120食目 銀閃
◆◆◆ E・モブー ◆◆◆
冗談ではない。
その言葉が幾度、口から出かけたか。
確かに相手は今まで確認されていない新型だ。
しかし、この星の戦闘兵器群は日進月歩のごとき速度で、次々に新たな兵器が開発されている。
中には搭乗者の事を考慮されていない非人道的な兵器も開発され、これもその内の一つだと思われる。
先ほどの加速は明らかに操縦者が耐えれるものではない。
我ら機械人ならともかく、生身の人間が耐えられるであろう圧ではないはずだ。
しかし、ヤツは健在であり、且つ、正確無比な一撃を次々に繰り出してきている。
「ちぃ……資料にあった【サイボーグ】か?」
【サイボーグ】、それは我ら機械人に限りなく近い存在だ。
生身の人間の大部分を機械化し、過度の圧に耐えれるよう強化した半生体兵器とのことだ。
当然、各機能も強化され、身体能力は勿論の事、五感も相当に手を加えられている。
それらの存在が、ここ最近、よく報告に上がっているのを思い出す。
なるほど、C・スルト大佐が苦戦するわけだ、と一笑に伏せていたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。
どうやら認識が甘かった、と気を引き締める。
油断を見せれば、もしかするとやられる可能性も否定できない。
今やり合っている相手は、それだけの力量を持っているのだ。
実力的にはナイトクラス下位であろうか。
私は実際にナイトクラスとはやり合ったことは無い。
しかし、戦友が新型機の性能テストの際に上位ナイトクラス率いる部隊と接触し、交戦した際のデータを所持していたので閲覧させてもらったところ、驚異的なデータを目の当たりにした。
機体性能が我が軍の新型機の三倍、そして、そのパイロットの技量もさることながら、あり得ないほどの圧に耐える機体とパイロットの数値が算出されていた。
それは、機械人の鋼鉄の身体でも耐えられない圧だ。
したがって、ナイトクラスの上位ランカーは何かしらの【強化手術】を受けている可能性が高い。
では、この機体の搭乗者はナイトクラスのパイロットであろうか。
いや、その可能性は低い。
「正確だが、非力であるな」
正確無比、それ故にどこを狙っているのか分かりやすい。
オクト・コンガーの残った六本の手にはそれぞれライフルを持たせていた。
しかし、現在は二丁を背負わせて、空いた手を防御に使用している。
オクト・コンガーは手の平にエネルギーシールドを展開させる機能を持たせてあるのだ。
それを発生させ、少ないエネルギーで攻撃を防いでいる。
全身にエネルギーフィールドを発生させると馬鹿にならない量の光素を失ってしまうのだ。
光素を集めるのは我らの使命。
本国で【苦渋の選択】をおこなった民たちのためにも無駄遣いは避けなくてはならない。
実のところ、機械人の肉体は【光素】を生み出すことができないのだ。
なので、光素は他の生物から奪わなければならない。
その光素の最も効率よく抽出できる存在が【人間】だ。
しかし、彼らは非常に【好戦的】であり【狂暴】でもあった。
そして、説明を解さない【野蛮人】である。
だからこそ、適度に間引いて管理運営する必要性があるのだ。
事実、彼らによって星一つが滅んでしまったという報告が上がっている。
それも、自らを巻き込んでの滅亡だというのだから滑稽だ。
人間は惑星という一個の生命に発生した悪質な病原体なのだろう。
しかし、光素の生産能力には評価するに値する。
「よく動きまわる。そんなに、このオクト・コンガーが怖いか?」
だが、その戦闘能力も、とは決して口にしない。
認めるわけにはいかないのだ、こいつらの実力を。
我ら機械人は、他を圧倒する種族であることを証明し続けなくてはならない。
それが、総統閣下の望みであり、我らエリシュオン人の存在意義。
「どうした、その大砲は飾りかっ?」
『……よく喋る男ね』
私は、その幼い声に顔を顰める。
やはり聞き間違いではない。その声質は幼児、しかも女性のもの。
まさか、という疑念に駆られる。
「おまえは、成人してもいないのに、それに乗せられているのかっ!?」
『……自分の意志で乗っているのよ。あんたたちが鬱陶しいから』
ぎり、と奥歯を噛み締める自分を認める。
私は軍人だ。部下に非情な命令を下すことだって多々ある。
しかし、幼児を戦いに強いるなど外道以下の行いであることは承知する以前の問題だ。
「そういう風に育てられたのだなっ」
哀れ、その言葉で頭が埋め尽くされる。
であるなら、苦しまぬよう一撃で葬り去って去らねばならない。
せめてもの情け、この言葉が出る辺り私も甘い男になったものだ。
しかしだ、私を誰が責められようか。
事実として、今相対している幼児は間違いようがない【脅威】なのだ。
ライフルの一撃がオクト・コンガーの肩を掠めた。
それは強固な装甲を溶解させる。
光素系のエネルギーライフルだ。
これらの兵装は、機体の光素と、パイロットの光素量によって攻撃力が変化する。
一概には言えないが、そのライフルの光素変換率が高ければ高いほどに、攻撃力が増す傾向にある。
鹵獲した戦機を徹底調査したデータなので間違いはないだろう。
人間たちは威力変動は無いと捉えているようだが、実際はインパクトの瞬間に攻撃力が跳ね上がるのだ。
それは、我らの用いる【バ・オーガ】の力に反応するため。
したがって、その力を保持しない人間たちでは、そのような反応を認めることができない。
一応は光素系兵器が我々に効果的である、と認識はしているようだが。
いや、それよりもだ……あまりに正確過ぎる。
オクト・コンガーのコクピット、というか心臓に当たる左胸、そして眉間、そして股間。
そこを狙って正確無比な攻撃が絶え間なく飛んでくる。
だが、股間は止めろ、股間はっ。
こちらも残った四本の手に持つライフルで攻撃しているのだが、なかなか命中しない。
ホバークラフトは平地での運用で真価を発揮する。
やはり、初撃で仕留めることができなかったのは痛い。
しかも、相手がサイボーグであるなら尚の事。
だが、一撃で仕留める、という当初の目的に変更はない。
その時の事だ、一瞬、視界が白に染まる。
「っ!? なんの光っ!」
光素系ライフルの輝きではない、その強烈な光がモニターを埋めつくす。
本当に一瞬だ、しかし、それは致命的な一瞬。
ゴン、という音と衝撃。
当てられた、どこだ。
しかし、視界は白に染まったまま。
『……残念ね』
「貴様っ!」
そこには、速度を落とし、ゆっくりとこちらに向かってくるゲンゴロウモドキの姿。
ぼやける視界の中、その四本ある腕の一つが、コンコン、とライフル銃の銃口で銀色の肩装甲を叩く。
「ま、まさかっ!?」
『……あなた、目が良すぎるのよ』
なんと言う事だ!
彼女が正確無比に狙いを定めていたのは、私の動体視力を推し量るための行いだったのだ!
そして、私の目が良い事を理解した彼女は、奇策に打って出た!
「よ、よもや……その肩の銀の輝きで私の視覚を潰すとは」
太陽光を反射させ私の目を焼く、などと普通考えはしない。
動き回るオクト・コンガーのカメラに対し、正確無比な太陽光の反射など誰が行えようか。
『……いつもはもっと楽なんだけどね。パーソナルカラーだし』
「パーソナルカラー? いや、聞いたことがある。まさか、おまえはっ!」
『……さようなら』
ゲンゴロウモドキのキャノン砲が唸りを上げる。
残念ながら、オクト・コンガーは操縦を受け付けない。
どうやら、ヤツは【光素の流れ】が見えるらしい。
オクト・コンガーの光素タンクとエンジンは別々に存在した。
それが、長時間オクト・コンガーが作戦行動を取れる要因である。
しかし、これには欠点があった。
光素タンクとエンジンを繋ぐパイプが破損した場合、数秒を待たずして機能不全に陥るのだ。
そのパイプとは首に在る。
そう、オクト・コンガーの頭部はエネルギータンクの機能を持たされており、エンジンが存在するコクピット兼エンジンへと繋がっていたのだ。
エンジンの発する熱に我ら機械人が耐えれる、という特性を生かした機能だ。
コンパクト化した動力は、機体に様々な汎用性と発展を促した。
よもや、その唯一の弱点を把握して狙い撃つとは。
「私は、E・モブー! 貴様の名はっ!?」
『……ヒュリティア』
瞬間、青白い閃光と共に意識がシャットアウトする。
「……っはぁっ!」
本当に久しぶりの感覚だ。
これを体験したのは、初陣でしくじった時以来であろうか。
「ここは……エリシュオン本国」
意識を取り戻した私の意識は、エリシュオン星の生命維持装置の中で覚醒した。
透明カプセルの中に浮かぶ、青白い輝き、それが私。
そう、我らには肉体が存在しない。
肉体は自ら作らねばならないのだ。
「こっぴどく、やられたようだな」
低く落ち着いた老人を思わせる声。
私は肉体も無い、というのに慌てて敬礼を示す。
何故ならば、そこには私の敬愛するA・ヴァストム中将の姿があったからだ。




