121食目 エリシュオン人
こぽこぽ、と溶液で満たされたカプセルの底から気泡が絶え間なく上がってくる。
我々は肉体を持たず生まれてくる、いわば、精神生命体の一種であった。
そのため、活動をおこなう場合、【器】が必要だ。
通常生活には【人型】が都合よく、戦闘行為をおこなう場合は【獣型】と器を替えるのだが、中には例外が存在する。
それがDチーム。
彼らは、我らエリシュオン人の中でも特異な存在。
精神生命体にあるにもかかわらず、有機体の肉体をもって生まれてきた非常に稀な個体たちだ。
彼らの誕生は実験に近いものがあった。
それは、【有機体と精神体との遺伝情報の交換】との名目でおこなわれ、その実験には【地球】と呼称される原住民の女性を用いた。
無論、彼の地球なる惑星も侵攻の対象となっている。
だが、地球の原住民たちは高度な科学技術と狂暴且つ好戦的な性質を持ち、我々の侵攻を防ぐどころか逆に侵略軍を壊滅させてしまう、という恐るべき戦闘能力を見せつけた。
我々が侵攻に失敗するなど、惑星カーンテヒル以来の大失態と言えよう。
「あぁ、楽にして構わんよ。第六精霊界ではご苦労だった」
「め、面目の次第もございません。機体と身体を失ってしまいました」
「戦ではよくあることだ。だが、きみをやったのは、件の騎士ではなかった、と報告を受けている」
情報が早い。やはり、A・ヴァストム中将はできるお方だ。
「はい、私を仕留めたのは【銀閃】のヒュリティアという少女でした」
その名を耳にしたA・ヴァストム中将は途端に表情を険しくする。
彼は、銀閃に因縁でも持っているのであろうか。
にしては銀閃は幼過ぎると思うのであるが。
「アレとやり合って消滅させられなかったのは僥倖である。K・ノイン然りだ」
「ヤツめを知っておられるので?」
「うむ……」
A・ヴァストム中将はテーブルの隅のタッチパネルを操作した。それは、モニターのコントローラーを兼ねている。
そのテーブルの上の光素茶が白い湯気を立てていた。
機械人は基本的に食事の機能は持たされていない。
エネルギーの補給方法は、この光素茶によるものである。
純粋なエネルギーである光素に疑似的な味をインプットしたものが光素茶であり、実際の光素は無味無臭だ。
もちろん、味付けには砂糖などという物は加えていない。
甘い、渋い、香ばしい、というデータを加えているだけである。
やがて、生命維持装置が並ぶ再生室の正面スクリーンモニターに忌々しき惑星、カーンテヒルが表示された。
我々の侵攻を七度に渡り跳ね除け、そして、忽然と消失した【別次元】の星だ。
「銀閃のヒュリティア、彼女はこの惑星の守護者だ」
「な、なんとっ!?」
「きみは、この惑星の侵攻作戦には加わったことは無かったな」
「はっ、私は他の惑星を制圧する任を与えられておりました」
A・ヴァストム中将は光素茶を口に運び、よく味わうかのような仕草を見せた。
機械人の唯一の食事なのだ、そうもなろうというものである。
「し、しかし、惑星カーンテヒルは消失したのでは?」
そう、惑星カーンテヒルはもう、どの次元にも存在しない。
彼の星があった【次元】ごと消失して久しいのだ。
「消失したのではなく【昇華】したのだよ」
「昇華、でありますか?」
「うむ、言い換えれば、我々が認知できない高次元の存在へと進化した、といえよう」
その言葉を耳にし、私は思わず固まってしまう。
何故ならば、それこそが我らエリシュオンの【悲願】であるからだ。
「我々が目指す宿願に、惑星カーンテヒルが先に達してしまったのは大きな痛手だ。彼の惑星には、それを成し得る特別な力があった」
「噂に聞いたことはあります。【真なる約束の子】でしたか?」
「うむ……それを手に入れんがため、我らエリシュオン軍は幾度も侵攻を試みた。結果は無残なものであったがな」
ふう、と大きなため息を吐く初老の軍人は、その惑星カーンテヒル侵攻に五度も加わり、しかし、ことごとく生き延びた歴戦の猛将である。
だが、我らの科学力と戦闘能力を以ってしても、惑星カーンテヒルの攻略は成らなかった。
「魔導騎兵……彼らが所持する戦闘兵器群は不思議な力を持たされていた。同時に、生身の人間が宇宙空間を縦横無尽に飛び回り、機獣の装甲を意図も容易く貫く射撃兵装を携えている」
「頭がおかしくなりそうな情報です」
A・ヴァストム中将は手にしていたティーカップを静かにテーブルに置いた。
中身は全て飲み干したようだ。
「恐ろしいのは、そこではない。彼らは、我々を【殺す】術を持っていた、ということだ」
「……その噂は事実で?」
「あぁ、それを成すのが、彼らが持つ【魔力】。そしてバ・オーガーの元となった【鬼力】なるものだ」
再び、彼はテーブルの隅にあるタッチパネルを操作する。
すると、先ほどのエネルギーを所持する対象が映し出された。
一人は癖のある白髪の少女だ。
彼女が杖の先から青白い光体を放出している。
それは光素であっただろうか。
「これが、我らには有害な【魔力】だ。これに我らが触れると個体差にもよるが大爆発を引き起こすとされている」
「しかし、我らは精神生命体であり、物理的な干渉は無効となるはずです」
「それがな、干渉されるのだよ。それは、【変異】と言ってもいい」
その言葉を聞かされ、私は驚愕せざるを得ない。
エリシュオン人が死すときは、その大半が光素不足による餓死なのだ。
戦いに赴く者の全ての遺伝情報はこの生命維持装置に登録され、機械人の身体、及び機獣が撃破されると同時に、ここへと送還される仕組みとなっている。
しかし、A・ヴァストム中将は、それが成されない、と言っているのだ。
「彼らが持つ【魔力】は異質でな。他の惑星にも魔力は確かに存在したが、接触してもそのような反応は起こらなかった」
「では……惑星カーンテヒル出身の生命体だけが、我らを殺す術を持つ、と?」
「その通りだ、E・モブー少将」
再生室のドアが空気音を立てて横にスライドした。
自動台車によって運ばれてきたのは機械人の身体である。
「これは……!?」
「驚いたかね? 新型の【有機人の身体だよ」
それは見た目が完全に人間と変わらない造形を持たされた人形であった。
黒髪に白い肌をもった美しい造形の人間が、一切の衣服を纏わされない状態で運ばれてきたのだ。
「これは、元々潜入調査を主な任とする特殊工作員用に製造されたものなのだが、この度、量産化されることになってな。確かに、機械人と比べて維持や製造コストに難があるが、此度の第六精霊界制圧に当たっては、これを用いるのが妥当と判断された」
「それは、いかなる理由で?」
「うむ、有機人は惑星カーンテヒルの魔力を受け付けないのだ。有機体の肉体が我らを包み込み護ってくれる、との結果報告が纏まったのが量産化を後押しした」
確かに、それは魅力的である。
我々を生み出せる唯一無二の存在である総統閣下が永い眠りに就き五百年は経っている。
増えはせず、ただ減ってゆくのみの我らは、死ぬことを許されないのだ。
「有機人はDチームと同様のコスト維持が必要になる。そのため、有機人も一部の将とエースたちにしか与えられないだろう。これはその先行量産型だ」
「それを私に試せ、と?」
「察しが早いな、頼めるかね?」
「命令とあらば……しかし、しかしですっ!」
普段であれば、躊躇などはしない。
しかし、今回ばかりはそうせざるを得なかったのだ。
「何故、女性なのでありますかっ!?」
「……これしかなかったんだもん」
すいっ、とそっぽを向いたA・ヴァストム中将の背中に、私は無い身体で、がくり、と項垂れるしかなかった。
副官にドヤ顔されそうな未来が思い浮かぶというものだ。とほほ。




