123食目 食欲
このままでは拙いので、速やかに組みつきから逃れるべく行動に移る。
選択肢としては多岐に渡るであろうが、ここは膝蹴りを赤い獅子の腹に叩き込んでやることにしよう。
『なんだぁ? 口ほどにもねぇな?』
「んだとぉっ!?」
敵の挑発に、ついつい乱暴な言葉が飛び出る俺は、現在ハングリービーストだ。
そのカリカリする精神状態では、敵の安い挑発でもホイホイ乗っちまうんだぜ。
「おんどるるぁっ! 調子ぶっこくなっ!」
「ばっぶー!」
再度ダークパワーをぶっぱする。
ザインちゃんの制止だって、今の俺には効果が無い無くもない。
『ダークナイト・デンジャラス橋っ』
そこはブリッジと言ってほしかった。
エルティナイトは勢いよくブリッジの姿勢を取り、腹部を赤い獅子の腹部へと衝突させる。
すると、赤い獅子はその衝撃によって宙に浮いた。
その隙にエルティナイトはグリングリンと横に転がって拘束から逃れる。
これでピンチからの脱出は成った。
がしかし、更なるピンチが俺たちを襲うではないか。
ぐごりゅりゅっ、ぴりゅりゅるっ、ぴぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
ものすご~く、自己主張の激しい腹の虫が大合奏を奏で始めたのである。
同時に虚脱感が襲い掛かり、それはエルティナイトに伝染してしまった。
がくりと膝を突くナイトは、赤い獅子の格好の的だ。
『やれやれ、もっと楽しめると思ったんだがな』
『こっちもだ。あれくらいで、ここまでへばっちまっているとはな』
ガンテツ爺さんのデスサーティーン改も白い山羊に圧されて大ピンチだ。
というか、山羊さんの角がドリルみたいに回転しているんですが。
『ええい、やり難いやつじゃて』
デスサーティーン改は基本的に中~遠距離戦を得意とする機体なので、近接戦闘でごり押してくる機体は苦手なのだろう。
致命傷こそ受けてはいないものの、このままではあの頭部のドリルで風穴を開けられてしまう可能性は否定できない。
本格的に危機が迫る俺たちは、しかし、打開策が思い浮かばずに鳴くしかなかった。
『そろそろ飽きてきたなぁ。食っちまおうか』
『そうだな。こいつはもしかしたら、と思ったが……そうじゃないらしい』
赤と白の獣が俺たちに、じりじり、とにじりよる。
だが、天は俺たちを見放さない見放し難い。
それは青い空から大気を切り裂きながら落下してきた。
丁度、落下地点は赤と白の獣たちと重なる。
『……ちっ』
流石に衝突は避けたかったのか、彼らは舌打ちを残してその場から跳び退いた。
直後にそれは大地へと衝突、大穴を生じさせる。
『な、なんじゃあっ!?』
ガンテツ爺さんは、何事か、と大層驚いたが、俺はそうではない。
逆転の鍵がヤーダン主任より送られてきたのだ。
「来たっ! 逆転の鍵、来たっ! これで勝つるっ!」
「あいあ~ん!」
大地に突き刺さったそれは、巨大な鋼鉄の弾丸だ。
俺は急ぎ、直径5メートルもの弾丸にエルティナイトを向わせる。
「おーぺんっ!」
ぱかり、と弾丸の底の部分にある取っ手部分を回しロックを外す。
すると、それはガチャリと音を立てて開いたではないか。
その弾丸の中身とは、しかし、秘密兵器でも戦機のエネルギーでもない。
「エルティナイトっ! 俺をあの中にっ!」
『まかせろー、ばりばり』
おいばかやめろ。
ヤヴェぇフラグを立てるエルティナイトに苦情を申し立てつつも、俺は彼のコクピットより粒子化して抜け出し、彼の巨大な手の中で再生する。
そして、巨大弾丸の中へとその身を投じた。
弾丸の中身はホカホカの炒飯だ。そう、この中身全部が炒飯であるのだ。
頭がおかしいと思われるが、それには同意せざるを得ない。
しかし、これこそが俺が求めた一発逆転の鍵。
俺は空中にて、全ての食材に対して感謝を捧げる。
それは、儀式に近いものがあり、俺のささくれ立った心は研磨され滑らかなものへと変わっていった。
だからこそ、俺は宣言する。
それは、俺たちが一つになる、という覚悟の言葉。
「いただきますっ!」
合掌、そして、突入。
俺は正しく、炒飯の海へと身を沈める。
もちろん、そのまま突入したらくそ熱いので体には魔法障壁を纏わせた。
当然だなぁ?
急ぎ腹の虫を黙らせるために、炒飯を口に入れる。
ヤーダン主任が作ってくれたそれは、塩コショウの塩梅が微妙な部分が多々あった。
焦げ焦げの部分もあるし、米の味しかしない部分もある。
しかし、若奥様が一生懸命作ってくれた、と妄想すればどうという事はない。
尚且つ、裸エプロン状態であった、と仮定すればそれ自体がスパイスとなろう。
元おっさんのハイパー妄想タイムの力を借りる時が来た。
全力でヤーダン主任のへたっぴ炒飯を堪能して差し上げろっ。
もしかしなくても、くそも役に立たない記憶は全てこのためにあった……?
「うおぉぉぉぉぉぉんっ! 今の俺は珍獣火力発電所だっ!」
俺の妄想力と食欲、そして、暫くぶりに目を覚ました煩悩は訳の分からない現象を引き起こす。
俺は宙にふわりと浮かび上がり固定、そして、俺を中心として炒飯が渦巻き始めたではないか。
そして、俺が口を開くと同時に、そこを目掛けて炒飯たちが殺到し始めたのである。
その行為は、俺の奥底に眠る一匹の獣を呼び覚ますには十分過ぎた。
第六精霊界に転移し、たった一度だけ顔を覗かせたそれは、暫しの間、安寧という名のツボの中で安らかなる時を迎えていたのだが、ここに至り、その鎌首をもたげる。
百キログラム以上は余裕であったと思われる炒飯は、瞬く間に俺の身体なのかへと納まった。
しかし、俺の腹はまったく膨れ上がってはいない。
それは、桃使いが持つ特殊な能力によるもの。
桃使いは食った瞬間に、食べ物を魔力や桃力といったエネルギーに変換する能力を持っている。
この能力を用いればご覧の通り、大量の食べ物だって、ぺろりんちょ、なのだ。
しかし、今回一瞬にして炒飯を食べ終えたのは、この能力のお陰だけではない。
あいつが目覚めたのだ。
かつてない強敵に俺が脅威、否、それを上回る危機感を覚えた。
何よりも、俺を喰らう、という宣言。
それは、彼の目覚めを意味するものであったのだ。
「あぁ、食った。でも、満たされねぇよなぁ?」
俺の言葉に呼応するかのように【それ】は咆哮を上げる。
それは黒い霧のような姿。
俺の身体から滲み出るかのようにして出現した黒い霧は、内部から砲弾を蝕んでゆく。
それは、侵食ではなく【食事】だ。
ミチミチ、メリメリ、と音を立てながら鋼鉄の砲弾は徐々にその姿を失ってゆく。
「あぁ、すっかり忘れていた。貪り喰らう、という感覚」
腹は炒飯によって満ちた。
しかし、俺はどうしようもないほど飢えている。
正確には【俺たち】であるが。
「この俺に対して、喰らってやろう、とはなぁ」
いいだろう、俺に対して【野生の戦い】を仕掛ける、という事がどういうことを意味するのか教えてやる。
「来たれ、全てを喰らう者・闇の枝!」
瞬間、俺の怒りも憎しみも全てが消失する。
それらの全ての負の感情を喰らって、それなる漆黒の大蛇は遂にこの世に顕現した。
黒い霧がとぐろを巻き、咢から徐々に物質化してゆく。
やがて、おぞましい咆哮を上げて【全てを喰らう者・闇の枝】の全貌が露わになった。
「フキュオォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!」
突如、出現した黒い大蛇の姿。
鋼鉄の獣たちは文字通り、蛇に睨まれた蛙のごとく、その動きを止める。
『……なんだ、ありゃあ』
『目のねぇ黒蛇だぁ?』
彼らが言うように、全てを喰らう者・闇の枝は目の無い大蛇だ。
目どころか耳も鼻も存在しない。
あるのは巨大な咢のみ。
そして、そこに並ぶ白く鋭い牙の群れ。
それは、もっとも純粋な全てを喰らう者。
ただ食らう、それだけのために存在する者。
即ち、こいつは【俺の食欲】、それが形になった存在。
「さぁ、準備は整った。食らい合おうか」
遂に目覚めた俺の食欲はその巨大な咢を開け放ち、鋼鉄の獣を捕食せん、と彼らに襲い掛かった。




