115食目 部隊長の憂鬱
◆◆◆ 帝都防衛隊部隊長 ◆◆◆
状況は絶望的だった。
新型の機獣一万体の襲撃、それがもたらされたのは新兵の訓練を終えて、昼食を摂ろうかというタイミング。
ベテランの兵は無能な皇帝によって、その殆どが地方へと送られてしまってる。
現在、帝都に残っているのは大部分が新兵であり、新兵に毛が生えた程度の私が部隊長を任されている始末。
正直な話、訓練の指導もそうだが荷が重すぎる。
幾度となく何もかもを放り投げて、どこかへ行ってしまいたい衝動に駆られた。
でも、ここは私の生まれ故郷であり、私の両親も暮らしている。
つまり、私が生きるべき土地なのだ。したがって逃げ出すことは許されない。
「なんで、こうなっちゃったんだろ?」
強化プラスチック製のヘルメットが鬱陶しい。
私はヘルメットを外しコクピットの奥へと放り投げた。
軍服と同色である紺色のヘルメットは、奥の窪みへと荒々しい音を立てて納まったもよう。
その際に私の青に近い黒髪が零れ落ちてきた。
纏めていたのだが、纏め具合が甘くて解れてしまったようだ。
暑苦しい、軍服の胸元をはだける。
ちょっぴり自慢の巨乳が顔を覗かせた。
「髪、切りたいな」
少しばかり凉くなって緊張が解れたのか、そんな他愛のない事が口より零れた。
私は型落ちのアインラーズにライフルの引き金を引かせる。
ランバール社製光素ライフル【マチェッタ】は攻撃力とコストパフォーマンスを重視した傑作と呼び名の高い戦機用のライフル銃だ。
しかし、傑作と呼ばれたのは、もう十年も前の事。
つまり、帝都防衛隊の武装は十年も前からアップデートされていないのだ。
これを知ったのは帝都防衛隊に入隊し一年後、先輩に内部情報を教えてもらったことにより発覚した。
何もかもが型落ちばかり、機械はなんでも新しい方が良いに決まっている。
その点、戦機乗りは自由でいい。
自分の意志で好き勝手に戦機をカスタマイズできるのだから。
もちろん、己の資産の範囲内ではあるが。
前線へと進み過ぎた他の部隊が鋼鉄の機獣に圧し潰された。
確か、あそこは私の一つ上の年に入隊した先輩が部隊を率いていたはず。
「前に出過ぎなのよっ!」
無残に踏み潰され、或いは体当りによって砕かれ、その二本の巨大な角によってコクピットを貫かれるアインラーズたち。
せめて、もう少しまともな機体と装備だったのなら、彼らは死なずに済んだのであろうか。
「……うん? ピンク色の玉?」
アインラーズがまた爆散した。
そこから弾き出されるかのように飛び出す桃色の玉。
私はアインラーズのデュアルセンサーの拡大機能を用いて、それを確認する。
そのピンク色の玉の中には紺色の軍服を身に纏う人間の姿。
驚いたことに怪我の一つも負ってはいないではないか。
「な、なんなのっ?」
振動、同時に酷い砂ぼこりが舞う。
『アーリア少尉、新型がミサイルを使用してきた。どうやら、突っ込むだけが取り柄ではないらしいぞ』
「ドマンス大尉、了解です。キャット隊、ミサイルに気を付けろ!」
先輩のドマンス大尉からの通信により、敵機獣が背より大量のミサイルを放つことができることが発覚した。
先ほどの振動と大量の砂ぼこりは、それによってもたらされたものであろう。
我がキャット隊は実のところ、他部隊の士気を向上させるためのお飾り隊である。
その構成メンバーは、その全てが女性であり、器量の良い者たちで構成されていた。
その事実を知った私は無能な軍部を見返してやろう、と部下たちと共に訓練を重ねてきたのだが、結果はいかんともし難い状況に追い込まれている。
初の実戦が新型、しかも一万とあっては仕方のない事ではあるのだが。
「ミーシャ、陣形を崩すな! 死にたいかっ!」
『ひ、ひ~ん! た、隊長っ、怖いです~!』
「誰だって怖い! だが、私たちがやらないで、誰がやる!」
部隊一の怖がりでぽっちゃりなミーシャが弱音を吐いてきた。
ピンク色の癖毛を持つ可愛らしい女性で、とても軍人らしくない性格をしている。
元々は軍部の経理を担当していた娘なので仕方がないのだが、なまじ戦機を操る適性が高かったために転属させられる羽目になった経緯があった。
「お飾り部隊も戦場に出さないといけない、とか無能にも程がある」
お飾りを否定したくて頑張っていたのだが、困ったことに私の口からはそのような言葉が漏れ出た。
やはり、自分でもキャット隊がお飾りであることを認めてしまっていたのだろう。
でも、今更、引き下がることなんてできない。
引き下がったとして、どこに向かえというのだ。
私たちの帰る場所は、すぐ後ろにしかないというのに。
その時のことだ、最前線で異常事態発生、との通信が舞い込んできた。
なんでも、奇妙な戦機が大暴れしているらしい。
その【奇妙な戦機】というワードで、すぐさま奇特な戦機乗りを思い出す。
まるで騎士を思わせる無骨なデザインの大型戦機を駆るのは、騎士の精神を持つ幼いと思わしき少女。
そう思うことができたのは、彼女の声が幼い物であったからだ。
それが、前線に置いて鋼鉄の牛たちを抑え込んでいるという。
齢の差こそあれども同じ女性。
にもかかわらず、この差はいったいなんだというのだ。
「結局のところ、根性が無いってだけなのかもね」
取り敢えずの結論を出した私は、キャット隊に奮戦せよ、との命令を下す。
どの道、この戦いには勝利する以外の選択肢は残されていないのだから。
『隊長っ! あれっ!』
「何っ!? 黒い弾丸?」
戦場に何かが撃ち込まれた。
それは、あまりに巨大な弾丸。
しかし、それは弾丸ではない事は明白。
弾丸はスラスターを吹かして着地などはしないからだ。
「なんだあれは……? 見たこともない機体だけど」
先ほどの騎士もそうだが、先ほどの空中で姿勢制御をおこなった戦機も見たことが無いタイプだ。
エンペラル帝国の所属機ではない。
だとすると戦機乗りの個人的な所有機である、ということか。
そう認識した途端に大爆発が起こった。
先ほどの未確認機が攻撃を開始したらしい。
それにしたって、無茶苦茶な火力だ。
爆発の余波に負けない装甲とは思えないのに、まったくの無傷、という信じ難い報が、あちらこちらからもたらされる。
飛び交う情報から得られたことは、どうやら絶望的な劣勢から持ち直せる可能性がある、という事だ。
希望は潰えていない、それをもたらしたのは戦機乗りである、というのは少々不満ではあるが。
『ひ、ひえっ!? た、たいちょ~っ!』
「なんだ、ミーシャ! 泣き言は聞きたくないぞ!」
最前線が大混乱に陥る中であっても、鋼鉄の牛はここを突破せんと突撃とミサイルの雨を降らせてくる。
ミサイルの雨を撃ち落とすのは私が担当し、部下たちには鋼鉄の牛を撃破することに集中させた。
彼女らでは回避しながらの攻撃は難しいからだ。
『あ、あれっ!』
「あれ?」
『銀色の肩っ! 見たこともない機体ですけどっ! きっと【銀閃】ですよ~っ!』
ミーハーなミーシャは噂話や流行の類に目が無い。
そんな中で、彼女が特に推しているのが【銀閃】なる戦機乗りだ。
その銀閃も幼い少女である、とのことだが……。
荒野を滑るかのように高速移動しながら、四本の腕から繰り出される射撃は一撃で鋼鉄の牛を撃破してゆく。
決して止まらないその動き、そして正確無比な射撃はなるほど、銀の閃きに例えられようか。
彼女の姿を目撃できたのは、ほんの一瞬。
鮮烈な姿を垣間見せた彼女は、最前線へと迷うことなく突入していった。
暫くして、怪奇現象が起こる。
巨大な雷が天から地上へとではなく、地上から天へと昇っていったのだ。
「な、何が起こっているの?」
もうその言葉しか出てこない。
しかし、私たちにできる事は、とにかく鋼鉄の牛を一機残らず撃破することのみ。
『通達、補給部隊を送った。各部隊は各自の判断で補給されたし。また、前線を後方20キロメートル地点にまで下げられたし』
このタイミングで補給部隊派遣の一報がもたらされた。
同時に戦線を少し下げる命令が下される。
いったい何を考えているのだか。
これ以上は戦線を下げることはできない。
相手はミサイルを搭載しているのだから前線を下げて抜けられてしまっては最悪の展開になってしまう、というのに。
しかし、命令は絶対である軍人に拒否権など無い。
仕方なく、後退せよとの命令に従う。
でも、彼らは軍人ではなかった。
だから、決して引き下がろうという素振りすら見せない。
「軍人ってなんなのかな?」
帝都防衛隊が前線を下げた時、それなる現象は起こったのだった。




