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124食目 暴走

 ◆◆◆ ガンテツ ◆◆◆



 いったい、あの砲弾の中で何が起こったのか。


 エルティナがそこへ飛び込み数秒の出来事だった。

 鋼鉄の弾丸は熱々のコーヒーに入れた角砂糖のように消えゆき、代わりと言わんばかりに黒い霧がぬるりと湧き出してくる。


 その中心に彼女の姿があった。

 とても信じられない光景、そして姿だ。


 エルティナは自他に認める陽の気質を持った戦士。

 そんな、愛や勇気を携える彼女が、それを微塵も感じさせない波動を隠しもせず周囲にバラ撒いている。


 それは、威嚇に近い物がありそして、覇王はここに在り、と全ての生きとし生ける者に宣言しているかのようでもあった。


 だが、わしはそこに別種のものを感じ取ることができる。

 それはきっと、わしが彼女の眷属として、この世に再誕したからであろう。


「ぴよっ!」

「火呼子……あの子を止めるぞい。あれは、加護無き全てを喰らう者じゃ」

「ぴよぴよっ!」

「あぁ、分かっておるとも。わしらだけでは止められまい」


 火の精霊である赤き雛鳥が、早くエルティナを止めろ、と囁く。

 そのようなことを言われずとも、今の彼女を見て止めない仲間など精霊戦隊にはいない。


 しかし、この場には現在わしのみ。したがって、わしがどうにかするしかない。


 だが、今のわしはその殆どの光素を使い果たし、何度も湯を注いだ出がらしの茶葉みたいなもの。

 デスサーティーン改も本来の力を発揮することが叶わない。


 もっとも、こいつでエルティナを止めようとは愚の骨頂。


『あいあ~ん!』

『分かっている、てつぅ。ナイトは暗黒面に堕ち掛けている少女をついつい救っちまう者っ! 光属性が闇属性に負けるはずがにぃ!』


 珍現象により意志を持つに至った鋼鉄の騎士が、その守護精霊たる鉄の精霊アインの懇願に応えた形でエルティナ救出へと向かわんとする。


 わしは慌てて精霊戦機エルティナイトの行方を阻んだ。

 いくら頑丈なエルティナイトとは言え、今のエルティナ相手ではまったく歯が立たないだろうことは容易に予想が付く。


「待てっ、小僧っ! 今のエルティナは暴走に近いっ! わしらを見分けているかも怪しいんじゃぞっ!」

『ナイトは黙って指をくわえているのが苦手。そんな事をしている暇があるなら、俺はカカツとバカやっている仲間の下へと駆け付けるだろうな』

『あいあいあ~んっ!』

『だーうー!』


 これは言っても聞かない展開だ。

 なんとも愚かで、そして、頼もしい連中であろうか。


 であるなら、なんとしても彼らを止めねばならない。

 彼らを失う事は、ある意味でこの世の未来を失うことになりかねないのだから。


「待てと言っておろう。わしに考えがあるんじゃ」

『ほぅ、興味あるます。聞かせてくだしあっ!』

『てっつ~』

『あぶ~』


 やたらと賑やかな連中である。

 エルティナはこいつらに囲まれて戦っていたのか、と思うとわしは火呼子だけでよかった、と確信するのだ。

 しかし、この賑やかさが一種の予防線となっていたのかもしれない。


 そして、エルティナはそれすら効果を及ぼさないほどに追い詰められていたのだろう。


 あるいは……自分でも知らない内に限界を迎えていたのか。


「恐らくは後者……じゃな」

「ぴよっ」


 火の精霊たる真っ赤な雛鳥が、それを肯定するかのように鳴いた。

 エルティナの異常な食欲、執着心を見ればわかる。

 あの子は満足した、というが、実際は満足していなかったのだろう。


 飢えとは辛いものだ。

 わしも戦場で物資が不足した状態で幾度となく転戦している。


 それは死の恐怖よりも、腹を満たしたい、という欲求が前面に押し出されることからも分かるように、飢えは人の性格すら変えてしまう恐ろしい症状だ。


 腹が空いた、と飢えは、根本的に違う。


 真に追い詰められた状態が、飢えだ。

 命に直結する飢餓状態が、飢えだ。


「ええか、今のエルティナは獣じゃ。目に映るもの全てを喰らわんとする獰猛な化け物、そう考えてもらっていい」

『見境がないにもほどがある。謙虚なナイトを見習ってどうぞ』

「そうじゃな。じゃが、飢えた獣はの、自分の限界を超える事など容易いことなんじゃよ」


 生身で黒き大蛇を操り、三匹の鋼鉄の獣を喰らわん、としている全てを喰らう者の大本の様子を窺う。


 彼女の澄んだスカイブルーの瞳は真っ赤な輝きへと変貌し、普段の穏やかだが少し間の抜けている表情は、この世のものとは思えないほどに険しいものへと変わっていた。


 まるで、特殊工作員が変装のために作った覆面でも被っているのであろうか、とすら思えた。

 しかし、そうではない事をわしらは確信している。


「あの状態、もって三分。その前にわしがチゲにアレを止めてもらうように説得する」

『できない場合は?』

「エルティナは全ての光素を黒い大蛇に喰らい尽されて死ぬじゃろうな」

『おいばかやめろ、それは困る困らない?』

『てっつー!』

『うーっ!』


 エルティナイトが慌ててエルティナへと駆け寄ろうとする。

 本当に人の話を聞かない困った奴らじゃ。


「待てと言っておろう、一級のナイトは人の話も満足に聞けんのか?」

『むむむ、早くしてくれませんかねぇ? こっちはもう、我慢がビキビキ言ってる』

「分かっておるわい。ええか、小僧、おまえさんはわしがエルティナに取り付くまでの敵視を引き付けるんじゃ。その際、あの三匹を囮に使う」


 わしはエルティナイトに作戦を伝えた。


 飢えにより狂暴化したエルティナに取り付くことは容易ではない。

 そして、デスサーティーン改では無駄に喰らい尽されてしまうだろうことは想像できるので、わし単身でエルティナに取り付く。


 方法は簡単だ。


 この身体は普通の人間とは違う構造となっている。

 わしが加護を受けているのは【火】、それは即ち【熱】とも捉えられる。

 したがって、わしはエルティナの放つ体温を感じ取り、そこに転移する。


 その際、わしはこの身を火へと解すのだが、問題となるのはやはり光素だ。

 身を炎化させた場合に光素が尽きると最悪、その場で霧散してしまい死に至る。


 わしに残された光素は残り僅か。

 老いぼれが死ぬことは何も怖くはない。

 怖いのはこの作戦が失敗し、エルティナが何もかもを失って絶望することだけだ。


「ええか、チャンスは一回こっきりだと思うんじゃ。それじゃあ、行くぞい!」


 わしはデスサーティーン改のコクピットハッチを解放し身を乗り出す。

 そして、身を炎化させようとしたところで鋼鉄の騎士に呼び止められた。


『おいぃ、爺さん、待て。ザインちゃんが、こいつを持ってけってバブっておられるぅ』


 エルティナイトの胸から何かが排出された。

 それを手で包み込むように優しく受け止める。


「むっ……これは」


 受け止めたそれは、とても小さな桃色の果実だった。

 いわゆる桃であるが、それなる物からは途方もない力を感じ取ることができる。


『それはよ、ザインちゃんの覚悟だからよ。爺さん、それを食って失敗は許されないってそれ一番言われてっから』

「あの子の覚悟か……赤子にそんなことをされて失敗するわけにはいかんじゃろ」

『じゃ、俺はバカタレを正気に戻すための囮系クエストがあるから。バックステッポゥっ!』


 そう告げたエルティナイトは、わざわざバックステップで三匹の獣に体当りを喰らわせる。


 ……いや待て、ここからあやつらまでの距離を、それでどうやって移動した?

 一度のバックステップで到達できる距離ではないぞ。


『ぐあっ!? な、なんだこいつはっ!?』

『いきなり現れたぞっ!?』


 当然ながら、三匹の獣は困惑するであろう。

 体当りというか、ヒップアタックに近いものを受けた赤い獅子は特にだ。


『ナイトのバックステッポゥは空間を超越する超スキル。俺はこいつで窮地にカカツと駆け付けるだろうな』

『何言ってんだ、こいつっ!?』


 まぁ、そういう反応になるだろう。


「さて、わしらも行こうか」

「ぴよっ!」


 わしは不思議な力に溢れる小さな果実を口にする。

 皮は柔らかく僅かな酸味を感じ取ることができた。

 実の方は驚くほどに甘いが、この世のものとは思えないほどの爽やかさを感じ取ることができる。


 そして、生まれたての赤子の尊さを舌で、胃で、全身で知覚する。


「ザインめ……赤子の癖に命懸け過ぎるじゃろう」


 この果実を食べたことで理解した。

 これは、あの子の命を掻き集めて果実にしたもの。


 即ち、これはザインの命そのものなのだ。

 その証拠に、今、わしの光素は生まれたばかりの命の輝きで満ち満ちている。


「火呼子、炎化じゃっ!」

「ぴよっ!」


 わしは人の姿を捨て、火の精霊と一体化し炎の鳥へと変化した。

 そして、一瞬のタイミングを狙う。


 猶予は九十秒程度と見ていいだろう。

 機会は一度きり、それを待つ。


 そして、それなる機会は訪れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 老兵ほど戦場で信用できる兵隊は居ない まさにこの通りやね 知識と経験こそ、生き残る全て
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