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118食目 エゴ ~ 母から子へ ~

 ◆◆◆ エルティナ ◆◆◆



 全てを喰らう者・火の枝にて大量の牛さんを上手に焼いた俺は、桃力、魔力ともに限界を迎えていることを認める。


 やはり、異世界カーンテヒルとは勝手が違う。

 あそこでは、桃力、魔力ともに、この程度で尽き掛ける事など無かったはず。


 いや、そうではないか。

 俺は、俺であって俺ではない存在。


【劣化コピー】、そう言う事なのだろう。


 まぁ、だからどうした、なのだが。


 エルティナイトの鋼鉄のコクピット唯一の柔らかい部分であるシートに納まる俺は、マイぽんぽんより「ぐごごごごごごっ」と、どこぞの戦車をモチーフとした超人の雄叫びのような音を確認する。


 それは正しく、速やかにエネルギーを補給せよ、との合図であった。


「腹が減ったんだぜ」

「あい~ん」


 ヘルメットと化し俺と一体化しているアイン君も、俺の状態を把握しているのか、早くご飯を食べるべきそうするべき、と推奨してきた。

 これは万が一に備え、携帯保存食をこしらえた方が良さそうである。


 既製品でもいいが、折角だから手作りもいいかもしれない。

 まぁ、格納魔法【フリースペース】を使えば出来立てを亜空間にそのままの状態で保管できるのだが、それはそれで味気ないというものだろう。


「それじゃ、帰ろっか」

『……エルっ! 何か来るっ!』


 俺の帰艦を促す言葉を遮るかのように、ヒュリティアから通信が入る。

 それを肯定するかのような重圧が迫りつつあるのを感じ取ったのは、戦場に長く立ち続けた戦士だからであろうか。


 俺……戦士じゃなくてヒーラーなんだけどなぁ。


『なんじゃ、アレはっ!?』


 ガンテツ爺さんのデスサーティーン改が東の空を指した。

 その先に未確認飛行物体の存在を把握する。


『おいぃ、ゴリラが空飛んでるぞ?』

「マジか」

『マジでっ!』


 迫真の集中線を用いて真実を述べたエルティナイトは、しかし、突然片膝を突いてしまった。


「ふきゅん、大丈夫かっ!? エルティナイトっ!」

『腹が減って力が出にぃ』

「それは俺もだぁ」


 これは拙いことになった。


 俺とエルティナイトは事実上の戦力外になってしまっているのだ。


 ん?【フリースペース】の食べ物はって?


 んなもん全部食っちまったわい! がはは!


『……エル、ここは私に任せて』

「ヒーちゃん?」

『……エルも、ガンテツ爺さんも消耗している。でも、私は遅れた分、そこまで消耗していないから』


 確かに、ヒュリティアのルビートルは光素、残弾ともに問題が無いように思える。

 しかし、空飛ぶゴリラはどこからどう見ても友好的な雰囲気ではない。

 それは、俺たちに圧し掛かる重圧で理解に至るところである。


『……【銀閃】を信じてくれないかしら?』

「その二つ名を出しちゃうかぁ……分かったんだぜ」

『……ありがとう。さぁ、下がって』

「ヒュリティアや、必ず無事に帰ってくるんじゃぞ」


 ガンテツ爺さんのデスサーティーン改は、動けないエルティナイトを引きずってこの場より離脱。

 がりがり、ごりごり、と盛大な音を立てて賑やかに戦場から離れてゆく。


『おいぃ、ナイトが削れるんですが?』

「なら自力で走らんかい、バカタレがっ」

『無理なのは確定的明らか』


 力は出ないが屁理屈は無限に湧き出てくるもよう。


 ヒュリティアに任せる、とは言ったが備えておくべきであろう。

 そのためには美味しい料理を口にしなくてはいけない。


 こういう時、素材だけで満たされない体質は困った所さんである。


「ヤーダン主任、聞こえる?」

『うん、聞こえているよ。そちらの状況も把握している。今から教える地点に……』


 ヤーダン主任からもたらされた情報は画期的な発明であった。

 直ちに俺たちは指定されたポイントへと向かう。


「ふきゅん? なんだぁ、あれはっ」

『友好的な連中とは思えんのう』


 しかし、そこには想定外の存在たちが、俺たちを待ち構えていたのであった。




 ◆◆◆ ヒュリティア ◆◆◆




 さて、銀閃の二つ名を出したからには負けるわけにはいかない。

 少々不慣れな機体ではあるが、アマネック本社でお利口さんにしているブロン君のためにも勝利して帰らねば。


「みっみー」

「……えぇ、よろしくね。みーちゃん」


 白に近い銀色の毛玉が、ふよふよ、と私の周囲を飛び回る。

 これが、【ミスリル銀の精霊】だ。


 一説では、ドワーフ族がこれを鍛えた場合、鋼鉄よりも遥かに頑強になる、とされているが、この世界にはドワーフ族どころかエルフ種も存在しない。


 私たちはエルフと名乗っているが、厳密に言うとエルフではなく【竜種】である。


 異世界カーンテヒルにて、創世神である神竜カーンテヒルの血肉を分け与えられて作られた失敗作が黒エルフ、成功作が白エルフとなる。


 さらに厳密に言うと、実は白エルフも彼の創世神にとっては失敗作なのだ。


 神が求めたのは、白と黒、二つの特性を持ち次なる時代を切り開く存在。

 故に、彼は【自らが成功作と認めた白エルフ】、【その娘】、即ちエルティナを求めた。


 でも、彼女はとある事情で二つの存在に分かれたのだ。

 

 それは兄と妹となり、本来は一つの存在が分かたれる、という事故。

 兄は全てを、そして妹たるエルティナは残りカスを与えられ異世界カーンテヒルへと墜落する。


「……こんな時に私ったら、何を思い出しているのかしらね?」

「み~?」


 白銀の毛玉に、つぶらな青い瞳が付いたミスリル銀の精霊は、こてん、と首を傾げる。


 首、無いけどね。


「……来た」


 空より地上へと降りてきたのは八本腕のゴリラだった。

 ひと目で機獣だと判断できる。


 その見た目通り、ゴリラ特有のナックルウォーキングの姿勢を取るが、これはフェイクとみて間違いないだろう。

 その証拠として、やたら強化されている下半身を確認できるからだ。


「……随分とまぁ、無暗に強化しちゃって」


 八本腕のゴリラはきょろきょろと周囲を窺い、そして、お目当ての物が見えないと分かると私にコンタクトを取ってきた。


『ここにナイトの戦機がいたはずだ』

「……えぇ、いたわよ。でも、退かせたわ」

『何?』

「……あなた程度、私一人で十分、って言い聞かせてね」

『貴様……』


 この会話の隙にルビートルのコンディションを確認する。

 左手でタッチパネル式のキーボードを操作。

 残弾、機体エネルギー共に八割をキープ。


 問題無し、と判断。


『まずは貴様から始末してくれる。ナイトの方はその後でだ!』

「……愉快なジョークね。その見た目通りだわ」

『このオクト・コンガーを侮辱するかっ!』


 来る……この殺気、深緑よりも遥かに強い。


 でも、こんなところで、こんなヤツに敗北してしまってはエルティナに置いてけぼりにされるだけだ。


 あの子は間違いなくオリジナルの劣化コピー。

 でも、【オリジナルには無い強さ】を持っている。


 あれ? おかしい。


 オリジナルに無い強さを持っている劣化コピーなど矛盾している。

 では、あの子はなんだ、というのだ。


 ただの劣化コピーなら全てを喰らう者を顕現させた時点で、自らをを喰らい尽くされて消滅しているはず。

 にもかかわらず、あの子はエルティナイトと進化し続けているではないか。


 それに桃力だってきちんと使いこなしている。

 桃先生も厳しくも優しくあの子を見守って……桃先生?


 いや、でも、桃先生は……! あの最後の決戦でっ!


「……理解した。今、はっきりと」


 認識を誤っていた。


 今、私と共に在る【エルティナ】は劣化コピーなどではない、ということに。

 そして、桃先生が何者であるのか。


 あぁ、そうなのだ。


 あの子は、間違えようがなく、【エルティナが生み出した子】なのだ。

 創世神カーンテヒルがそうしたように、エルティナが我が身を砕いて作り出した、唯一無二の子供。


 彼女が心残りとしていた唯一の存在。

 それに、彼女の記憶を一部移したのだろう。


 両親がいなくとも生きてゆけるように。

 しかし、これを語っても決して理解はしてくれないと思う。


 生まれる前に転生し、そして、母親の記憶を与えられて生を受けた、などと誰が信じるか。


「……ビックリするほど、あなたのエゴを詰め込んだわね、エル」


 であれば、【彼】の素質だって引き継いでいるはず。

 眠っているだけなのだ、あの子は今に、私たちを遥かに上回る力を開花させるはず。


 その時、彼女に伝えよう。


 かつて、彼女の両親がこっそり私に教えてくれた、生まれてくるであろう我が子に用意した【名】を。


「……そのためにもっ!」

「みーっ!」


 私の光素に反応し、ミスリル銀の精霊が咆えた。

 同時にルビートルがホバー移動を開始する。


 ここに異形のゴリラとルビートルの戦いの火蓋は切って落とされた。


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