131食目 悲しみのアダルトボディは負の感情に染まって
取り敢えずはエロい下着を身に着けたエロいナースと化して、クロナミのリビングへと引き返す。
「なんじゃ、その格好は?」
「ですよねー」
案の定、ガンテツ爺さんに呆れられましたが俺は元気です。
「……まぁ、元に戻るまでの辛抱」
「まったく、珍妙な体の構造をしおってからに」
とソファーでくつろぎつつお茶を啜るガンテツ爺さんは、木製の受け皿から、お茶請けの胡麻煎餅を手に取りバリバリと噛み砕いた。
こいつは俺が贔屓にしているキアンカの煎餅屋で購入した絶品だ。
この煎餅には胡麻がふんだんに用いられており、煎餅なのに胡麻を食べているかのような感覚を味わうことができる。
地味にガンテツ爺さんも、この煎餅の存在を知っている者の一人であり、俺同様に遠征の際はこの胡麻煎餅を大量に買い込むのだ。
「朝飯がまだだから、ほどほどにするんだぜ」
「かっかっか、分かっておるわい」
ガンテツ爺さんは高齢ながら食欲旺盛だ。
しっかりと朝食も摂るので、急いで朝食の支度を始めよう。
この世界、文明が発達しているが【炊飯ジャー】は発明されていないもよう。
なので鍋で炊く必要がある。
実際問題、鍋で炊く方が美味しく感じるので開発する必要性が無かったから、と推測することができようか。
でも、やっぱりあった方がいい、ってそれ一番言われてっから。
「ヒーちゃんに、ご飯炊き任せていいか?」
「……えぇ、いいわよ」
「そんでもって、エリンちゃんには味噌汁だぁ」
「任せてっ」
その間に俺はスクランブルエッグを山盛りこしらえる。
うちはとにかくよく食べる連中が勢ぞろいしているので、並みの量では仁義なき戦いが勃発しかねないのだ。
用いるのはロードダッシャーの卵三つ。
これで十五人前程度にはなる。
これでも足りないくらいであるが、これとはまた別におかずを作るので問題無い。
それがこれ、ホットブーブーのウィンナー。
お徳用の一キログラムの袋を、大型冷蔵庫からなんの苦も無く取り出し開封する。
こういう時は大人の身体に感謝せねばなるまい。
幼女ボディであったなら、ここに台を運んで冷蔵庫の扉を開ける、という作業が追加されてしまうのだから。
「あ~、大人の身体は調理するには便利なんだぜ……あ、ダメだ、手元がパイパイで見えねぇ」
「……エルのおっぱい大きいものね」
「ダメだわ~、やっぱ大人ダメだわ~」
熱い掌返しをおこなった俺はまな板から離れ、少しへっぴり腰でホットブーブーのウィンナーに切れ目を入れる。
これをフライパンで焼けば、ホットブーブーのたこさんウィンナーの完成だ。
それをスクランブルエッグの上に載せて遊び心を加えよう、という寸法である。
でも、一キログラムのウィンナーだから手際よく切れ込みを入れないとならない。
自分でやっておいてなんだが、やらなきゃよかった。
それでも何とか作業終了。
直ちにスクランブルエッグと、たこさんウィンナーを別々のコンロで焼き始める。
「おぉ、フライパンが軽い……と思ったら気のせいだった」
「入れ過ぎだからじゃないの?」
というエリンちゃんのツッコミが入りましたが俺は元気です。
そんな彼女は着実に味噌汁を完成に近付けている。
みそ汁の具はグツグツ大根を選択したもよう。
果たしてどのような味噌汁になるのやら。
ヒュリティアも、予め研いでおいたのであろう米を鍋で炊き始めている。
それはきっとエリンちゃんが研いでいたものであろうことが、先ほどキッチンからエリンちゃんが顔を覗かせたことで予想がついている。
こちらも問題無く完成するであろう。
さて、おかずは決まったがサラダがまだだ。
したがって、炊き上がるまで暇なヒュリティアにサラダを作ってもらう。
「ヒーちゃん、アボカドサラダを作っておくれ」
「……了解」
とヒュリティアは冷蔵庫からアボカドとレタス、そしてトマトを取り出し、台に足を掛けてまな板の上に食材を載せる。
そして、包丁を手にして食材を丁度いい大きさにカットしていった。
実に手際がいい作業である。
俺もこの無駄に大きいパイパイさえなければ、あのくらいは余裕だというのに。
実に残念無念である、といいつつ、アダルトなボディの利点を生かして両手でフライパンを管理する。
この珍獣、実は両利きであるからして、それぞれの手に菜箸を持ち、えっさほいさと食材が焦げ付かないように面倒を見る。
こうでもしないと自炊では時間が掛かり過ぎるから多少はね?
身に付くべくして身に付いた悲しい特技に落涙しながら、俺はふわふわモコモコのスクランブルエッグを特大の皿に盛りつけ、そこをたこさんウィンナー軍団に占領させる。
第一次スクランブルエッグ上陸作戦は成功、帝国の勝利の日は近いですぞっ。
「あとは、こいつに掛けるケチャップを用意してっと」
無論、ケチャップソースは自家製だ。
フレッシュなトマトを用いた少し酸味が強いケチャップに仕上げている。
美味しいけど、そこまで日が持たないのが悩み所。
でも、【フリースペース】に収容することで、それを解決している俺は褒められていい。
というわけで、空間に空いた黒い穴に、ぬっぽし、と腕を突き入れてトマトケチャップを取り出す。
取り出し方は入れたものを漠然と思い浮かべるだけでいい。
なので、入れた物を忘れると、永遠にそのままになるのでリストを製作することをお勧めする。
俺? リスト……にゃいです。
「はぁ、やっと片付けが終わりました」
「おわったー」
とここでようやくヤーダン主任が合流。
なので、早速こき使ってしんぜよう。
「んじゃ、これを運んでくれい」
「ひえっ、また肉体労働っ」
ヤーダン主任は表情を引き攣らせながら、特盛のスクランブルエッグをダイニングへと運ぶ。
彼女の両腕がプルプルしているのは、男とは違って筋力が減少しているのだろう。
少し、鍛えた方がいいんじゃないのかな?
んん~? 俺? 白エルフに筋肉を求めるなぁっ! トレーニングしても付かないんじゃあっ! おんどるるあぁん!
過去の悲しき記憶をよみがえらせた俺は、声無き咆哮を上げ黄昏に暮れる。
こんなんじゃあ、俺、鬼力に目覚めちまうよ。
「おにぃ」
「目覚めちゃったっ!」
なんと、俺の負の感情は一匹の小鬼を生み出すに至ってしまったではないか。
それは体長十センチメートルほどの二頭身の小鬼であった。
モコモコの深緑色の癖毛に緋色の瞳。
頭部から生える二本の黄金色の角が可愛らしい小鬼だ。
ちょこまえに虎柄のビキニを身に纏っていることから女の子のようである。
というか、どこかであったような気がしないわけでもない。
はぁて、どちら様ですかねぇ?
「……エル、どいて。そいつを殺せない」
ゆらり、と包丁を手にしたヒュリティアが、生まれたての小鬼をロックオンぬしていた。
これに俺は慌てて小鬼を保護。
無駄に膨張している胸の谷間に小鬼を押し込んで鉄壁のガードとした。
「この子をどうするつもりっ、エッチな事をするつもりでしょうっ、同人誌みたいにっ」
「……おまえをころす」
「何故、そのセリフを知っているぅぅぅぅぅぅっ!?」
簡単なネタバレをすると、彼女が月にいた時の偉い人がエロい人だったらしく、おまけに腐っていたようで、そっち系の薄い本を幾つも持っていたらしい。
つまり、ヒュリティアも腐女子になっていた……?
「……その小鬼はどこから発生したの?」
「俺から」
この答えにヒュリティアさんは頭痛が痛い、という表情をお見せになられました。
「……これは想定外だったわ。とにかく、その小鬼は処分した方がいい」
「おにぃ! おにぃ!」
ビキビキ、とヒュリティアの青筋がハッスルしておられる。
このクソザコナメクジ小鬼のどこに危険性があるのであろうか。
「おいぃ、そこまで警戒しなくても大丈夫だろう」
「……普通の小鬼ならね。バリバリクンとか」
「あれは……なぁ」
「おにぃ」
以前にも、俺に纏わりついてくる小鬼はいた。
それがバリバリクンなる小鬼だ。
気が付けば奴はいる、といったようにモブキャラを極めているかのような小鬼は割と放置されて自由に生活をしている。
ほぼ無害、ということもあってのことであるが。
今頃、どこで何をしているのやら。
「んで、どうしてこいつだけは駄目なんだ?」
「そいつ、茨木童子よ」
「ふぁっ!?」
ヒュリティアのまさかの返答に、俺はただただ珍妙な鳴き声を上げるしかなかったのであった。




