101食目 聖女ではない、ドクターと呼びたまへ
取り敢えず、エリンちゃんたちがビビってお漏らししないように、大臣や皇子の身分は隠蔽するように彼らに伝える。
彼らも俺の意見に賛同、偽名を用いることになった。
「災難でしたね。今、温かいお茶を淹れるので、座っていてください」
エリンちゃんが温かい言葉を投げかける、と彼らはようやく安心した様子を窺わせた。
「何から何まで申し訳ない。ささ、腰を落ち着かせてもらおう」
「どうぞ腰かけてくださいまし、リューテ皇子」
……。
「ほぇ? 皇子?」
「いきなりバラしちゃってるぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「ひえっ、そ、そうでした~っ!」
ダメだ、このポンコツメイドども。早くなんとかしないと。
光の速さで皇子たちの身分がバレてしまったわけで、改めて自己紹介と相成った。
エリンちゃんたちは大層驚いたものの、ジョバリッシュには至らなかったので良しとする。
俺はこの隙にリビングの設定温度をリモコンで調節。
設定温度は通常よりも温かくしておく。
上半身を裸にしてもらうための処置であることは言うまでもない。
触診のタイミングはお茶を飲んで体を温めてからがいいだろう。
魔法での触診は、この辺が大雑把で楽チンチン。
「ふぅ……ようやく一息ついた感じだ」
ゲアルク大臣が盛大なため息を吐き出す。
相当に疲労がたまっていたのであろう、エリンちゃん特製のハーブティーを一気に飲み干していた。
エリンちゃんのハーブティーは心を落ち着かせる効果があるようで、ゲアルク大臣の表情は心なしか軽くなっているように思える。
だが、彼の心労はリューテ皇子の病を癒さぬ限りは取り除かれることはない。
エリンちゃんとヤーダン主任の紹介を済ませたタイミングで、ガンテツ爺さんとヒュリティアがリビングへとやってきた。
「揃っとるようじゃの」
「……物資と遺体の搬送が終わったわ」
ヒュリティアの言い方から、生存者はいなかったもよう。
生きていたとしても、盗賊団に捕らえられた、と考えるのが現実的か。
「何から何まで申し訳ない」
「気にするでないわい。それよりもリューテ皇子じゃ」
リューテ皇子は不思議そうな表情でガンテツ爺さんを見上げている。
その表情は年相応の表情に見える、が時折、歳不相応な表情を窺わせているのを俺は見逃さなかった。
やはり、ドロドロのぐっちゃぐっちゃな王宮関係が、昼ドラのごとく展開されているのだろう。
「んじゃ、そろそろ始めっか」
「うん? 何をだね?」
「治療」
俺は空間収容魔法【フリースペース】を展開。
この魔法は異空間に物を収容できる便利魔法だ。
この空間に入れられた物は時間が制止し劣化が無くなる。
出来立ての料理をしまえば、取り出した時に出来立ての状態がキープされている、という寸法だ。
ただし、生物を入れるのは厳禁である。死んじゃうからな。
真っ黒な穴から取り出したのは白衣である。
それをツナギの上から纏ってドクター・Eの完成。
俺、失敗しかしないんで。
……んん~? 違ったかなぁ?
「いや、リューテ皇子でおままごとは勘弁願えるかな?」
「ゲアルク大臣や、この子じゃよ。件の聖女様は、の」
「なんとっ!?」
まぁ、そう言う反応になるだろうな。
「今回は俺もマジでやるから」
「……マジで?」
「マジでっ!」
迫真の集中線を多用し、謎の緊迫感をそこはかとなく演出する。
俺の中から同じく白衣を身に纏ったチユーズが、わらわら、と飛び出してきて触診の準備は完了だ。
「わぁ、小人さんが沢山出てきた」
「皇子、小人などどこにも居りますまい」
リューテ皇子が見せた様子は、明らかに治癒の精霊たちが見えているものと思われる。
そんな彼に悲痛な表情を向けるゲアルク大臣は、俺に小声で耳打ちをして来た。
「リューテ皇子は痛み止めの影響からか、幻覚を患うようになりまして」
「いや、幻覚は見ていないんだぜ」
「え?」
「ま、分からなくてもいいんだぜ。こればっかりは資質の問題だと思うし」
きょとん、とするゲアルク大臣を横目にリューテ皇子の触診を開始。
「ばぶー!」
できませんでした。
存在感をアピールするために、ザインちゃんは俺のフィンガーを所望。
くれるまで鳴き続ける、という固い意志を見せつけた。
「ちょっと待ってて!」
「ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ」
恐るべき速度で俺の桃力を吸うザインちゃんは愛しき邪悪であったという。
ちょっとした邪魔が入ったが、改めてリューテ皇子の触診に入る。
尚、満腹になったザインちゃんは亜光速で寝た。今は赤ちゃんだけど大人しい。
「んじゃ、上半身を裸にしてくれい」
「うん」
なんで頬を赤らめて、しっとりと脱ぐんですかねぇ?
目を潤ませなくていいから。
そういうのを期待するのは【腐】属性の女騎士って、それ一番言われてっから。
「さぁて、んじゃま、触るぞぉ」
俺の無駄に小さな手が青白く輝く。
これは、手に魔力を纏わせて心臓の鼓動を感じ取るための処置である。
直接、耳を押し付ける方法もあるが、それは絵面的にもアレなので却下とした。
それに、この方法だともう一つ利点がある。
心臓部分に左手を当てる、と同時に半透明のプレートが俺の前に表示された。
「ふむふむ、心臓は問題無し。若干、疲労が蓄積されている感じだな」
これぞ、医療魔法【メディカルステート】。
触れた対象の内臓器官の状態が丸分かりになる魔法である。
この俺特製のオリジナル魔法で判別できない病など、あんまりないのだよ。
それに、いざとなったら、直接チユーズを体内に送り込む。
こいつらは、治せない病気も無理やり【直す】反則集団だからな。
その手に持っている大工道具がその証拠。
せめて、医療道具をもってくれ、頼むよ~?
「まぁ、やっぱ肺だよな」
「……薬は必要?」
「一応は鎮静剤を。最悪、チユーズに無理矢理直させるから」
「……じゃ、これ」
「用意がいいなぁ」
「……二日酔い用だけど、効果は覿面」
酷い理由だった。この飲兵衛どもめっ。
ちら~り、と大人どもを見やると彼らは、ぷいっ、と顔を背けた。
「まったく……んじゃ問題の肺だな」
そんなわけで、肺をチェック。
いやはや、表示画面が真っ赤っか。
「おっふ、こりゃあ酷い。何が酷い、とかそんなレベルじゃねぇ」
「い、いったい、どのような症状なのでっ!?」
「先天的に肺機能に疾患があって、悪性腫瘍が発生している。肺炎も患っていて末期だ」
もう、これでもか、と悪い要素を凝縮させた症状に俺は頭痛を覚える。
ゲアルク大臣も俺の報告が段々飲み込めてきたのか、その表情を真っ青に変えてゆく。
「で、ではっ! もうリューテ皇子は助か……!」
その言葉を吐き出す前に飲み込んだのは、なかなかのものだ。
患者を目の前にして、もっとも言ってはならない言葉の一つであるからして。
「普通は助からないな」
まぁ、俺は言っちゃうんですがね初見さん。
「でも、俺は普通じゃないんだな、これが」
なので、普通ではない治療をおこないましょうね~。
「チユーズ、出番だ。必要な物はあるか?」
『ももちから』『よこせ』『あと』『ももせんせい』『くれ』
中々に豪勢な注文だ。彼女らであっても容易ではない治療となるのだろう。
だが、このドクター・Eに不可能はない。
「よろしい、桃力と桃先生を奢ってやろう」
『わぁい』
できうる限りの桃力と桃先生をチユーズに手渡す、と彼女らは桃先生を一気食い。
精霊が見えない者たちにとっては、桃が一瞬で生み出されて、一瞬で消失する、という怪奇現象となったに違いない。
桃力の方は、それぞれが少しずつ受け取って背負う形で背にくっつけている。
見た目は桃色のリュックサックに見えなくもない。
「忘れ物はないか? おやつは三百ゴドル以内だ」
『おうぼうだ』『さんびゃくぽっちで』『なにがかえるんだ』
チユーズは、「ぶーぶー」と文句を垂れながらリューテ皇子の肺へと入り込む。
さぁ、ここからが本番だ。
今回ばかりは、治癒の精霊にばかり任せるわけにはいかないのだから。




