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94話 ウジ虫共錯乱

 「曹長……なのですか」

 「魔王様。是非下僕に、そして魔乳をお授け下さい」

 「欲しいわー」


 だから曹長じゃ無えって。魔乳魔乳うるせえし。

 思い込みの挙句、騙されたとか言われちゃ敵わんな。ココは丁寧に誤解を解かないとな。


 『重ねて言うが、俺はお前等が言う曹長は知らん。短命の鬼神の記憶も無い。そもそも喰う度に魂継承してたらパンクしちまうだろうが』


 「でもウジ虫共ってー」

 「でも知らんなって……」

 「コホルちゃんが逢わせてくれた」

 「判りましたので魔乳を」

 「……」


 反応に温度差があるな。


 灰頭  :半信半疑

 凡乳  :魔乳ロックオン

 黒男  :曹長盲信

 羽根飾り:曹長も魔乳も肯定

 猿顔  :……コホルって誰?


 こんな感じか?

 そしてもう一つの可能性。


 俺を担いでいる。


 油断させて、この場を脱しようとしてるかも知れんな……もう少し探りを入れてみるか。この場の全員に銀糸を繋いで、みんなの反応も見よう。


 『お前等、まだ暗殺続けるつもりか?』 


 巨漢の灰頭が口を開く。


 「俺達はプロだ。受けた仕事はやり遂げる」

 「もうこの依頼から手ぇ引こうぜ」


 一人だけ横になって縛られた黒男が、すかざず異を唱える。


 「ミクトリ何を言うんだ、やり遂げるのがプロ。曹長もそう言ってただろう忘れたのか」


 「フレースヴェルグ、あんたこそ忘れちまったのか?曹長はこうも言ったんだぜ。ミスは直ぐ修正しろ、二度続いたら根本を見直せ、三度目は終わりってな」


 『三度目って何の終わり?ボク分かんない』


 『死ぬっテ事ですヨ』


 二度目のミスで根本を見直せとか、曹長は中々の人物だった様だ。


 『そもそもお前等、機装も失って暗殺続けられないだろ?』


 「それは……金を払ってでも機装を調達して」


 「あなた方に機装を届けていた偽装商隊は、既に捕縛しました。連絡係も芋づる式に追跡中です。フォローが薄い所を見ると、機密性の高い依頼だったようです」


 「な……」


 灰頭は鉄子の報告に絶句し、睨み付けた。鉄子の爆乳を。


 「有能っぽいな。魔乳だからか……」

 「魔乳に脳みそ詰まってるー?」

 「だからフレースヴェルグ!何時まで魔乳見てるのよ!あぁ……まさか胸でこんな惨めな思いをする事になるなんて……」


 「ボンニューだから」


 「凡乳じゃ無いわ!」


 「ボンニューだし」


 既に魔乳って言葉が定着したらしい。凡乳も。


 『倍の金を払えば、予定を変更して議長を暗殺してくれるか?』


 水を打った様に、静けさを取り戻す夜の森。

 微かな風に、葉の擦れ合う音がする。


 「「「それは無い」」」


 縛られた暗殺団五人が口を揃える。

 五人とも真っ直ぐに俺を見据えている。


 鉄子の胸から視線固定が外れた灰頭が、後を続ける。


 「幾ら金を積まれようと、依頼を上書きする気は無い。依頼の中止を直接通達して、違約金を払って、契約が終了した事を告げた後なら、改めて受けるが」


 灰頭のやはり灰色の瞳を、俺はじっと見つめる。

 灰色の瞳も、視線を外すこと無く、俺の金色の瞳を真っ直ぐに見つめている。


 『本物のプロの様だな、曹長に感謝しろ』


 俺は、ここで金に釣られて議長殺しを受けるようなら、こいつらを暗殺者としては再起不能にしてしまうつもりで居た。

 手足の腱を切ってもいいし、漆黒の短槍で一突きしても良い。


 積まれた金の高さで意趣返しするなら、より高く金を積んだ奴に何度でも寝返るだろう。それは結局滅びの道でしか無いが、俺の周りに蝙蝠は要らない。

 こいつらを育てた曹長は、そんな所も含めて本物のプロに育て上げた様だ。

 一本筋の通ったプロ中のプロ。会ってみたかったな。


 「ありがとう御座います曹長」

 「つまりこの依頼は見直しをして、破棄しろって事ですよね」


 灰頭、何故俺に向かって頭を下げた。俺は曹長では無いと何度言えば……。


 「あーん、お金減っちゃうー。でも魔乳貰えるならー」

 「とっくに魔王様に忠誠をお誓い申し上げておりますわ」


 だから乳とかやるチカラなんぞ無いわ。


 「残り二つミッションこなしたら、コホルちゃんと一緒に暮らす筈だったのに」


 「一緒に暮らすトコまで進んで無ぇだろうが!」

 「せいぜい飲み友達よねー」


 これはもしや……かの有名な「死亡フラグ」というヤツでは?


 「ぬ、曹長が……なんて極悪なツラなんだ」

 「やっぱり食べられちゃうー?」


 『お兄ちゃん、悪代官な顔なの』


 お?顔に出てしまっていた様だ。ふふふ。

 何かこう、強大な物に逆らうってテンション上がるよな。反骨精神が刺激されるって言うかさ。

 神の法則にも似た何かに逆らう。ふふふ、魔王っぽくなってきた。


 『気に入った。その猿顔のフラグ、叩き折らせて貰おう』


 「猿顔……?」

 「ちげえねぇって俺か!?フ、フラグ?」

 「叩き折るー??」


 おっと、伝える方間違えた。テンション上がりすぎたか。

 猿顔は今夜死ぬ運命だった。死亡フラグに拠って。

 だが断る。この先は知らんが、今回だけはフラグに逆らわせてもらう。


 俺は猿顔の死亡フラグを折る為だけに、コイツラを生かしとく事に決めた。

 後はコイツらが納得しそうなネタでっち上げて……。


 『今から行って議長との契約破棄して来い。対価はお前等の命だ』


 「……」


 灰頭は歯を食いしばって俺を睨みつける。

 プロの意識が、契約を途中放棄することを拒んでるのか?


 その時、灰頭はハッとしたように周囲に視線を走らせる。

 縛り付けられた彼らの周囲に浮かぶ、対になった赤い光点。その光点が三つ五つ十と増えて行く。


 「魔獣の……群れだと!!」


 さっきまで遠巻きに見ていた阿修羅猿が……みんなは六手猿って呼んでんだっけ?とにかく猿系や犬系の魔獣が、物珍しそうに近付く。

 威圧掛ける為に呼んだんだがな。


 暗殺団は流石に顔を蒼く……。


 「曹長!これが曹長が作った軍隊でありますか!」

 「あーん、食べられちゃう前に一度でいいから魔乳にしてぇー」

 「私は大丈夫。もう魔王様の忠実な下僕だから」

 「曹長、コホルちゃんを口説く方法を……」


 蒼くなれよ!方向性バラバラじゃねぇかよ!

 このメンバーまとめてた灰頭って、ある意味凄いんですけど。

 しかしうるせえな。


 「交渉中だ!喋るな!」


 『口を塞げウジ虫共!その口に俺のクソをブチ込まれたいか!』


 !!!


 「「「サー!ノーサー!」」」


 静かになったが……失敗した感が……。


 「お前達静かにしてろ、俺が話す。……確認したい」


 灰頭がメンバーを制して交渉を続ける。


 「まず……本当に曹長では無いのですか?」


 そこからかよ!


 『曹長じゃ無いし、魔乳を授ける儀式など無い。だが議長との契約を破棄すれば全員生かして返してやる。そろって引退しろ。そもそも契約は実行不能だろ』


 「口にクソ詰めるのも曹長の……」

 「嘘よ絶対にアレは魔乳よ」


 「……そうか。分かった。戻って来るまで皆の安全は保証してくれるのだな?」


 リースがサルにハンドサインを出し、灰頭を縛るロープを解く。

 その様子をまじまじと見つめる暗殺団の五人。


 「おい、今の……」

 「ああ」


 「本当に曹長じゃ無ぇんですか……」

 『くどい!!』


 「本当に魔乳無いのー?」

 『くどい!!』 


 「私は魔乳を授かるまで離れません」

 『うぜえ!』


 「んじゃ代わりに魔王様が口説き文句を……」

 『授けるかボケ!』


 「魔王殿……戻るまで皆を頼む。ただただ信じる他無いが……」


 『裏切るなよ。お前には魔王の眼を植えつけた。何処へ逃げても見てるぞ』


 「そんな物が……流石は魔王といった所か」


 勿論ハッタリですけど。


 『サル』


 『了解ウキ』


 サルの合図で、頭上の枝葉が風に揺れる。

 舞い降りたのはグリフォン系……と言っておこうか。犬系の体に二対四枚の翼を持つ、鳥系魔獣。


 胴体があるお陰で、鳥系魔獣より乗りやすいし、ペイロードも高い。

 コイツの翼なら、夜明け前に共和国首都ハリーブ近郊まで行けるだろう。早けりゃ明日の夜には暗殺団は解散だ。


 「フレースヴェルグ……それに乗ってくのか……」


 大丈夫だ、コイツらは俺が指定したヤツは襲わない。


 「空飛ぶのかしらー?……羨ましいわぁー」

 「私が参りますわ、魔王様。この祖チンに代わって」

 「オレも空飛びてぇ。んで今度これでコホルちゃんと空のデートを」


 猿顔。お前はダメだ。まだ死亡フラグが折れてねえ。


 「そっか……曹長じゃ無かったのか……懐かしくって取り乱しちまったな。魔王様、最後にもう一度ウジ虫共ってやつ聞かしてくれませんか?フレースヴェルグにちゃんと帰って来いって感じのヤツで」


 黒男。お前状況解ってるか?

 生殺与奪の全権握られた状態で、ものまねリクエスト出してんじゃねぇよ。


 「いいな!それ!」

 「聞きたいわー」

 「魔王様、是非」

 「……」


 全員解って無かったわ。


 コイツらどんな精神構造してんだ。暗殺とかやって日常的に人殺してるとこうなっちゃうのか?それとも元々馬鹿で、曹長が拍車掛けちゃったのか?

 期待に溢れたキラキラした眼しやがって。


 「兄ちゃん何やるの?」

 「楽しみだし!」


 ……しょうがねぇな。昔ビデオで見たヤツパクるか。


 昔のベトコン映画にしては、アメリカ兵が弱腰で、金も掛かってないB級映画だが、M16の銃口にコンドーム付けてたり、しょっちゅう故障するM16より敵から奪ったAKが活躍したり、妙なリアル感があって何度も観た映画。


 お陰で、春はあけぼの〜は白い所までしか覚えてないが、そこに出てくるコテコテの黒人軍曹のセリフは覚えてる。


 『よく聞けウジ虫共!キサマ等はチンカスとマンカスが出会って、不幸にも産まれてしまったこの世のカスだ!』


 暗殺団の背筋が伸びる。


 『だが幸運な事にここは戦場だ!戦果を上げれば、キサマ等の様なカスでも英雄になるチャンスがある!だがその為にはキサマ等が俺の命令で一糸乱れぬ行動をしなけばならない!』


 「「「サー!イエッサー!!!」」」


 『キサマ等には無数の命令が与えられるが、最も大切な命令は一つだけだ!それは生きて還る事だ!』


 「「「サー!イエッサー!!!」」」


 『足りない頭でも分かる様に、もう一度言ってやる!生きて還る事だ!分かったかウジ虫共!!』


 「「「……」」」


 う〜ん、懐かしい。覚えてるもんだな。あのチープな感じ、もう一回観たいなぁ。


 「泣いてるし」

 「ボクよく分かんなかったけど、いい話しだったの?」


 暗殺団は木に縛られたまま、滝の様に涙を流し、灰頭は涙を流しながら敬礼したまま微動だにしない。

 何か最後にイエッサーが無いと、締まらないな。


 『返事はどうした!ウジ虫共!』


 「「「サー!イエッサー!!!」」」


 うむ。スッキリした。


 灰頭が背筋を伸ばし、大股で俺に近付き、ビシ!と完璧な敬礼をすると大声を張り上げる。


 「曹長殿!フレースヴェルグ伍長!これより任務に当たります!お前等も、留守中曹長殿に迷惑を掛けない様に!」


 回れ右をして、縛られたメンバーにそう告げると、灰頭はグリフォン系にまたがり大地を離れる。

 グリフォンはサルの目を見ながら上昇し、夜の空へと消えていった。


 「曹長殿!我々は縛られたまま待機でありますか!」


 そうちょうどの?

 あんだけ違うって言ったのに、諦めたっぽかったのに、戻っちゃった?


 「アニキ様。もしくは魔王様です。どうして曹長と?」


 「自分達は最初の訓練で曹長殿に訓示を頂きました!今頂いた訓示と一字一句同じでありました!曹長殿!」


 「「「我らの曹長であります!!」」」


 『リンクス、コイツらの意識刈ってくれ』


 『らじゃなの』


 トン!トン!トン!トン!


 首チョップで、次々と暗殺団を気絶させるリンクス。

 まさか曹長がB級映画好きだったとは……。極限状態での刷り込みは洗脳に近いって言うけど、フラッシュバックでもしちまったのか……。


 『イエッサーズ、面白いの』


 疲れるよコイツら。

 目覚めた時、正気に戻ってないかなぁ。



 僅か半日で、灰頭は森に帰ってきた。任務を全うして。

 議長は別人の様な灰頭に困惑したらしいが、後払いの半金を違約金に当てたそうだ。

 ……そして。


 「ご命令を!曹長殿!」


 横一列に並んで敬礼する暗殺団達。

 結局、気絶から目覚めた暗殺団は、洗脳からは目覚めなかった。そして俺の側でこうして命令を待っている。


 どうしようコレ。


 死亡フラグをへし折ろうとか、意味不明な事を考えた自分がうらめしい。

 あの時、何故あれ程ワクワクしたのか、今となっては不明だ。


 根気よく、曹長では無いと説明しても「了解であります、曹長殿!」との返答を繰り返すばかり。曹長……どんだけみっちりシゴイタのよ。

 何か役目見つけて、手元に置くか?と考えたその時。


 『部下が少ない将軍居るの』


 おお!?フェルサか?……有りだな。

 クアッダには機装が数十機有るが、扱いは素人だ。しかも乗ってたのはイーラの傭兵団だった。

 臨時の教官として雇って、新たにフェルサの下に機装兵団とか作ったらクアッダの為に成るんじゃね?俺と居ない方が洗脳のフラッシュバックも、早く無くなるかも知れないし。


 猿顔の死亡フラグは、ファーリス王子に伝えとくか。と言うよりそれ以外、誰に伝えてもフラグは理解出来まい。


 目覚めの爆乳を見せない為に、鉄子は夜明けと共に、リースと一緒に使いに出した。凡乳は魔乳の事そのまま忘れといて下さい。


 「依頼などと他人行儀な……ご命令頂ければ」


 俺の話しを聞いた、灰頭の反応はこうだった。

 まるで、曹長とは他人じゃ無かったみたいな言い様だが、スルーだ。



 こうしてクアッダ王国は、強力な機装兵団を持つ事となる。

 だがそれは、帝国領への侵攻を企てる共和国にとって、無視し得ない戦力となってしまうのであった。



 『コホルって誰?なの』


 さあ?


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