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95話 魔王訪問

 「ん?……エラポス領主直筆の通行証?」


 「お友達なの」


 「プトーコス卿への目通りを助力せよ……か」


 「リンクスなの、お兄ちゃんなの」


 衛兵は、手渡されたオニュクス直筆の通行証を預かると、こちらでお待ちくださいと告げ、白い息を残して城内へと入って行った。


 ここは帝都レオン。帝城正門前。


 雪でも降るんじゃ無いかって位の寒空の下、朝から並んで、昼過ぎにようやく門番の所まで来た。

 早朝から門前に長蛇の列が出来ていた訳では無い。俺達の前に並んでいたのはせいぜい二十人程、組数で言えば十四〜十五組だろう。

 何故こんなに時間が掛かったかと言うと。


 『また割り込みなの』


 『割り込みする貴族ばっかじゃねえか』


 そう。とにかく貴族の割り込みが酷い。選民意識も異様に高い。

 寒い中、一般人が五十人並んでいようが百人並んでいようが、馬車で正門前に乗り付けては真っ先に手続きさせて城内に消えて行く。

 そして決まって「ふっ」って見下した顔で笑う。


 若くてひょろいボンボンな奴程、一般人に威圧的に振る舞っている。

 さっきの若造も、ヒェートス家の嫡男とか何とかって言いながら、並んでる一般人を突き倒していた。

 お前等、一般人居なくて生きて行けんのかよ。


 『ズルいの』


 リンクスも俺同様不満を感じ、口を尖らせているが、ここで面倒を起こす訳にはいかない。

 並んでる他の人も、外套の襟を立てて寒そうに体を揺するだけで何も言わない。

 これが普通なのかと思いつつ、クアッダの公平さが改めて懐かしい。

 そういや鉄子は、将軍に向かって後にしろって言ってたな。


 正門脇の待機所で待たされる事十分少々。

 炎のオノマが焚かれた待合室は暖かかった。流石はオノマ先進国等と思っていると、またも貴族が割り込んで、うんざりしたその時。

 待合所内だけでなく、正門に並ぶ者達までもがざわめく。


 「キニゴス殿?」

 「誰かを迎えに来たのか?」

 「遊撃隊の副長だろ?あの人」


 短いマントを揺らし、多数の視線を釘付けにしながら歩く男は、割り込んできた貴族を押しのけて俺達の前で足を止め、右手を胸に当てて短く告げた。


 「プトーコス卿がお待ちです」


 男は、振り向きざま受付の衛兵に「今日は予定を入れるな」と命令し、スタスタを俺達の前を歩き出す。


 「何者だ?」とか、「ちっちゃな大物か?」とかの声やら、「ぐぬぬ」と顔を赤黒くして怒りを表す貴族がちょっと心地いいが、ここで横柄な態度を取ったらさっきのボンボン共と一緒だ。ぐっと堪える。

 俺達は衛兵達に軽く会釈をして、努めて紳士的に待合所を立ち去った。

 城内に入った瞬間、リンクスとハイタッチしたのは内緒だ。


 「これはお二人共、ようこそ」


 そう言って俺達を執務室で迎えた、青いバンダナの男プトーコスは、疲れた顔をしていた。

 元々初老の武人ではあったが、一気に歳食った様にも見える。


 俺達は外套を着たままソファーに腰を下ろし、プトーコスはコーヒーを準備させた後、人払いをした。


 この行動だけで、プトーコスの腹積もりは分かった。俺達は密かに高めていた警戒心を解く。

 少なくとも、今この場で俺達を害する気は無さそうだ。


 プトーコスからすれば、俺達は前帝グラードル殺害の実行犯であり、指導者が一言号令を掛ければ「帝国の敵」と成り得る存在だ。

 借りにグラードルの退位を含むクアッダ侵攻に、プトーコスが否定的だったとしても、数十年戦場で生死を共にしてきた戦友を殺した相手には違いない。


 まして、交渉上の駆け引きとは言え、ラアサがグラードル殺害予告をオニュクスに伝えている。止むを得ず殺したと言っても通らないだろう状況だ。


 だが、そんな不穏な状況にも関わらず、俺にはプトーコスを尋ねる理由があった。


 リンクスがコーヒーに砂糖を入れている。銀のさじに一杯二杯……四杯入れてかき混ぜる。

 ……おい。カップから溢れそうだぞ。


 「苦いの」


 しかめっ面のリンクス。確かにクアッダのコーヒーより苦味は強いかもな。豆が違うのかな?


 『それ、ミルク入ってる容器じゃないか?まろやかになるぞ』


 リンクスは「お?」って顔をしてミルクの入った容器を手に取り、カップになみなみになるまでミルクを継ぎ足し、そ〜っとかき混ぜた。


 「もうちょいなの」


 リンクスは少し減った俺のカップに、自分のコーヒーを注ぎ、目減りした分をミルクで満たし砂糖を追加すると、二杯のコーヒーをかき混ぜる。


 「おいっしーの」


 まるでカフェオレになったコーヒーを、美味しそうに飲むリンクス。

 俺のブラックコーヒーは、ついでにアリアリになってしまった。

 リンクスが嬉しそうだから、いいけど。



 一方のプトーコス。

 彼は、執事を介して届けられたオニュクス直筆の通行証を目にした時、驚いた。

 この時期にどういう事だ?……と。


 帝国中枢は今、混乱の真っ只中にある。


 先帝グラードルが退位し、影響力だけで五万もの大軍を組織しクアッダへ侵攻。

 帝位を継承した、グラードルの息子であるイドロ新皇帝は、グラードルの暴走に一切の対策を講じず、ただひたすらに父グラードルの復位を待って、玉座を温め続けた。


 以前から燻っていた反グラードル派の貴族達は、帝都に集まってイドロ新皇帝に対して宮廷闘争を仕掛ける。

 帝政を揺るがす復位を認めずに、このままグラードルを帝政の本流から弾き出す為に。


 グラードルが結成したクアッダ侵攻軍は、親グラードル派。

 つまり皮肉なことに、今帝国本島に残る軍隊は殆どが中立派、あるいは反グラードル派だった。


 反グラードル派の貴族と共に、続々と本島に上陸する軍隊。

 個々の数は千未満でも、日を追う毎に数を増やす反グラードル派の兵に対して、親グラードルの軍勢は、親衛隊や聖騎士はおろか、精鋭のオノマ兵すら根こそぎグラードルに随行して戦力が低下している。


 武力を背景に、新皇帝イドロに対して、グラードルに返位しない様にと迫る反グラードル派の貴族達。


 プトーコスは中立派として、どちらにも属さず、帝政に従って新皇帝イドロを補佐していたが、その立場は日々危うい物へとなっていった。


 そんな中、更なる混乱の素が、プトーコスの元に届けられる。

 旧アフト派が、先々帝アフトの遺児を担ぎ出して来たのである。

 先々帝アフトから直々に送られた、タペストリーと共に。


 先々帝アフトとはグラードルの兄で、グラードルの前の皇帝だが、崩御を前にアフトの子供など継承権を持つ者はグラードルに因って一掃された筈だった。


 それが、「アフトの血を引きし者」の証拠とも言えるタペストリーと共に王子を擁立し、親グラードル派、反グラードル派の睨み合う宮廷に殴りこみを掛けたのであった。


 その混乱の素であるタペストリーが、エラポス領主オニュクスからプトーコスへと送られる筈だった事をプトーコスが知ったのは、旧アフト派が王子を擁立した翌日だった。


 プトーコス宛に書かれた、オニュクスからの手紙。

 その手紙が、旧アフト派貴族によってプトーコスの元に届けられたのである。


 その貴族の話しによれば、荷を運搬中の商隊を襲った盗賊が、タペストリーを闇商人へと持ち込んだらく、闇商人数人を介して旧アフト派の貴族が「幸運にも」タペストリーを手に入れる事が出来たと言う。

 その時襲われた商隊が運んでいたと思われる手紙束の中に、プトーコス宛ての手紙があったので、持ってきたと。


 彼ら旧アフト派の貴族は、タペストリーに包まれた日記を元に捜索を続け、遂にひっそりと育てられた王子を発見。

 偽帝グラードルを失脚させ、正当なる帝位継承者に仕えてこそ、真の帝国軍人でありましょうと、プトーコスを勧誘する。


 旧アフト派へと引き込もうとする貴族に、どちらにも付くつもりは無いと念を押して帰らせるプトーコス。


 どうもキナ臭いと思いながらも、手紙の封を解いたプトーコスは、タペストリーの出処を知って混乱を深める。

 オニュクスの手紙には、グラードルの死も予見されており、帝政の混乱を最小限に抑える為にこのタペストリーをと書かれていた。

 プトーコスが偽の継承者を擁立するなら、応援する。そうとも取れる内容。


 グラードルの暴走に端を発した宮廷闘争。

 魔王からもたらされた、帝位継承者の証。

 証を手に入れ、グラードルの即位そのものを無効にしようとする旧アフト派。


 「どうも事態が混乱し過ぎて、ワシの経験では手に余るな……」


 帝位継承の証であるタペストリーが、旧アフト派の手に渡ったのは、実はある人物が関わっていた。


 智将とも賢者とも呼ばれる、経歴不詳の人物。

 ラアサである。


 タペストリーの事を知ったラアサは、グラードル軍を早期に撤退に導く為に、帝位継承争いが起こる事を望んだ。


 そして一計を案じる。


 出何処不明のタペストリーでは、偽物と断じられる恐れもある。真偽を探るにしても時間が掛かるだろう。

 そこでタペストリーをオニュクスに預け、オニュクスからプトーコスへと送られる様に思考誘導を掛ける。


 エラポス領主から、帝国軍特務遊撃隊隊長へと送られたタペストリー。

 それは図らずとも、タペストリーに「本物のお墨付き」を与える行為だった。


 後は、輸送中の商隊を襲い、旧アフト派への繋がりがある貴族へとタペストリーを流せば、勝手に偽物を擁立して帝位継承争いを起こしてくれる。

 無論裏の事実を知る者は、ラアサを始めほんの数名だったが。


 オニュクスの手紙が届いた数日後、クアッダ侵攻軍五万の内半数と、グラードル死亡の知らせが、帝国中枢に届く。

 殆どの帝国国民の与り知らぬ所で、帝国は頂点から大きく揺らいだのである。


 グラードル派は立場を失い、反グラードル派は目的を失い、旧アフト派は新帝イドロを擁する中立派を敵と見做し始める。


 中立派の重鎮と目されるプトーコスは、帝国の行く末を憂う高級軍人から、派閥のパワーバランスを伺う貴族まで、連日の訪問を受け、辟易していた。


 そんな中での魔王訪問である。


 帝政に対して、裏から影響力を行使するつもりだろうか?

 混乱に乗じて、新帝イドロを害するつもりだろうか?


 プトーコスは額のバンダナに手を当てて、様々に思案を巡らせ、結局は笑った。


 「バカバカしい。あの魔王が本気ならば主力の居ない帝国本島など、赤子も同然では無いか」


 こうしてプトーコスは、疑念疑惑を全て放り投げて、魔王と茶をする事にしたのであった。



 「お兄ちゃん、バージョンアップしたの」


 「ぬ?ばーじょ?」


 コーヒーカップを片手に、キョトンとするプトーコス。


 「頭貸してなの」


 リンクスに言われるがまま、前のめりに身を乗り出し、青いバンダナを巻いた頭を出すプトーコス。

 その頭に、俺は銀髪のリーゼントを押し当てる。


 『聞こえるよな?』


 「ぉお!?人のままで話しが出来る様になったのか!?」


 俺は本気モードのまま、高濃度のポーションに長く浸かってたせいか、モードA人型のまま通話が出来る様になっていた。


 人型での銀糸操作は出来ないが、相手が一人なら竜化しなくても髪を押し付ける事で通話出来るのは、俺にとって大きなバージョンアップだ。


 『まずグラードルの件だが、仕方なかった。殺すか殺されるかのギリギリの状態だったんだ。戦友として共に戦ったアンタには辛いかもしれないが、殺した事を詫びる気は無い』


 憤り、悲壮、落胆、そして安堵。

 微かにプトーコスの感情が伝わってくる。


 プトーコスは「そうか」とだけ言葉を発して、黙り込んだ。


 俺は、開戦からの事を、事細かにプトーコスに伝えた。

 今はプトーコスの信用を得なければならない。


 「クアッダ王は凄い方だな……それ程の強者共を権力や恐怖では無く、自らの徳を持って従わせ、国を捨てて民を守るとは」


 そこで一旦プトーコスは言葉を切り、頭を話して俺を見つめた。


 「皇帝陛下……いや、グラードル様は敗れるべくして敗れたのですな。欲と恐怖で支配した所で、心の絆には及ばないのですな。グラードル様は帝位に就いてから、お人が変わってしまわれた。支配する事、奪う事、踏みにじる事にばかり貪欲になり、残酷さは日に日に増して……。ワシや大臣ら以前のグラードル様を知る者は、いつか元のお心を取り戻すのを信じて、残虐さが露呈しない様にしていたのだが……」


 ガチャン。


 音を立てて、プトーコスはテーブルに額を付けた。


 「魔王殿、感謝する。グラードル様は暴君としてでは無く、ドラゴンに挑んだ戦士として死んだ。名誉ある死だ」


 部屋に沈黙が訪れる。


 ……そうか、さっき感じた微かな安堵。

 この事だったのか。


 「だが魔王殿。その様な説明の為だけに、わざわざ来たのでは無いのだろう?」


 テーブルから額を離したプトーコスが、再び頭を突き出す。

 プトーコスから敵意は感じられない。

 下地は整った。

 俺は本命を切り出す。


 『黒衣の男、ミディンの事を知りたい。何処で修行したか、誰か師匠は居たのか、どんな些細な事でも良い。全部だ』


 「ミ・ディンか。確かに途方も無い強さを秘めた男だが、皇帝陛下に害を成そうとしない限り、敵対することは無いと思うが?」


 あるんだよ。


 俺は竜骨を使わずに変身出来るよになった。

 本気モードで脳が活性化されたまま、ポーションで生体組織の活性再生をしたせいだろうと博士は言っていた。


 モードA人型・B盾剣・C竜型・D飛竜

 変身に竜骨を必要としなくなった俺は、AからD、DからBへと直接変身できることも発見した。


 ……そしてもう一つの発見。


 モードF


 新たなモードが、ゲーム風に言えば開放されていた。

 まだ試してはいない。


 本気モードのスイッチかも知れないが、一つの危惧が俺にはあった。


 まさかこのモードF……。


 漠然とした不安でしか無い。単なる危惧かも知れない。

 だが、試すにはリスクがあった。


 リスクの名は、黒衣の男ミディン。


 プトーコスの言葉通り、ミディンが敵対するのは、皇帝に危害が加えられた時。

 確かに勇者達と共に初めて遭遇した時も、ババアドラゴンの時も、向こうからは仕掛けて来なかった。


 だがミディンが敵対する、もう一つのトリガーがある。


 『ミディンは成竜の魂を集める事を、自らに課している筈だ。始皇帝との約束だと』


 「どこでそんな話を!帝国内でもミ・ディンは存在そのものがタブーだ。人前で名を口にする事すら憚られる程の」


 『俺は一日も早く、ミディンに対抗する糸口を見つけなきゃならん。せめてあの暗闇に放り出される様な技の対処方だけでも』


 「再び皇帝に敵対するつもりか!?」


 『そうじゃ無い。俺がミディンに対抗しなきゃならない理由は、俺の新たな変身が……モードFが成竜じゃないかって気がしてるからだ』


 「成……竜……だと!?」


 プトーコスはガバッと顔を上げ、目を見開いて俺の顔を見つめた。


 「アレ何?なの」


 リンクスの声に俺もプトーコスも窓を見る。


 窓の外。

 一粒の雪が舞う。

 徐々にに数を増し、音も立てずに降り始める雪は、地面に舞い降りて小さな小さな水たまりを作って、その生涯を終える。


 その雪は、醜い物を全て覆い隠す雪化粧か、或いは悲しみの雪か……。


夏なのに、物語の季節は初冬です。

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