138食目 俺は誰だ?
目が覚める、とそこは図書館。そして、俺は幼女に戻っていた。
そして、白いTシャツとジーパンではなく聖女の服を身に纏っている。
これは確か、キアンカのエリンちゃんの箪笥にしまってあったはず。
何故、俺はこいつを着ているんだ。
「本当に、あの世界の出来事は現実になるとでもいうのか」
俺は戦慄を覚える、と背中でバタバタ騒ぐ者に気付く。
言うまでもなくザインちゃんと小鬼の茨木童子だ。
「ば、ばぶーっ!?」
「おにぃっ!?」
驚愕するチビども。
そりゃあ、まぁ、いきなり縮んで服も別物に変わっていたら驚くだろう。
「そうだっ! エリンちゃんっ!?」
慌てて彼女の姿を確認する、と彼女は床に倒れていた。
その足首は、ぼっこりと腫れ上がっている。
「夢……じゃない」
俺は竜の枝の試練を思い出し、思わず治癒魔法の行使を躊躇った。
しかし、俺の中から治癒の精霊は勝手に飛び出し、勝手に魔力を持ち出してエリンちゃんの捻挫を瞬く間に治してしまったではないか。
『おいぃ』『どうした』『かんじゃを』『ほっておくなぁ』
「あ、あぁ……」
チユーズたちは歯切れの悪い俺に、こてんと首を傾げた。
だが、それほど興味が無いのか、さっさと俺の中に引っ込む、という薄情ぶりを披露してくれやがりましたとさ。ふぁっきゅん。
「きちんと治ってる」
でも、いまいち完璧に治せた、という実感が湧かない。
もやもやが募るも、エリンちゃんの身体をゆっさゆっさと揺らし、彼女の覚醒を促す。
すると、エリンちゃんは薄っすらと瞼を上げたではないか。
「あ……エルティナちゃん、無事だったんだね」
「あぁ、エリンちゃんのお陰さ」
彼女は体を起こし軽く頭を振った。
まだ意識が朦朧としているような素振りだが大丈夫であろうか。
「あの大きな竜は、なんだったんだろうね?」
「あいつは、シグルド。全てを喰らう者・竜の枝」
「ばぶっ!?」
「お、にぃっ!」
シグルドの名を耳にしたザインちゃんは驚愕の眼差しに。
そして茨木童子は何故か頬を種に染めて、いやん、いやん、と恥じらった。
「あの竜も全てを喰らう者なの?」
「うん、そうみたいなんだけど……よく思い出せないんだ」
「失った記憶の中に、その記憶があるのかなぁ?」
その可能性もあるし、そもそもが無いのかもしれない。
シグルドは言っていた、汝の真の力を見せよ、と。
あの言いようだと、明らかに俺をエルティナと認識していなかった。
では、俺はいったい誰なんだ? いったい、どこからやってきたというんだ?
そして、俺がエルティナであるという、この記憶はいったいなんだ?
分からない、何も分からない。
気付けば奥歯をギリギリと噛み締めている自分がいて、ハッとなる。
おもむろに桃力を放出してみる。
それは桃色の輝きを放ちながら球状の形をとった。
俺は自分の桃力の特性が何であるかを改めて調べる。
「……え?」
だが、俺は俺の桃力の特性を理解することができなかった。
感じることができないのだ。
この桃力は確かに俺が生み出した。でも自分の物だと感じることができない。
ではいったい、どうやって生み出したのだろうか。
嫌な汗が背中を伝う。そのあまりの冷たさに俺は震えあがった。
「俺は……誰なんだ?」
思わず膝を突く。自分が信じられない。
俺はこんなにも心が脆かったのか。
「エルティナちゃんは、エルティナちゃんだよ」
「エリンちゃん……」
「大丈夫、みんなが付いているから。もちろん、私もね」
「ありがとうなんだぜ」
彼女のお陰で不安な気持ちは幾分か和らいだ。
でも、それでも、俺は心の奥底から湧き上がってくる黒い衝動に怯える。
小さくなってしまった手に気付き、それを見る。
そして思い出すのだ、俺に語りかけてきた優しい声に。
すると、何故か勇気が湧いてくる。
まるで、父親に励まされているかのようで、俺はしっかりと自分の力で立ち上がることができるようになった。
「うー」
「あぁ、心配かけちまったな。もう大丈夫だ」
そうだ、俺にはザインちゃんがいる。
この子の面倒を見なくてはならないのに、心配を掛けさせては親失格というもの。
だから俺はやせ我慢を炸裂させるだろうな。
「あ、本が……」
エリンちゃんが驚きの声を上げる。
黄金の本には、いつの間にか表紙に小さな芽が描かれており、それを中心として八つの石のようなものが配置されていた。
その石はくすんだ灰色をしているが、内の一つはルビーのような輝きを放っている。
また、薄っすらとだが紫がかった宝石も存在していた。
その本は不思議な力で浮かび上がっており、ゆっくりと俺の前にまでやってきて宙で止まる。
「持ってゆけ、ってんだな」
黄金の本は静かに光を湛えたままだ。
どうやら、俺はこの試練からは逃げることができないもよう。
黄金の本を手にする、と本はその輝きを潜めた。
同時に俺の鼓動と同期した感じを受け取る。
すると、黄金の本はその姿を消してしまった。
「あっ、消えちゃった」
「いや、俺の中に入ったんだよ。ほら」
俺が黄金の本をイメージする、と手の内に黄金の本が、にゅるんと飛び出してくる。
「わわっ? 本当だ。手品みたい」
「種も仕掛けも無いんだぜ」
再び黄金の本は俺へと収納される。
「不思議な出来事だったね」
「うん、でも……俺は色々とやるべきことを理解することができた」
ナイトクラスに上がることや、元の世界に戻ること以前になさねばならない事ができてしまったのである。
それらを解決することが目標となろうか。
中でも全てを喰らう者の試練と、俺の秘密の解明は最重要課題である。
この問題を抱えたままだと帰れないし、ナイトクラス昇格に集中できないできにくい。
「取り敢えず戻ろうか。なんだか疲れちゃったし」
「うん、そうするんだぜ」
俺たちは図書館を後にする。
建物から出ると既に日が傾き始めていた。
「うわわっ!? もう夕方だよっ!」
「ふぁっ!? 夕飯の買い出ししてないぞっ! このままでは夕食がホットドッグになってしまう!」
「急いでお買い物しなきゃっ!」
「ばっぶー!」
「おにぃっ!」
俺たちは直ちにスーパーマーケットへと直行。
適当に食材を購入し、急ぎクロナミへと戻る。
「……うぇるかむ」
「守れなかった! 夕飯っ!」
しかし、クロナミのテーブルは既に、ホットドッグの群れに占領された後であったとさ。
恐るべし、ヒュリティアさんのホットドッグ愛。




