130食目 珍獣と禁断のお部屋
その声は間違いなくヤーダン主任とリューテ皇子の声だ。
しかし、ヤーダン主任は普段の声色ではなくどこか蠱惑的であり、ねっとりと絡みつくような官能的な雰囲気を声に纏わせている。
鋼鉄の自動ドアの向こう側からでも声が拾える俺とヒュリティアは、このヤーダン主任の声に異常を察しドアを開ける行為を躊躇した。
「ま、まさか、とは思うけど?」
「……エル、何事も事故は起こるものよ」
俺は意を決して鋼鉄のドアを開閉させるタッチパネルに触れる。
すると、カシュン、という空気音がして鋼鉄のドアが横にスライドした。
その奥のベッドで、ゆさゆさ、と身体を上下させる半裸の女性の姿。
ヤーダン主任だ。
瞬間、俺たちの時は固まる。
しかし、彼女は俺たちに気付いていないのか、その行為をやめることは無かった。
そして、彼女と向かい合っているのはリューテ皇子だ。
「こう? こうっ!? ママっ!」
「そう! いい! 凄くいい! はぁはぁ、もっと強くっ!」
二人の行為は、いよいよもって危険な領域へと突入せんとしていた。
「いくっ! いくっ!」
「ママ、もう少しで行けそう!」
「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
お子様相手に何やってるだぁぁぁぁぁぁぁっ!?
そんな言葉が出かけた。
だが、言葉を言うよりかは俺は行動に移るだろうな。
ばたばた、ゆっさゆっさ、と色々な肉を躍動させながら俺は部屋へと突入。
二人に駆け寄り行為を停止させようとする。
「おいぃ、警察だぁ!」
「いっ……けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「ふぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
パチンっ。
と何かがハマった音がした。
それなる音を出した物を確認すると、汗を浮かべるヤーダン主任の手の下にトランクケースを確認する。
「ふぅ……やっと資料が収まりました」
「やったね、ママ」
ぴきぴき、と音を立てているのは間違いなく俺とヒュリティアの青筋であろう。
というか、何故、ベッドの上でそれをやったのだ。
硬い床でやる方がいいだろうに。
「……あなたたち、ちょっとそこに座りなさい」
「え? あ、おはよう、ヒュリ……」
「……早くっ」
「「ひえっ」」
二人はヒュリティアによって、しっぽりとお説教されましたとさ。
「うう、朝から酷い目に遭った」
「……勘違いされるような声を出していたからよ」
ヤーダン主任は乱れた寝間着を整える。
というか、女性用と男性用の寝間着を使い分けてんだな。
スケスケのネグリジェとか、もう女性になる準備万端じゃないですかやだー。
水色のセクシーネグリジェを身に纏う辺り、スタイルに自信があるのだろう。
それを頷かせるほどに良く似合っているという。
「……部屋が汚い」
「うう、片付けている時間を研究に回していたもので」
しょぼーん、とした表情を見せるヤーダン主任。
ヒュリティアが言うように部屋は散らかり放題であった。
脱ぎ捨てたおパンツやブラがそこかしこに散乱しており、戦機の資料、参考書も部屋を我が物顔で占領している。
せめて下着くらいは洗濯籠に入れておきなさい。
リューテ皇子に悪影響が……おいまて、今そのポケットに入れたエロパンツを出しなさい。
色々と手遅れな気がしてきたのは疑いようがない事実であった。
こんな事は許されざるよっ、リューテ皇子に特殊性癖を身に着けさせたヤーダンママは速やかに悔い改めよっ。
しかしまぁ、彼女の部屋は本、本、本、資料の山。
そして、脱ぎ散らかした下着と衣類で埋め尽くされている。
一応は男性物と女性物とで分別しているようだが、褒められた行為ではない事は確かである。
そして何よりも、男性物の下着が臭い。
女性物の下着は男が嗅いだら野獣になるヤバい匂いがしている。
これは早急に洗濯しなくては、リューテ皇子がまた窃盗を働いてしまう。
「というか、何故、全裸の痴女が?」
「ヤーダン主任も、そう大差ない格好なんだぜ」
全裸対スケベネグリジェ、であったなら、全裸の方が健全に決まっている。
よって、この勝負は俺の勝利で幕を下ろしたのであった。
「あっ、その声……まさかエルティナちゃん?」
「というか、この世界で白エルフは俺だけなんだぜ」
腕を組み、無駄に乳房を強調しながら大きな耳をピコピコと動かすのは、超一級の珍獣様だ。
この、大きな耳が目に入らぬかっ。控えおろう。
「昨日は赤ちゃんだったのに、今日は大人の姿なんだ。きみの身体はどうなっているんだい?」
「それはこっちが知りたいんだぜ」
俺は腰に手を当てて胸を張る。
裸族に羞恥心は無い。
寧ろ恥ずかしがることに、恥ずかしさを感じてこそ一人前。
「つるつる」
「そこは触っちゃらめぇ」
そして、リューテ皇子の容赦のなさよ。
どこを触ったかって? 言えるわけなかろう。
「……ヤーダン主任、エルに服を貸してあげて」
「あぁ、それで僕の部屋を訪れたんだね。勿論いいよ。そこのクローゼットから好きなのを見繕ってくれないかな」
ヤーダン主任が指差した方角に半開きになっているクローゼットの姿。
その空いた隙間からは何やら瘴気のような物が流出しているように感じるのは気のせいであろうか。
そして、そこから粘液のように垂れているのはエロパンツどもである。
「……」
「か、片付けようと思っていたんだよ? は、は、は」
ヒュリティアの射貫くような視線から緊急回避せん、とヤーダン主任は明後日の方角を向いて表情を引き攣らせた。
しかし、結局はそれも叶わず「ひぎぃ」との悲鳴と共に彼女は轟沈。
ピクリとも動かなくなった。
「……それじゃあ、さっさとエルに服を着させましょう」
「そうだね」
そしてこの二人である。
尚、リューテ皇子はヤーダン主任のケツを擦りながら彼女を心配していた。
これはどさくさ紛れのセクハラではない、彼女のケツに刺さった箒がそれを物語っている。
ヒュリティアさん、パネェっす。マジで震えてきやがった。
「これなんか、いいんじゃない?」
「……派手過ぎるんじゃないかしら」
「暫くしたら戻っちゃうんでしょ? だったら、今のうちに楽しまないと」
俺がちっとも楽しくない点について。
着せ替え人形はこりごりだってそれ一番言われてっから。
こうなったら、アイン君で股間を隠せば問題無いって伝えよう。
「なぁ、ヒーちゃん」
「……アイン君は一般人には見えないわよ」
「ふきゅん」
既に見抜かれておりました。何も言えねぇっ!
というわけで、ど派手な赤色をしたエロ下着を着せられました。
鳴きたい。
「……あら、意外と似合ってる」
「肌が白いからだよ。羨ましいなぁ」
俺としては白過ぎる、という感想しか持っていない。
しかし、エリンちゃんはそうでもないようだ。
頻りに俺の肌を触っては、ほぅ、とため息を漏らす。
「もちもち」
「……エルは、どこを触っても、もち肌」
「おいぃ、ぱいぱいを集中攻撃するのは止めて差し上げろ」
まったくもってガールたちは情け容赦がない。
同性だからって、そこはマナーってものがあるでしょ?
これでは汚い忍者になってしまう、しまわない?
だから俺はさっさと服を着るだろうな。
「もう服はこれでいいんだぜ」
「……それでいいの?」
「いい」
「……すごいなーあこがれちゃうなー」
ヒュリティアが急に棒読みになった。
それが気になり、手にした服を見て見れば、それは【ナース服】であったという。
「なんで、こんなものが?」
「ヤーダン主任の趣味なのかなぁ?」
「自分で着て喜ぶのかぁ……ハイレベルな趣味だぁ」
俺は速やかに白目痙攣し、ヤーダン主任のおケツに箒を追加して差し上げたのだった。




