119食目 ミスリル銀の精霊
承知はしていたことではあるが、やはり、ルビートルが速度に乗る前に仕掛けてきた。
『遅いなぁ、遅すぎるっ!』
八本腕のゴリラ……確かヤツはオクト・コンガーと言っていた、が短い脚部で跳躍してきた。
ルビートルを押さえ込んで動けなくし、そのまま早期撃破を狙ったのだろう。
しかし、戦機の弱点をそのままにしておくほど、アマネック本社の開発者たちは愚かではない。
「……行くわよ、みーちゃん」
「みっみー」
コンソール中央、これ見よがしに設置された大きな赤いボタン。
それに拳を叩きつける。
ガコン、という大きな音と共に力が収束する音。
ルビートルの腰部後方から、超巨大なブースターがせり出し起動に入ったのだ。
続いてルビートルの四本の腕が素早く折りたたまれ胴体に収容される。
手にしていた武装は全て腰部に収容可能だ。
後に上半身が、その巨大な腰部に半分以上収容される。
そして、最後に座席のシートベルトが私を締め上げた。
瞬間、力は解き放たれる。
恐ろしいほどの重圧が私を圧し潰さんと襲い掛かって来た。
それは、ルビートルの【腰部ハイパーブースト】が起動した証拠だ。
「……ぐっ……ハイパーオーラバリア起動っ!」
「みみっ!」
この超加速では、まともに操縦することは難しい。
それ故に、この機能は正式量産化した暁にはオミットされるであろう。
このままであれば、ただの特攻武装となり果てるからだ。
『なんだとっ!?』
光素障壁を身に纏い青白い弾丸と化したルビートルに、オクト・コンガーのパイロットは驚愕の声を上げる。
まさか、いきなり奥の手を切ってくるとは予想だにもしなかったのだろう。
しかし、その認識は自身を追い詰める。
奥の手とは、適時に切ってこそ最大の効果を発揮する。
ルビートルの場合、今がその時だ、というだけなのだ。
とはいえ、このままではただ突進するだけ。
加えて私は重圧で指一つ動かせないという有様。
大人の身体になれば、これくらいの重圧は訳ないけど、今は幼女の身体だ。
そこで、私はもう一つの切り札を切らせてもらう。
それが、この試作戦機に宿るミスリル銀の精霊みーちゃんだ。
この子は私がルビートルを受け取り、コクピットに着いた途端にコンソールから飛び出してきた。
直前まで一緒に居たブロン君は酷く彼女を警戒する。
それは威嚇に近いものがあった。
ミスリル銀の精霊に私が取られる、と思ったのだろう。
なんとかブロン君を宥め、ルナティックで大人しくしているように説得する。
みーちゃんの性格は活発だが従順、といったところであろうか。
私の指示に素直に従ってくれる優等生だ。
もちろん、ブロン君も良い子だが、あの子は少しおっちょこちょいである。
あと、ミスリル銀の精霊の名は、出撃直前に私が適当に名付けたものだ。
それでも彼女はとても喜んでくれたもよう。
「……みーちゃんっ!」
「みっみー!」
そう、機体を動かせるのは何もパイロットだけではないのだ。
この世界の人間たちの大部分は、戦機に宿る精霊たちを認識できない。
それは仕方のない事だとは思う。
しかしだ、もし戦機に宿る精霊を認めることができれば、精霊たちはあらん限りの力を振り絞って協力してくれるだろう。
エルティナのアイン君然り、私のブロン君然り、だ。
ルビートルがハイパーブースト状態で軌道を変える。
速度はそのままを維持。決して落とすことは無い。
そう、私はルビートルの操縦をミスリル銀の精霊みーちゃんに一任したのだ。
ハイパーブースト時の欠点を克服するには、重力、重圧の影響を受けない精霊たちに任せるしかない。
それが、私の結論。
もっとも、エルティナならば、重力操作魔法【ライトグラビティ】で自分に掛かる重圧の負荷を軽減してしまうだろうが。
『ゲンゴロウモドキがっ!』
確かに、今のルビートルの形状であれば、空飛ぶゲンゴロウと言えなくもない。
もっとも、今のルビートルを正確に言い表すのであれば、巨大弾丸、であろうが。
「みみっ!」
空中に跳躍したのがオクト・コンガーの運の尽き。
ミーちゃんは、そのままハイパーオーラバリアを維持しつつ、八本腕のゴリラに体当りを敢行するつもりだ。
私もその気で衝撃に備える。
『舐めるなっ!』
激しい衝撃が私に襲い掛かってきた。
しかし、それはオクト・コンガーにルビートルが激突したものではない。
衝撃は真上からやってきたのだ。
「……ちっ、簡単にはやらせてくれはしないか」
オクト・コンガーは、八本ある腕の二本を用いて、ルビートルのハイパーオーラバリアごと叩きつけてきた。
それは、攻撃と緊急回避を兼ねるもの。
しかし、そんなことを高速移動中のルビートルにおこなえば、どうなるか。
それは、砕け散り宙に舞う巨腕が証明してくれた。
激しい衝撃は、ルビートルを地面に叩き付ける。
しかし、ハイパーオーラバリアに保護されたルビートルは、そのまま地面を削り取りながら尚も突進を維持する。
「……トップスピードに乗った! ミーちゃん、ハイパーブースト、カット!」
「みみっ!」
ハイパーブーストの起動を停止、そのままの勢いでホバークラフトを再起動させる。
すると、そのままの速度で地面を滑るように移動を開始する。
時速にして380キロメートルは出ているだろう。
この平坦な荒野はルビートルのためにあるといっても過言ではない。
まぁ、一部、酷いことになっているが見なかった方向で。
鈍重なゴリラでは、トップスピードに乗ったルビートルには追いつけないはず。
「……通常戦闘モード、切り替えっ」
「みっ!」
腰部に収容していたルビートルの上半身が再び姿を現す。
同時に格納していたライフルたちも腰部からせり出し、折りたたまれていたキャノン砲も再び元の姿を取り戻す。
さぁ、ここからがルビートルの真価を発揮する時だ。
「……っと、今回はブロン君抜きだったわね」
だが、私の方は真価を十分には発揮できないもよう。
完璧な狙撃を見せるには、十分な戦機の操縦ができる相棒が必要になる。
十分な期間、共にあったブロン君は私の好み、癖をしっかりと学習している。
しかし、ミスリル銀の精霊みーちゃんは、今日コンビを組んだばかりなのだ。
そんな彼女に、機体の制御全てを任せるわけにはいかない。
負担が大き過ぎて制御できなくなってしまえば、私共々一巻のお終いだ。
もっとも、精霊が死ぬ、というのは稀なケースではあるが。
したがって、みーちゃんにはサポートに回ってもらい、私がメインとしてルビートルを操る。
攻撃に若干のタイムラグが発生するのがいただけないが、これはルビートルの初陣なので仕方がない。
今も目の色を変えてロデド研究長たちは、送られてくるデータを収集していることだろう。
『ゲンゴロウに人の上半身が生えてもなぁ!』
オクト・コンガーは残った六本腕から破壊光線を放ってきた。
蛇のようにグネグネと蛇行する金色の破壊光線は、ギリギリでの回避が難しい。
したがって、大きく回避。
だが、ルビートルの機動性であるなら、かえってその方が好都合だ。
慣性を味方につけ、四つの手に持つライフルでオクト・コンガーを狙い撃つ。
しかし、それは青白い膜で弾かれてしまった。
「……光素障壁っ!?」
『こっちにも、それくらいの技術はあるのだよっ!』
冗談ではない。
三十メートル級の機体を丸ごと覆い尽くす濃厚な光素障壁など、この世界の技術力では成し得ない。
やはり、あちら側の科学技術の方が数倍以上も上だ。
であれば、やはり決着を付けるのはパイロットの【腕】。
問題は【私の】奥の手をいつ、どこで、放つか、だ。
「……ふふ、なんで私って笑っているのかしらね?」
「み~?」
かなりの窮地だが、それを上回る高揚感が私に満ち始めている。
スティックタイプの操縦桿から手を放し、コンソールの青い切り替えボタンを押す。
すると、試作機らしくスティックタイプから感覚的に操縦が可能なボールタイプの操縦桿へとスライドした。
これは試作機ならではの機能であることは間違いない。
少し汗ばむ手の平を服で拭い、私はボールタイプの操縦桿に手を置く。
すると、ボールタイプの操縦桿は光素の輝きを受け静かに鼓動を刻み始めた。
さぁ、狩りの開始だ。
あなたに、銀閃がいかなるものかを教えてあげる。
私はキャノン砲の照準を六本腕となったゴリラの顔面へと定めた。




