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食いしん坊エルフ2 精霊戦機エルティナイト ~ 全てを喰らう者と精霊王 ~  作者: なっとうごはん
第10章 生まれてきた理由 ~母の愛と厳しき後見人~
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137食目 黄金の試練

 それは8メートルを超える体躯の巨大な竜だ。

 黒い無数の角と発達した四肢、それに比べて少し頼りない翼。


 巨大な咢から覗く牙は全てを噛み砕く事が容易に想像できる。


 巨木を容易に上回る太い尾が大地を叩いた。

 それだけで地震かと思うような振動が起こる。


 明らかに格上の相手、それが明確な意志を持って俺たちに襲い掛かってきたのだ。


「エリンちゃんっ! こっちにっ!」

「う、うんっ!」


 黄金の竜が飛び掛かって来た。

 その巨体では無理であろうかという跳躍も、あの強靭な四肢は意図も容易くそれを実現させる。

 このままでは二人とも圧し潰されるであろう光景が、脳裏に鮮明に浮かび上がる。


 したがって、俺が取るべき行動はこれ一択。


「【ファイアーボール】!」


 俺はファイアーボールの魔法を発動させる。

 瞬間、それは俺の手元で大爆発し、相手に向かって飛んで行くことはない。


 これは俺が抱える何かしらの不具合が原因でこうなるのだが、俺自身は強力な魔法障壁で守られているのでダメージは受けない。

 しかし、他者がいる場合は非常に危険であり、俺の攻撃魔法に耐えられる者は極僅かだ。。


 だが、その場合はこうやって身体を密着させて魔法障壁内に入れて上げれば、問題無く俺式攻撃魔法を行使できる。

 しかし、その分、魔法の攻撃力はダウンするという不具合も発生するのだが。


 黄金の竜は爆発にふっ飛ばされ地面に叩き付けられるも表情一つ変えずに起き上がってくる。

 その黄金の鱗にも傷ひとつ入っていないという有様に乾いた笑い声すら込み上げてきた。


 正真正銘の化け物、それが俺たちに襲い掛かってきている、という事実。

 流石の俺も、これには速やかにジョバリッシュしてしまうだろうな。


「やっべぇ、魔法が全然、通用してないんだぜ」

「ど、どうしようっ? 逃げないと食べられちゃうよっ!」

「逃げるったって……どこに?」

「えーっと……あそこ?」


 エリンちゃんは白い靄を指差す。

 確かに逃げるならそこ以外はない。しかし、その先に大地はあるのか。


「無駄ぞ。その先には何も無い。ここに戻るのみ」

「さっきから普通にしゃっべってるな! やっぱり、ここは夢の中かっ!?」

「そうでもあるし、そうでもない。だが……ここで起こったことは【全て現実になる】」


 そう言うや否や、黄金の竜は再び飛び掛かってくる。


「くそっ、【ウィンドボール】っ!」


 風の球を暴発させて暴風の防御膜を張る。

 しかし、黄金の竜はその風の壁に張り付いたではないか。


「桃力、特性【固】。我の桃力は全てを固定させる」

「なっ!?」


 黄金の竜は驚愕の言葉をぶっ放してきた。


 桃力は極陽の戦士たる桃使いしか行使できない。

 そして、桃使いが使用する桃力には必ずひとつ、特性が持たされているのだ。


 黄金の竜の四肢に桃色の輝きが見て取れる。それは、まるで空間を掴んでいるかのようだ。

 いや、そうなのだ。こいつは風の防壁を掴んでいるわけじゃない、その手前の空間を掴んでいるんだ。


 そこに【固定】された桃力をっ!


「見せてみよ、【おまえ】の力を。【与えられた力】ではなく、【おまえ自身の能力】を!」

「わけの分からないことをっ!」


 怒りに任せ、暴風の壁発動中にファイアーボールを追加発動する。

 それは爆炎の暴風となって黄金の竜を吹き飛ばすも、結果は先ほどと同様の結果となった。


 桃力云々ではなく、圧倒的な力の差に俺は眩暈を感じた。

 手持ちの札を総動員しても勝てるビジョンが浮かんでこない。


 逃げるか。


 しかし、エリンちゃんを置いてはいけないし、そもそも俺は彼女より足が遅い。


 これって、完全に詰んでいるじゃないですかやだー。


「俺は逃げまちぇん!」

「ほぇ? どうしたの、エルティナちゃん」


 ヤケクソ気味の覚悟完了に、エリンちゃんはこてんと首を傾げた。


 問題は、あのふぁっきゅんドラ公をどうやって撃退するかだ。

 俺の桃力の特性は……え~っと? なんだっけ?


 あれ? 思い出せないっ!? ちょっ、待てよ。


「行くぞっ!」

「ま、待てっ! 話せば分かるっ!」


 せっかちなドラゴンさんはお話を聞いてはくれませんでしたとさ。

 このままでは、あいつにパクリんちょされてデッドエンドになってしまう。


 しかし、この状況、いったいどうやって対処すればいいのか。

 そんなことを考えていたら、魔法の発動が遅れてしまった。


「エルティナちゃんっ!」


 エリンちゃんが俺を抱きかかえて横っ飛びをする。

 一緒に転げ回り、その後に大きな振動。

 体中に痛みを感じるが、それは生きている証拠であろう。


「大丈夫? エルティナちゃんっ」

「いたた……ありがとなんだぜ、エリンちゃん」


 急ぎ起き上がる。しかし、エリンちゃんは立ち上がることができなかった。


「いたっ……!?」

「足を挫いたんだな。【ヒール】!」


 俺の代名詞、治癒魔法ヒールを発動する。


「……え?」


 しかし、エリンちゃんの症状は回復されない。

 逆に腫れ上がっていっているではないか。


「チユーズ! どうしたんだっ!?」


 だが、俺の呼びかけに彼女らは反応を示さない。


 というか、治癒の精霊たちが一人もいないだと?


「今の汝は、真の汝なり。言ったはずだ、汝の真の力を示せ、と」


 ぬらり、と首を持ち上げ見下ろしてくる黄金の竜。

 恐怖と絶望とで、いよいよお漏らしをしてしまう。


 攻撃魔法も効かない、頼みの綱である治癒魔法も使えない。

 これでは、ただの幼女だ。


 ガチガチ、歯が音を立てる。視界が涙で歪み始めた。


 怖い、どうしようもなく怖い。こんな恐怖は初めてだ。

 幾度となく修羅場を乗り越えてきたはずなのに堪えることができない。


「力を示せ。でなければ……汝に待つは死ぞ!」

「ひっ!?」


 再び黄金の竜が飛び掛かって来た。

 震える手をなんとか持ち上げ、ファイアーボールを発動する。

 恐怖からか、何度も何度も発動し、黄金の竜を可能な限り遠ざけることに執着した。


 生きている心地がしない。もう帰ってベッドの中で丸くなりたい。


「ファイアーボールっ……あっ……」


 視界が傾いた。立っていられなくなって地面に倒れ込む。


 まさか、これは魔力枯渇現象か。馬鹿な、早過ぎる。

 ファイアーボール十発程度で魔力が切れるなどあってはならない。


「……それで終わりか? 汝はその程度であったか」


 俺の無様な姿に黄金の竜は深いため息を吐く。


「これ以上、続けても意味はあるまい。その負け犬のような眼は、見るに堪えかねぬ。特にエルティナの姿に似ているのでは尚更だ」


 黄金の竜が巨大な咢を開く、そこに途方もない力と桃色の輝きが発生し、どんどんと大きな脅威へと成長してゆく。


 考えるまでもなく、アレを放たれれば致命的だと認識する。


 でも、まったく力が入らない。

 空腹や怠さとかいったものではない、純粋に力が入らないのだ。


 このままじゃ死ぬ。明確な恐怖は俺から立ち上がる気力を奪い去った。

 そんなときの事だ、俺に何かが立った。


 言うまでもない、エリンちゃんだ。


「大丈夫だよ、エルティナちゃんは私が守るからっ」

「エ、エリンちゃんっ!?」


 彼女は黄金の竜を見据えたまま、俺には振り向かずに告げる。


「今まで沢山、みんなを守ってきてくれてたんだもの。今度は私がエルティナちゃんを守る番だよ」


 その声は恐怖で震えている。声だけじゃない、膝だって恐怖で笑っているではないか。

 でも、エリンちゃんはその場から逃げ出すことはしなかった。


「無理だ、逃げてくれっ!」

「やだ、逃げないっ! それはエルティナちゃんだって、そうだったでしょ!」

「あれは……」


 アイン君とエルティナイトがいたから、守ってくれている者がいたから。だから戦えた。


 でも、今の俺は何もできない。


 一人じゃ何もできない、ただのガキだ。


「逃げないっ、例え死んじゃっても……私は逃げないっ! エルティナちゃんをっ」




 護る!




 彼女の意志がこの世界に満ちた時、黄金の竜の脅威は俺たちに牙を剥いた。

 それは大地を抉り大気を引き裂きながら俺たちに迫ってくる。


 それが異常に遅く感じるのは、俺の集中力が限界を突破したことによる意識の加速現象によるものだろう、と他人事のように認識することができた。


 迫る輝く球体、エリンちゃんは身じろぎもせず、俺を庇うかのように両手を広げ仁王立ちを続ける。


 考えている時間など無い、そして考えるまでもない。


 俺は何をしていた。


 力が無いから、怖いから、だから絶対に勝てない、などと甘ったれた感情をいつから持つようになった。


 ふざけるなっ、ふざけるなっ、ふざけるなっ!


 ぽっと出のクソトカゲに、【俺の】大切なエリンちゃんをやらせて堪るかっ!


「お……あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ドス黒い感情と共に赤黒い輝きが俺の身体から溢れ出す。

 仲間を想う心が俺の胸より桃色の輝きを生み出した。


 それは俺の身体を強引に立たせ、迫りくる暴虐の球体へと走らせる。


「俺のっ! 俺のっ……【家族】をっ! やらせて堪るかぁぁぁぁぁっ!」


 感情が爆発する。もう何も考えられない。

 俺から大切なものを奪おうとする者への憎しみと、家族を守ろうとする心が入り乱れてぐちゃぐちゃに混ざり合う。


 それはやがて虹色の輝きを持ち、そして、一振りの剣を具現化させる。

 脳裏に響く男性の声、それは遥か昔に聞いたかのような懐かしい声。


『叫べ、我が子よ。手にせよ、我が子よ。それは絶望を切り裂き、希望を守る剣。おまえの想いを形にした、おまえだけの武器。さぁ……その名を呼んであげなさい』


 頭の中に語りかけてくる優しい声に従い、俺は輝ける剣を手にして名を叫ぶ。

 その名は考えるまでもなく、自然と俺の口から放たれた。


思念創世器しねんそうせいき!【始祖竜之牙カーンテヒル】っ!」


 輝く剣を手にした瞬間、膨大な量の記憶が俺に流れ込んできた。


 それは、俺ではない誰かの記憶。その中には必ず【エルティナ】の姿があった。

 誰よりも彼女を愛し、護り、そして共に逝った男の記憶。


 それが嘘か誠かなど、どうでもいい。


 今、大切な者を守る力を得れるのであれば……俺はっ!


 極限まで昂った俺の感情に呼応し、赤黒い輝きと桃色の輝きは聖女の服を変質させてゆく。

 赤黒い輝きは強固な鎧の姿に、桃色の輝きは聖女の衣服を桃色へと染め上げる。

 それを身に纏った俺は、確かに、どこからか鍵が外される音を聞いた。


「うおぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 思念創世器・始祖竜之牙を振り上げ、裂帛の気合と共に振り下ろす。

 信じられないくらいに力が溢れ出ているのを感じ取る。


 それは光素でもない、魔力でもない、そして、桃力でも鬼力でもない。

 人の理解を遥かに超える超常的なもの。


 だが、構わない。俺はこの力を大切な人たちのために振るう。

 例え、この身が砕けて心が折れようとも絶対に護って見せる。


 それが……【俺の】覚悟だっ!


 思念創世器・始祖竜之牙は暴虐の球体を真っ二つに両断し爆散せしめた。

 俺とエリンちゃんはその爆発に巻き込まれる。


 でも、大丈夫だ、と確信することができた。

 その証拠に俺たちは桃色の輝きに包まれ無傷であったのだ。


 気を失っているエリンちゃんを抱きしめ無事を確認した俺は、黄金の竜に睨みを利かせた。


「愛の羽織りと勇気の鎧か……どうやら、目覚めたようだな」

「愛の羽織り? 勇気の鎧?」


 黄金の竜は俺の姿に目を細める。


 自分の必殺の一撃を粉砕されてまだ、この余裕。

 やはり、今の俺よりも数段は格が上であることを認めているのだろう。


 だが、その眼差しからは敵意が消失していることを感じ取ることができた。


「しかし、汝は不完全だ。勇気の鎧の禍々しい色が、その証。そして、何よりも【努力の鉢巻】が顕現しておらぬ」

「おまえは、俺の何を知っているんだっ!?」

「知らぬ」

「ふぁっ!?」

「故に試した。我ら【枝】が力を貸すに値するか否かを」

「っ!?」


 まさか……こいつは、全てを喰らう者の枝だというのかっ!?


「我が名は竜の枝のシグルド。全ての枝を取り纏めし者」


 その言葉と同時に世界が白い靄に覆い尽くされてゆく。

 同時に俺の意識も白く染まってゆくではないか。


「待てっ! まだ聞きたいことがっ!」

「弛まぬ精進を続けよ、【我らの真の約束の子】よ。さすれば、我らは自ずと汝の前に姿を現すであろう」


 その言葉を最後に、俺の意識は白く染まり尽くしたのであった。




 ……俺はいったい何者なんだ。


 エルティナではない何か、それはこの剣を手にしてハッキリと理解した。


 そして、俺に巣食う枝たちの謎。


 俺は試されている。全てを喰らう者たちに。

 そして、この黄金の試練からは決して逃げられないことを悟ったのであった。


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[一言] シグルドも来た 珍獣「まさかあの時来たアレは…」 NG「さ~てどうかな?」 小鬼キュピーン(☆▽☆)
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