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127食目 炎の騎士

 遠ざかる寂し気な光景から一変、そこは散々に姿が変化してしまった不毛の大地であった。


 全てを喰らう者・闇の枝によって大地は貪り食われ、大気は色を失い暗黒の空間を曝け出している。

 しかし、大気は大地とは違い修復力が強いのか、瞬く間に暗黒を青へと染め上げてゆく。


「エルティナ……」


 わしの足元には気を失っているであろう幼い少女の姿。

 ぐったりとしている桃色のツナギを着込んだ彼女を抱き上げる、と驚くほどに軽い。

 まるで、しっかりと抱き止めていないと、どこぞやへと消えてなくなりそうな不安を感じさせた。


 このような想いを抱くことは今の今まで無かったことだ。

 しかし、この子の心の奥底を覗いた今のわしはそうではない。


 護らねば、という気持ちが奥底からマグマのごとく沸々と湧き上がってくる。


 ガシャン、という金属音。それが三つ。

 どうやら、あの機獣どもはいまだ健在のもよう。


 三つの視線は当然ながら、わしらへと注がれている。

 気持ちの良いものではない事は確か。

 したがって、わしがやるべきことはただ一つ。


 だが愛機デスサーティーン改は遥か後方。

 エルティナを抱きかかえたまま走るのは無茶があるし、そうでなくとも簡単に追いつかれてしまうだろう。


 だから、わしは彼に無理難題を押し付けなくてはならない。


『おいぃ、爺さん。早くしてくれませんかねぇ?』


 胸部を損傷させた鋼鉄の騎士が、けたたましい音を立ててわしらの傍へと駆け付ける。

 痛々しい姿ではあるが、その闘志には微塵も傷は入っていないもよう。


『あいあ~ん!』


 鉄の精霊アインも早くしろ、とわしを急かした。


「いいのか? おまえらにとって、エルティナ以外が操縦することは二君に仕えるも同然じゃろう?」

『ナイトはよ、それでも護りたいもんがあるんですわ』

『てっつー!』


 小僧たちの覚悟を受け止めたわしは、最早何も語る術を持ち合わせてはいなかった。

 今はただ、その覚悟に恥じぬ戦いぶりを見せなばならない。


「ならば、合身じゃ!」

『応っ! 精霊合身!』


 わしとエルティナの身体が光素の粒子と化してエルティナイトの心臓機関へと吸い込まれる。


 不思議な感覚だ。

 不安よりも期待、そして、期待は高揚感へと変わり、それがわしの力になることを確信させる。


 やがて、わしらはエルティナイトのコクピットで再構築されるのだが、それと同時にエルティナに合わせて小さかったコクピット内が一瞬にして大型化し、わしの身体のサイズに合わせてくれたのだ。


「器用なもんじゃな」

『ナイトは細やかな心遣いができて当然っ』

「いや~ん」


 普段はそうじゃないだろう、とアインのツッコミが入ったが、エルティナイトはこれを無視する。


 その座席にはピクリとも動かないザインの姿。


「よぉ、頑張ってくれたのう。後は任せてくれ」


 わしは意識を失っているエルティナとザインをを膝の上に乗せ座席へ腰を下ろす。

 座席からは柔らかな感触が返ってきた。なかなかの上物である。

 同時に二人の幼子の温もりを感じ、決して負けられないことを理解した。


 わしは座席の両側に存在する透き通った水晶玉に手を載せる。

 それは正しくエルティナイトの操縦桿だった。

 そして、そこにわしの光素を流し込むことにより、わしとエルティナイトは一体化する。


「むぅ、この力は……!」


 なんという力強さであろうか。

 並の戦機とは比べ物にならないパワーに戦慄と高揚感が同時に湧き出てくる。


 わしの頭の上の火呼子とアインが媒体となって真っ赤なヘルメットへと変じた。

 それを被り、いよいよ以って戦いの準備は整う。


「よぉし、やるぞい、小僧!」

『今の俺は炎の騎士! 燃え盛る心はバーニングファイアっ!』

「あいあいあ~ん!」


 透き通った水晶が紅蓮の色を見せる。

 コクピット内はたちまちの内に赤に染まり、それはエルティナイトにも影響を及ぼした。

 彼の装甲は一瞬にして粒子化し、今のわしらに相応しい形状へと変化を果たす。


 その形状とは炎だ。

 真っ赤な鎧を身に纏う騎士の姿がそこに顕現する。

 同時にエルティナイト本体も機体色をブルーからオレンジへと変化させていた。


『な、なんだ、それはっ!?』

『変形とか、生易しい変化じゃねぇだろっ!』


 これに機獣どものパイロットが喚くも、付き合ってやる道理は無い。

 一気に叩き潰させていただくことにしよう。


 水晶に意志を流す、とそれは速やかに反映。

 コンソールの画面に兵装一覧が表示された。


「ファイアボルト、ファイアーボール……ふむふむ、こいつは使えそうじゃの」


 基本的にわしの属性に与する魔法、そして特殊攻撃は再現可能なもよう。

 であるなら、わしも気にすることなくエルティナイトで戦えるというものだ。


「小僧っ! 手始めに【ファイアボルト】じゃっ!」

『ナイトの魔法はパンチ力っ!』


 エルティナイトが正拳突きの要領で右手を機獣どもに放った。

 すると大気を摩擦するかのような鋭い突きの後に無数の炎が発生。

 拳の勢いに乗って、それらは鋭い矢となって鋼鉄の獣たちへと襲い掛かる。


『うおぉぉぉぉぉぉっ!? なんじゃそりゃあっ!?』

『ま、待て待て! まさかそいつは……!』


 慌てて飛び退く三匹の獣は、しかし、それとは裏腹に冷静であった。


 だが、遅い。


「あぁ、そうとも。魔法じゃよ」


 わしはエルティナイトに左手を天に掲げさせた。

 そして、放つのはファイアーボールの魔法。


 エルティナイトの左手に小さな火球が生じる。

 それに、わしは光素を流し込むのだ。


 すると一瞬にして火球は巨大化。

 エルティナイトを遥かにしのぐ、太陽のごとき輝きを放つ巨大な火球が完成する。


 あとは位置取りが肝要。

 わしは待機させてあるデスサーティーン改がエルティナイトの後ろになるように、鋼鉄のナイトを移動させる。


『バックステッポゥっ!』


 しかし、なんでいちいちバックステップを多用するんじゃ。

 普通に移動せんか、普通に。


 さぁ、準備は整った。


「そぉらっ!【ファイアーボール】じゃっ!」


 エルティナイトに巨大火球を投げさせる、とそれはとんでもない速度で三匹の獣たちの中央へと着弾。


『じょ、冗談じゃねぇぞっ!』

『対魔法武装積んであったかっ!?』

『あ~、俺ら死んだかもな?』


 その言葉の後に超大爆発が起こる。


 話には聞き及んではいたが、まさかわしの光素量でも、ここまでの威力になるとは思わなかった。

 よって、締め括りの魔法を起動する。


「小僧っ!【ファイアウォール】じゃっ!」

『唯一ぬにの炎の盾っ!』


 若干、エルティナイトはセリフを噛んでいたようだが、無事に炎の壁を生成できたので良しとする。


 ファイアウォールは読んで字のごとく、炎の壁を作り出す魔法であり、激しい炎で身を守ると同時に触れた者をその熱で攻撃することができる攻防一体の魔法だ。

 その最大の特長は、炎による攻撃を無効化することにある。


 それは即ち、過剰過ぎるファイアーボールの爆風から身を護ることができる、という事に繋がる。

 爆風の方は防げるかどうか疑問であったが、それは杞憂であったもよう。


 爆発が過ぎ去った後、そこは巨大なクレーターができあがっていた。

 エルティナはきちんとリミッターを設けた、とは言っていたがリミッターを設けてこの威力は依然、過剰攻撃力と言っても差し支えはないだろう。


「威力あり過ぎじゃろ」

『爺さんが魔力を流し込み過ぎただけだ、ってそれ一番言われてるから』

「うん? 魔力じゃと? わしは光素しか流し取らんぞ?」

『無自覚、凄いですね』

「あいあ~ん」


 こうして、わしらの危機はなんとか退けることに成功する。

 あの三匹の獣も消し飛んだ、と思いたいが長年の経験から手応えが無い事を感じ取った。


「やれやれ……ここが人の住まぬ荒野で良かったわい」


 そして、この惨状に思わずため息を吐かずにはいられなかった。

 穏やかな平地だった不毛の大地は今や散々な姿を晒している。


 大地に出来上がったクレーターはまだ可愛いものだ。

 深々と抉られた大地は最早、谷と言っても過言ではないし、闇の枝が星からエネルギーを奪う際に喰らい付いて生じた穴からは、なんと水が溢れ出てきている。

 もし、これが止まらなければ、この不毛の大地も緑で覆われる日が来るかもしれない。


「いろいろと追及される前に帰ろうかの」

『そうするべき、ナイトはクールに去るぜ』

「あい~ん」

『熱血バックステッポゥ!』

「クールに去るんじゃなかったのかっ、小僧っ!」


 やらねばならない事は多々ある。


 わしに力を与えたザインはコクピットで昏々と眠ったままだし、エルティナも消耗しきってピクリとも動かない。

 それに、わしも力を消耗して腹がぐーぐー鳴っている。これは明らかに光素不足を訴えている現象だろう。


「さて、どうやって説明したもんかの」


 わしは精霊戦隊のメンバーに事実をありのままに話すかどうか悩みながら、デスサーティーン改の下へと戻るのであった。


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