122食目 三匹の獣
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
◆◆◆ ヒュリティア戦闘・同時刻 ◆◆◆
嫌な胸騒ぎ、それは果たしてヒュリティアに対してのものであっただろうか。
心の奥底を、わちゃわちゃぐりぐり、と魔女の鍋を棒で掻き混ぜるかのような感覚に、俺は、ふきゅんふきゅん、と鳴かざるを得ない。
でも、腹が減って力が出ないことが、ここまで俺たちを弱体化させるとは。
俺は勿論の事、エルティナイトまでもが自走できないとかどういう事?
エルティナイトは魔力で腹がいっぱいになる精霊戦機だ。
俺みたいに何か物を食べる必要はないのである。
にもかかわらずこの有様とか、ナイト辞めたくなっちゃいますよ~?
「おいぃ、なんで、おまえまで力が出ない状態になっているんですかねぇ?」
『精霊戦機はパイロットの影響をもろに受ける。だから、俺がこんな情けないナイト状態になっているのはパイロットのせいなんですわ』
「むむむ」
「あいあ~ん!」
そんなことを言っている場合じゃない、とアイン君に叱られました。
それを頷かせる脅威のおまけつきで。
『むっ、アレはなんじゃっ!?』
エルティナイトを引きずっていたガンテツ爺さんのデスサーティーン改が急停止した。
それにより、エルティナイトは気怠そうに立ち上がる。
荒野の向こう側より、砂煙を上げながら爆走する自己主張の激しい鋼鉄の獣。それが三体。
奴らは、それぞれ形状が違う。
一機はくそデカい山羊だ。
ご立派な角を天高く突き上げた頭部と、全体的にスリムな白い体躯は素早さ全振りな能力であることを知らしめる。
もう一機は巨大な黄色の大蛇だ。
うねうね、と蛇行する移動方法であるが、実際には地面には接触していないもよう。
見たところ武装は施されていないようだが、見た目通り蛇らしい戦い方を仕掛けてくるのであろうか。
最後に真っ赤な獅子型の機獣。これは見たまんまだ。
大きさは三機の中で一番大きい。
こいつも、やはり武装らしき物は搭載されていない。
一見、これらは脅威足り得ない様子を窺わせているが、俺の警鐘は大音量で、とっとと逃げてどうぞ、と鳴らしまくっている。
でも、ナイトには後退という文字は無いんやなって。
『こりゃあ、戦闘は避けられんのう』
「ガンテツ爺さん、やるしかないんだぜ」
さて、ヤーダン主任が指定した場所にまではもう少し距離がある。
だが、その前に戦闘になることは明白。そして戦闘も避けれないであろう。
よって、その場所に行けない事を彼女に伝えておく。
「ヤーダン主任、聞こえる?」
『聞こえているよ。どうしたんだい?』
「実は見たこともない機獣と交戦状態になりそうなんだ。指定地点にまで行けそうにない」
『それなら、そこに直接送るよ。でも、それに当たらないでおくれよ?』
「了解なんだぜ」
どうやら、ヤーダン主任は予定を変更し、直接ここへと物資を運んでくれるようだ。
でも、当たらないで、とはどういうことであろうか。
『来たぞい!』
三匹の鋼鉄の獣が俺たちの前に揃った。
第一印象はまず、くそデカい、だ。
一匹一匹が優に30メートルオーバー、という数字を叩きだしている。
巨体のエルティナイトですら、まるで子供のような身長差だ。
これにエルティナイトはむっとしたもよう。
『見てたぜぇ? バイ・バロスを一撃で葬り去るたぁな』
赤い獅子から男の声が聞こえてきた。
恐らくは深緑の悪魔のように何者かが搭乗しているのだろう。
ヒュリティアからの報告からして機械人というロボット兵士が搭乗しているに相違ない。
であるなら、情け容赦なく叩き潰しても構わないだろう。
問題は、それができるかどうかだ。
「おまえらは、何者だぁ? なんで人間たちを襲うんだっ!」
ヤーダン主任からの物資が送り届けられるまで、トークで時間稼ぎを試みる。
超一級のトーキングスキルを見せてやるから、見とけよ見とけよ~?
『俺たちゃ、エリシュオン惑星侵略軍さ』
『人間を襲うのは連中の光素の搾取、そして労働力の確保だ』
『もっとも、俺たちは戦いに飢えているだけだがな』
そして、問答無用で襲い掛かってくる三匹の獣たち。
超一級のトーキングスキルを見せる、と宣言した俺の気持ちを考えて。
それに今は、フルムーンじゃねぇんだから、ちょっとは落ち着きやがれ、ふぁっきゅんメタルビーストどもっ!
その時、不思議なことが起こった。
俺の怒りがエルティナイトに無理矢理に力を与えたのである。
しかし、それは決して陽の感情によるものではない。
どちらかと言うと陰の感情によるものであった。
『おめぇら、ボコボコにするわ』
その感情に影響されたのかエルティナイトの口調が荒々しくなる。
うん? いつもと変わってないって?
その可能性は否定できないできにくい。
『ええいっ、連戦はきついのうっ!』
ガンテツ爺さんも全てを喰らう者・火の枝の制御でかなり消耗している。
長期戦になれば、こちらが先に力尽きるだろう。
エルティナイトの怒りパワーもいつ切れるか分からない。
したがって、多少の無茶は覚悟の上で突撃するしかないだろう。
「やるぞっ、アイン君、ザインちゃんっ!」
「てっつー!」
「ばぶー!」
俺はエルティナイトに盾を構えさせ突撃を指示。
だが、その一歩一歩が重い。
普段の軽やかさがまったくない、という有様。
こんなんじゃ勝負になんないよ~?
『おう、なんだなんだ? こいつと力比べがしてぇのか?』
『馬鹿正直に付き合ってやんなくてもいいんじゃねぇのか?』
『うるせぇ、手を出すなよ』
赤い獅子がエルティナイトに力比べを仕掛けてきた。
白い山羊は呆れた仕草を見せるも、その標的をデスサーティーン改へと定める。
『こっちも手出しは無用だ』
『おいおい、俺の分は?』
『おまえは、先の攻略戦で無断出撃して全部食っちまっただろが』
『なにも言い返せねぇ』
黄色の蛇は、しょぼん、とした様子でとぐろを巻いて様子見することを決めたもよう。
その姿は色と相まって、うんうん、を想起させるからNG。
すたっふ~、モザイクを掛けておいてっ。
はい、もっと酷くなったことは言うまでもありませんねっ。
だが、俺は謝らない。
『ダークパワー!』
『おるぅあっ!』
マジで純粋な力比べをかましてくる赤い獅子。
その四肢が、ぶっといことぶっといこと。
完全にパワータイプであることを隠しもしない潔さと、純粋に戦いを楽しもうとしている姿勢は嫌いじゃないが好きでもない。
こっちは命賭けてんだ。遊びではないのだよ、遊びでは。
俺の怒りは速やかにエルティナイトに伝わる。
故にエルティナイトはダークパワーと叫んだのだろう。
ダークパワーは光属性のナイトだから扱える負の力。
それ以外が扱うと頭がおかしくなって死ぬ。
要は鬼力なので濫用は控えようね、というものだ。
桃使いが鬼力を扱えるのかって? それが扱えるんだなぁ。
とはいえ、それは特殊なケース。
陰と陽とが、本来は一つの力であることを理解し、それを調和することができる者のみが、それを可能とする。
そうであっても、制御は難しいんですがね。
「あい~ん!」
「うごごご……お、俺は正気に戻ったっ!」
怒りに支配されかけた俺は、アイン君がヘルメット化を解くことによって正気に戻る。
こうすることにより、一瞬だがエルティナイトとのリンクが遮断されて、びょくっ、となるのだ。彼はそれを利用したのだろう。
しかし、それはエルティナイトのパワーダウンを引き起こす。
それを承知の上でおこなったのは、それだけ俺の状態が危険であったからだろう。
コクピット内を満たす赤黒い輝きが、その危険度を優に語っていた。
「ふきゅんっ!? ダークパワーは濫用できないできにくいっ!」
「ばーぶー!」
これにはザインちゃんもおこですぞっ! 速やかに悔い改めたまへっ!
とか自分を戒めていたら、案の定、赤い獅子に押し倒されました。
はい、大ピンチです。
誰か助けてっ!




