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85話 認識

 「どうするの?」


 さて、どうするか。


 その夜、俺はラアサの策に従ってグラードル軍の食料部隊を襲撃した。

 今後帝国軍とグラードルの私兵は袂を分かつ可能性が高いって事で、グラードル軍と呼ぶことになった。


 グラードル軍はクアッダ王国に数百名の守備隊だけを残し、東へと移動した。

 ナツメ商会経由で、クアッダの避難民が根地の森へ向かったとの情報が得られたからだ。


 クアッダ王国内には、備蓄食料も無ければ略奪する様な物も残してはいない。

 退避準備に十分な時間を取れた結果だと、クアッダ王は言ってた。

 大半は持ちだしたのでは無く、三十人の鬼神達が掘った穴に埋めて来たそうだ。


 クアッダ軍は共和国を刺激しない様にとのナツメ商会の進言を容れて、ハディード鉱山から山道を通って、ハリーブとトラゴスを結ぶ街道「南北大街道」をエラポスに向かう様だ。


 現在グラードル軍は俺とリンクスとカログリアにボコられた第五軍と、遅れて到着した第三軍を加えて三万と少しと見られている。

 第三軍が遅れた理由は、俺とリンクスがクアッダ王国に戻る時に、上空から殺意を開放して馬もトカゲも山越え前に逃げ散ったからだ。


 そして今、食料を守る少ない護衛は全滅し、俺とリンクスの眼前では奴らの食料が赤い炎を上げている。


 んで、何をどうするか迷ってるかと言うと。


 「今度は逃がさんぞ翼竜。キサマに生きるのも辛い思いをさせてやる」


 「コーモン懲りないの?バカなの?」


 「その名で呼ぶな!竜人如きが!」


 肛門皇帝ことグラードルが食料部隊の側に居た。

 それなりに兵糧の重要性を理解してる様だ。西方地域の征服を最前線でガンガンやってたらしいからな。


 まぁ、もう燃やしたけどな。


 グラードルと共に俺達を取り囲んでるのは、オノマ兵の精鋭と部分鎧を付けてウーツの剣を持った兵。合わせて百位?

 親衛隊か?おっと真のオノマが既に掌にある。


 ラアサの宿題やっちゃうか。


 『宿題?』


 『肛門皇帝……成仏して貰おうか?』


 『食べていい?』


 久しぶりにリンクスのニンゲン食べる発言聞いたが……アリかも。

 前に帝城でちょっと強制アクセスしただけで、真のオノマを幾つか違法ダウンロード出来た。指食うぐらいでサーバーごとデータ取れるなら悪くない。食感だってグリッシーニに生ハム巻いたヤツと似たようなもんだろ。


 あーでも、ケツに手の感覚がセットで付いてくるのか……カットできんかな。


 そんな俺の真剣な葛藤を他所に、オノマは放たれ、親衛隊は剣を構えた。

 敵の最大火力を削ぐ。その一点だけでもこの戦闘に意味はある筈。


 俺は周囲の瓦礫を盛大に巻き上げて、飛来するオノマを空中で暴発させながら、一人また一人と親衛隊を倒してゆく。


 流石に親衛隊、一人倒すのに十合以上掛かる。ニンゲンでも達人級(マスタークラス)にまでなると、これ程手強いのか。最近ちょっと天狗になってた俺の鼻がポキリと折れる音が聞こえそうだ。


 それでも俺は多対一の戦い方は、一番初めの訓練でイヤってほどやって来た。

 大切なのは、位置取りとタイミングを狂わせる事。そしてされたら嫌な事を続ける事。


 俺は三合に一合は敢えてグラードルに近付き、オノマの使用を躊躇わせて着実に数を減らしていく。


 リンクスは姿を消して、無防備なオノマ兵相手に無双状態だ。


 『ぐあ!』


 親衛隊二人を巻き込んで、氷のオノマが俺を襲う。

 この肛門ジジイ!味方居てもお構いなしか!

 うお!氷結早え!氷の結晶は瞬く間に膝腰胸へと迫り上がり、僅か数秒で氷の棺に囚われる俺。


 「ふん、手こずらせよって」


 グラードルがやけに質素な拵えの剣を、上段に構える。

 何だ!?すげえ嫌な予感がする。


 『お兄ちゃん!ガクブルなの!』


 は?震えてねえよ!いや、震えろって言ってんのか?


 踏み出したグラードルに黒い光球が迫り、舌打ちと共に後方に飛び退く。リンクスの援護だ。

 ガクブルって……シバリングしろって事か!微細な振動で氷を砕けと!?


 こうか!


 シバリングによる低周波が氷を震わせ、低い音と共に細かなヒビが氷の棺に走る。だがひび割れは即座に氷の結晶によって修復されてしまう。

 もっと細かく、もっと早くか!


 『上に向けるの!』


 リンクスの声に、振動を上方に集中させる。


 『双竜撃!ガクブルバージョンなのー!』


 掛け声と共にリンクスが氷の棺に降り立ち、自らの足が氷始めるのもお構いなしに、シバリングさせた右手を足元の氷に当てる。


 バキン!


 大きな音と共に、無数の氷片をまき散らして、棺は砕け散った。


 近くに居た者は飛び散った破片に体を貫かれ、傷口から広がった結晶に全身を覆われて氷の彫像と化した。


 「ぐああ!陛下お助け……」

 「極寒の棺(フリーズコフィン)を破るだと!」


 リンクス!助かった!


 この棺破りが戦闘の行方を決定付けた。

 グラードルが味方を巻き込む事に一切の躊躇いが無いと知れると、親衛隊は接近戦を挑んで来なくなった。接近戦での足止め無しじゃ俺やリンクスを捉える事など出来ない。


 それでもグラードルは逃げなかった。皇帝としての意地か、俺に受けた恥辱への憎しみか。


 グラードルはオノマ兵に命じて泥水を周囲に降らせ、リンクスの光のオノマを封じると、更に自ら何かを唱え、反応速度を格段に向上させた。

 あれリンクスがやってる本気モードみたいなヤツか!?

 くそ!引き出し多いな!


 俺はグラードルの剣を未だ一度も受けていない。

 剣でも盾でも受けるのは危険な気がしていたからだ。嫌な予感しかしない。


 異常な反応速度を見せるグラードルは、俺が危険を察知して剣を受けないと悟ると、面白く無さそうに「ふん!」と鼻を鳴らして、接近戦を仕掛けてきた。


 『あの剣、嫌な感じだ。触れるなよ』


 『ビー○サーベルなの?』


 音叉の様な微かな音と、淡く青い光を発する長剣に、俺の中の何かが強く警戒している。


 俺とリンクス二人掛かりでも、グラードルを完全には追い込めない。

 グラードルが俺達の攻撃を剣で受けようとすれば、俺達は攻撃を止めなければならない。これでは鋭い攻撃は難しい。


 親衛隊が落としたウーツの剣で切りつけてみたら、案の定剣が裂けた。

 裂けるチーズみたいにベロンって裂けた。


 何だあのチートな剣は!?


 何か対策は……と思っていたら、リンクスから意外な一言が飛び出した。


 『お兄ちゃん逃げよ』


 え?逃げる?


 直後、全身を襲う威圧感。突然重力が増したかの様な感覚。心が冷える様な恐怖心。俺はその理由を悟った。


 「久しぶりだな、リンタロウ」


 グラードルの傍らに舞い降りた黒い影。

 全身に張り付いた黒い鎧、黒い一本髪、太い眉、鋭い三白眼。

 黒衣の男だった。


 「リンクスなの!」


 「そうか、翼竜がリンタロウでそっちのはリンクスか。竜人になったのだな」


 リンクス名乗っちゃったし。


 俺の中で恐怖と殺意が渦巻く。

 何でコイツはこんなにも俺の殺意を増幅させるんだ?


 「陛下遅くなりました。シエロが往生際悪く逃げまわりまして」


 「ふん!呼んだら直ぐに来い。シエロとはあの蛇の成竜か、仕留めたか?」


 「いえ、今一歩の所で呼ばれたので」


 チッとグラードルは舌打ちをした。


 !!!


 な……んだと?


 俺とリンクスは、首がもげそうな速さで後ろを振り向いた。

 グラードルと黒衣の男に背を向けて。


 『リンクス……今の……』


 『うん……なの』


 「背中を向けられるとは、舐められたもんじゃな、ミ・ディンよ」


 チッチッチッ


 グラードルの言葉を無視して、俺とリンクスはエコーを飛ばす。


 間違いない。


 黒衣の男はグラードルの隣じゃない。

 こっちに居る。


 「ほう……大した感覚だな」


 黒衣の男は不敵に笑った。

 グラードルの隣に立つ黒衣の男は、俺の背中にゆっくりと歩み寄り、俺をすり抜け、俺達が睨みつける場所で振り返った。


 なるほど。光のオノマの応用編って事か。


 光の波に干渉して、姿を変えたり姿を消したり出来るなら。より強く干渉する事によって別の場所に虚像を映し出す事も出来るって事か。


 黒衣の男の狡猾な所は、初めに姿を見せた時に強烈な威圧を発する事で、認識を視覚に偏らせる所だ。

 認識させてから、虚像を残して本体が姿を消す。

 存在感が圧倒的過ぎて、視覚に釣られるって訳だ。

 声はまた別の方法で飛ばすのか?


 『ザ……ザッザ……の通り。正解だ』


 ノイズと共に思考に割り込む、黒衣の男ミディンの声。

 勝手にハッキングするんじゃねえよ。


 『聞きなれぬ言葉を使うな……やはりリンタロウ……過去の者か』


 ちょーっと待て。今なんで過去って断定した?


 『お前の側のシュタインが専門だろう。何も聞いて無いのか』


 シュタイン?宇宙の膨張がどうとかっていつも言ってるシュタイン博士?


 「何をしておる、ミ・ディン。さっさとこいつらを始末しろ」


 その存在を完全に無視されたグラードルが、声に苛立ちを乗せて命令する。

 黒衣の男から意識を切らさない様に注意しながら、グラードルをちらりと見ると、唇が少し紫がかっている。

 チアノーゼか。脳内物質を制御して本気モードを発動させても、肉体は限界近かったのか。

 もう少し強引に攻めてれば、倒せたかも知れないと思うと後悔が沸き立つ。


 「成竜になるまでは、放おって置くつもりだったのだが」


 「帝国皇帝たる儂が命じておるのだ!さっさと殺さんか!」


 「……陛下の仰せのままに」


 黒衣の男はグラードルに軽く頭を下げると、強烈な威圧を放った。


 チッチッチッ


 目に写る黒衣の男は、姿勢を僅かに下げて俺の間合いに入っているのに、エコーで感じる黒衣の男は、リンクスの直ぐ左に迫っている。


 ドゴン!


 リンクスを庇った俺の背中に凄まじい衝撃。

 貫通する衝撃は、鱗を通り、内蔵を揺さぶり、腹へと通り抜けた。


 ぐっっはっ!


 リンクスは!?大丈夫!ダメージは無さそうだ。

 貫通して痛みを感じるのは俺だけで、俺越しにリンクスを攻撃出来る訳じゃ無いらしい。


 「お兄ちゃん!」


 『リンクスしっかりしろ!本気モードだ!視覚に騙されるなよ』


 俺は酸っぱい胃液をまき散らしながら、リンクスを励ましエコーを発し続ける。

 素早く動き出し、エコーを発するリンクス。


 黒衣の男は、一撃貰って動きの鈍った俺に狙いを定めた様だ。

 虚像も実体も俺に迫る。


 虚像が水面蹴りを放ち、実体が首を狙って上段蹴りを放つ。

 跳び上がっての蹴りの筈なのに、盾でしっかり受けた筈なのに、あまりの威力に俺は地面に転がってしまう。


 虚像が実体と重なり、強烈な威圧を放ってから、虚像が地面すれすれから、実体が上空から攻撃を仕掛けてくる。


 引っ張られそうになる認識。


 起き上がろうとする俺の体を、すり抜ける虚像を意識的に無視して、上空に向けて盾剣を振るう。


 ガシッと防がれた手応えと、同じ様に視覚的には何も無い空間で止まるリンクスの尻尾。


 頭がどうにかなりそうだ。

 認識を否定しながら認識に対応する。

 反応は徐々に鈍り、攻撃の鋭さも無い。


 盾で防げるのは二回に一度から三回に一度に低下し、蓄積されたダメージはエコーの精度を低下させ、更に劣勢に拍車を掛ける。


 俺がまだ動けてる内は、リンクスへの積極的な攻撃は見られない。

 だが、俺が倒れたら?黒衣の男の一撃はリンクスなら致命傷になるんじゃ?


 流石にグラードルからオノマの横槍は無いが、あの剣を振るって接近戦に参加されたら逃げる他無い。


 いや待て、黒衣の男は空を飛べる。

 俺が動ける内にリンクスだけでも逃がすべきか!?


 ぐはっ!


 くっそ!考える時間も与えてくれない。


 ドッ


 『……』


 酷くスローな世界。微かに歪む空気が俺の首元を捉えている。

 視界が徐々に暗くなり、感覚が無くなり、ふわりとした気持ちよさが意識を包み込む……あぁ……いいの貰っちゃったか……。


 『……ちゃん!お兄ちゃん!』


 ガイン!


 反対の首筋目掛けて振られた回し蹴りを、寸前の所で盾剣で弾く。

 ……今のはヤバかった。


 『リンクス!お前だけでも逃げろ!』


 『や!なの』


 『や、じゃ無くて頼むから!』


 『や!』


 一体どうすりゃいいんだ!



 俺は低下した思考で、それでも懸命に答えを探していた。

 何処かに突破口は無いか、針の先程の小さな物でも……。

ここまで読んで頂きありがとうございます。


更新予定 日曜・水曜 20時

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