10食目 ハヤブサ
宿はカプセルホテルのような感じであった。
一つの部屋に沢山の二段ベッドがあり、そこには多くの戦機乗りが寝っ転がっている。
寝ない者は大広間にて酒を飲んだり、雑誌を読んだり、とくつろいでいるようだ。
また、食事は食堂にて提供されている。
「まずは飯に決まってるんだよなぁ」
食堂から漂う美味しそうな匂いに釣られて、ほいほい、と入場。
気合一発、椅子によじ登り、ちょこん、と正座を決める。
そして、メニュー表に手が届かない不具合が発生したので、テーブルの上にて正座。
極めて姿勢をよくしてメニュー表を開く。
「いらっしゃ……ひえっ」
オーダーを受けに来た中年のおばちゃんが、俺の奇行に驚いた。
そんなんじゃ甘いよ。
「この【極厚ラムロースステーキ】ちょうだいな」
「あ、はい。というかテーブルの上に乗っちゃ駄目よ? お母さんは、どうしたの?」
「おいぃ、俺は戦機乗りだぁ。お母ちゃんは卒業した身。お構いなく」
すちゃっ、と戦機協会証を提示する。こういう時、身分証明できるものがあると便利。
というか、母親の記憶なんてないんですわ、これが。
「あらまぁ、本物だわ」
「尊敬してもいいぞ」
というわけで椅子にて正座し、料理が出てくるのを待つ。
待つ間、暇なのでテーブルの上で創作ダンスを踊ってみる。
すると、それを見ていた客たちが、次々に体調不良を訴えたではないか。
なんて失礼な連中であろうか。
だが、俺は逆に心身ともに、絶好調であ~る! になった。
どゆこと?
「はい、お待ちどうさま。というか、テーブルに上がらない」
「大変に申し訳ない。だが、俺は謝らない。ごめんなさい」
「どっちよっ!?」
俺はおばちゃんを大いに困惑させるという偉業を達成し、運ばれてきた料理に手を付ける。
大きな鉄板の上で、じゅっじゅ、と音を立てる羊肉の良い部分。
乗っかっている乳白色の物はバターであろうか。
「これは……バジルとレモンのバターか」
「おやまぁ、一口舐めただけで材料が分かっちゃうのかい?」
「俺は食いしん坊なエルフ。食に対しては貪欲なのだぁ」
「エルフ? なんだい、それ?」
理解してもらえないのは悲しいものである。
俺はこの世界唯一の白エルフ。即ち珍獣である。
だが、しかし、白エルフとしての誇りは捨てられない捨てにくい。
「エルフは不思議パワーを持つ究極生命体の事だぁ。いただきます」
「へぇ、そうなのね。ごゆっくり」
俺はナイフとフォークを携えてラムロースに突撃をかます。
トロトロに蕩けたレモンバターを十分に塗して、ぱくりんちょ。
焼き加減はレア、柔らかな肉を噛み締めると、ジュワッと肉汁が洪水のごとく押し寄せてくる。
「こりゃあ、堪らん」
付け合わせはキャロットグラッセとポテト。
ド定番ではあるが間違えようがない組み合わせである。
そして、これにライスとオニオンスープが付いてきて二千ゴドル。
なかなかリーズナブルであろう。寧ろ、安いくらいだ。
「うん、満足。ごちそうさまでした」
合掌し、感謝をささげる。
俺としては、塩コショウだけでもいいかな、と感じた。
これだけ良い部位を使っていれば尚のことである。
満足したので大広間にて情報を収集する。
ソファーに腰かけ、暇そうにしていた青髪のあんちゃんに対し、トークを開始。
「おいぃ、暇そうなあんちゃん」
「あ? なんだ、このガキ」
「情報を寄こせ」
「ひでぇ、お子様だな」
俺の超絶トークに敗北の二文字は無い。
しっかりと情報を引き出してくれよう。
「俺は新人戦機乗りのエルティナ。今は情報が欲しい、欲しくない?」
「なんで疑問符を付ける。というか、ただで情報を教えるとでも?」
「ケチに用はねぇ! 失せろっ! ぺっ」
「このガキゃ……」
俺は青髪のあんちゃんはダメだと見限り、次の戦機乗りに魔の手を伸ばす。
それを見かねた青髪のあんちゃんは深いため息を吐きながら、情報を提供してくれることになった。やったぜ。
「んで、その新人戦機乗りのエルティナ様は、何が知りたいんだ?」
「なんでもいい。とにかく情報をくれ」
「貪欲な奴だな。だが、情報を集めるのは、戦機乗りが生き残るために一番重視することだ」
青髪のあんちゃんは【ファケル】という名でDランク14位とのこと。
立ち位置的には、勢いのある新鋭、といったところだそうな。
彼は戦機のコツを教えてくれた。
しかし、困ったことに、それらは全て突き抜けて癖のあるものばかり。
遠距離武器を持つ敵に対しては一気に踏み込めだの、搦手を使う者に対しては使う暇を与えるな、だのと自分の功績を交えながら語っていった。
更に困ることは、それらの戦法は俺も大好きだ、という事だ。
「ふきゅん、参考になるぅ」
「ふっふっふ、おまえさん、これらを守っていりゃあ、上位に食い込めるぜ」
「トップじゃないの?」
「……上位連中は本当に化け物さ」
苦虫を嚙み潰したかのようなファケルの表情に、俺は過去に何かあったことを悟る。
「ま、今に見てろ【ハヤブサのファケル】の名は、Aランクのトップテン入りを果たすからよ」
ここではない遠くを見つめる若者の目には、確かな希望と野心があった。
だが、俺も一端の戦機乗り。腕前はしょぼくても心意気で負けてはならぬ!
「なら、俺はAランクを突き抜けて伝説になるだろうな」
「本当に大口な奴だな、おまえは」
ファケルは苦笑しつつ、俺の頭をわしわしと撫でるのであった。
翌朝、宿から出立する際にファケルと鉢合わせる。
「お、早いな」
「おはよう、ファケル兄貴。キアンカに戻って仕事を受けないと」
「そうか、そうか。早く、俺の下にまで上がってこい」
「ふっきゅんきゅんきゅん、直ぐに追いつくんだぜ」
「言いやがったな、こいつめ」
朝日に照らされるスカイブルーのスマートな戦機。
これが、ファケルの相棒らしい。
「TAS‐064・ル・ファルカン。良い機体だろ?」
「格好いいんだぜ」
「だろ? 少しばかり型落ちだが、金を掛けて弄ってやりゃあ、大化けするんだ」
「やっぱ、お金が必要なんだなぁ」
TAS‐064・ル・ファルカン。
【テトラレックス社】が開発した、第二世代のスチールクラス戦機とのことだ。
俺たちのアインリールは、第一世代後半の機体となる。
ル・ファルカンの特長は、その機体の軽さ、そして運動性と機動性にある。
機体の随所に設けられたスラスターは実に三十二か所。
そして、背中には大型のスラスターが設置されており、短時間であれば飛行も可能というぶっ壊れ性能である。
だが、その分、取り扱いが難しく乗り手を選んだ。
そのため、生産数は少なく幻の機体とまで言われているらしい。
「俺はこいつを恩人から譲り受けたのさ。だから、こいつで天辺にまで駆け上ることが、せめてもの恩返しになると思っている」
「そうなのか……ファケル兄貴なら、きっとできるよ」
「あぁ、おまえも一人前の戦機乗りを目指しな!」
そう言って、ファケル兄貴はル・ファルカンに乗り込んで、疾風のごとく青空へと去って行った。
「空を飛べるっていいなぁ、アイン君」
「あい~ん」
ファケル兄貴を見送った俺たちも、キアンカへ向けて出発。
朝飯は宿屋で購入したホットドッグを、むしゃむしゃ、する。
がしかし、それが半分消えた。
いったい、何ごとであろうか? 白昼夢にしてはリアルすぎる。
まさか、敵からの攻撃っ!? ピンポイントでホットドッグを狙って……!?
「……はぁい」
「ふきゅん?」
アインリールの座席の下に、それなる者はいた。
彼女を見た瞬間、頭に鈍痛が走る。
思い出される彼女との記憶。
「ヒ、ヒーちゃんっ!?」
「……久しぶりね、エル。もぐもぐ」
白エルフと対になる存在【黒エルフ】。
その黒エルフの親友【ヒュリティア】が唐突に現れたのだ。
ホットドッグの半分を強奪して。
TAS‐64・ル・ファルカン
全高8m45cm
重量44.3t
最大索敵範囲 5500m
総推力 157500kg
光素出力 1650kp
装甲材質 強化スチール複合材
固定武装 頭部バルカン砲 腕部ビーム砲 胸部拡散ビーム砲
適性 陸 空 宇宙
テトラレックス社が開発した第二世代のスチールクラス戦機。
ル・ファルカンの特長は、その機体の軽さ、そして運動性と機動性。
機体の随所に設けられたスラスターは実に三十二か所。
そして、背中には大型のスラスターが設置されており、短時間であれば飛行も可能。
その分、取り扱いが難しく乗り手を選ぶため、生産数は少なく幻の機体とまで言われている。




