102食目 俺、失敗しないんで
さて、治癒の精霊を通してのリューテ皇子の肺の中であるが、もうえらいこっちゃのオンパレードやで。
あっちこっちに炎症は見えるわ、がん細胞がハッスルしているわで、どこをどう手を付けていけばいいのか、これが分からない。
セオリーとしては、炎症を鎮めるところから、おっぱじめるべきであろうが……。
「こりゃあ、炎症を治したら、一気に癌が広がるな」
『そのかのうせいは』『じゅうぶんに』『ある』
奇しくも、この炎症が癌細胞の拡大を防いでいる、という現象に益々頭が痛くなっちゃいますよ~?
でも、こいつらをなんとかしないといけないわけでして。
「癌細胞の転移状況は?」
『しょくどう』『い』『だいちょう』『でかくにん』『のうには』『ない』
にゅるん、とチユーズの数体がリューテ皇子の身体から飛び出してきて状況を報告する。
その報告にヒュリティアも微かに顔を顰めた。
「……状況は芳しくないようね」
「ぶっちゃけ、最悪だな。脳に転移していないだけマシってところか」
「……手伝う?」
「いんや、外科手術じゃ、もう手の施しようがないから、魔法でなんとかするしかないな」
間違いなく、癌細胞拡散の原因は肺のものだろう。
であれば、これ以上拡散しないように、まずはこれを抑えなくてはならない。
「チユーズ、肺の癌細胞の活動を抑えられるか?」
『やってみる』『おるるぁん』『おとなしく』『しやがれぇ』
魔法とは言ったが、基本、治癒の精霊は暴力に訴える傾向がある。
見ろぉ、癌細胞が【いやん、いやん】と困惑している姿をっ。
「よし、肺の癌細胞の活動を抑えたな。維持するには何人いる?」
『ごにん』
「なら、他は転移した癌細胞を駆逐しろぉ」
『あいあいさー』
もちろん、治療方法は物理攻撃一辺倒です。
これで、傷跡一つ残さないで治療できるから何も問題は無い。
『おるるあん』『くたばれ』『○○やろうっ』
その治療中の映像以外は、だが。
もう、いろいろとヤバい絵面や言語が飛び交う危険地帯と化したリューテ皇子の体内を目の当たりにして、俺は独り白目痙攣状態にならざるを得ない。
久々の大掛かりな治療とあってか、チユーズ達も大興奮待った無しのこの状況。
どうして彼女らを抑えられようか。
チェーンソーを振り回して癌細胞を滅多切りにする、なんぞホラー映画以外の何ものでもない。
これを治療と言い張るのは、結果を残しているからだが、とてもではないが人様にお見せできるようなものではない、ってそれ一番言われてっから。
「か、彼女は、いったい何をしておられるのか?」
「魔法じゃよ」
「ま、魔法? そんな非科学的なもので……」
「実際に目の当たりにせんと理解できんじゃろ」
ゲアルク大臣は魔法での治療行為に怪訝な表情を窺わせた。
無理もない話だろうが、藁にも縋るのであれば超常的な治療方法を見守って差し上げろ。
加えてガンテツ爺さんが彼を宥めてくれたお陰で治療の邪魔はされなかった。
さぁ、ここからが本番だ。気を引き締めなくては。
「よし、転移した癌細胞の駆除を確認」
「ま、待った! 癌細胞を駆除ですとっ!?」
やっぱり、説明を要求してくるゲアルク大臣。
この世界が精霊たちで溢れるファンタジー世界であることを理解するのは、同じくファンタジーに足を突っ込んだ者たちだけなのだ。
だからこそ、ゲアルク大臣たちは、この不思議な現象を理解できない。
「おう、食道、胃、大腸の癌細胞は綺麗さっぱり消滅させた。あとは肺の癌と炎症を鎮めてからの【大改造】だ」
「ば、馬鹿なっ!? 流石にこれ以上は子供のお飯事には付き合い切れんぞっ!?」
「そう言うと思っていた。でも、はいそうですか、と患者をポイ捨てするほど俺は甘くはないんだぜ」
そう告げた俺はゲアルク大臣を魔法障壁の檻の中に閉じ込める。
「なんだ、これはっ!?」
彼を囲うように出現させた青白く輝く檻の中、鉄格子を掴んで無駄な抵抗を試みるゲアルク大臣に俺は告げた。
「世の中には理解できない事が山のようにある。おっさんは、そのほんの一部をこれから知るだろう」
「い、いったい、きみは何者なのだっ!?」
そう問われれば、答えてやるのが世の情け、って不屈の悪役が言っていた。
じゃけん、答えてやりましょうね~。
「俺は白エルフのヒーラー。どんな怪我も病も治癒魔法でパパっと治療。人呼んで、ドクター・E」
「魔法だろうとなんだろうと、失敗すれば……!」
「大丈夫、俺、失敗しないんで」
「なっ!?」
医者だろうとヒーラーだろうと、患者の前では弱音を吐かない、見せない。これ、絶対。
患者が弱気になっては、治るものも治らないってなぁ。
それに、俺が治療に失敗したことなど、たしか一度も無かった気がする。
でも、死者には治癒魔法も効果が無いんだなって。
瞬間、ずきり、と鈍痛が襲い来る。
僅かに垣間見えた大きな姿と波の音は、いったいなんだったのであろうか。
それは、とても大切な記憶であることは間違いない。
心の奥から暖かくなるかのような想いは、しかし、俺に患者を救えと訴えかける。
分かっている、分かっているさ。
「んじゃま、メインイベント、行ってみっか」
『まってました』『ひゃっはー』『うでが』『なるぜぇ』
チユーズ達も本番を前にしてやる気十分。
ここからは、ノンストップ治療となるため、俺も更に集中力を高める必要がある。
なので、桃先生を召喚。
願掛けの意味を含めてガツガツといただく。
甘くて瑞々しい果実は、桃力を十分過ぎる程に供給してくれた。
そして、気合を入れるために両頬を、ぺちっ、と叩く。
ちょっと情けない音ではあったが多少はね?
「これより、肺の癌細胞駆除と炎症の治療、及び先天性の異常を同時処理する」
言っていることが無茶苦茶なのは承知の上である。
だが、これができなければリューテ皇子の死は確実であり、また医者たちが匙を投げたのも、これができないからであることは想像に難しくはない。
しかし、これができるからこその魔法。
人の技術が追いつかない部分を魔法で補って何が悪い。
治ればいいんだよ、治ればっ。
そこで問題となる消費魔力だが、これが予想以上に激烈。
秒単位でとんでもない魔力が消耗され始めて、思わず「やっべ」という言葉が漏れ出しそうになる。
チユーズ達もかなり苦戦気味のようで、わちゃわちゃ、とリューテ皇子の肺の中で大工道具を片手に飛び回っている状態だ。
「……エル、大丈夫?」
「大丈夫、必ず救ってみせるさ」
ヒュリティアが心配そうに俺の様子を窺ってきた。
なので俺は、にこぉ、とスマイルを炸裂させる。
もちろん、やせ我慢の笑顔なんですがね。
「……何かできることは?」
「んじゃ、リューテ皇子のために【祈って】」
「……ん」
俺の願いにヒュリティアは疑うことなく祈り始めた。
そんな彼女を目の当たりにしたエリンちゃんたちはそれに倣い、リューテ皇子のために祈り始めたではないか。
「魔法に願掛け、いったい、何がどうなっておるのか……」
「いつの世も、最後に人間がやるのは神頼み。そうではないのかのう」
「エウリット……」
ゲアルク大臣を諭したガンテツ爺さんもまた、リューテ皇子のために祈りを捧げ始めた。
ポンコツメイドたちも既に、というか彼女らは初めからリューテ皇子のために祈りを捧げている。
「祈りは力、力は奇跡を生み出す。それを勇気でもって開花させるんだ」
「祈りは力……!?」
「祈れっ、大切な人のために、全力でっ!」
俺の言葉にゲアルク大臣は何かを納得したのか、目を閉じて右手を胸に添えて祈りを捧げだした。
彼らから感じるのは、リューテ皇子のための祈り。
それは、純然たる陽の力そのもの。
極陽の戦士、桃使いはその力を集めて力へと昇華することができる。
即ち、この場にはリューテ皇子を救うことができるほどの強い想いに溢れているのだ。
「……来たっ! 陽の力、来たっ! これで勝つるっ!」
リビングに充満した陽の力に、俺の桃力が呼応する。
桃力は、ありとあらゆるエネルギーへと変換できる究極エネルギーだ。
この場に溢れる陽の力を取り込み、その全てを魔力へと変換し、治癒の精霊たちに送り込む。
『うおぉぉぉぉっ』『ちからが』『みなぎるぅ』
莫大な魔力の供給が行われたチユーズ達は自らの分身を幾つも生み出し、物量による肺の治療を開始。
劣勢状態が続いていた病たちとの戦いも、一気にこちら側へと流れが傾く。
彼女たちは仕事をした。あとは、俺の頑張り次第だ。
「廻れ、俺の魂よ。幼き魂を救うために」
桃力を生み出す基本は魂を廻すことにある。
体の芯となる部分、そこに納まる自分自身を活性化させる方法だ。
桃使いは、これを【輪魂】と呼称する。
極めし者は、これによって無限の力を得るとかなんとか。
まぁ、桃使いの基本中の基本なので、習得していない者はまずいない。
でも、基本は大事ってな。
そして、他者を想い、それを救わんと誓った時、桃力は惜しみの無い力を授けてくれる。
それを、人はこう言うのだ。
【奇跡】と。
「【ソウル・ヒール】!」
この桃力を用いた治癒魔法【ソウル・ヒール】こそが、勝利の鍵。
通常の【ヒール】は肉体の損傷個所を修復する魔法。
状態異常を治療するのが【クリアランス】。
だが、この二つは困ったことに同時発動ができない。
加えて、クリアランスは消耗魔力が極めて高いため、並大抵のヒーラーでは発動すらできないという有様。
だが、俺の【ソウル・ヒール】はこの二者の特長を併せ持つ上に、遺伝子情報をも正常化させるという無茶苦茶ぶりを発揮する。
当然ながら乱発はできないし、桃力も極限まで高める必要がある。
言わば、ヒーラーにとっての最終奥義が【ソウル・ヒール】と言えよう。
『がんのしょり』『かんりょー』『えんしょう』『おわった』
『はいの』『せいじょうか』『しょり』『おわったぞー』
次々にチユーズ達がリューテ皇子の肺から飛び出してくる。
その表情は一様に笑顔であり、彼女らがやり遂げたことを意味していた。
きょとんとした表情のリューテ皇子は、チユーズの一体に手を差し伸べ、ぷにゅっ、と彼女の顔を掴んで、ぶちゃいく、に変貌させてしまったではないか。
その行為に、普段は表情を崩さないヒュリティアも驚愕の表情を見せた。
「……この子、精霊に触れることができる?」
「相当な魔力と精霊に好かれる素質を持っているんだぜ」
彼の青白かった顔は桃色を取り戻し、もう咳き込む様子を見せてはいない。
完治したのだから当然であるのだが。
「さて、あとはゲアルクのおっさんを納得させるだけだな」
納得というか、安心だがな。
俺は彼を拘束する魔法障壁の檻を解除し、リューテ皇子の治療が終わったことを宣言するのであった。




