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11食目 ヒュリティア

「おいぃ、俺の記憶が確かなら、ヒーちゃんは、月の人になったはずなんですがねぇ?」

「……今も月の人よ。でも、黒エルフのヒュリティアでもある。もぐもぐ」


 ヒュリティア。


 彼女は俺の親友であり、俺の大ピンチを身を挺して救ってくれた大恩人でもある。


 そんな彼女は俺の危機を救った代償として、力を貸してくれた月の神様に魅入られ、【お月様の人】になったはず……であった。

 だが、その彼女が異世界であるここに、ひょっこりポップしやがる、という事実。


 これもう、わっかんねぇなぁ?


「俺は今、猛烈に混乱しているっ!」

「……そう、おかわり」


 この情け容赦なさはヒュリティアのそれに違いない。

 震えてきやがったぜ。


「これ以上、取られたら俺が餓死する」

「……残念」


 囁くように喋る彼女の癖。これは、そうそういない癖だ。


 艶のある銀髪に、エメラルドの瞳、シャープな長耳と褐色の肌。

 まさにパーフェクトな黒エルフの美幼女が此処にいた。


 うん? 美幼女?


 ますます混乱する。

 確か最後に見た彼女の姿は、確か十歳くらいの肉体を持っていたはず。

 しかして、現在の彼女は、俺が彼女と初めて出会った頃の姿だ。


「ヒーちゃん、縮んだ?」

「……諸事情があって縮んだ」

「諸事情なら仕方がない」


 問題は早くも解決。これ以上は考えないことにする。

 これで、ええねん。


「……それよりも、エルも縮んだわね。事故でもあった?」

「お、おう。いろいろと事故った」

「……顔面?」

「せ、セーフだからっ!」

「……あ~う~と~」

「ふきゅん!?」


 というわけで、ほっぺぷにぷにの刑を執行された俺は、ヒュリティアに経緯を説明。

 彼女は納得を示した。


「……そう、なら無理に思い出す必要は無いわ。かえって好都合」

「そ、そーなのかー」


 このような会話をしていても、アインリールは自動でキアンカへと移動している。

 やっぱ、アイン君は優秀な子なんやなって。


「……エル、この子は?」

「鉄の精霊のアイン君。俺の相棒だ」

「あい~ん」

「……そう、いい子ね」


 ヒュリティアにはアイン君が見えているらしい。

 彼の頭をなでなでしている。


 存在を理解してもらえたアイン君は、すぐさまヒュリティアに懐いた。


 おめぇ、チョロインかよぉ! かわゆす。


「ところで、俺が異世界に転送されたのって何か理由があるのか?」

「……そうね、あるといえばあるわ。でも、それは重要じゃない」

「含みがあるなぁ」

「……いうなれば、【救済】かしら」

「救済?」


 ヒュリティアは、その言葉に頷くと、アイン君にコクピットハッチを開くようにお願いした。

 すると爽やかな風が入り込んできた。


「……狭い空間は苦手ね。空気が淀んでいるような感じがして」

「俺はかえって落ち着くんだが?」

「……エルは、にゃんこタイプ」

「ふきゅん、俺はにゃんこだったのかぁ」


 他愛のない会話が楽しい。


 ここ最近はアイン君ばかりと話していたので新鮮に感じられる。

 エリンちゃんはお姉さんなので、ちょっと遠慮してしまうのだ。


 あぁ、みなまで言うな。ちっとも遠慮なんぞしておらなんだわ。


「……うん、声?」

「……違う、泣き声だ。アイン君」

「あっい~ん」


 俺たちの超高性能イヤーは地獄耳。

 どんな微かな泣き声だろうと、ホイホイ拾っちまうのさ。


 その鳴き声の主は、昨日ボコったブリギルトから聞こえていた。

 なので、大体は察しが付く。


「あ~、やっぱり。しかし、これは敵なのでスルーする」


 大破したブリギルトのコクピット。

 そこで、青銅色のお饅頭が、めそめそ、と涙を流していた。


 だが、これは生き死にを賭けた戦いの結果。

 同情はするが謝罪はしない。


「……エル、可哀想よ」

「こいつらは、俺たちを襲った連中なんだ」

「……あなたは忘れてしまったの?【黄金の鉄の塊】の心を」

「はっ!?」


 なんということだ。まさか、ヒュリティアに、それを諭されてしまうとは。


 この、サツバツっ! おぅいぇあっ! な世界に感化され、俺の心はささくれ立ってしまっていたというのであろうか。


 こんなの許されざるよっ! 心を入れ替えたまへっ!


「俺は正気に戻った! 悪事を憎んで、悪人には焼きを入れる精神を忘れていたっ!」

「……若干、違うけど面倒臭いからいいわ」


 というわけで青銅の精霊君を保護して差し上げる。


 どうにも彼は、この機体に思い入れがあるため、他の精霊たちのように離れる事ができなかったようなのだ。


「とはいえ、ここまで壊れちゃったらなぁ」

「ぶろ~ん」


 またしても、しくしく泣きだす青銅の精霊。

 俺は、どうしたものか、と頭を悩ます。


 そこに助け舟を出したのがヒュリティアだ。


「……ねぇ、そこに転がっている、他のロボットを使えば直るんじゃない?」

「う~ん、可能かもしれないけど、アインリールの出力じゃ運べないんじゃないかな?」

「……使える部分だけ……もぐ」

「ふきゅんっ!? ふ、震えてきやがった……!」


 まさかの強引な手段に、俺とアイン君、そして青銅の精霊までもが恐怖した。


 しかし、結局は彼女の案を採用。

 バキバキ、ボキボキ、と大破したブリギルトのパーツをもぎ取り、一体分のブリギルトパーツをゲッツする。


「後はマーカスさんに頼めば、こいつも直るかな」

「ぶろろ~ん」


 青銅の精霊はヒュリティアに感謝しているのか、自身の頬を彼女の頬へと摺り寄せていた。


「懐かれたな、ヒーちゃん」

「……そうね。昔は精霊なんて見えなかったけど、エルのお陰かしら」

「それほどでもない」

「……感謝しているわけじゃないわ。精霊って鬱陶しいのよ」

「あるぅえっ!? おっかしいなぁ~!?」


 普通は、ここで感謝なのだが、流石ヒュリティアは格が違った。


 俺とアイン君と青銅の精霊は、そこはかとなくヒュリティアに覇王様の貫禄を覚えながら、キアンカへと帰還したのであった。






 余計な荷物が増えたせいで、キアンカへの到着は昼過ぎとなってしまう。

 したがって、まずは昼飯を調達することにする。


 当然だなぁ?


「昼飯は何を食おうか?」

「……ホットドッグ」

「知ってた」


 ヒュリティアは超一流のホットドッグジャンキーだ。

 何が彼女を、そこまで駆り立てるのかは分からない。


 もし、俺が男のまま転生していたら、ここで下ネタの一発でも炸裂させていたのであろうが、悲しい事に俺のパオーン様は「俺より強い奴に会いに行く」といって失踪している。


 悲しいなぁ。


「ホットドッグは朝食べたんだぜ」

「……あれは基本に忠実なホットドッグだった。今度は冒涜的なホットドッグにしましょう」

「モザイクが要りそうな料理は止めて差し上げろ」


 俺の全力の説得により、ほんのりと個性的なホットドッグと相成りました。


 キアンカの町は本当に寄せ鍋のような町であり、そこら辺をちょっと歩いただけで妙ちくりんな店が「らっしゃーせ」と商いをおこなっている。


 まさか、ホットドッグ専門店があるだなんて思わなんだ。


 店前に戦機を止めて、手早くホットドッグを購入。

 大破したブリギルトを牽引しているので、食事は操縦席でおこなう。


 操縦はアイン君に任せれば問題はないだろう。


「流石に俺も変わったホットドッグを選んでみたが……これはホットドッグと言っていいのか?」


 それはコッペパンに薄切りのローストビーフを丸めた物を詰め込んだ物であった。

 肉に下にはシャキシャキレタスが「こんにちは」している。


「……コッペパンに詰められていたら、それは全部【ホットドッグ】よ」

「恐るべき拡大解釈に震えが止まらねぇ」


 そんなヒュリティアがチョイスしたのは、コッペパンに得体の知れない肉棒が乗っかっているホットドッグらしき物であった。


 恐ろしいほどにシンプルで、ぶっとい肉棒とコッペパンしかない。

 それが彼女の口に運ばれる。


 がぶりゅ。


「ふきゅんっ!」

「……なんで、悶えるの?」

「いや、なんというか……必殺の一撃みたいな?」


 うん、ダメだ。深く考えたら、ホットドッグは食べられない。


「……中にとろけるチーズ」

「絶対に悪意が籠ってるだろ、それ」


 肉棒の先からはとろ~りと乳白色の液体が、どぴゅっ、と。

 肉汁と蕩けたチーズが合わさり、絶対に美味しいヤツだこれ、と確信させる。


 見た目はアレだが、やるじゃない、を進呈しよう。


「んじゃ、俺もたべるか」


 俺も、ばくり、と景気よく【ホットドッグ?】に齧り付く。


 すると、まかれたローストビーフの中にゼラチンで固められたタレが入っていたことに気が付いた。


「お? これは結構工夫してるな」


 タレの味はポンス醤油風であり、それがローストビーフに良く合った。

 二種類の具しか入っていないが、シンプル・イズ・ベスト、という名台詞もあるため、これでええねん、ということになる。

 余計なことをしてグダグダになるくらいなら、という心意気をも感じるホットドッグであった。


 尚、この店のホットドッグは価格が抑えられており、駆け出し戦機乗りには、にっこりな価格設定となっている。

 今後も贔屓にさせてもらおう。


 むしゃむしゃ、とホットドッグを食べ進めている内に、マーカス戦機工場へと到着。


 丁度、昼休憩が終わったころなのか、従業員たちが忙しそうに働いている姿が見受けられる。


 早速、ブリギルトの修理をお願いしよう。


 俺はマーカスさんを発見し声を掛けたのであった。

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