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91話 目覚め?

 あぁ、浮かんで行く。

 光の中へ。

 前にも感じたことのあるこの感覚……何時だったかな?


 夢から醒める寸前の様な、寝返りを打って現実から目を逸らせば、もう少し眠っていれそうな、そんな感覚。


 でももう起きなきゃな。

 誰かが、いや大勢の人が待ってる。そう感じる。

 そして俺はゆっくりと目を開けた。


 「お兄ちゃん!おはようなの!」


 『おはようリンクス、何時も元気だな』


 バキーーン


 うお!?何か壊した!

 どろ〜んと足元から流れ広がる、スライム状の液体。


 寝起きの伸びをした俺は、どうやら俺を収めていたカプセル的な物を壊して、中の液体をぶちまけてしまったらしい。

 って、俺タイ○ントしてたのか?


 「師匠!おはようございます!」

 「兄貴!寝過ぎっすよ!」

 「しかし本当に神懸かった寝相の良さだなぁ」

 「お兄ちゃんが起きたようじゃの」


 フェルサ、ガビール、ラアサの三人は木剣を手に近付いてくる。

 シュタイン博士が居るって事は、ココは博士の研究施設か?三人共こんな所で訓練してんじゃねぇよ、迷惑だろ……ってラアサが木剣って違和感あるな。


 「お兄ちゃん腹ペコ?食べるの」


 「うお!リンクスちゃん痛えし冷てえし!」


 割れたタンクの周りには、まるでお供え物の様に氷漬けのご飯が並んでいる。

 大きなブロック肉、ぶつ切りにされた魔獣の手足、えっとコレ何?

 それをリンクスが両手の黒い短槍で氷をガシガシ砕いて、砕けた氷片が寄って来た三人に降り注いでいる。


 ん?漆黒の短槍かあれ?二本?


 ぎゅるるるぅぅうるるぎゅぅ


 何の肉か知らんが、俺の胃袋が盛大に反応した。

 何の肉かは知らんが、空腹の俺にはお供え物は宝箱に見える。

 何の肉かは知らんが取り敢えず喰おう。


 モキュモキュモキュモキュモキュモキュ


 「おいおいアニキ、寝起きでそんなに冷たい物ばかり食って大丈夫か?」


 「直ぐに温かいお飲み物を、準備致しましょう」


 部屋に入ってきたクアッダ王と老執事の声に顔を上げた俺は、ココが何処か今頃気が付いた。

 クアッダ王城地下、シュタイン博士の秘密の研究施設だ。


 『って事は……戦争終わったんだな?』


 『ああ、戦争は終わった。町も王城もそれ程大きな被害は無い。避難した我が民は全員無事家に帰って来れた。アニキ、お前のお陰だ』


 クアッダ王が人目をはばからず頭を下げる。


 ガシャンガシャンとスーツケースを変形させて、温かいスープを出す執事。

 本当にどうなってんだ?そのスーツケース。


 カチン


 牙に何か固いものが当たり、俺は魚の骨を出す様に舌で固いものを寄せて、上手に舌先に載せる。


 口から出てきたのは、直径十センチ程の金属の輪。

 何だこれ?


 「コーモンの腕輪なの」


 は?コーモン?

 腕輪する魔獣とか居たっけ?


 「コーモン皇帝なの」


 ふぁ!?


 ぶつ切りにされた魔獣の手足の中に、肛門皇帝の腕入ってたの!?

 ……喰っちまったよ。

 宝箱に思えたお供え物は、ミミックだった。いやパンドラの箱か。


 やべえ……これ消化したら、アソコに少女の手を突っ込まれる記憶を観せられるのか?

 アフマルの母、赤毛の暗殺者コキノスの記憶といい、肛門皇帝の記憶といい、まさか俺には掘られるフラグが立ってるのか!?


 「離脱と禁断の症状が出ると思うぞ」


 クアッダ王の言葉に、皆が神妙な顔で俺を見る。

 何の症状だ?


 クアッダ王の話しだと、俺は一週間もポーションに浸かっていたらしい。目減りするポーションを継ぎ足し継ぎ足しして濃くなったポーションの中毒性は半端ではなく、禁断症状による激しい暴力性や、離脱症状の精神的鬱状態が代わる代わる襲い掛かり、被治療者の精神を酷く蝕むとか。


 継ぎ足しなんだ……ポーション。

 何処の老舗のタレだよ。


 お供え物を全て平らげた俺は、全身に精力が染みわたるのを感じた。

 消化吸収されたエネルギーが血液に運ばれ、体中の細胞を満たして行く。


 さてと。


 その時の俺は実に何気なかった。

 俺の視界がスルスルと下がり、リンクスと同じ高さになる。


 「兄貴?」「師匠?」「アニキ?」


 皆が怪訝な顔で俺を見ている。ニコニコしてるのはリンクスだけだ。

 何だ?歯に青のりでも付いてるか?


 「師匠……竜骨使わないで、変身出来る様……になったんですか?」


 言われて気付いた。

 確かに今俺は、竜骨を左腕に打ち付ける事無く、モードA人型に変身した。


 「お兄ちゃんYDKなの」


 リンクスは嬉しそうに「やれば出来る子」とか言ってるが、何があった俺?

 内側に意識を向けてみる。


 おお?これは?


 喉を通る空気や、血管を流れる血、筋肉の動きや、押される軟骨。

 今までより遥かにはっきりと自分を把握出来る。これって……。


 俺はそこで思い当たった。これは本気モードの覚醒状態に似てる。

 って事は?俺まだトランスポーターとかが開いたまんまなのか?

 ニューロンとかが活性化したまんまなのか?


 「目と耳の奥ギュってするとトランスポーター閉じるの」


 ソレ、こないだの視聴覚入れ替えてた時と、一緒じゃねえか!


 ギュ


 ……、……。

 今まで聞こえていた様々な音が、フェイルターを掛けた様に静かになり、体内のモニターも感じなくなった。……閉じたっぽい。

 リセットボタン的な感じなのか?何故か高確率で猫が踏み抜く、ファ○コン本体右側の四角いボタンみたいな?


 「ニューロンを拡張したままで、一週間もポーションに浸かっておったのか?どんな障害が出るか想像もつかんの」


 シュタイン博士が険しい顔で見ている。

 障害っつった今?


 俺は満腹感からか、急速に眠気を覚えて、シュタイン博士の仮眠ベットを借りて眠りに落ちた。

 左脇にリンクスのぬくもりを感じながら。



 天も地も音も無い、完全な闇。

 人型の俺は、そこに浮いていた。


 闇が晴れた瞬間、俺は左の盾剣と二枚の翼を切断され、地に落ちた。

 両足を切断され、俺の腕に横たわる少女姿のリンクス。


 黒衣の巨人が十メートルもの長さの剣を、俺とリンクスに振り下ろす。


 止めろぉぉおお!


 ガバッ!


 そこで俺は目覚めた。

 夢……か。


 俺はリンクスを抱き寄せ、安堵の溜息を漏らす。

 そうだ。俺は黒衣の男ミディンに破れ、リンクス共々死ぬ所だった。

 リンクスのお陰で必殺の一撃を逃れ、代わりにリンクスが瀕死に。

 そして、なだれ込んだファーリス王子と魔獣達に、命を助けられた。


 リンクス……ごめんな。


 俺は、傷跡らしい凸凹も無い、銀の鱗に覆われたリンクスの足に触れる。


 『そゆ時は、ごめんじゃなくてありがとなの。リンクスもお兄ちゃんに助けられたの、だからありがとなの』


 『そうか……そうだな。ありがとな……リンクス。でも起こしちゃったのは、ごめんな』


 リンクスは俺の左脇にぐりぐりと頭を押し当てて、左手をぺろりと舐めた。


 俺はクスリと笑い、右手でリンクスの頭を撫でて、背中をゆっくりとポンポンする。リンクスの鼓動に合わせる様にゆっくりと。

 やがてリンクスは安心した様に、静かに寝息を立てる。


 俺はミディンに何かをされ、意識を刈り取られた。何をされたのかは判らない。

 あの時ミディンが何処かへ行かなければ、俺もリンクスも助かっては居ないだろう。


 あの時……何があった?

 俺は曖昧な記憶を辿る。


 兵の一人が「復位ももうすぐ」と言って、ミディンが「皇帝では無いのか」と問い質した。

 ミディンは、皇帝の守護と成竜の魂の収集が、眠りに付いた始皇帝との約束と。


 そして皇帝では無いグラードルの命令を破棄して、ババアドラゴンの魂を採取する事を優先させた。


 言葉は力、名は願い。


 誰の言葉だったろう。突然このフレーズが頭に浮かぶ。

 あの時兵士が、「復位」の言葉を口にしなければ、ミディンは立ち去る事もなく、俺達が命を拾う事も無かった。

 そう考えれば、言葉の力に依って俺は生き永らえたとも言える。


 言葉=オノマ=力。


 とばかり考えていたが、違ったな。

 「危ない!」と声を掛ける事で救われる命もあれば、「止めろ!」の一言で時を止め、状況を打開出来る事もある。

 「ありがとう」で暖められる心もあれば、「愛してる」で満たされる魂もあるだろう。


 俺はミディンの言葉に、ひとつ引っ駆る部分を見つけた。


 眠りに付いた始皇帝


 死の例えとも取れるし、コールドスリープの様に本当に寝ているとも取れる。

 ミディンの口ぶりから、始皇帝とやらと直接約束を交わしたのだろうとは思う。

 何年位前の話で、ミディンはどの位生きてい居るのだろう?


 始皇帝とやらは生きているのか。

 ミディンの強さの秘密は何なのか。


 こりゃ、肛門皇帝の記憶を消化してみるべきか……。

 掘られる所だけでも、ファイル分割して消去出来ないかなぁ……。


 俺は意識を内側に向けて、グラードルの記憶を探る。


 白い球体の中に渦巻く黒紫の雲。

 グラードルの記憶はそんな色をしていた。


 ええい、ままよ!

 俺は覚悟を決めてグラードルの記憶を消化する。


 頭に流れ込むグラードルの記憶。


 兄と共に愛情を注がれ、心豊かに育てられる幼年期。

 兄が皇太子として擁立されると同時に、芽生える嫉妬心。


 嫉妬心を塗隠して、武の道へと邁進する少年期。

 その頃から頻繁に登場する、青いバンダナの男がいる。

 若かりし日のプトーコスだ。


 プトーコス若え。イケメンだし。


 プトーコスは、グラードルの戦友として戦場に共に在るだけでなく、親友として心の平野も共有していた。

 ともすれば嫉妬心に捕らわれそうになるグラードルの心を、辛抱強く解きほぐし、宥めすかし、魔獣の駆逐へと憎しみの矛先を向けさせた。


 帝国の目指す所は、帝国の覇権の元に人類を集約し、団結して効率的かつ徹底的に魔獣の因子を排除し、平和な人類世界を取り戻す事。

 リニュー根絶こそが帝国の正義だった。


 西方へと覇権の手を伸ばす帝国と、その中心を担うグラードル。

 グラードルは力を求め、遺跡を積極的に探索し、オノマを集める一方で勇者召喚の儀も行っていた。


 帝城の遥か地下。

 召喚された勇者達はカプセルに入れられて眠っていた。


 何て数だよ。


 円筒状に、塔の内側に貼り付けられた格好で並ぶカプセルの数は、ゆうに百を超える。 

 カプセルの中のニンゲンは、いずれも筋骨隆々で古代ギリシャの彫刻を思わせるが、カプセルはいずれも氷付いており、冷凍保存されてますって感じだ。


 グラードルと学者らしい男が話している。


 「召喚先の精度は向上しております。旧世紀以前の高密度で屈強な戦士を召喚する事に、技術的な問題はありません」


 「なら何故いつまでたっても、戦場に勇者共が投入されぬ」


 「魂が強すぎて制御出来ませぬ、霊密度が高すぎて、私どもの持つ技術では隷属化出来ないのです」


 「脳を弄ればよかろうが」


 「勇者の儀によって魔獣の力を付加したテストで、削除した大脳が魔獣の組織で再生されてしまい、獣人化の挙句制御不能に……」


 「それでは凶暴な魔獣を召喚するのと、違わんでは無いか」


 「はい、人としての脳を残して制御する、埋め込み式の種を、開発調整中で御座います」


 何てこった。

 密度とか良く分からんが、勇者の軍隊を帝国は準備してるのか。

 しかも脳に何か埋め込むとか?ロボトミー手術の事か?

 人道主義とかの定義は知らんが、気分が悪いのは確かだ。


 「奇跡の勇者ミ・ディン様を被験体としてお貸し頂ければ、研究が捗るのではと思いますが……」


 「それは諦めろ。ミ・ディンは始皇帝の物だ。誰も手出しは出来ん」


 な・ん・だ・と?

 ミディンが勇者!?召喚者だってのか!?


 その後記憶は進み、兄帝が病に伏せる。

 病の正体は……獣化だった。


 ライブラの活動を停止させた空間での度重なる実験。

 その中で細胞内に潜んでいたリニューが動き出し、少しずつ兄帝の体を蝕んで行ったのだ。


 人類社会の統合に因る魔獣撲滅を旗印に、覇権を拡大していた帝国にとって、皇帝の獣化は帝政を揺るがしかねない皮肉だった。


 皇帝の廃立を目論む、共和派息が掛かったの貴族達。

 グラードルは兄帝の子を皆殺しにし、帝位継承権を回復させ、まだ人の姿を辛うじて残した兄帝を手に掛けた。


 兄帝の願いに拠って。


 そうか……グラードルの即位にはそんな秘密があったのか。

 それに赤毛の暗殺者コキノスは巻き込まれ、赤ん坊のアフマルを連れて帝国を逃げ出したんだな。


 皇帝に即位したグラードルは、共和派の息の掛かった貴族を一掃し、少しでも共和派の貴族に賛同の意を示した者を、排除した。

 再発を防ぐ為に、より強権的に。


 こうして反対派はおろか、苦言を呈する者さえ居なくなった帝国で、グラードルは徐々に良識の(たが)が外れてゆく。


 酒池肉林、亜人や獣人の拷問処刑、意に沿わぬ小国の攻滅。

 グラードルの凶暴性は増して行き、歪んだ性癖が発芽して行く。


 ベットを取り囲む、目鼻立ちの整った年端も行かぬ少女達。

 手に油の入った壺を持って、グラードルの前に佇んでいる。


 ちょ!もういいです!

 ストップ!!


 グラードルは腰紐をゆるめてガウンをはだけると、パサリと絹のガウンが床に落ちる。

 それを合図に、少女達も絹服を脱ぎ産まれたままの姿に。

 そして壺の油に手を浸し、怯えた顔でグラードルの前に跪き……。


 止めて!もうお腹一杯だから!

 ごめんなさい!もう許して!消化作業ストーーーーップ!!


 ぬぷ


 かくして俺は、貴重な情報を得ると共に……汚された。


大丈夫です!

そっち方面には目覚めません!

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