
『おいぃ、これは酷いってもんじゃねぇぞ』
「おおう、なんてこったい」
「いあ~ん」
映像で見るのと、実際の現場で見るのとでは大違いであった。
高度な文明の象徴であったビル群はことごとく倒壊し、灰色の墓標と化しているし、舗装されて歩き易かった道路は無残な姿になって、ただの障害物と化しているのだ。
震度7との報告であったが、これはそれ以上だったと考えていいのではなかろうか。
「くそっ、こんな時に治癒魔法が使えないなんて」
『むむむ、そういえばおまえ、精霊の数ががっくーん、と減ってにぃか?』
「減った。自分を知って、ふゅきゅんと消えちゃったんだぜ」
『そうなのかー』
「そうなのだー」
『なら、今すぐ増やしてどうぞ』
「それができれば苦労はしないんだぜ」
エルティナイトは俺に無茶ぶりを強要してくるも、精霊を従える、というのは実際のところ非常に難しいのだ。
まず、前提として精霊に好かれなくてはならない。
そして、彼らを行使するだけの魔力を保持してなくてはならない。
加えて何かしらの欠陥を抱えていないことが望ましい。
今の俺はかつての俺ではなく、今の俺となってしまったため、これらが未知数である。
今、唯一従ってくれているのは火の精霊のみ。
これは恐らくガンテツ爺さんのお陰ではなかろうか、と考える。
でなければ、俺の目覚めと同時に他の精霊たちが消失したのに火の精霊だけが残った理由が付かないからだ。
「きてー、はやくきてー」
俺は駄目もとで精霊たちにお願いしてみるも、やはり彼らは怯えているのか俺に近寄ってこない。
この陰の感情が渦巻く状況では仕方のない事であろう。
町は見渡す限り負傷者や完全に動かなくなった者たちで溢れ返っている。
これでは精霊たちも安心して近寄ってきたりはしないであろう。
そもそもが精霊の数が少ない。
始めて帝都ザイガを訪れた際は、人々に負けないくらいに精霊たちがキャッキャウフフと都市ライフをエンジョイしていたのだ。
だが精霊たちは物理的なダメージを受けることはない。実体が無いからだ。
にもかかわらず、あからさまに減少しているのは他の要因があるからだろう。
たとえば、強力な何かに捕まったり、或いは捕食されてしまった場合。
しかし、精霊を捕まえるには特別な装置や魔法が必要だし、食べるとなる、とそれこそ全てを喰らう者といったような無茶苦茶な存在でなければ不可能。
とはいえ、その無茶苦茶な存在の一つに【鬼】がいる。
先ほど感じた強烈な鬼力は、この精霊が激減したことに関係しているのであろうか。
それを証明するかのように【それ】は忽然と姿を現した。




