110食目 エルティナイトを調べよう
大型の戦機を開発研究するラボは、それに見合うだけのスペースを確保された施設であった。
そして、それらは既に開発中であり、チラホラと巨大なパーツ群が俺たちを出迎えてくれたではないか。
既に仮組みしてある戦機などは明らかに人型ではないのだが、これを戦機と言い張る研究員は目が逝っちゃっているのであまり関わり合いにならない方が良いかもしれない。
どう見てもムカデなんですが、それは。
「妙な構造の戦機ばかりなんだぜ」
「ここは、試作戦機開発が主な場所ですからね。独創的な発案であってもまずは作ってみる、というコンセプトでやらせてもらっております」
研究長はロデドという名前らしい。
彼は温和で理解がある人物、とのことで研究チームのリーダーに抜擢された。
また、戦機に対する知識も群を抜いているらしい。
外来客によく応対するため、まともな性格をしている、と思われがちだが、どうやら彼もヤーダン主任と同じく戦機バカであるらしい。
開発者は全員、こんなヤツらばかりなのであろうか。
このままでは俺のストレスがマッハなのだが、どうしてくれるのこれ。
とここで奥に寝かされているエルティナイト、とその胸の上で、ぽむぽむ、と飛び跳ねて存在を激しくアピールしているお饅頭君を発見。
「お~い、アイン君」
「あいあ~ん!」
俺は、ぶんぶん、と手を振り彼らの下へと駆け出す。
それについてくるのはエリンちゃんだ。
「ねぇねぇ、エルティナイトの上で飛び跳ねている子がアイン君?」
「えっ? 見えるのかぁ?」
「うん、うっすらと、ね」
これはたまげた。
どうやら、エリンちゃんはアイン君が見え始めているというのだ。
まさかのカミングアウトで、俺は無駄に激しく長い耳をピコピコさせる。
「どうして見えるようになったんだろうなぁ?」
「それは分からないよ。でも、あれだけ不思議な食べ物を食べてたら、こんなふうになっちゃうかもね」
つまり、それは全部俺のせいだった……?
「うお~い! アイン君! エリンちゃんが見えてるってさ!」
「あい? あ、あいあ~ん!」
俺の報告にアイン君は大はしゃぎ。
実のところ、アイン君はエリンちゃん大好きっ子だ。
でも、存在を認識されなくて深い悲しみに暮れることが多々あった。
それでも、彼女に纏わりつく根性は流石鉄の塊の精神なんやなって。
彼の努力が報われたのは、俺のお陰という事にして、先ほどのダメージを強引に相殺することにした。
俺は悪くない。
みょいん、とエリンちゃんに向かって跳躍するアイン君は、「わわっ」と彼を受け止めようとするエリンちゃんの身体をすり抜けてしまう。
「ふきゅん、やっぱ、触れることはできないかぁ」
「ぼんやりと見えているだけだし、エルティナちゃんみたいにはまだ無理なのかな?」
そして、ぼんやりと見えているだけで声も聞こえていないらしい。
時折、耳鳴りのような物が聞こえる、とのことだが、それはアイン君だろう、と伝えると彼女は「そうなんだ」と嬉しそうな表情を見せた。
この分だと、エリンちゃんがアイン君をはっきりと認識できる日は、そう遠くはないのかもしれない。
「ばぶー!」
「おぉう、このタイミングでお腹が減るとか、ベビーか」
「あんまー!」
俺の背中のザインちゃんが桃力を所望してきた。
このままでは俺の長い尾耳が唾液塗れになってしまうので、そのお口に指を突っ込んで差し上げろっ。
「ザインちゃんも不思議な子だよねぇ」
「赤ちゃんはみんな、不思議の塊なんだぜ」
ザインちゃんをエリンちゃんに抱っこしてもらい、ぬぷっ、と人差し指を小さなお口にインストールっ。超えきさいてぃんっ!
瞬間、衰えの知らない吸引力で桃力を、ちゅっちゅ、し始めるザインちゃん。
これがまた、実にくすぐったい。
じっさいに、おっぱいで授乳したら、どんな感覚になるのであろうか。
ぶっちゃけ、お母さんって大変なんだろうなぁ、と他人事のような思いに浸る。
「え~っと、それは何を?」
「ご飯を上げている。ザインちゃんは超エネルギーを取り込んで成長するハイパーベビー。普通のミルクは卒業しているしていない?」
「いや、私に聞かれても?」
ロデド研究長は困惑した表情を見せた。
まぁ、普通ベビーには哺乳瓶だから無理もない。
でも、それだと無駄に桃色に輝く桃力が見えてしまうから多少はね?
やがて、ザインちゃんは満足したのか吸引を停止。
それを認めたエリンちゃんが、ザインちゃんの小さな背中を擦ってやる、と彼女は「けぷっ」とげっぷをして満足そうな表情を見せたのであった。
さて、色々とあったが、ここからが本番だ。
この世で最も奇妙な戦機であるエルティナイトの徹底調査が始まるのだから。
「ううむ、これが件のエルティナイトか……完全に戦機の基準からは逸脱しているな」
「えぇ、特にパワーが従来の戦機の数倍、いえ、下手をすれば数十倍にも至ります」
「うむ、それは、早速バラしてみなければいけないね」
『おいバカやめろ、ナイトを分子分解するとか一撃必殺技は卑怯でしょ?』
誰が、そこまで分解する、と言った。
というか、喋ったら益々ややこしいことになるから喋るんじゃぬぇ。
しかし、エルティナイトは大変にお喋りであるため、これができないできにくい。
「……え? コクピットにパイロットが乗ったままなのかい?」
「いや、パイロットはここにいるぞ」
「お、お嬢ちゃんがエルティナイトの? いや、では、なんで勝手に動いて? おい、誰かエルティナイトに乗ったのか?」
ロデド研究長は職員たちに問うも、誰も乗っていない、と答えた。
まぁ、当然の反応だ。
誰が戦機が勝手に動いて尚且つ、自分の意志を持っている、と考えるだろうか。
「エルティナイトは不思議パワーで自分の意志を持った精霊戦機。そんじょそこいらの戦機と同じと考えると痛い目に遭う」
『おまえら、俺を尊敬してもいいぞ?』
「流石、ナイトは格が違った」
『それほどでもない』
「……はい、ストップ。話が進まないわ」
「『ソンナー』」
俺たちのお決まりの決めセリフは、ヒュリティアに阻止されました。
悲しいなぁ。
「いや、なんだか頭がおかしくなりそうだ。常識が根底から崩壊しているのが理解できるよ」
「僕も初めはそうでした。慣れって怖いものなんですよね」
「そのとおりだ! 常識は疑うものであり、慣れてしまっては研究者ではなくなってしまう! ううむ、これは調べ甲斐があるぞぉ!」
ここでロデド研究長はヤーダン主任並みに危険な眼光を見せつけてきた。
それに俺とエルティナイトはほんのちょっぴり、びょくっ、とした。
これは、ビビったわけではなく武者震い。
俺たちは、それを伝えたかった。
「バラせないのであればスキャニングだな。どれ、久しぶりに動かしてみるか」
ウキウキしながらロデド研究長が向かったのはエルティナイトが寝かされているレストハンガーだ。
よくよく見る、とそれには数多くの車輪が備わっており、輸送車としても活用できることが理解できた。
でっぷりとした彼の体形に見合わない梯子登りを披露し、かなりの高さに在る運転席へと潜り込んだロデド研究長は、レストハンガーのエンジンを起動した。
唸り声を上げるレストハンガーから車輪が下ろされ、やがてレストハンガーが浮かぶ。
固定状態から運送車へと変形が完了した証と言えよう。
「ちょっと離れましょうか。おいで、リューネ」
「うんっ」
ヤーダン主任の指示に従い、俺たちはその場から離れる。
レストハンガーが向かうのは巨大なトンネルだ。
このラボの最奥にそれなる物は存在した。
そこにレストハンガーが納まり、暫くしてロデド研究長が小走りでそこから出てきた。
そんな彼が、俺たちに手招きをする。
「それじゃ、向かいましょうか」
どうやら、スキャニングの準備が整ったようだ。
ロデド研究長の立っている場所には様々な機械群が並んでおり、スキャニングの結果がそこに表示されるようだった。
果たして、どのような結果が映し出されるのか不安と期待とでワクワクしてくる。
「さぁ、始めるぞ」
俺たちが見守る中、エルティナイトのスキャニングが開始された。




