116食目 天を焦がす灼熱の巨腕
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
乱れ飛ぶ光素の破壊エネルギー、ついでに火炎放射。
そして、デスサーティーン改の飛び蹴りもこれでもかと炸裂する。
でも、エルティナイトのやることはただ一つ。
牛さんたちの敵視の確保なのでーす。
「おんどるるぅん! ナイトを見ないとか反則でしょっ!」
『超一級のナイトはついつい目立ってしまうしまわない?』
「あいあいあ~ん!」
「だ~っ!」
もう狭いコクピットはお祭り騒ぎだ。
これも、俺がザインちゃんを連れてきてしまったからなのだが。
しかも、基本的にオープン通信なので、ザインちゃんやエルティナイトの珍妙な言動も駄々漏れとなる。
戦場の緊迫感などない! もう死んだっ!
さて、戦況の方だが、なかなかよろしくない雰囲気が蔓延している。
ヒュリティアの新型機と、ガンテツ爺さんのデスサーティーン改が応援に駆け付けたが、それでもじりじりと圧されている。
一万を三機で圧し返すにはそれなりの戦術が必要になるのだが、現在は帝都防衛隊の存在もあって、【それ】が行使できない。
特に俺たちと同じく最前線で奮闘しているアインラーズが居ては、それをぶっぱできないできにくい。
だから俺たちは手にした盾でぶん殴るだろうな。
エリン剣? たまに間違って盾にしています。
身を護れれば、それでええねん。
とここで鋼鉄の牛さんの背中が縦に割れて、そこから無数の何かが射出された。
いや~な予感は、ばっちり的中。
「ふぁっきゅん! ミサイルだっ!」
『ミサイルなんて効かないんだからねっ!』
普通に効きます。ただ、一撃ではやられはしないが。
だからこその魔法障壁? そのための盾?
じゃけん、俺は盾を構えさせるだろうな。
『おらぁっ!』
「身を護れっつってんだろっ!?」
その盾を牛さんに投げつけるバカタレ。
エルティナイトは防御より攻撃思考が強いもよう。
仕方ないので魔法障壁単体でミサイルを受け止める。
「ふきゅーん! ふきゅーん!」
パリンパリン、とお煎餅のごとく砕け散ってゆく青白い半透明な魔法障壁たち。
ミサイルはその一発一発がかなりの威力を持っているもよう。
一機の牛さんから放たれたミサイルは系六発。
しかし、一発のミサイルで一枚の魔法障壁が砕け散った。
この威力から、並みの戦機が被弾した場合、木っ端微塵こやぞ。
言っている傍からアインラーズ君が被弾。
爆炎から桃色のボールがぷかぷか浮き出てきた。
その中身が無事なことに俺は安堵を覚える。
しかし、彼らが無事でいられるのは、俺が生存している限り、という制限時間付きなのだ。
したがって、俺は負けるわけにはいかないし、死ぬわけにもいかない。
『……エル、数が多過ぎるわ』
「分かってるけど、味方が多過ぎる、多過ぎない?」
『わしらは、どうとでもなるがのう。帝都防衛隊の連中も面子というものがあるんじゃろうて』
デスサーティーン改の火炎放射が文字通り火を噴いた。
それは丁度ミサイルを発射しようとしていた鋼鉄の牛に命中。
背中のミサイルに引火し、その場で大爆発を引き起こした。
その爆発に巻き込まれて複数の牛さんたちが吹き飛ぶ。
しかし、それでもまったく怯む様子を見せないのは、彼らが機械制御の意思無き殺戮兵器であるからだろう。
だから、俺は躊躇なく【アレ】を行使するだろうな。
「問題はタイミングなんだよなぁ。あと、ヒーちゃん」
『……なぁに?』
「その機体って頑丈?」
『……がんじょー』
『みっすー』
ヒュリティアの声に混じって甲高い鳴き声が混じった。
きっと新型機に宿る精霊の声なのだろう。
「精霊?」
『……ミスリルの精霊。ブロン君はルナティック以外には乗らない子だから』
『みっみ~』
随分とヒュリティアはミスリルの精霊に懐かれているご様子。
これはブロン君との三角関係に話がこじれそうですぞっ!
いや、そうじゃない、話が逸れてしまった。
「ヒーちゃん、タイミングを見計らって【チゲ】に頼ろうかと思う」
『……そうね、それが良いわ。帝都防衛隊が後退するタイミングを狙いましょう』
「するかなぁ、連中」
『するじゃろう。機体のエネルギーも銃弾も有限じゃしの』
俺はヒュリティアとガンテツ爺さんの言葉を信じ、そのタイミングを窺う。
暫くして、帝都防衛隊が退いて行く感じを受けた。
それは正しく、最前線で戦っていたアインラーズが撤退してゆく。
その際、桃色玉をしっかり回収していってくれたのは高評価である。
「きたっ! タイミング、来たっ! これで勝つるっ!」
『……エル、今よっ!』
「おう!」
俺はヒュリティアのGOサインを受け、エルティナイトの右こぶしを天に突き上げさせた。
するとデスサーティーン改に異変が生じ始めたではないか。
『むっ……これはっ? そういうことか、ひよこ』
『ぴよぴよっ!』
赤い粒子となって解れゆくデスサーティーン改は、その身をエルティナイトに纏わり付かせてゆく。
赤き輝きが集結したのはエルティナイトの右腕だ。
まるで燃え盛る炎をイメージさせる形状と化した巨大な腕。
並の戦機であるなら握り潰せそうなほど巨大な手から、途方もない力を感じる。
「ガンテツ爺さんっ!?」
『あぁ、大丈夫じゃよ。使うのじゃろう?』
「あぁ、よろしく頼む」
まるで準備は整った、と灼熱の右腕が唸り声を上げる。
目覚めの時は来た、解き放たれるは爆炎の大蛇。
「来たれっ! 全てを喰らう者・火の枝っ! チゲっ!」
瞬間、灼熱の右腕より莫大な熱を伴って炎の大蛇が飛び出してきたではないか。
それは天を埋め尽くし世界を赤一色に染め上げる。
『……エル、また後で』
「おうっ!」
全て喰らう者・火の枝の顕現を認め、ヒュリティアの新型機ルビートルが最前線から離脱してゆく。
これで、思う存分に力が振るえる、というものだ。
「いくぞっ! チゲっ!」
『……!』
俺の桃力と魔力が猛烈な速度で消費されてゆく。
時間との闘いに間違いなかった。
天にて、とぐろを巻いていた灼熱の大蛇がその咢たる手を開き、地上の鋼鉄の牛を圧し潰した。
いや、圧し潰す前にそれらは蒸発してしまう。
それほどまでの熱量は大地を沸騰させるに至る。
最早、彼らに逃れる術はない。
世界で最も優しい炎を攻撃に転化した場合、どのような悲劇が起こるか……その身で体験してもらう。
「貪り喰らえ! 全てを喰らう者・火の枝っ! この世の全ては俺たちの餌だっ!」
巨大な炎の腕が真横に振るわれた。
たったそれだけで大気が焼き焦げ、大地がぐつぐつと煮え立つ。
真っ平だった荒野は莫大な熱によって煮え立ち陥没、その地形を無残な姿へと変化させる。
これは、一方的な蹂躙でも、一方的な殺戮でもない。
捕食だ。
全てを喰らう者がその場に現れる、ということは食事を開始することに他ならない。
それが、全てを喰らう者の使命であり存在価値。
生物は生きるために喰らう。
しかし、全てを喰らう者は違う。
全てを喰らう者は【喰らうため】に存在している。
喰らう事、それこそが存在意義であり、唯一無二の使命。
否、宿命である、とすら言えよう。
そして、彼らの大本である俺もまた、喰らう事を宿命づけられた存在。
だから、俺は彼らに代わり【心から感謝する】のだ。
「ごちそうさまでしたっ!」
巨大な炎の腕が振るわれた後、そこには地獄絵図だけが残っていた。
地上に現れた灼熱地獄、その表現すら生ぬるい光景だ。
決して生物の存在を許さない大地は、しかし、火の精霊たちの楽園となっていた。
俺は、全てを喰らう者・火の枝を、己の魂の中へと還す。
『これが、全てを喰らう者の力か』
『……』
『辛いのう、チゲ坊や』
ガンテツ爺さんがチゲを気遣ってくれた。
これに、チゲのささくれ立った心も癒されたもよう。
全てを喰らう者の宿命とはいえ、元来チゲの心は優し過ぎるとも言えたので、これは嬉しいフォローであった。
「ありがとな、ガンテツ爺さん、ヒヨコ」
『いいってことじゃよ。それに、これが【火の使徒】となったわしらの使命じゃて』
『ぴよ』
現在、俺一人では全てを喰らう者を完全に制御できない。
だからこそ、ガンテツ爺さんは、そして彼と共に在る火の精霊はデスサーティーン改を媒体に利用することを思い付いたのであろう。
その発想は正しく、俺は全てを喰らう者・火の枝をなんとか制御することができた。
しかし、その代償は途方もない桃力と魔力の消耗であったのだ。
「はぁ、お腹ペコペコなんだぜ」
『かっかっか、あれだけ暴れ回れば仕方のない事じゃ。わしも腹が減った、もう一度、昼飯にしようじゃないか』
エルティナイトから離れ、再びデスサーティーン改はこの世に再生した。
それは、瞬間、燃え盛る炎を想起させて顕現する。
戦いは終わった。
全ての鋼鉄の牛は炎の大蛇によって捕食され、その姿を地上より消したのだ。
俺も命無き非情の殺戮兵器相手とあって、少し感情的になってしまった。
ちょっぴり、ほんの僅か、いやいや、もんの凄く変わってしまった地形を認め、お口を三角形にして猛省する。
「今度は、もうちょっと熱を抑えるかぁ」
『絶対に無理だぞ』
「いあ~ん」
「ばぶっ」
エルティナイト、アイン君、おまけにザインちゃんにまでも指摘された俺は、速やかに不貞腐れたのであったとさ。




