129食目 アダルトなやつら
ふと目が覚める。
しかし、部屋の中は真っ暗で、誰かの寝息が聞こえてきた。
布団に寝かされているのは間違いない。
しかし、自由自在に身体が動かせるか、といえばそうではないらしく短すぎる手足をバタバタさせるので精一杯であった。
何故、目が覚めたかは直ぐに分かった。
猛烈に腹が空いているのである。
これはある程度は予期していた。
赤ちゃんはとにかく腹が空き易い。
それは当然の事で、水分しか身体に入れていないのだ。
母乳に必須栄養素が詰められているとはいえ、吸収してしまえば腹が空くのも当然。
しかも水分は吸収しやすく、そして排出も早いとくる。
つまり、俺はお漏らしもしたんだよっ!
「あっい~んっ!?」
アイン君が「なんだってー!?」と迫真の集中線でボケに付き合ってくれました。好きかも。
「うー! あーぶー!」
しょうがないので不快感を声にする。
鳴くという方法もあるが、それは時間帯が分からないので自重。
このバブーボイスでも十分効果はあるはずだ。
その予想通り、絹擦れの音がして何者かが近づいてきた。
「……やっぱりこの時間なのね」
「だう~」
近づいてきた人物とはヒュリティアであった。
どうやらここは、俺たちの部屋であったらしい。
「……お漏らし、とお腹が減ったのかしら?」
「ふきゅん」
「……えぇ、今替えてあげる」
とヒュリティアさんは手際よくオムツを交換してくれました。
どうやら、俺が寝ている間にオムツを装着してくれていたもよう。
ザインちゃんというベビーがいてくれたお陰で、用意するには苦労する必要が無かった、といったところか。
すっきりぽん、となった俺はご機嫌になり、ぱたぱた、と短い手足を動かし満足度をアピールする。
「……次はおっぱいね。エルがそのままだと不具合が生じるから、少し回復速度を上げましょうか」
とヒュリティアは意味深な発言をした。
そして、おもむろに上着をはだけたではないか。
まさか、幼女のおっぱいに吸い付けとでもいうのか。
くっ、このエルティナ、中身はおっさんの魂が入っているというのにっ!
と思っていた時期が俺にもありました。
このすきっ腹を前にして体裁など無価値っ!
は、早く、そのパイパイをちゅっちゅさせてくれぇぇぇぇぇっ!
俺は、腹ペコだぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
なんだかスーパー白エルフに覚醒しそうな勢いだが、ヒュリティアはそれすらを吹っ飛ばす形態へと変身したではないか。
一瞬の眩い輝きと共に、そこには大人の女性となった彼女の姿が。
「……こっちの方が吸い易いでしょう? ほら、おっぱいよ」
「ふきゅ」
俺は彼女の心遣いと優しさに全身全霊で感謝する。
そして、いただきます、と心の中で叫び乳首に吸い付いた。
流れてくるのは命そのもの。
というか、これって……桃力と光素、そして魔力が合わさったものだ。
即ち、母乳とは物質化した愛といっても過言ではなかった?
「ちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっちゅっ」
「……激しいし、くすぐったいわね」
赤ちゃんベテラン勢の俺にとって、テクニカルにおっぱいを吸うなど朝飯前。
微調整を重ねながら母乳の出をよくする高等テクニックなどは並みのベビーではまねできないできにくい。
だから俺は瞬く間に満足するだろうな。
「……もういいの?」
俺が乳首から口を放したことを認めたヒュリティアは俺の背中を下から上へと擦る。
すると、胃に溜まった空気が喉を通って外へと放出された。
どうやら、俺は自力でのげっぷができないほどにベビー化してしまっているようだ。
「ふきゅ」
「……そう、満足したのならいいわ」
げっぷを確認した彼女は、俺を柔らかなタオルで包みゆらゆらを身体を揺らす。
その動きは俺を眠りの中へと誘う片道切符だ。
「……まぁ、いろいろと聞きたいことがあるでしょうけど、今はこういう事もできるようになった、程度で収めておいてね」
緩やかな動き、そして満腹感もあって、俺は返事を返すこともできぬまま意識を手放す。
そして、次に目が覚めた時には元の幼女の姿に……。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
なりませんでしたー。
なんと俺は幼女を遥かに超えて、ビッグバストとビッグヒップを兼ね備えるアダルト白エルフになっていたのだ。
もうわけがわからないよ。どうしてくれるのこれ?
「……やっべ、頑張り過ぎたわ」
「貴公の仕業か」
「……いかにも」
とはいえ、このアダルト化に心当たりがないわけではない。
そもそも妊娠していないヒュリティアから母乳が出るはずがないのだ。
あれは桃仙術【桃光授養乳】という女性桃使い限定の仙術だ。
男性も使えるがビジュアル的にアウトなので野郎的には禁術扱いとなっている。
基本的に母親を失った赤子に乳を施すため、一時的に母乳が出る体質へと変化させる特殊な仙術であり、あまり使われることが無いため知名度は低い。
つまり激烈マイナーな仙術ということだ。
そして、この仙術によって生じた母乳は超パワーを秘めており、瀕死の大人であっても瞬く間に元気百倍になる、というくらいに栄養が詰まっている。
俺のアダルト化は、それが原因であろう。
では、何故ヒュリティアがこれを使えるのであろうか、と問われれば俺はこう答えるだろうな。
わかりますぇんっ!
「……取り敢えずは服を着ましょう。その矢鱈無暗に主張するおっぱいとお尻は刺激が強いから」
「ふきゅん、確かにこいつらは邪魔者だぁ。というか、俺って大人になったらこうなるのかよ、とほほ」
幼女なヒュリティアに諭されるアダルトな俺。
そのあんまりな姿は部屋の姿鏡に映り、俺を激烈しょんぼりな領域へと誘った。
何か服を身に着ける、と言っても何も無いことが発覚。
それは当然の事であり、俺たちは子供服しか持っていないのだ。
身に纏える物といえばベッドのシーツくらいな物だろうか。
だが、俺はそれを甘えと断じた。
「おはよう!」
「おう、おはよ……ぶぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?」
「おわ~っ!? ガンテツ爺さん汚ぬぇっ!」
俺は爽やかな笑顔と共にリビングへと顔を出す。
そんな俺の姿を見た瞬間、ソファーに座って緑茶を啜っていたガンテツ爺さんがそれをキラキラと霧状にして放出する。
いったい何事であろうか。
「だ、誰じゃっ!? というかなんで全裸なんじゃっ!?」
「誰か、と問われれば答えてやるのが世の情け、とかそれ一番言われてっから」
「あぁ、そのセリフ回しで誰だか分かったわい。じゃが、何故、裸なんじゃ」
どうやら、ガンテツ爺さんは直ぐに分かってくれたもよう。
「栄養が高過ぎて幼女を突破した感」
「おまえさんの身体は、どうなっておるんじゃ」
まったく、と呆れたガンテツ爺さんは湯飲みに残っていた緑茶を、ずびび、と啜る。
そのタイミングで、キッチンの奥からザインちゃんを抱いたエリンちゃんが顔を覗かせた。
「エルティナちゃんが元に戻ったの……ふぇ?」
まぁ、そうなるよな。
というわけで期待に応えるためにセクシーポーズを炸裂させる。
「ひえっ、セクシーお姉さんっ!」
「ふっきゅんきゅんきゅん……怖かろう」
「あ、エルティナちゃんだったんだ。服を着ないと風邪引いちゃうよ?」
恐ろしいまでの胆力と適応力っ! 俺じゃなきゃ見逃しちゃうねっ!
「……急に色々と大きくなったから服が無いのよ」
「じゃからって全裸は無かろうに」
「服は甘えっ! 裸族の辞書に恥ずかしいという文字は無いっ!」
堂々と胸を張る俺に、ガンテツ爺さんの拳骨が落ちました。いたいっしゅ。
「年頃の娘が裸を晒すんじゃないわい。このサイズじゃとヤーダンの服を借りるしかないかのう」
「あれ、そう言えばヤーダン主任は?」
「部屋に籠って戦機の研究をしとるの。リューテ皇子がべったりじゃから、寝てる間に研究を進めておるんじゃろう」
リューテ皇子の面倒を見ている間くらいはお休みしてもいいんじゃないのかな、とは思ったが彼女から研究を取り上げたらほぼ何も残らないことが発覚し、俺は「ふきゅん」と鳴くより他になかった。
「取り敢えず、ヤーダン主任に服を借りに行こうよ。裸じゃ外にも出られないよ?」
「俺は問題無いが?」
「わしらが問題にするんじゃ。早う行ってこんかい」
俺はガンテツ爺さんに追い立てられる形でリビングを後にする。
ついてくるのはヒュリティアとエリンちゃんだ。
鋼鉄の通路を素足で歩くのは冷たい、と確信した俺はこっそりつま先立ちして歩くことにする。
「……足が冷たいのね」
「エルティナちゃんって大人になったらこうなるんだ。スタイルいいなぁ」
「俺はペタン娘が良かったんだぜ」
そんな他愛のない会話をしながら通路を行く。
やがてヤーダン主任の部屋に辿り着いた俺たちは、部屋から奇妙な声を聞くことになったのだった。




