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100食目 皇子

「ガンテツ、話というのは私たちの護衛だ」

「そう来ると思っておったわい。じゃが、それを決めるのはチームリーダじゃ」

「っと、そういえば、そなたではなかったな」


 ゲアルク大臣は改まって俺に向き直り、視線を合わせてきた。

 大臣の地位に就いて、この心配りはなかなかできるものではない。


「エルティナ・アイン嬢、エンペラル帝国大臣ゲアルク・ドム・ザーバントがチーム精霊戦隊に緊急依頼を申請する」

「受理するんだぜ」

「内容を聞かぬのかね?」

「ナイトは弱者を護るんじゃない、護ってしまう者。大船に乗った気持ちで護られていいぞ」


 俺の言葉を受けてゲアルク大臣はその鋭い視線を俺に向けてきた。

 その視線を真っ向から受け止める。


 この程度の威圧なんぞ、向こうの世界の王宮で星の数だけ受けてきた。

 白目痙攣状態になった数だけ、俺は威嚇に強くなったのだよ。


 ……なんだか、鳴けてきたぜ。ふきゅん。


「大した胆力だ。それに、綺麗な目をしている」

「そうじゃろう? 食い意地は汚いがのう」

「一言余計なんだぜ」


 ガンテツ爺さんのお茶目な一言で緊張が解れたのか、表情を緩めるゲアルク大臣はパンパンと手を鳴らす。

 すると、武装した二名の兵士が少年を伴って降りてきた。

 少年付きの護衛と言ったところであろう。

 いずれもアルビノの女性であることが分かるが、それにしては頼りなさげに見える。


 よくよく見ればメイド服の上に、防弾チョッキを付けているのが理解できた。

 きっと、急に戦闘になったので取り敢えず武装した、といった感じなのだろう。


「ご紹介いたします。エンペラル帝国第二継承権を持つ、リューテ・ハーン・エンペラル皇子にあらせられます」

「者ども、頭が高い、ひ、控えよっ!」


 武装メイドが声を裏返しながら控えることを要求する。

 だが、俺は言い返した。


「皇子よりも、頭が低いんですわ」


 えぇ、俺の方が低いんですわ。

 さぁ、どう切り返してくるのかな。


「えっ!? あらやだ! どうしましょうっ!?」

「マ、マニュアルには、なんて書いてあったっけ?」


 あからさまに狼狽える武装メイドは、どうやらマニュアル至上主義であったらしい。

 この二人がポンコツであることが判明したのは僥倖と言えようか。


「そういう時は、関係ない控えよ、なんだぜ」

「え? あ、はい!」


 ちらり、とゲアルク大臣を見る、と彼は手で顔を覆い隠し天を見上げていた。


「マウリ、べリアーナ、もうよい」

「「ひえっ、祖父様、申し訳ありませんっ」」

「馬鹿者、公私を使い分けぬか」


 どうやら、このポンコツたちは彼の孫だったもよう。


 この三人の様子にリューテと紹介された金髪碧眼の皇子は、くすくす、と上品な笑いを見せた。

 どことなく、俺の知り合いの王子と雰囲気が似ている。


 しかし、俺の知っている王子は無茶苦茶なので、外見だけが似ているのは確定事項であろう。

 単騎で万の敵軍に突っ込んでゆく王子様なんて聞いたこともないもん。


「こりゃ、エルティナも意地悪するんでないわい」

「ふきゅん」


 ごちん、と拳骨を落とされました。いたいっしゅ。


『ひゃっはぁー』『しんせんな』『たんこぶだー』


 そして、タンコブができたことにより、活性化する治癒の精霊ども。

 許可していないのに、治癒魔法を行使するのは精霊の特権であろうか。


 こいつら、自由人過ぎんよ~?


「で、リューテ皇子を帝都まで護衛すればいいのかぁ?」

「いや、キアンカだ」

「キアンカ? なんでまた、そんな田舎に?」


 これでは逆戻りになっちゃ~う!


 そう心配しているとリューテ皇子が、こほこほ、と咳き込み始めた。

 ぴくり、と俺はその咳に反応する。


「リューテ殿下っ!? マウリ、べリアーナ!」

「「は、はいっ!」」


 慌ててゲアルク大臣が、武装メイドの二人に皇子の介助を行こなうよう指示する。

 皇子はとても苦しそうに咳き込んでいる、ただの風邪ではない事は間違いない。


 彼の口にあてがわれたハンカチに血痕が付着しているのを見逃すほど、俺は間抜けなヒーラーではないのだよ。


「実は、リューテ皇子は重い病を患っておいでで、帝都ザイガの医者では治せないのだ。そこで、キアンカにあらゆる怪我や病を癒す【聖女】がいらっしゃる、という噂を耳にしましてな」

「……エル?」


 ゲアルク大臣の説明を耳にして、ヒュリティアがビックリするほどの鋭い視線を向けてきた。

 なので俺は視線を逸らすことによって致命傷を回避する。


 ぎゅむっ。


 ことはできませんでした。


「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」

「……あれほど、控えなさいって、言ったわよね?」


 両の耳を揉み揉みするのはNG。

 そこは敏感部分なので、このままだと、とんでもない事になる。


「いや、だって、そこに苦しむ者がいるだろ?」

「……うん」

「治すだろ? 普通」

「……その発想は末期症状だ、って教えたでしょ」


 なんと言う事でしょう。

 こっそり、とヒーラー活動していたことが、ここにきてバレてしまったではありませんか。


 でも、チユーズが発現して以来、ヒーラー活動しないとストレスがマッハになるのでどうしようもない。


 こんなやり取りをしている間に、なんとかリューテ皇子の咳は治まったようだ。

 ゲアルク大臣は心底、悲しい表情を向けてきた。


「これは最後の望みなのです。帝都の高名な医者ですら匙を投げてしまった病。例え、噂に過ぎぬ存在であっても、すがるより他に……」

「う~ん」


 ちら~り、とヒュリティアを見つめる、と彼女は肩を竦めた。

 これを、GOサインとみなす。


 というか、皇子を治さないとキアンカに逆戻りになってしまう。

 それは、とても面倒臭い事なのだよ。


「取り敢えず、クロナミの中に行くんだぜ。風も冷たいからな」

「うむ、それがええじゃろ。装甲車はまだ動くのか?」

「いえ、もう限界かと」


 気付けば、先ほどまで聞こえていたエンジン音が聞こえなくなっている。

 どうやら、限界を迎えたのであろう。


 マウリ……いや、べリアーナ? おいぃ、どっちだ?

 この二人、よく見たら双子じゃねーかっ!


「それじゃあ、装甲車はエルティナイトに運ばせておくんだぜ」

「はい、お願い致します」


 どっちでもいーか、という結論に達した俺はエルティナイトに装甲車をクロナミに運ぶように頼んでリューテ皇子たちと共にクロナミへと帰艦した。

 ガンテツ爺さんとヒュリティアは物資と遺体をクロナミに収容してからリビングに向かうとのことだ。


 俺は彼らをリビングへと案内する道すがら、リューテ皇子の咳に付いて考察する。


 第一候補としては【結核】であろう。

 恐らくは高確率であろうが、ゲアルク大臣と武装メイドたちに感染していない事が気に掛かる。


 第二候補、としては先天的な疾患。

 齢を重ねるごとに肺機能に異常をきたすというものだ。

 これが最も厄介。魔法も決して万能ではない。


 治癒魔法は殆どが元の状態に戻すものなので、生まれながらに問題がある器官を修復する能力を持っていないのだ。


 あとは肺がん。

 これも、いや~な病気。


 子供の場合、転移が早いから、最悪の場合は手遅れになっているだろう。


「さぁて、どうしたもんかな」


 とは言ったものの触診してみない事には分からない。

 なので、温かいリビング一択なのである。


 リビングに付いた俺たちを迎え入れたのはエリンちゃんと、何故かびしょ濡れになっていたヤーダン主任であった。

 頭には可憐な花が、にょきっ、と存在感を示してしている。


 当然ながら、ヤーダン主任は、彼から彼女へと変態していた。


「何事なんだぜ」

「あっ、エルティナちゃん、おかえり。実は花瓶の水を取り替えていたら……」

「あぁ、すっぽ抜けてヤーダン主任にぶちまけたのかぁ」


 のっけから衝撃的な光景を垣間見たゲアルク大臣たち。

 果たして、彼らは精霊戦隊のノリについてくることができるのであろうか。


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[一言] 頭が、ひく〜い! なんてあるの?
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