133食目 反省会
エルティナイトに朝食を与えてひと段落したところで、やはり昨日遭遇した機獣ども、そして、俺の暴走が話題に上がる。
当然といえば当然であり、この話をスルーするわけにはいかない。
特に俺の力の暴走を放置するなど以ての外と言えよう。
俺が急に赤ちゃんになったり、アダルトになったりするのは些細な事なのだ。
クロナミのリビングにて皆を集めたヒュリティアは、俺の力の暴走について説明を始める。
以前にも彼女は俺を【オリジナル】ではない、と宣告してきた。
あの時は、まっさか~、とか軽い気持ちで居たが、今回ばかりはそんな気分に離れない。
俺の食欲の具現化である闇の枝が完全に暴走を起こしていたのが原因であるが、それよりも、俺から茨木童子が生れ出てきた事が最も気にかかる。
果たして、これは何を意味しているのであろうか。
そして、それを知り得るであろう黒エルフの幼女が、いよいよその口を開く。
「……今夜はホットドッグ」
「……なん……だと……!?」
衝撃的な事実が明らかになった。
今夜もホットドッグだというのだ。
いや、そうじゃない。知りたいのはそれじゃない。
「……うっかり心の声が漏れたわ」
「ふきゅん、冗談は止せ」
「……エルもお甘いようで」
ずきゅーん、と脳天を撃ち抜かれたかのような感覚は、決して錯覚ではなかっただろう。
というか、ほぼ毎日ホットドッグは勘弁願いたい。
「……冗談はさて置き、エルの事なんだけど」
と彼女は俺をじっと見つめてきた。
したがって、俺もしっかりと彼女を見据える。
すると覚悟完了と受け取ったのか、こくりと頷き、彼女が現段階での結論を提示した。
「……今のエルには不足しているものがあるから、全てを喰らう者・闇の枝を制御することはできない」
「マジか。足りないものってなんだぁ?」
俺の問い掛けにヒュリティアは「う~ん」と唸りつつ立ち上がり、ぺとっ、と手のひらを俺のパイパイに押し付けてきた。
「……やっぱり。あなたの魂に【殉ずる者】の存在が確認できない。にもかかわらず闇の枝が発現してしまっている」
「殉ずる者、っていうと……全てを喰らう者を管理、制御してくれている魂だったよな」
ヒュリティアは、こくり、と頷くと更なる説明をしてくれた。
「……殉ずる者は、全てを喰らう者のコントローラー、と考えれば分かり易いと思うわ」
「ふぅむ、火の枝のコントローラーはチゲというわけじゃな」
「……ガンテツ爺さんの言うとおり、チゲは火の殉ずる者よ。真なる約束の子……いえ、エルティナと永遠に共にあることを誓った者をエルティナが取り込むことによって、儀式は成立するの」
そう、それこそが【真・身魂融合】。
永遠に共に生きることを誓う儀式のようなもの。
簡単に言うと、それは食事という事になるが、詳しく説明すると分厚い本を朗読するのと同じくらいの苦痛になるので却下させていただく。
「……かつてエルティナには八つの魂が宿っていたわ。今はチゲ、そして、ザインちゃんだけとなっている」
「えっ!? ザインちゃんも、そうなの!」
これに、ザインちゃんを抱いて彼女のほっぺを、ぷにぷに、していたエリンちゃんが大変に驚いた表情を見せる。
その隙にザインちゃんは彼女の人差し指をぱくりんちょし、まんまとちゅっちゅしているではないか。
「……そう、ザインちゃんも殉ずる者。全てを喰らう者・雷の枝を制御する存在」
でも、とヒュリティアはザインちゃんを見つめながら続けた。
「……今の彼女には、その力が無い。欠けてしまっている」
「だから、赤ちゃんとして生まれたのか?」
「……恐らくは。チゲが再び発現したように、ザインちゃんにも切っ掛けがあったはず」
うむむ、と俺は頭を悩ますが、思い浮かぶのはグツグツ大根のみ。
そして、グツグツ大根こそがチゲを再び呼び覚ました特殊食材であろう。
「あれ? グツグツ大根の毒抜きって、電流を流すだったよな?」
「……それだわ。帯電したグツグツ大根を食べたから、不完全な形でザインちゃんが目覚めちゃったのよ」
「ばぶー」
肯定でござる、とでも言いたげな黒髪白エルフなザインちゃんは、エリンちゃんの指をちゅっちゅしながらご満悦な表情を浮かべる。
「つまり、なんじゃ? あの黒い大蛇に対応する食材を食べれば、制御も可能ってわけかいな」
「……できない」
「なんじゃそりゃあ? さっきのおまえさんの説明であれば、可能になるって話じゃろ」
「……それは殉ずる者がいた場合。どうやら、闇の枝を制御していた殉ずる者は、今は光の枝を管理しているみたいなの」
いろいろと俺の魂はややっこしいことになっているもよう。
そして、その殉ずる者が思い出せないという。
俺の脳みそは、まるで厳重なロックが掛かっているかのように頑なに情報を引き出させないのである。
それは警告ともいえる頭痛を伴って、思い出すな、と告げていた。
「……エル、無理に思い出さなくていいわ。どの道、あなたは全ての殉ずる者たちを思い出すことになる」
「全ての殉ずる者……つまり、俺は全てを喰らう者になる、ということか?」
「……かつて、と今は違うわ。そして、与えられた使命も」
まるで、全てを見届けてきたかのような言い回し。
しかし、それは同時に見届けてきたのだろう、という確信めいたものを感じさせる。
そして、それを打ち明けることができない、もどかしさのようなものも。
「……今は、このくらいで止めておきましょう。それよりも、エルたちが遭遇した機獣たちの方が気掛かりよ」
「うむ、そうじゃな。わしとチゲとで撃退はしたが、手応えは無かったわい。きっと、再び姿を現すじゃろうて」
ヒュリティアの提案にガンテツ爺さんは腕を組んで頷いた。
そうだ、あいつらだ。
ガンテツ爺さんがいてくれたから、なんとかなったものの、全てを喰らう者・闇の枝ですら翻弄する連中だ。
結果的に撃退したが、内容からして俺の完全敗北に近い。
「あの戦いは俺の完全敗北だった」
「そうじゃな……力に振り回され過ぎておったわい。エルティナイトも平静を装っていたようじゃが、内心は煮えくり返っておることじゃろう」
そう、俺の敗北はエルティナイトの敗北にもなる。
ナイトは負けることが許されない許されにくい。
だから、きっと次は負けないだろうな。
「次は負けないように工夫しなくてはっ」
「どんなふうに工夫するの?」
エリンちゃんにそう問われる、と俺は実のところいい案が浮かんでいなかったことに気付く。
そして、出した答えがこれだ。
「エルティナイトのコクピットにキッチンと冷蔵庫を増設する」
「バカタレ」
速攻でガンテツ爺さんに否定されました。解せぬ。
「まぁ、エネルギー問題は今後の課題となるじゃろうなぁ」
「そうですね。僕が作った拙い炒飯もそれほど足しにはならなかったようですし」
ヤーダン主任はリューテ皇子をあやしながら申し訳なさそうな表情を見せてきた。
その表情をしたいのは寧ろ、こちら側だ。
折角の手料理を頂いた、というのに敗北してしまったのだから。
「美味しかったから、十分に力が出たんだぜ。あの戦いは、それで調子ぶっこいた俺の判断ミスだ」
むは~、と盛大なため息を吐いた俺は、この失敗を今後に活かすべく、耐えがたき恥辱を心に刻み込んだ。
次会ったら、必ず泣かす、との誓いも立てる。
「よし、それじゃあ、この反省会はお終いっ! 取り敢えずは、やることを終わらせちまおう」
「……というとエリンちゃんのパスポート申請ね」
「ヒーちゃん、そういうことっ。覚悟はいいか、エリンちゃん!」
「えっ、そんなに覚悟がいるようなことだっけ?」
そこはかとなく不安な表情を見せるエリンちゃんに、しかし俺たちは容赦のない邪悪な表情を浮かべるのであった。




