112食目 帝都襲撃
全員が揃ったところで昼食となったのだが、問題は何を食べるかだ。
帝都ザイガは地球でいうところのドイツに当たる都市であるらしい。
したがって、名物はビールとウィンナー、ソーセージ、といったところであろうか。
そうなるとホットドッグジャンキーが黙っちゃあいないであろう。
無言のプレッシャーを放ちつつ、ヒュリティアがソーセージ専門店を凝視する。
まるで宿敵でも発見したかのような眼差しに、店の人々は「ひえっ」と悲鳴を上げる羽目になった。
「おいぃ、野獣の眼差しは危険がデンジャラス。小市民が肉食獣に怯えるから止めて差し上げろ」
「……これは、うっかり」
ヒュリティアは野獣の視線を取りやめ、今度は狩人の眼差しを送る。
結局は何一つ変わっていない、という不具合だが面倒臭いので華麗にスルーすることにした。
俺は悪くない。
「帝都の名物はやはりソーセージですが、ベーコンを用いた料理もまた格別ですよ」
「ふきゅん、それは興味ありますっ」
ここでロデド研究長からの耳より情報。
どうやら、ベーコンも美味しいとのこと。
ソーセージの加工技術が発達しているのだ、塩漬け肉の技術も向上していて然りであろう。
「ベーコンを焼いた際に出る油を吸い取ってくれる【バキュームオニオン】を合わせた物がこれまた美味くてですな……これがビールに良く合う」
「知ってます」
ギラリ、と眼鏡を輝かせるのは飲兵衛のヤーダン主任だ。
彼女が飲兵衛に至った原因は、ここに在るのかもしれない。
「うっ、き、きみは少し控えめにした方が良いかな。今のその状態だと尚更ね」
「少し、少しだけですからっ!」
くそデカおヒップをフリフリさせながら、目をウルウルさせておねだりするのはNG。
それでは、飢えたふぁっきゅんビーストどもを誘っているのと同じだ。
ほれ見ろぉ、ヤングなおにーちゃんどもが、やっべぇ視線を送っているぞっ!
だが、その行為はヤングなビーストだけを呼び寄せる行為ではなかったもよう。
突如として、けたたましいサイレンが帝都に鳴り響いたではないか。
「な、なんだっ!?」
『連絡っ、連絡っ、午前十一時二十五分、帝都ザイガ北東部に機獣の群れが出現いたしました。規模は大、タイプは牛、新型機と思われます。市民の方々は速やかに対機獣用シェルターに避難してください。繰り返します……』
帝都のあちらこちらから避難指示の音声が流れてきた。
それに動揺するロデド研究長。
「て、帝都に襲撃っ!? この三十年、そのような事はなかったんだぞ!」
この放送にパニックになって、シェルターへと駆け込む市民が多数。
どうやら、帝都であっても機獣の脅威は拭われているようではないらしい。
「ロデド研究長、帝都の守りは?」
「帝都防衛隊が五万。ですが、ここ三十年襲撃が無かったので、普段は各地方へと遠征に出ており現在は半分の二万五千しかいないようです」
まぁ、維持費も馬鹿にならないし、地方で働け、というのも分かるが。
万が一が起こった際には後手に回っちまう。難しいものだ。
「……戦機乗りたちに通達しているのかしら?」
「連絡は来てないな」
ヒュリティアはスマートフォンを手にするも、機械仕掛けの小さな板はなんの反応も示さない。
帝都が危ないかもしれない、というのに何をやっているのであろうか。
これではキアンカの方が対応が早いぞ。
「ロデド研究長、規模大ってどのくらい?」
「機獣一万が規模大となります」
「……つまり、戦力比が1:5のこちらは五万を相手取るのと同じね」
「しかも、新型かぁ」
相手は新型。強さが分からない、というのは脅威に他ならない。
これにガンテツ爺さんは渋い顔を見せる。
「それで戦機協会は、帝都に滞在する戦機乗りたちに緊急依頼を出さんのじゃろうな」
「なんで?」
「自分たちの戦力を無駄に消耗させたくないんじゃろうよ。大方、弱った帝国に貸しを作って都合のいいように立ち回るつもりなんじゃろうて」
「馬鹿なのか?」
「馬鹿なんじゃろ」
あっ、という間に結論が出た。そして、俺たちがやることはただ一つ。
「精霊戦隊は、ふぁっきゅん機獣どもをぶっ飛ばす」
「……そう言うと思ったわ。でも、ルナティックは今、オーバーホール中なのよね」
「なんですとっ!?」
それは、困った。
ヒュリティアがいないと、うちの戦力はがた落ちになってしまうではないか。
まぁ、ガンテツ爺さんのデスサーティーン改でも、なんとかなるかもだが……さて。
「それなら、うちの試作機に乗ってみませんか?」
「……私の操縦は荒いわよ?」
「構いませんとも。どの道、帝都が襲われてはアマネック本社もただでは済みません」
「……了解したわ。アマネック本社へ急ぎましょう。エルたちはクロナミへ」
ヒュリティアたちと別れ、俺たちはクロナミへと急ぐ。
その時、空から何かが降ってきた。
『ナイト、参上っ!』
「馬鹿野郎、そんな図体で空から降ってくんじゃねぇよ」
自重を知らないナイトが天より降ってきて道路を陥没させてしまった。
これは、全部機獣のせいにしなければ俺の借金が増えちまう。
『おいぃ、ちんちくりん。極めて戦いの時なんだが?』
「知ってる。あと、ちんちくりん言うな」
『さっさと合身してどうぞ』
「せっかちなナイトは女に嫌われるぞっ」
『男の世界に女はいらないぜ』
屁理屈ばかり言うナイトを黙らせるために、さっさと合身をする。
既にコクピットへの入り口すらないエルティナイトへは、己の身体を粒子化して彼の体内へと入り込む方法でしか進入することはできない。
即ち、それはエルティナイトが俺専用である証と言えた。
俺は小さな拳をエルティナイトに突き付け宣言する。
「行くぞっ! エルティナイトっ!」
『応っ!』
「『精霊合身っ!』」
宣言と同時に俺の身体が青白い粒子へと変換され、エルティナイトの心臓へと吸い込まれた。
そして、彼の心臓内、即ちコクピットで俺は再び肉体を取り戻すのだ。
「あいあ~ん!」
続いて、俺の頭の上が定位置のアイン君がヘルメットへと変化。俺へと装着される。
これにより、俺たち三人は完全に一体化するのだ。
「力無き者たちの盾となるため、精霊戦機エルティナイト、ここに見参っ!」
『俺たちは止められない、止めにくいっ!』
『あいあ~んっ!』
拳を突き出し無駄にヒロイックなポージングはナイトの宿命。
これだけは絶対にキャンセルは不可である。
「ガンテツ爺さん、ヤーダン主任っ! エリンちゃんもっ!」
「おうよ、ひとっ走り頼むわい」
「リューネ、しっかり掴まって」
「う、うんっ!」
「うんしょ、っと……はわわっ」
本来ならヤーダン主任はリューテ皇子と共にシェルターへと向かってほしいところだが、それではクロナミを動かす者がいなくなる。
彼らをエルティナイトの手に載せて……ちょっと、ヤーダン主任、ずり落ちないでっ。
「そーれっ!」
「も、申し訳ない」
仕方ないので、エリンちゃんがヤーダン主任のお尻を手で押して乗せてあげましたとさ。
「よし、エルティナイト、しゅっぱーつ!」
『バックステッポゥッ!』
「おまっ」
その移動の仕方は止めろ、繰り返す、その移動の仕方は止めろ。
結局、大惨事となりました。
いやぁ、ヒーラーの力が無駄に炸裂しますぞ。
それでも、なんとか無事? にクロナミへとたどり着く。
無暗に高速移動した結果だ。
「おえっぷ……視界がグルグル回るぅ」
「と、年寄りはもっと優しく扱わんかっ!」
「誠に申し訳ないが、俺は謝らない。代わりにエルティナイトが謝る」
『アイン君、よろしく』
「あ、あい~んっ!?」
まさに外道なナイトは格が違った。
結局は何も悪い事をしていないアイン君が、ペコペコ、と頭を下げる羽目になってしまったのだった。




