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12食目 郷愁

「お~い、マーカスのおっさん」

「ん? なんだ、エルティナじゃねぇか。また随分とガラクタを拾ってきたな、おい」


 マーカスさんは大破したブリギルトを見て眉を顰めた。


「こいつを直せる?」

「俺を誰だと思ってやがる。直せるに決まってるだろう」

「それじゃあ、よろしく」

「これだけぶっ壊れてたら相当に修理費がかかる。廃棄して買い直した方がいいと思うが?」


 マーカスさんは怪訝な目で俺を見つめてきたが、こちらにも廃棄できない理由があった。


「それはできないできにくい」

「ま~た、精霊が云々ってか?」

「そういうことだぁ」


 アインリールを鎮座させてもらい、地面へと降り立つ。

 それにヒュリティアが続いた。


「んん? ちっこいのが増えてるな」

「親友のヒュリティアなんだぜ」

「……よろしく」


 俺に紹介されたヒュリティアは、ぺこり、と頭を下げた。

 マーカスさんはバリバリと頭を掻いて溜め息を吐いた。


「おまえなぁ……借金抱えてるのに、更に借金が増える行動をしまくってどうするんだ?」

「借金は抱えるもの」

「馬鹿野郎」


 暗黒微笑を見せた俺に対し、マーカスさんは、ぽこん、と拳骨を落としてきた。


「あ~、エルティナちゃん、お帰り」

「エリンちゃん、ただいま。もう学校終わったの?」

「うん、今日は授業数が少なかったからね」


 戦機養成学校は授業が選択できるらしく、エリンちゃんは操縦以外の授業は受けていないもよう。

 そりゃあ、工場で戦機を弄繰り回していたら、嫌でも戦機の内部構造を覚えるってものだ。


「おやぁ? この子は?」


 やはり、エリンちゃんもヒュリティアに興味を持ったらしい。

 なので、彼女にもヒュリティアを紹介する。


「へぇ、ヒュリティアちゃんっていうんだ。私、エリン。よろしくね!」

「……よろしく」


 元気溌剌げんきはつらつなエリンちゃんに圧され気味のヒュリティア。

 やはり、エリンちゃんの興味は、ヒュリティアの長いお耳へと移る。


「この子も耳が長いね~」

「ヒーちゃんは黒エルフなんだぜ」


 くすぐったかったのか、ヒュリティアは長い耳をパタパタさせてエリンちゃんの弄びから逃れた。


「……くすぐったい」

「あはは、ごめん、ごめん」


 ちっとも反省してない様子を見せるエリンちゃんに、マーカスさんは呆れる。

 だが、同時に何かを思い付いたようだ。


「丁度いい。エリン、こいつを一人で直してみろ」

「これ? ブリギルトだね」


 大破したブリギルトを、しげしげ、と見つめるエリンちゃん。


「何か鈍器のようなもので破壊されてるね」

「エリン剣は最強だったぞ」

「ちょっ!? あれで攻撃したのっ!?」


 経緯を説明する、と彼女たちは呆れた表情を見せた。解せぬ。


「それで、戦利品としてこいつを持ち帰った、というわけか」

「うん」

「んで、こっちはアインリールにくっつけろと?」

「できる?」


 それは、敵対したブリギルトから剥ぎ取った追加装甲だ。

 売り払うのももったいないし、アインリールに装着すれば騎士らしくなりそうだ、と確信したのである。


「できるに決まってるだろ。だが、その分重くなる」

「問題でもあるの?」

「大ありだ。昔は銃器がそれほど発達してなかったから、この選択で正解だった。でも今は違う」


 マーカスさんは親指を立てて壁を指差す。

 そこには、穴だらけの戦機が鎮座していた。


「あれも追加装甲で防御力を上げた機体だ。それが銃器の前じゃあ、あの有様。今の主流は軽量化による弾丸の回避だ」

「パイロットは?」

「コクピットの大穴を見て察しろ」


 やはり、ミンチよりも酷いことになっていそうであった。

 俺は、パイロットの冥福を祈る。


「でも、それはそれ、これはこれ。騎士を目指す俺の栄光へのロードは曲がらない曲げられない」

「この頑固者め。代金は借金に加えておくからな」


 お金が足りない事がバレておりました。

 ありがたいのか、ありがたくないのか、これもうわっかんねぇなぁ?






 アインリールとブリギルトを任せた俺たちは、工場の隅っこのマイハウスへと帰宅。

 それを目の当たりにしたヒュリティアは、妙に郷愁を感じさせる表情となった。


「どうかしたのかぁ?」

「……うん、実家を思い出した」


 ヒュリティアの生まれはスラム街だ。

 そこでは貧しい者たちが肩を寄せ合って生きていた。


 詳しいことはあまり思い出せないが、現在の俺と同じような建物に住んでいたことだけは間違いない。


「ま、取り敢えずは家に入るんだぜ」


 そんなわけで、本当に何もない掘立小屋に入る。


「……床すらないのね」

「金がないねんな」


 これも、全部貧乏が悪いんや。


「……野宿よりはましね」

「俺たち、野宿に慣れてるもんなぁ」


 目を瞑り記憶を思い出そうとする。

 しかし、途端に頭痛がハッスルし始めやがった。


「……白目痙攣なんかして、どうしたの?」

「遠い日の思い出は苦痛と共に」

「……無理をして思い出す必要は無いわ」


 あっさり、とそのようなことを言われては、どうしようもない。

 取り敢えずは、俺も痛いのは嫌なので、遠い日の思い出は封印処理とする。


「……せめて、床とベッド、これは必要。最低でもベッドね」

「寝袋ならあるぞぉ」

「……それで地面に寝たら痛いわ」

「痛かったんだぜ」


 ヒュリティアは、俺を可哀想な子を見る目で見つめてきた。


 そんな目で俺を見ないでくれぇぇぇぇぇぇぇっ!


「べ、ベッドを買いに行くんだぜ」

「……それがいいわ」


 その後、必要な物をヒュリティアに打診され、お財布と相談。

 結果、お財布の中身は、すっからかん、になりました。


 悲しいなぁ、でも、これが現実なんやなって。






 その後、業者にベッドを納入してもらう。

 この世界には普通に自動車があるので、トラックでベッドは運ばれた。


「……これで、疲れは取れるわ」

「戦機乗りは出張が多いんだぜ」

「……私はお留守番してる」

「ひどぅいっ!?」


 邪悪極まりない親友に、俺はハラハラと涙を流す。


 とこのタイミングで、エリンちゃんが珍獣ハウスへと駆け込んできた。

 そろそろ日も暮れる時間帯だ。

 戦機の修理が終わったのであろうか。


「あ、いたいた。エルティナちゃん、ヒュリティアちゃん、よかったら晩御飯食べない?」

「食べるますっ!」

「……ごちそうになります」

「じゃあ、うちにおいでよ。ヒュリティアちゃんの歓迎もかねて、腕を振るったよ~」


 エリンちゃんの笑顔、尊い。


 そんなわけで、マーカスさん宅へと招かれる。

 ダイニングのテーブルには沢山の料理が山のように盛られていた。


 その色がことごとく茶色系統な件について。


「肉、にく、ミート!」

「……肉食系女子?」

「ち、違うもん! お父さんがお肉大好きだからっ!」


 どうやら、エリンちゃんはあまり料理が得意ではないらしい。

 お肉も焦げ焦げな物が多数見受けられる。


 それでも文句を言わずに口に運ぶマーカスさん。

 おそらくはエリンちゃんよりも料理の腕前が酷いのであろう。


 時々、顔を顰めるのは焦げが苦かったためと思われる。

 その後、何事もなかったかのようにビールを流し込んでいた。


「ふきゅん、これは酷い。エリンちゃん、台所貸して」

「え? いいけど……エルティナちゃん、お料理できるの?」

「まぁ、見てるんだぜ」


 エリンちゃんは、肉を焼くだけなら料理とは言えないと思っているもよう。

 だが、肉を美味しく焼くのは難しいんやでぇ。


 とはいえ、ただ焼き直すのは芸が無い。

 したがって、他の食材と組み合わせ、美味しく再誕させる。


 冷蔵庫の中を確認……キャベツと豚肉を発見。

 これなら、簡単な【回鍋肉ホイコーロー】ができる。


 というわけで、ちゃちゃっ、と完成させました。

 中華は手早く作れて良いものだぁ。


 しかし、がっつり作るとなると、油通しが必要になるから大変になる。

 だから、なんちゃって、でいいのだ。


「うおっ!? こりゃあ美味い!」

「ほんと! キャベツの甘みが最高っ!」


 がつがつ、もしゃもしゃ、と食べ進めるマーカスさん親子。

 結構な量を作ったつもりだったが、この分だと完食してしまいそうだ。


「……エル、その焦げ焦げお肉をどうするの?」

「焦げの部分を洗い落として再利用する」


 俺の言葉を受けてエリンちゃんは、捨てるからいい、と言った。

 それに対し俺は彼女に言う。


「食材に命を貰っているんだぞ、食べれるのに捨てるなんてとんでもない」

「そ、それはそうだけど……」


 俺の返事にマーカスさんは愉快そうに大笑いした。


「エリンの負けだな。エルティナの言うとおりだ」

「お父さん……」

「俺の若い頃は戦争の真っただ中でな、砂に塗れた飯を奪い合っていた」


 マーカスさんはビールを喉に流し込んで違った意味で苦い顔を見せた。


「今も帝国と王国は領土を奪い合っている。小康状態にはなっているが、戦争はまだ終わっちゃあいねぇ」


 マーカスさんの言葉に、エリンちゃんはため息を吐く。


 ヒュリティアは色々と事情を察したもよう。

 後で情報の整理を、と小声で話しかけてきた。


「ところで、そのお肉は何に使うの?」

「うん、軽く茹でて焦げを落としたら、にんにく醤油ダレを塗して焼こうかなって」

「食べるっ!」

「いやいや、作るのは明日なんだぜ。ほかほかご飯と合わせると美味しい」


 それを耳にしたマーカスさんは言った。


「おまえ、料理人の方が向いてるんじゃねぇのか?」

「俺は騎士になるって決めたの」


 焦げ焦げお肉を茹で洗いし、容器に詰めて冷蔵庫に保管。

 ニンニクソースを作るのは明日でいいだろう。


 においもきっついしな。


「んじゃ、ゆっくりと回鍋肉を……うん? 回鍋肉はどこですかねぇ?」

「ここ」

「全部食ってんじゃねぇよ、ふぁっきゅん」


 腹を擦る笑顔の三人に、俺は怒りの【メガトンぱんち】を進呈したのであった。


 尚、ダメージは皆無であったもよう。

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