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125食目 知性ある獣たち

 ◆◆◆ 鋼鉄の獣の男 ◆◆◆



「どうしたっ! その程度かっ!」


 うねる漆黒の大蛇。

 抉り取られる大地に、こそぎ取られる大気。

 この世の全ての物が、まるであいつの餌であるかのような暴れっぷりだ。


『おい、ありゃあいったい、なんの冗談だい?』


 サブモニター画面に映るチームメイトのズーイが、漆黒の大蛇にあからさまな不満を漏らす。

 右眉が上がっているから、相当に理不尽を感じているのだろう。


「冗談なら可愛いもんなんだがな。どうやらマジみてぇだぞ?」

『がっはっはっ! こりゃあ面白くなってきやがった! 力比べといこうかい!』

「やめとけ、モヴァエ。機体ごと消滅してぇんなら止めやしねぇが」


 モヴァエの奴は、ああは言っているものの実際にやるつもりはないだろう。

 その証拠に漆黒の大蛇と一定の間隔を保っている。

 奴は基本的に俺たちの防波堤みたいなものなので、行動は慎重で後手に回る場合が多い。

 まぁ、奴もたまにやらかすが。


 俺たちDチームはその見た目からして荒くれ者の集団だ。

 舐められたら終わりだと思っている。

 そんな俺たちDチームが、蛇ごときに手をこまねくというのは癪だ。


 だが、勇気と無謀は似て異なるもの。あれとやり合うには取っ掛かりが必要だ。

 だから、少しばかり突いてみることにする。


「直接戦闘は無しだ。触れりゃあ持って行かれちまうだろうぜ」

『データ収集か? 面倒くせぇ話だぜ』

「そういうな、ズーイ。こいつが、おっさんの欲しがっていたヤツかもしれん」

『へいへい、ルオウは真面目なこって』


 肩を竦めるいつものポーズ。それはヤツが了承した証だ。


「ズーイ、モヴァエ、フォーメーションDだ。ただの獣が知性ある獣に勝てない事を証明する」

『『おうっ!』』


 俺はズーイとモヴァエにフォーメーションDを指示。速やかに散会し、対象を三角形の包囲網で覆う陣形を取る。

 俺たちの必殺の陣形であると同時に、データ収集にも打って付け、という一石二鳥の陣形だ。


「仕掛ける!」


 獅子型の機獣【レ・レオン】の口部の奥には光素系エネルギー砲が内蔵されている。

 それは、現行兵器の中でもトップクラスの超高威力であり、並みの装甲では防ぎきることなどできない。

 事実、今の今まで防がれた事など一度たりとてないのだ。


 ゴォンッ、とレ・レオンの口から極太の破壊光線が吐き出され、鎌首をもたげる漆黒の大蛇の首元に命中した。


「直撃だ……って、おいおい」

『はは、冗談だろ』

『マジかよ』


 レ・レオンの必殺とも言える破壊光線は確かに直撃であった。

 普通であったなら光線は貫通、対象は蒸発しこの世から消え失せる。


 しかし、それなる大蛇は何事もなかったかのように鎌首をもたげ続けていた。


 みちみち、とゆっくり開きつつある咢は、まるで俺たちをどの順で食らってやろうか、と値踏みしているかのようだ。


「やっぱ、普通じゃねぇわ、あいつ」

『んじゃ、物理攻撃はどうだい?』


 ズーイの機獣【ラ・プリーコ】の頭部に備わった液体金属ドリルは射出も可能だ。

 それを高速回転させ漆黒の大蛇に放つ。

 ヤツはそれでも避けようともしない。


 再び直撃、命中個所は……発生源である黒い霧に覆われた根本。


 そこには何者かがいた。

 大きさからして子供くらいの何かだ。


 ということは俺らの捕獲対象という事になる。


「おまっ、やっちまったら任務失敗だろうがっ!」

『いんやぁ、そりゃあねぇだろ。予想通りだぜ』

『ったく、どうなってんだぁ? アレはよぉ』


 高速回転する液体金属のドリルは相手を穿つのではなく、自らを光速で消滅させていった。

 正しくは、貪り食われている、が正しいのだろうが。


『これじゃあ俺の【ゴ・イソーン】のハイミサイルをぶっ放しても結果は同じになりそうだなぁ』

「だろうな、モヴァエ。だが、攻略法は見えたぜ」

『ひゅう。流石、インテリバイオレンスは違うねぇ』

「茶化すんじゃねぇよ、ズーイ。こいつを見ろ」


 俺は戦闘中に収集した、漆黒の大蛇のエネルギー数値を一秒ずつグラフ化したものを二人に転送する。

 そいつを見れば、俺らがどうするかなど一目瞭然。


『わはは! なんだこりゃあ!』

『おいおい、こいつ自滅するわ』

「だろ? あいつは絶大な能力を持っているが、自己維持ができねえタイプだ」


 漆黒の大蛇は一秒ごとに消費するエネルギーが尋常ではなかった。

 到底、己を維持できるとは思えない。このままでは自滅も時間の問題だろう。


 全てを喰らう能力を持つ代償として、自分すらも喰らい尽すという矛盾。

 なるほど、ハイリスクハイリターンな能力ではある。


「ネタバレしちまえば、恐れるほどのもんじゃねぇ」

『おう、あれの動きは単調だしな』

『時間切れまでからかってりゃあ良いだけの仕事になっちまったなぁ』


 このタイミングで、痺れを切らしたのか漆黒の大蛇が唾液を撒き散らしながら襲い掛かってくる。


 しかし、その動きは単調。

 加えて、俺たちDチームはモヴァエのゴ・イソーンとの模擬戦で蛇の挙動、行動範囲を頭のみならず身体にも叩き込んでいる。

 目を瞑っていても回避可能な上に、こいつの動きは決して早くない。


「おらおら! 当ててみろっ!」


 その上で挑発。相手はますます攻撃が単純化。

 がむしゃらに喰らおうと咢を向けてくるだけの猪野郎と化す。


 しかし、そこに第三者が入り込むと厄介なことになるものだ。


『バックステッポゥっ!』

「うおっ!? なんだ、こいつっ!?」


 いきなり、先ほどの鋼鉄の騎士が戦闘に割り込んできた。

 そして、手に持つ大型シールドでレ・レオンの顔面をぶん殴ろうとしてきやがる。


 無論、そんなとろい攻撃に当たってやるほど俺は優しくはない。

 最小限のサイドステップで回避し漆黒の大蛇に備える。


「あの黒いやつと、こいつのパイロットは別物なのか?」

『おいぃ、一流のナイトの【ふいだま】を避けるとかおまえ忍者だろ。きたない、忍者。流石、忍者きたない』

「何言ってやがんだ、こいつ」


 そして、無駄なポージングを決める鋼鉄のナイトは、漆黒の大蛇の胴体に触れてその装甲を消失する。


『おわぁぁぁぁぁぁぁっ!? おいぃっ! ナイトの鎧を食ったらだめでしょうがっ!』

『あいあ~んっ!』


 慌てふためく情けないナイト様によって、胴体に触れてもアウトだという事が判明。


「ははっ、貴重なデータをありがとよっ! こいつは礼だっ!」


 レ・レオンの後ろ蹴りを鋼鉄のナイト様にお見舞いしてやる。

 甲高い金属音がしてヤツの胸部装甲がひしゃげ、そのままの勢いで吹っ飛んでいった。


「うん? あんなに脆かったか?」

『ルオウ、やっこさん、そろそろみてぇだぞ?』

「お? ようやくか」


 ズーイの報告に俺はデータ収集の締め括りに入る。

 漆黒の大蛇は苦し気に咆哮を上げていた。


 なりふり構わず大地だろうが大気だろうが口に運んでいるが、消耗するエネルギーに比べて吸収するエネルギーは微々たるもの。

 確実に自滅は避けられない。


「しょせん、ただの獣は知性ある獣には勝てねぇ、ってことさ」


 どんどん、漆黒の大蛇が縮んでゆく。

 縮んでゆくというか崩壊に近いものがあった。


『時間にして三分、と言ったところかぁ?』

「そうだな。モヴァエ。おめぇの好きなカップラーメンが作れるぞ」

『へへっ、ありゃあ、最高だな。今度はカップラーメンを作りながら戦うか』

「もうそんな機会はねぇけどな」


 完全に崩壊し掛ける黒い霧、その根元で蹲る子供の姿。

 俺は、俺たちはそいつに見覚えがある気がした。


「うん? ありゃあ……」


 その時の事だ、爆音、そして、真っ赤に燃え盛る何かが子供に突っ込んでゆくのを認める。

 同時に崩壊し掛けていた漆黒の大蛇が再構築され、あろうことか巨大化してゆくのを認めた。


「な、なんだぁっ!?」

『おい、ルオウ! 話が違うぞっ!』

『アレのエネルギー吸収率が、消耗を上回ってやがる!』


 そんな馬鹿な。

 アレの消費エネルギーを補填できるエネルギーが、どこにあるってんだ?


 いや、ある! それも、最も近い場所にっ!


「あいつっ! この星を【食い始めやがった】!」


 あるのだ、それは。


 あの漆黒の大蛇の飢えを僅かでも満たす食材が。


『星を食う……だと?』

『その結果があれかよぉっ!?』


「フキュオォォォォォォォォォォォォォォォォォン!」


 徐々に大きくなってゆく漆黒の大蛇。

 これ以上デカくなりゃあ、回避とかそんなレベルの行動では間に合わなくなる。

 空間跳躍等の機能が必要だ。


「まさか……これが本来のサイズっていうのか?」


 雲を突き抜け、その雲ですら一瞬で喰らい尽す漆黒の大蛇は空を闇で覆い尽くす。

 その闇の空から無数の咢が出現した。


 完全に見誤った。

 よもや、これがアレの本性だったとは。


『やっべぇな』

「あぁ、ありゃあ、獣ですらねぇ。純粋な食欲だ」

『どうすんだ? 俺たちゃあ、機械人とは違うんだぜ?』


 モヴァエの声に若干の震えを感じた。

 そりゃあそうだろう。俺だってアレが恐ろしい。


 俺たちはエリシュオン人の中で唯一の肉体持ちだ。

 精神と肉体を切り離せない純粋な人間。


 したがって、機獣には直接乗り込まないといけないし、それを撃破されれば当然死んでしまう。

 しかし、俺らが操縦する機獣は、機械人が持ち得ない特殊な力を発揮することができた。


 それは俺らを産んだお袋たちも持っていた能力だ。


 総統閣下は、それは我らの抑止力、と評価してくれた。

 しかし、ここに至ってはそれも役には立たない事を本能で理解する。


「さぁて、どうしたもんかな?」


 途方に暮れても弱音は吐かねぇ。

 そいつが俺たちの矜持だ。


 だが、この状況をひっくり返す出来事は俺たちではなく別のヤツが起こした。

 それは、俺たちにも好機を与えたのだった。


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