108食目 アマネック本社
アマネック社。
それは戦機専用兵器の開発販売に置ける事実上のトップ3に位置する企業である。
主に実弾兵器の開発を得意とするが、様々な種類の兵器も開発し売り出しているもよう。
駆け出しの戦機乗りが必ず一度は手にするという実弾兵器33mmライフル【ホライド】もアマネック社の商品となる。
まぁ、俺は一度も使わなかったが。
基本的に実弾兵器は価格が抑えられている。
その代わりに弾薬費が発生する、というネックがあった。
無駄撃ちなどをしている、とすぐに経費がかさんで破産してしまうだろう。
新人がやらかす破算理由の一つに挙げられている。
「あ、お久しぶりです。ヤーダン・アクエリです」
「えっ? ちょっ、いつの間に子供を産んだの? というか、女で固定したの?」
近未来を意識した一回のエントランス、その受付の場で赤髪ショートカットの褐色美女は紫色の瞳が納まる目をまん丸にさせて驚いた。
きっと、ヤーダン主任の知り合いなのだろう。
「えっと……少々訳ありでして」
ヤーダン主任に抱き付き、きゅむっ、と彼女のスカートを掴む男の娘を目の当たりにした受付嬢は、やれやれ、と呆れた表情を見せる。
「また、厄介事を抱えてるの? 自身だって厄介な病気を抱えているっていうのに。もう、それ末期症状なんでしょ?」
「えぇ、まぁ……あと数回ほど連続で性転換したら拙い、と言われてます」
「女は大変よぉ? 男に戻りたい、って後悔しても遅いんだからね?」
ヤーダン主任から身分証を受け取りIDを承認し、受付嬢はそれを彼女へ返却した。
「アマネック本社へようこそ! この場合、おかえりなさい、ね」
「えぇ、ただいまです。ピュリーさん」
少し離れた位置で、ぽへっ、としていた俺たちに手招きをするヤーダン主任。
小走りで彼女の下へと向かい、先ほどの会話内容を問い質す。
「おいぃ、さっきの話だと、ヤーダン主任って完全に女になっちゃうってことかぁ?」
「えぇ、僕の病気は性転換の回数を重ねると最終的に生まれた際の性別と逆になる病なんです。今はレベル5なので、下手をすると子供も作れちゃいますね」
はは、と困り顔のヤーダン主任とは真逆に、リューテ皇子はあからさまに顔を明るくした。
「……リューネ。ヤーダン主任は本当のお母さんじゃない。甘え過ぎたら、辛くなるのはあなたよ」
「【リューネ】は、【ヤーダンママ】の娘だから甘えていいのっ」
まだ五歳になったばかりのリューテ皇子は、しかし、これが一時の蜜月であることを理解しているようだ。
だからこそ、全力でヤーダンママに甘えるつもりであるのだろう。
俺はそう、判断した。
しかし、ガンテツ爺さんは難しい表情をしている。
なので、こっそりコソコソ話を炸裂させた。
「どったの? ガンテツ爺さん」
「うむ、リューネのヤツ。ありゃあ、完全に依存しちまってるのぅ」
「ふきゅん、割と重症?」
「だろうの。拙いのは、この状態で二人を引き離すとこの症状が延々と続いちまうことじゃよ」
それは極めて不都合だ。
俺たちはヤーダン主任を手放せない手放し難い。
それに今の皇帝が超女好きだったら、ヤーダン主任が病気で女になっているとしても構わず側室に迎え入れちまう。
そうなれば、今の俺たちはどうにもこうにも、打つ手が【ヒャッハー】という暴力に訴えるしかなくなってしまうのだ。
「ヤヴェよ、ヤヴェよ」
「うむ、なんとか理解してもらわんとのう」
とはいえガンテツ爺さんも、それは難しい、と考えているようだ。
幼くして母を失い、誰からも距離を取っていた孤独な少年がようやく手に入れた温もりを手放すとは考えにくい。
やはり、ここはゲアルク大臣の献身に期待するしかないだろうか。
病に感染してしまうリスクを冒してまで、彼に温もりを与えたおっさんだ。
リューテ皇子も決して、彼を邪険には扱わないはず。
……むっさいオッサンだったから、ダメだった……?
ちょっと、いや~ん、な結論が頭を過る。
それを感じ取ったアイン君が「いあ~ん」と俺の心の声を代弁してくれたが意味は無い。
尚、エルティナイトは現在、社屋の外にて体育座りをして待機中。
だが、へったくそな鼻歌は止めて差し上げろ。
音感が完膚なきまでに破壊されるっていってんだるるおっ。
ヤーダン主任にアマネック本社のラボへと案内される。
アマネック本社の作りは全てが近未来を意識しているようで、建物内の通路も機械的な雰囲気で統一されている。
気分は宇宙戦艦に迷い込んだ小動物だ。
いや、しかし……デカいな、ヤーダン主任のおケツ。
だが、そこを見ているのは何も俺だけではない。
通り過ぎるアマネック本社勤務の男性職員たちは、美女と化したヤーダン主任を認め、軽く会釈して通り過ぎた後に必ず振り返って彼女のおケツを凝視。
そして、ガッツポーズを決めた。
中には、「あともう一押しっ」と呟く者もいることから、ヤーダン主任の病状を知る者は少なくないもよう。
あわよくば、と彼女を狙っているのだろう。
強く生きて、ヤーダン主任。
「ここです」
とヤーダン主任はカードリーダーに身分証を通す。
すると、ピッ、という音と共に鋼鉄製のドアが真上に上昇し完全に姿を消す。
ぽっかりと空いた入り口の向こう側に、ラボなるものは存在した。
「アマネック本社のラボへようこそ」
そこは俺が考えていた、ちょと大きいラボ、とは掛け離れた施設であった。
「……奥が見えないわね。レストハンガーに寝かされている骨組みは全部戦機かしら?」
「えぇ、我が社が開発中の【XN・シリーズ】です」
つまりは企業秘密ってことだ。
漏洩したら責任問題の上に訴えられるヤツだな。
ヤーダン主任は俺らを伴い奥へと進む。
エリンちゃんなどは目をキラキラさせながら、「へぇ、ほぁ~」などと感嘆の吐息を漏らしまくっている。
やはり、お家柄か、このような未知の機械群に興味を抱かないわけが無いのだ。
「エリンちゃんは、やっぱ戦機乗りよりかは、開発者が向いてるのかもな」
「じゃろうの。マーカスのヤツもそっちを望んでいるじゃろうて」
ガンテツ爺さんも俺と同意見のもよう。
しかし、道を決めるのはあくまで本人だ。
ちら~り、と金髪碧眼の男の娘を見つめる。
そう、彼もまた、自身で決めなくてはならないのだ。
「ま、今はいいか」
という結論を呟く。
これは、ガンテツ爺さんへの返答と同時に、自身を納得させるものであった。
とここでヤーダン主任が立ち止まる。
急に止まるものだから、ヒュリティアが彼女のおケツに顔面を埋めることとなった。
「……急に止まらない」
「ありゃ、これは失敬」
むにむに、と彼女のおケツを揉むのは仕返しの意図があるからであろうか。
なんにしても、幼女だから許される所業である。
「お久しぶりです、研究長。ヤーダン・アクエリ、出頭しました」
瞬間、コーヒーを飲んでいた肥満体系の小汚いオッサンが口に含んだ漆黒の液体を霧状にして吹き出した。
きちゃない。
「げほっ! げほっ! ヤ、ヤーダン君かっ!? いったいどこの令嬢かと思ったぞ!」
そして、少し遅れて研究員たちが黒い霧を発生させた件について。
皆が皆、ヤーダン主任のドレス姿を認めたからだろう。
ばたばた、と駆け寄ってくる研究員は彼女を問い詰める。
「ちょっ、ヤーダン主任っ! 完全に女性化したんですかっ!?」
「おめでとうございますっ!」
「結婚してくださいっ!」
どさくさに紛れて求婚してくる研究員は自重してどうぞ。
「あぁ、いえ、そういうわけではないのです。この姿にはわけがありまして」
「ほらほら、落ち着きたまえ」
パンパン、と手を打ち鳴らしエキサイティングした研究員たちを我に還す研究長。
締めに自身の大きな腹を叩いた彼は、まじまじ、とヤーダン主任の全身を観察した。
「しかし、まぁ、きみが男だ、と知らない者に伝えても理解できんだろうな」
「実際、性器も女性化してますからね」
「……レベル5、か。不治の病であり、そして、死には至らない病」
「それ故に、ただの奇病扱いで、治療研究も進んでいません」
困り顔のヤーダン主任の足元で、ドヤ顔を炸裂させるリューテ皇子ことリューネちゃん。
きっと、ヤーダン主任が完全に女性になることを確信してしまった、と思われる。
「ところで、その子は? いやいや、まさかっ!?」
「ち、違います。この子は……」
「ママー」
ざわっ……ざわっ……ざわっ……ざわっ……。
「ツモ、四暗刻っ!」
「……急にどうしたの?」
「言わなくちゃならない使命感に駆られた」
無駄に役満を宣言した俺は悪くない。
しかし、これでヤーダンママが確定してしまった。
「う、産んだのかっ? 俺以外の子をっ」
「えっ? う、産む? 僕が?」
面倒臭くなるのでモブは引っ込んでいて差し上げろ。
しかし、ヤーダン主任に、【産む】というワードは割と打撃になったもよう。
整った顔を上気させて、あわあわ、し始めたではないか。
「えっと、この子は……そう、未来の僕の子供で、今は女の子で、後から男の子に……」
ちょっ、何言っちゃってんのっ!? ヤーダン主任っ!
あぁ、ダメだ。目がグルグルいっちゃってる。
完全にパニックになってるじゃないですかやだー。
もう、収拾がつかないんやなって。
「どうすんだぁ? これ」
「あい~ん……」
「どうしようねぇ?」
俺とアイン君、そしてエリンちゃんは遠い眼差しを向けた。
果たして、俺たちはこの混沌を治めることができるのであろうか。
そして、割とどうでもいいような気がしてきたのは気のせいではないだろう。
ふぁっきゅん。




