139食目 出生の秘密
クロナミに戻った俺たちは図書館での出来事をヒュリティアたちに伝えた。
その証拠となる黄金の本も提示する、と普段いつも眠たそうな眼差しの黒エルフの幼女の眼が、くわっと開かれ俺はビョクっとなる。
「……その姿はシグルドが干渉したのね」
「やつを知っているのか?」
「……えぇ、とても面倒臭いヤツよ」
ヒュリティアは盛大なため息を吐きながらホットドッグをむしゃむしゃする、という器用なことをやってのけられました。
「……きっと、闇の枝を出して負けてしまった事に不服を感じたんでしょうね」
「俺のせいじゃないですかやだー」
「……遅かれ早かれ、だとは思う。いずれにしても、詳しく何があったかを教えて」
「わ、分かったんだぜ」
俺は竜の枝によって異空間へと引きずり込まれた経緯を説明し、そこで起こった出来事を隠すことなく全部打ち明ける。
するとヒュリティアは眩暈でも起こしたのであろうか、手で顔を押さえた。
「……余計な事をしてくれるわ、あのバカ」
「竜の枝が馬鹿呼ばわりされた」
これに黄金の本がガタガタと勝手に動き、テーブルの上で遺憾の意を示す。
しかし、ヒュリティアはそれをバシンと手で叩き鎮圧。
黄金の本は、しょんぼりとした雰囲気をプンプンさせ、やがて沈黙した。
「……そうね、本当はもっと時間を掛けて自覚させたかったのだけども」
ヒュリティアは、お代わりのホットドッグを一瞬で平らげて見せる。
断言してもいいが、ホットドッグは飲み物ではない。
繰り返す、ホットドッグは飲み物ではないっ。
「……もう、薄々気づいているんでしょ? 自分はエルティナではない事に」
「そりゃあ、ヒーちゃんに直接言われたら……」
「……そうじゃない。オリジナルでも偽物でもない、あなたは、あなたという存在であることによ」
「……」
心当たりが無いわけではない。
思念創世器・始祖竜之牙を顕現させたときに聞いた優しい男性の声。
それを聞いてから心の奥底で燻るものを感じている。
しかし、これが俺をエルティナではない、と否定していることに繋がるのであろうか。
「……始祖竜之牙、出せる?」
「試してみるんだぜ」
俺は思念創世器・始祖竜之牙を顕現させんとする。
しかし、顕現したのは屁だけであった。
「おにぃ!」
「ばぶー!」
これには皆が、おこ常態になったとか。さーせん。
「出ないんだぜ」
「……もっと心の奥底からよ。あなたの根源たる想いを形にするの」
「なんで、そんなことまで知っているんですかねぇ?」
「教わったからよ。これも思念創世器」
ヒュリティアは小さな手の内より黄金の弓を創造して見せた。
それは、始祖竜之牙同様の波長を感じさせる。
「私の場合は月の女神から指導を受けたわ。あなたも、それを顕現させるに至って指導を受けたはず。よく思い出してみて」
「ふきゅん」
確かにそうだ。俺は作り方を教えてもらっている。
もう一度、心を鎮め、想いを込めてみよう。
俺は想いに訴えかける、と心の奥底から込み上げてくる物の存在を感じ、手の内に熱い奔流を感じ取る。
そこから生じた虹色の輝きはやがて、一つの形になった。
「……ちっさ」
「ちょ、待てよ。さっきは立派な剣だったるるぉ?」
思わず巻き舌になったが俺はしょんぼりです。
顕現した思念創世器・始祖竜之牙は、ちんまりとしたナイフの姿を模ったのだ。
いったい何が間違っていたのであろうか、それが良く理解できない。
「……いえ、十分よ。あなたは自分の思念創世器を得るに至っている。それは、偽りの記憶に頼っていては成し得ないもの。エルティナは強い想いを持っていても思念創世器は遂に習得できなかった」
「えっ?」
「……分かるでしょう? これが、あなたの力。想いを力に変える可能性の能力。その想いが強ければ、強いほどに思念創世器は進化し強力になる」
想い、そうだ。
あの時は、エリンちゃんを守りたい、という心でいっぱいだった。
だから、思念創世器は生れ出たし、強力な力を発揮してくれたのだろう。
でも、今はなんとなく想いを形にしただけ。
だから俺の始祖竜之牙はこんなにも、へっぽこぴーな姿を模ってしまったのだろう。
「想いの能力か……」
「……きっと、あなたはその力を使いこなせるようになるわ」
「なぁ、ヒーちゃん」
「……何かしら?」
「俺が何者か、知ってるだろ?」
「……だいたいは」
「教えて」
ヒュリティアは俺の要望に少し悩む素振りを見せた。そして周囲を見渡す。
この場にいる者たちは、俺の事情を知る者ばかりだ。
例外としてはリューテ皇子であるが、彼はこの謎を知っていても役立てる術は知らないであろうから問題無い。
だからこそ俺はヒュリティアに、俺の正体を問うたのだ。
「……いいのね? それによって、今まで積み上げて来たものが失われるかもしれないのよ?」
「それで失ったのであれば、また積み上げればいい。俺がエルティナでなくても、それは俺という存在に成るだけの事だ」
「……分かった」
黒エルフの幼女は深いため息を吐き出す。
それはまるで、自身に溜まっていた迷いを排出しているかのようだった。
「……こことは異なる世界カーンテヒルには、ラングステン王国という様々な種族が暮らす王国があったわ」
「知ってる」
「……私とエルティナはそこで出会った。そして、多くの仲間たちに恵まれた」
「知っている、つもりだった」
「……ということは、それが失われ始めているのね」
「知識はある。でも、顔までは思い出せなくなってる」
「……当然ね。直接会っていないのだから」
ヒュリティアは俺たちに、少し悲しそうな表情を見せた。
まぁ、殆ど表情が変わっていないんだけどなっ。
「……今のあなたを形作っているのはエルティナが託した記憶。一人でも生きてゆけるように、と与えられた歩行練習用の器具みたいなもの」
「それが失われ始めている、と考えてもいいのか?」
「……えぇ、あなたは、いよいよ自分の力で歩き出そうとしている。だからこそ、エルティナの記憶が曖昧になり始めているの」
「それは、チユーズ達を感じられなくなってきているのと関係があるのか」
「……そうよ。彼女たちはあくまでエルティナの治癒の精霊。あなたは、あなたの治癒の精霊を見つけなくてはいけない」
「それが、積み上げて来たものを失う、ということか」
「……そう、でもそれだけじゃない。もう、理解してきているでしょう?」
「あぁ、俺はカーンテヒルの精霊たちも感じることができない」
そう、俺は俺の内に宿っていた精霊たちを感じることができなくなっていた。
しかし、アイン君やブロン君、そして火の精霊だけは感じ取ることができた。
要は異世界カーンテヒル出身の精霊たちを感じ取ることができなくなっているのだ。
「……それは、あなたという存在が、いよいよ固定されてきた証。やっぱり、私の予想は正しかった」
「半信半疑だったのかぁ」
「……そうね。でも、確信に変わったわ。あなたの思念創世器が決定的になったから」
ヒュリティアは心を落ち着かせるためにホットドッグを飲んだ。
俺の表現は果たして間違っているだろうか。
しかし、これは現実に起こったことなのだ。
「……それは、あなたの父親が使っていた思念創世器。エルティナの父たる創世神カーンテヒルから譲り受けた竜の牙」
「その話が本当なら、俺の祖父ちゃんは神様なのか」
「……複雑な経緯はあるけどね。大雑把に捉えるとそうなるわ」
これに、ガンテツ爺さんたちは妙に納得していた。
「どおりで珍妙な現象が起こるわけじゃわい」
「おいぃ、一番の被害者は俺なんですがねぇ?」
このやり取りに皆は爆笑する、という悲劇に見舞われた俺は「ふきゅん」と鳴かざるを得なかった。
「……前置きはここまで。本題に入りましょう」
「あぁ」
「……ま、もったいぶってもしょうがないからストレートに言うわ。あなたは異世界カーンテヒルのラングステン王国、その王であるエドワード・ラ・ラングステンと、王妃エルティナ・ラ・ラングステンとの間に生まれる【予定】だった存在よ」
「なんだって?」
これは、想定外の答えが返ってきた。
俺はてっきりエルティナ以外の白エルフの幼女に、エルティナの記憶を刷り込まれた存在、と予想していたからだ。
「……といっても、あなたは誕生することなく異世界カーンテヒルから退場している。エルティナのお腹に宿っていただけ。そして、新世界の誕生と共に死んだ」
「ん~? ということは、俺はお化けなのか?」
「……そうじゃないわ。世界の新生は全てを喰らう者であるエルティナが身を捧げて成し得る奇跡。彼女が喰らってきたものの情報を基にして作り上げるから、そこにはかつてのカーンテヒルに酷似した世界が構築される」
「つまり、エルティナのカーンテヒルという世界が生まれたのか?」
「……早い話がそう。そこにはエルティナじゃないエルティナと、その仲間たちが生きている。私はその違和感に気づいてしまった」
「だから、俺の下に来てしまった、と?」
「……断定はできない。私が違和感に気付くだろう、とエルティナに先んじて仕込まれていたのかもしれないけどね」
でも、ヒュリティアはまんざらでもないような顔を見せた。
「……早い話、あなたは【生まれる前に死んで、ここに転生した】の」
「無茶苦茶な話だぁ」
「……そうね。でも、仕方なかったんでしょうね。新生した世界に、あなたは存在できなかったのだから」
これにヤーダン主任が疑問を提示した。
「エルティナが全てを喰らう者だったのであれば、こっちのエルティナちゃんも食べてしまっていたのでは?」
「……無理ね。言ったでしょう。この子は、彼女のお腹の中にいたのよ。自分で自分を食べることはできない。だから、【エルティナは新生した世界に置いて新生しなかった】。それが、この子が新生した世界に留まることができない理由。情報が無いから誕生できないの」
「つまり、かつてのエルティナという存在は完全に失われている、という事かい」
「……そう、それが全てを喰らう者の役目であり使命。世界を昇華するために神によって創られた生贄」
ヤーダン主任とヒュリティアは深いため息を吐いた。
話の内容が大き過ぎて、既に俺の小さな脳は「おう、のう」と悲鳴を上げている。
「……ここまでで分からないことはある?」
「寧ろ分からないことだらけなんですが?」
「……そう、続けるわね」
「おいぃっ!?」
そこはかとない優しさと強引さは、困惑する俺を深淵へと誘ったとかなんとか。
「……でも、エルティナは我が子の存在を知っていた。だから、諦めることができなかったのね」
「それが、この子がここに送り込まれた理由かの」
「……それも理由の一つ」
「理由の一つじゃと?」
ガンテツ爺さんの怪訝な表情に、ヒュリティアは明後日の方向を向いて答えた。
「……創世神カーンテヒルには女神たる母がいたわ。その名は【女神マイアス】。異世界カーンテヒルを長きに渡り侵略者から守って来た存在」
「要するに俺の曾祖母ちゃん?」
「……ざっくりと解釈するとそう。そして、それがもう一つの理由」
俺は虚空を見つめ続けるヒュリティアの視線に自分の視線を合わせる。
すると、俺にも彼女が見ているであろう物が見えた。
「……目覚めた。分かる?」
「あぁ、分かる。でも、物凄くぐちゃぐちゃな感じがして気持ち悪い」
それは混沌を混沌で煮込んだような、そんな感じがする気配。
常人であれば、直ぐにでも正気を失うのではなかろうか、というおぞましいものであった。
「……断言するわ。女神マイアスはこの世界にいる。そして、今も尚、異世界カーンテヒルに帰ろうとしている」
「それを止めるのが、俺がここに送り込まれた理由なのか?」
「……心残りを娘であるあなたに託したのよ。エルティナは遂に女神マイアスを救うことができなかったから」
「そっか」
俺は「ぷひっ」とため息を吐く。何やってくれてんのおかん、と。
「……この気配だと、恐らくはもう、まともな思考は残っていないでしょうね」
「狂ってしまっているのか?」
「……元々、狂っていたのよ。あの人の望みは我が子との在りし日を取り戻すことだったから。でも、それは遂には叶わなかった。女神マイアスだけが、異なる次元に飛ばされてしまったから」
話が物凄いことになってゆき、そろそろ話に付いて行けていない者が出始めていると感じる。
その筆頭が俺と言うのは内緒だ。
「……思念創世器・始祖竜之牙の顕現は、女神マイアスを目覚めさせる切っ掛けとなったようね」
「だから、シグルドをバカちんと言ったのかぁ」
「……えぇ、そうよ。でも、これも運命だったのかもしれないわ」
ヒュリティアは俺の顔を見据え、真剣な面持ちを見せた。
だから、俺も彼女の顔を見据える。
「……本当に瓜二つ。でも、よく見ればエドワードの面影もしっかりとある」
ヒュリティアは俺の頬を手で覆った。
そして、少しの躊躇いの後、その口を開く。
「……エルドティーネ」
「エルドティーネ?」
「……【エルドティーネ・ラ・ラングステン】。それが、あなたに用意されていた名前」
「っ!」
その名を聞いた瞬間、俺は心臓に大きな衝撃を受けたかのような感覚に囚われた。
同時に俺という存在が明確に固定された感じも。
「……エルティナ、そして、エルドティーネ。どちらを名乗るもあなたの自由。エルティナにも本当の名前と受け継いだ名前があったわ」
「つまり、俺は三代目という事になるのか」
「……そういう考えもできるわね。三代目エルティナ、か」
「俺は、これからもエルティナだ。もちろん、本当の名前も忘れない」
「……えぇ、これからもよろしくね、エル」
「あぁ」
「私も改めてよろしくっ!」
「僕もよろしく」
「僕もっ! 僕もっ!」
「それじゃあ、わしもじゃな」
「あい~ん!」
「ぶろ~ん」
「ばぶー!」
「おにぃ」
仲間たちが改めてよろしくと伝えてくる。
それが何故だか誕生日を祝ってくれているかのようでむず痒い感覚に陥った。
でも、嫌じゃないんやなって。
「……これから、ものすご~く、大変なことになるかもだけど頑張りましょう」
「おぉん! 忘れていたかった!」
かくして、俺の出生の秘密は割とざっくりと明かされたのであった。




