93話 カオスの森
「所でコッチでいいのかよ?」
「他に馬車が通れそうな場所があったかしら?」
五人の暗殺者達は、電源の切れた暗殺用の機装を脱ぎ捨て、盗まれた馬車が運ばれたと思われる方角へと、森の中を進んでいた。
初めははっきりと残っていた車輪の跡も、茂みに隠れ、幾らも進まない内に消えてしまったが、コンテナを積んだ馬車が通れそうな場所は少ない。
五人はとにかく馬車を探しだす為に、森を進んで行った。
「車輪跡も蹄跡も見失ったわよー。戻った方がいいんじゃないー?」
アンケトの言葉に、いま来た茂みを振り返る五人。
「……いや、進もう」
「オレの勘もそう言ってるぜ、こういう時は戻ると碌な事がねえ」
フレースヴェルグとミクトリが前進を促し、特に異を唱える事もなく再び森へと歩み出す五人。
「こんな時ゃ、経験を元にした勘が一番さ、ひっひっひ」
暗殺を生業とする彼らは、幾度と無く死線をくぐり抜けてきた。
如何に多くの情報を集め、綿密に計画を立てても、不測の事態は起こる。
彼らはその度に、自らの信じる勘を頼りに生き抜いて来たのである。
「腕はまだ痛むか?」
フレースヴェルグは、小男に腕をやられたミクトリを気遣って声を掛ける。
「ミクトリ?」
最後尾を歩いてる筈のミクトリから、返事がない。
「止まれ」
「ちょっとミクトリ、悪ふざけは止めて……ミクトリ?」
「おいミクトリ、目ぇ瞑るの止めろ!オメエ黒すぎて目と歯しか見えねえんだからよ!」
暗殺団の四人は顔を見合わせる。
ミクトリが消えた?
予想外の出来事にフレースヴェルグは待機を命じ、嫌な予感を押し殺し、ウルズを伴ってミクトリを探しに戻った。
そして。
「遅いわねー」
「やばい気がする」
待機を命ぜられたアンケトとハヌマーンは、焦燥感に苛まれていた。
ミクトリを探しに戻ったフレースヴェルグとウルズが、帰ってこない。
時間的には既に二十分は過ぎただろう。
「声も騒ぎも聞こえねぇのに、三人共消えちまった。どうなってやがる」
「んーでも待機でしょー?」
「いや、敵は俺たちの後ろに居るんだ。様子を見に戻るのを待ち構えてるにちげえねぇ。森を抜けてネビーズに戻って応援を頼んだ方がいいんじゃねえか?」
アンケトは形の良い黒い顎に指を当て、髪飾りと共に頭を傾げる。
「一理あるわねー。戻る方向のアッチ……やな感じするのよねー」
二人は相談の結果、前進を選択した。自らの勘を信じて。
数分後。
「おいアンケト、気をつけろ。地面が木の根だらけだ。馬車を運べそうな場所は……そう言えばもうねぇな」
振り返るハヌマーン。
そして、さっきまで後ろを歩いていたアンケトが、姿を消した事に気付く。
「嘘だろ……何なんだココは!?呪いの森に入っちまったのかよ!!みんな!何処だ!返事しろよ!」
静まり返った夜の森は答えない。
暗闇に怯える子供の様に、背後を気にし、何度も素早く振り返ってはナイフを構えるハヌマーン。
ガスッ!
首筋に衝撃を覚えたハヌマーンは、地面に倒れる事無く、空に登る様な感覚と共に、意識を失った。
◇
パチッ……パチッ……。
焚き木の爆ぜる音でハヌマーンは目覚めた。
焚き火の薄明かりの中目を凝らす。
フレースヴェルグ、ウルズ、アンケト、ミクトリ。
皆の顔を見てほっとしたのも束の間、自分達の状況を把握して、小さく鋭い声を出す。
ミクトリが倒れた樹木に、他の四人が立木に縛り付けられていたのである。
「フレースヴェルグ!ウルズ!起きろ!アンケト、ミクトリ!無事か!?」
その声に皆が意識を取り戻し、互いの無事を確認する。
「捕まったのか」
フレースヴェルグもミルズも、逸れた直後に気絶したと言う。
だが、誰が何の為に……。
彼らは生きたまま樹木に縛り付けられ、まるで「凍えない様に」と言わんばかりの焚き火が、ほのかに彼らを温めている。
ミクトリに至っては、腕の傷の手当まで為されている。
状況に混乱する五人。
その時、頭上の枝葉が風に揺れ、音を立てる。
頭上を見上げた五人が目にしたのは、純白の四枚の翼を羽ばたかせて舞い降りる翼竜の姿だった。
◇
『サル。お手柄だった。警戒を続けてくれ』
『了解ウキ』
ゆっくりと根地の森に降り立った俺の背中から、竜人姿のリンクス飛び降りる。
お揃いの黒い革服を着て、揃って樹木に縛られた五人の囚人は飛び出る程目を丸くして、俺達を見ている。
そう、五人の囚人は、さっきオニュクスを襲った暗殺団。
そしてコイツ等が馬車を隠し、盗まれ、誘い込まれた場所は根地の森。
コイツ等が暗殺未遂してる間に、馬車を見つけた森の自警団は、馬車が森に入った痕跡を作って五人を森に誘い込んだ。
森に入った五人は、俺自慢のアートメイズによって規定のルートを辿り、サルの指揮の元一人また一人と逸れ捕縛され、今俺の前で目をひんむいている。
「銀の……竜人……だと?」
「初めて見るわー」
「竜人……と、その乗り物?かしら?」
誰がチョ○ボだこら。
「もいで良い?」
「きゃーー痛い痛い!乳もがないで!」
リンクスの巨乳へのヘイトは、相変わらずの様だ。
オリハルコン操作でサイズ自在とは言っても、デフォのリンクスはまだまだ微乳だからな。
「止めろ!お前は誰だ?目的は!?」
灰色頭の巨漢が声を荒げる。
お?リーダー格だな?この声は。ってリンクスに向かって叫んでるし。
ここ暫く無かったモブ扱い……ちょっとショックだ。
登場の仕方が不味かったか。次回の為に良い登場方法考えて置かないとな。BGMとスモークとプロジェクションマッピングを博士に頼んどこう。
「リンクスなの、お兄ちゃんなの」
リンクスにお兄ちゃんと紹介されて、暗殺団の五人はようやく俺をペットじゃ無いと認識してくれた様だ。
「お前は何だ?俺達を捉えてどうするつもりだ」
俺やリンクスを見てもパニくらないだけで、結構な修羅場ゲートを潜って来た事は想像が付くが……。
別に尋問とかする必要無いんだよなぁ。
指でも耳でも喰っちまえば良いんだし、あの豊満な丘でも。リンクスさん足踏んでます。
あー、でも変な性癖とか持ってたらやだしなぁ。
あの丘喰ったら十中八九掘られるよね?未貫通な訳ないよね?
「な!何よ!?あたしの体が目当てなの!?あたしのこの最高の形と弾力の胸を狙って……痛い!痛い!ごめんなさい!もがないで!」
「コッチの位で丁度いいの」
「え?あたしー?」
リンクスは、頭に羽飾りを付けた女の、控えめな胸をビシッ!と指さした。
何やってんだか。
俺はたてがみの銀糸を伸ばし、恐れ暴れる五人の額に押し当てた。
『聞こえるか!ウジ虫共!』
!!!
「「「うお!頭の中に声が!!」」」
……軍曹ネタは無理があったか。ですよね、特殊部隊っぽいと思って悪乗りしてスイマセン。
でもビシッと姿勢は正したな。
『暗殺は失敗だったな』
「オレ!ドラゴンと話してる!?」
「喋るな!俺が話す」
「何んで知ってやがる?」
何でってさっき会ったやん。
……ああさっきは俺もリンクスも人型か。
『今のお前達じゃ勇者にも勝てんな』
「……次のターゲットまで知ってるだと?」
「フレースヴェルグ……まさか……」
ん?次?どっかでやりあったんだろ?カログリアと。
ズン……ズン……。
その時森が微かに震えた。
複数の重量級の足音に、暗殺者達は緊張感を漲らせて周囲を見渡す。
森の奥、俺の背後から現れたソレを見て、暗殺者達は一瞬にして色を失った。
「強襲型……」
「俺達の機装じゃねぇか!」
「一体誰が!?」
その機装の大きさは一般的な機装より二回り大きい三メートル。厳つい両肩には筒が担がれ、鳥足の脚部には展開式の車輪がある。
背中にはデカイ電池と筒型の……あれは発電用の筒に似てるな。
四体の強襲用機装は、その黒い機体を俺の前で跪かせ、順に除装した。
機装の背部が開き、装着者が顔を出す。
「ご主人様、調整出来ましタ」
「取り替えた内腕や内足も使えるよ!」
「取り替えたのアタイだし」
「アニキ様、これが機装なのですね」
顔を出したのはシルシラ、アフマル、リース、鉄子の魔王ファミリーだ。
「子供だと!?」
「内腕を……交換?」
驚く暗殺団の中、一人微笑を浮かべる者が居た、さっきまでリンクスに乳をもがれていた金髪の女だ。
「ふっ、そこの女。その機装は私用に調整された機体よ。この完璧なボディに合わせてインナーも成型されてるわ。さぞ胸がスカスカだったでしょうね」
ふっ。と今度は鉄子が笑う。
「貴方のボディラインでしたか。女性用と思って装着したのですが……」
そう言いながら鉄子は、機装から上半身を起こそうとするが。
プイン!……プイン!
そんな効果音が聞こえて来そうだ。
機装のインナー内に、無理やり押し込んだ胸が抜けない。餅が噛み切れないコントの様に、鉄子は二度三度と上半身を起こそうと踏ん張り、ボフン!と微かな湯気と共にようやくインナーから乳を引き抜いた。
「!!!!!!!!!!!!」
おい金髪女、顎拾え。地面まで落ちてるぞ。
「か……神はソコに居たのか……」
「ブラボー……」
「貸して欲しいわー」
何故俺の登場シーンより盛り上がってる。
鉄子の乳ってドラゴン級なのか!?神ってなんだよ。
「その程度の凡乳でアニキ様を拐かせると?甘いですわよ」
「ぼ!凡乳ですって!?あんたみたいなのは大概乳輪もデカイのよ!乳首出しなさいよ!どうせデカイでしょ!」
「両成敗なの」
「痛い!痛い!もがないで!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「とばっちです!止めてリンクスちゃん!アニキ様助けて!」
「フレースヴェルグ!あんたまで何時までその爆乳見てんのよ!」
「い、いやこれは……」
何やってんだか……。
アフマルとリースも、一緒になって「ボンニュー!」とか言うの止めなさい。
機装から完全に離脱した四人が、ようやく俺とリンクスの両脇に立つ。
「ヨク聞きなさイ。この方ガ根地の森の魔王でス。森の中ハ非武装地帯。機装ハ没収しまス」
「コイツが魔王……」
「グラードルを倒したってヤツか」
「魔王のチカラなのね……魔乳なのね……」
やっと大人しくなってくれた。グラードル倒したのはリンクスですけど。
俺は尋問を再開した。
『誰に雇われてるんだ?』
「言えんな、俺達はプロだ」
「あたし達、食べられちゃうー?」
「なぁフレースヴェルグ」
「共和国議長です魔王様」
「喋るなって!!」
動揺で足並みガタガタだな。
共和国議長か……今は根地の森迎竜戦で死んだヤツの後任だったか。
『目的は?』
「あぁコホルちゃんにもう一度会いたい」
「大金稼いで巨乳になりたかったのに……」
「混乱に乗じて戦争を仕掛けるつもりです魔王様」
「ウルズ!喋るな!」
「うるさい!祖チン!魔王様……私を配下に加えて下さい。そして私にも魔乳をお授け下さい」
「本当にー?魔王に仕えたらああなれるのかしらー?私もお願いしようかしらー」
んなわきゃねぇだろ。
一人だけ素直に答えてると思ったら、乳欲しさの志願とか。しかも二人もそれで釣れそうとか。女のコンプレックスは訳分からん。
『口を閉じろウジ虫共!』
!!!
うむ。ちゃんと静かになるな。
やっぱこんな感じの訓練は受けた様だ。
「フレースヴェルグ……思い出さないのか?このセリフ」
一人寝たまま縛られる黒人男がリーダーに静かに語りかける。
フレースヴェルグと呼ばれたリーダーは、訝しげな顔だ。
「このウジ虫共が!ってセリフだよ。俺たちにチーム戦術を叩き込んでくれた曹長の口癖じゃねぇか」
ハッとした様に猿顔が続ける。
「オレぁ聞いた事がある。ドラゴンは喰ったヤツの魂をを引き継ぐ事があるって……もしかしてこの魔王……さんは、曹長を喰った事があるんじゃ?」
五人の暗殺者が、じっと俺を見つめる。
引き継ぐの魂じゃなくて記憶だし。そもそもその曹長とかって知らねぇし、喰って無えし。
それに俺が曹長っての喰ってたとしたら、俺って恩師の敵か?
「……確かに曹長は俺達に出会う前に、魔獣に左腕を喰われたと……」
会う前の話しかよ。左腕ってのに運命を感じなくも無いが、俺のは映画で見たの真似ただけの悪乗りだから!
「曹長は短命の鬼神で、老衰しちまったけどよ、もしかしたらコノ魔王……様の中で生きてんじゃねぇか?」
「曹長なのー?」
「曹長!ソコに居るんですか!?」
「返事して下さい!」
何だコレ?
無知と迷信が織りなすファンタジーなのか?だが嘘を付いてまで誤解を利用しようとは思わん。俺はコッチでは自分に正直に生きる。
『知らんな』
「曹長よー!!」
「やっぱ曹長が居るんだ!」
「曹長、都合が悪くなると何時も「知らんな」っつてたもんな!」
「曹長の魂が宿る魔王様……」
いや、知らんもんは知らんだろ!?「知らんな」とか誰でも言うだろ!
『いや、俺は短命の鬼神は喰ってない。お前等の思い過ごしだ』
「覚えてねぇだけかも」
「だってウジ虫共なんて、曹長の口以外から聞いたことねぇよ」
縛られたまま盛り上がる暗殺団の五人。
次第に俺の家族までもが流され始める。
「もしかしたら……その方を食べた魔獣を食べたのかも知れませんよ?」
「おお!さすが爆乳!そうかも!」
こら鉄子、無駄に誤解の可能性広げるんじゃ無い。
「兄ちゃん機装兵の偉い人だったの?」
「お兄さんが機装兵の……ちょっと複雑な気持ちだし……」
う、そうだ。リースは機装兵に村を滅ぼされてる。
『お前等、亜人の村襲ったりしてねぇだろうな』
「俺達は要人暗殺のプロだ。亜人を手に掛けた事は無い……です」
「曹長がプロにはプロの仕事がある。だからこそ最高のプロになれって教えてくれたんじゃないですか!」
『だから曹長とか知らん!』
「曹長だ!混じってんだ!」
「乳がデカイだけであの反応なのねー?魔乳なのね?」
「コホルちゃんが曹長に逢わせてくれた……」
「魔王様……私にも魔乳を……」
おーい、誰かこのカオス何とかしてくれーぃ。




