99食目 積み荷
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
どうやら、盗賊どもは諦めて逃げていったようだ。
しかし、連中は多くのキャラバン隊の者たちを連れ帰ってしまったもよう。
装甲車の上で奮闘していた戦士の姿も見当たらない。
戦場には多くの躯と車両の残骸が散らばっている。
実にむごたらしい光景であるが、これが戦場であることを俺は理解していた。
「でもまぁ、俺は桃使いなので、救える命は救っちまうんだよなぁ」
先ほど、上空で俺は魔法障壁と共に、桃仙術【桃結界陣】を発動。
本来これは、【鬼力】に対抗するための結界であるのだが、俺はこれを改良し、パイロットの命を守る仙術へと変化させた。
つまり、先ほどのファイアーボールで蒸発した戦機のパイロットは、ご覧の通り生きております。
俺の視界の先に、ぷかぷか、と浮かぶ桃色の輝く球体。
それは、中が見えるほどに透けており、盗賊団の連中が気を失っているのが確認できた。
もちろん、魔法のみならず、物理的な攻撃にも耐えてくれるお利口さんだ。
難点としては、効果範囲が発動場所から五千メートル、という範囲だという事である。
その範囲内に入っていなければ、桃結界陣によって保護されることはなく、普通に死んでしまうので注意が必要なのだ。
いずれは範囲の拡大を目指すが、現状の俺では少々難しい。
『……情けを掛け過ぎるのも問題よ。さっさと輪廻へ送ってあげた方がいいわ』
「ヒーちゃんは厳しいんだぜ」
『……あなたが優し過ぎるだけ』
ヒュリティアに釘を刺された俺であったが、極陽の戦士である桃使いは生き方を曲げない曲げにくい。
だから俺は、これからも敵だろうが味方だろうが救っちまうだろうな。
『取り敢えずは、生存者の捜索と仏さんの回収じゃな』
「そうだな、ガンテツ爺さん。それに……」
なんとか逃げ延びた装甲車が、こちらへと引き返してくる姿を認める。
よくよく見れば弾丸を受けていたのか装甲がボロボロになっていた。
「たった一台の生き残りか」
俺たちは、ぷひっ、とため息を吐くのであった。
ボロボロの装甲車から降りてきたのは、でっぷりと肥えた、おっさんだった。
良い服を着ていることから、豪商、もしくは貴族とかそう言った方面のお偉いさんの可能性も否定できない。
パッと見は強欲そうな雰囲気の禿げ散らかした中年に見えるが、盗賊に過剰戦力で狙われるような存在には見えない。さて、どう出て来ることやら。
取り敢えずはエルティナイトから降りるとしよう。
「いや、助かった。礼を言う」
「それほどでもないんだぜ」
「うん? 子供?」
金髪の禿げ散らかしたおっさんは、その青い瞳でまじまじと俺を見つめてくる。
身体の至る所はだらしないのに目だけは鋭く、且つ爛々と輝いて見えるのは気のせいではない。
このおっさんは、間違いなく権力社会に生きる者と見た。
「お嬢ちゃんは、あの船の乗組員かね?」
「いや、俺は、ナイトを目指してナイトをしているナイトな白エルフだ」
「つまり、ナイトではない、と?」
沈黙っ! 圧倒的、沈黙っ!
「やるな、おっさん」
「ふふ、お嬢ちゃんも中々できるようだ」
謎の友情を育んだ俺たちは、がっちり、と握手を交わす。
そこに、生存者と遺体を回収してきたヒュリティアとガンテツ爺さんが合流してきた。
やはり、おっさんの目は鋭さを増すばかりだ。
「銀閃……それに新型機? 見たことのない型だな」
「ワンオフ機なんだぜ」
「ほぅ……パイロットは相当な腕前だという事か」
二重顎を擦りながら、おっさんはデスサーティーン改とルナティックを興味深そうに眺めている。
だが、両機が降着状態へと移行し、パイロットが降りてくる、とその鋭い目をまん丸にして驚愕の表情を見せたではないか。
「【エウリット】っ!? そなた、生きておったのか!」
「【ゲアルク大臣】。その名の男は、もうとっくの昔に死んでおるよ。今はガンテツじゃ」
二人はどうやら旧知の仲であり、親しい関係にあったようで抱擁し合い再会を喜び合った。
ということは、ガンテツ爺さんがエンペラル帝国で軍人をしていた頃の友人、という関係になるのだろう。
「そなたが戦死した、と噂に聞いたが、やはり偽りだったのだな」
「うむ、長い事、連絡をしなかったのは所在がバレるのを恐れたからじゃよ。じゃが、もうそれも気にする必要が無くなったのでな」
「そうだな。そなたを目の敵にしていたワガン大臣も亡くなった今、そなたを縛り付ける者もいなくなった」
「ふふ、そうでもないぞ」
ガンテツ爺さんは、ぽむぽむ、と俺の頭の上にゴツゴツした手を置いて、怪訝な表情を見せるゲアルク大臣に告げる。
「わしが所属するチームのリーダー、エルティナじゃ」
「な、なんとっ!? この幼子が戦機チームのリーダーとなっ!?」
やはりそうなるよな、とゲアルク大臣の反応を認めた俺は、改めて彼に自己紹介をする。
「俺はチーム精霊戦隊のリーダー、エルティナ。精霊戦機エルティナイトのパイロットをしている」
「あいあ~ん」
「こっちは、アイン君」
アイン君も一応、自己主張しているので紹介しておく。
しかし、この世界の人々は精霊を認識できない者が多いので、きっと理解してくれないだろう。
「エルティナ・アインというのだね。私はゲアルク・ドム・ザーバント、エンペラル帝国の大臣を務めておる」
やっぱり、間違ってるじゃないですかやだ~。
しかも、アイン君が名字になっちゃってるよっ!
訂正するのもなんだし、まぁ、いいか。
アイン君も微妙に喜んでいるようだし。
というか、認識してもらった、って勘違いしているよな、これ。
「で、あれがエルティナイト」
『超一級のナイトは、その存在感が増し増しになるっ! おまえ、感激してもいいぞ?』
スタイリッシュなポージングを炸裂させるエルティナイトには、もちろん誰も乗り込んでいない。
俺の魔力供給範囲であるなら好き勝手に行動する上に、腹いっぱいなら供給範囲外にもお出かけできるもよう。
うん、分かってる。すっげー危ない存在になりつつあることを。
でも、ナイトの黄金の塊魂を持っているから多少はね?
「まだ、パイロットが乗っているのかね?」
「無人なんだぜ」
「オートパイロットシステムは公開していないはずだが……外部に漏れたのかっ!?」
ゲアルク大臣の反応に、俺たちは真顔で否定した。
「オートパイロットシステムなら、きっと、もっとお利口さんなんだぜ」
「アレは機体に意志が宿った規格外の存在じゃ。戦機の常識を当てはめん方がええぞ」
「……あの子、おバカだから」
『おいぃぃぃぃぃぃっ!?』
俺たちの返答に猛抗議するエルティナイトは、遺憾の意を盛大にアッピルするも華麗にスルーされて、しょんぼり、したという。
「むぅ……よくは分からぬが、邪悪ではない、ということでいいのか?」
「その認識でいいわい。あれも騎士の精神を持っているようじゃからな」
拗ねて不貞寝をかましたエルティナイトに、そのような精神があるかどうか分からないのが困りどころである。
そして、ヒュリティアの紹介になったが。
どういうわけか彼女も俺と同じような自己紹介を行う。
「……ヒュリティア、ブロン」
自分の名を名乗り、ブロン君を持ち上げるようにしてゲアルク大臣に見せた。
当然、彼にはブロン君は認識できないわけで。
「銀閃の名は帝都でも噂になっている。よろしく、ヒュリティア・ブロン嬢」
やっぱり、勘違いされた。
そして、握手だと勘違いしていた件。
両者はがっちりと握手を交わし、ブロン君は、ぷにっ、と圧し潰されたのであった。
それでも嬉しそうではある。
「……苗字、ゲット」
俺にしか分からない、にんまり顔、を見せつけてくる彼女は間違いなく策士であった。
彼女は名字が無いので、名字持ちの人たちが羨ましかったのだろう。
俺が勘違いされたことを好機とばかりに名字を獲得してしまうとか、ヒュリティア、恐ろしい子っ!
「あとは、船のブリッジクルーにヤーダンという青年と、エリンという少女がおる」
「ふむ、随分と古い型の船を使っているな。いや、あれは、クロナミかっ!?」
「そうじゃよ。だいぶ手直しはしてもらったがの」
「なるほど、なるほど。戦機用に改修した、というわけだな?」
クロナミの昔を知る二人は、昔話に花を咲かせ始めた。
とここで、俺は装甲車両のドアから、こっそりと顔を覗かせる少年の姿を認める。
ここで直感。
連中が狙っていたのは、ゲアルク大臣ではなく、あの子なのではないだろうか。
「エウリット……いや、ガンテツ。折り入って話がある」
ゲアルク大臣もあの子が顔を覗かせていることに気付いたもようで、表情を引き締めて話を切り出したのであった。




